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第一部 第六章 夢の残火─継承編─
獄炎の再来 2
しおりを挟む「では準備はよろしいですかランド様?」
「……なんでセリシアはそんなキリッとした顔で言えるんだ? え? もしかしておかしいのは僕なのか?」
「集中して下さいランド様」
「理不尽過ぎるだろ……あんなに泣いてるカタリナ、初めて見たんだからな……?」
カタリナは決戦前、もしかすれば最後になってしまうかもしれないという想いからランドに会いに来たのだ。そこで先程のアレを目撃したとなれば、泣いてしまうのも乙女心というものだろう。
「私は封印解除と共に、ファムとこの場を離脱します。おそらく何万というムスペルの軍勢が溢れ出しますので、ランド様はそちらを気にせずムスペルを目指してください。ムスペルの軍勢はカグツチの各隊に配置した、囮魔術を使える方々が上手く誘導します。私は高台から皆さんに魅惑の調べを届け、破滅の進軍を無効化します」
「分かった」
ランドが頷くと、セリシアが黒く輝く魔石、天岩戸に手を触れる。
「開始しますね……どうかご無事でランド様……」
「ああ。セリシアとファムもな」
セリシアの手から黒い霧が滲む。解除自体はすぐに終わるのだが、新しく次元干渉する場合はかなりの時間を要する。それもあって解除してすぐの再干渉が出来ず、ムスペルとの戦闘は避けられない。
ビキビキと目の前の空間にヒビが入る。
隙間からは魔素が溢れ出し……
一瞬──揺らめく炎のようなものが見えた。
「よし! やるぞ! 絶対に成功させ……」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
唐突なファムの悲鳴。
ランドが視線をやる。
そこには両足がへし折れ、絶叫しているファムの姿。
「ファ! ファム!」
何が起きたか分からず、ファムに駆け寄ったところでヒューヒューと音がすることに気付く。
「嘘……だろ……セリシア! セリシアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
セリシアは喉が潰され、苦悶の表情で身悶えていた。
「なん……だ……? 何が……」
ぞくり──
と、今まで経験したことのない悪寒にランドが襲われる。そうして背後にただならぬ気配を感じ、振り返る。
『あなたは私の障害ですか?』
寒気を覚えるほどの冷たい女性の声。ランドの目の前には、人とは思えぬ陶器のような白い肌に、真っ赤な瞳。燃え盛る炎を身に纏い、虚ろな表情をした女性が立っていた。声は無機質であり、まるで感情が感じられない。
「なんだよお前! お前か!? お前が二人……」
『私ですか? 個体名はムスペル。そちらのお二人からカグツチの気配を感じましたので、とりあえずの対処をさせて頂きました』
「ムスペル!? お前が!? なんだよその姿!! いや違うそうじゃないそうじゃない! ……なんだ? え?」
明らかなランドの動揺。目の前で起きたことが理解出来ず、頭の整理が追い付かない。ただ一つ理解出来ることは、何ヶ月にも及ぶ特訓の意味がなくなったのだろうということだけ。
『対話をご希望でしょうか? それともやはり、あなたは私の障害ですか?』
「対話……? なんだ……何を言って……」
再びぞくりと悪寒が走る。状況は理解出来ていないが、ここで返答を間違えれば殺されると本能が感じている。幸いなことにファムとセリシアは殺されてはいない。時間をかければ再生することはできる。
「……対話に応じてくれるのか?」
『あなたが私の障害でないのであれば』
「じゃ、じゃあ……」
『その前に少しいいでしょうか? 五月蝿いですので』
ムスペルがそう言うと、ランドの目の前から消える。と同時、ファムの喉も潰され、セリシア共々硬い岩場に投げつけられた。おそらく二人は再起不能だ。
「な……に……なに……してるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『叫び声が五月蝿かったですので。まだあなたとの対話が残っていますから、殺してはいません』
「対話だと!? こんなことしておいて何を言ってるんだ!!」
『では対話は不要ということでしょうか?』
ランドが逡巡する。
目の前の存在には絶対に勝てない。そう理解した。この状況ではとにかく時間を稼がなければならない。今すぐにでもムスペルに掴みかかりたい怒りを抑え、口を開く。
「お前の目的はなんだ? 何がしたいんだ?」
『私は全ての生物をNACMOで満たすために生まれた存在。その目的を遂行します』
「それなら残念だけど、この世界にはもう魔女や半魔しか残って……」
そこまで言ってランドが気付く。モザンビークには普通の人間がいる。おそらくムスペルの口ぶりからして、そのことには気付いていない。何としてもこのことを知られるわけにはいかない
『封印されている間に完了したということですか。では私のすべき事はもうないのですね』
そう言ってムスペルが考え込む。
喫緊の危機は脱した雰囲気だが、ムスペルが危険であることに変わりはない。モザンビークの人達の存在に気付かれれば、確実にそちらへと向かうだろう。見捨てればそれで済むのだろうが……
見捨てるなど、そんな考えはランドにはない。
「お前はなんなんだ……? 聞いていた話と姿形も違う。それにムスペルの軍勢はどうした?」
『この姿のことですか? これは過去、私の体が巨大が故に負けてしまいましたので、NACMOを圧縮して得た姿です。形に関してはデータに残るカグツチの姿を参照したので、このような姿に。私の兵でしたら呼ぶことは可能です』
「魔素を圧縮?」
『そうです。時間はかかりましたが、圧縮することにより、データに残る三英雄にも劣らぬ力と速度を獲得したと思われます。変わりに破滅の進軍と呼ばれていた力はなくなってしまいましたが、問題はないでしょう』
「これからどうするつもりだ……? 目的は達したんだろ?」
『そうですね……』
ふと、ムスペルが遠くを見る。ムスペルが視線を向けているのはモザンビークがある方角だ。
「なんだ? 何を見ている?」
『いえ、何者かの視線を感じます。確認して来ますので、少しお待ちください』
「ま、待て! そっちは……」
止める間もなくムスペルが消える。
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