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第一部 第六章 夢の残火─継承編─
決戦前の休息 1
しおりを挟む──作戦会議から一ヶ月後
「魔女や半魔しかいない大陸だとは聞いていたけど、別に僕達の住んでいたところとそんなに変わらないよな。何より住人達が穏やかで過ごしやすい……」
ランドがプレトリアの町を歩きながら、一人呟く。この世界では魔女や半魔は迫害され、穏やかに暮らせる場所などない。だがここプレトリアはどうだろうか。
全ての住人が魔女や半魔であり、みな穏やかな顔で暮らしている。
「ノヒンはこういう穏やかな世界を目指してたんだろうな。そのために足掻いて足掻いて……。はは……ダメだダメだ! すぐに暗くなる癖はよくないよな! よし! やるぞ!」
「ひゃあっ!」
ランドが気合を入れたところで、背後から驚いた女性の声がする。
「び、びっくりするじゃない! 急に大きい声を出さないでよ!」
「ご、ごめんごめんカタリナ」
「驚かそうと思ったのにこっちが驚いちゃった。相変わらずランドは独り言が多いって! お姉さんちょっと心配になっちゃうよ?」
「そんなに独り言が多いか?」
「基本的に全部漏れてるかな?」
「ぐぅ……気を付けないとな……」
親しげにランドに接しているのはカタリナ。
金色の長い髪に、青く大きな瞳と尖った耳。笑顔がとても可愛らしい女性だ。年齢はランドよりも少し上なのだろうが、確認はしていない。
カタリナはプレトリア唯一の多重半魔で、かつて東方の国に存在したと伝わる金獅子という珍しい魔獣と、サキュバスの力を有する。金獅子はかなり強力な身体強化系で、自身と他者の傷の回復も出来るオールラウンダー。ランドがプレトリアに来なければ、ムスペルと戦う役目はカタリナになっていただろう。
ただカタリナも代を重ねた半魔ではあるので、多重半魔といえどもランドには劣る。現状での最大戦力がランドであることに変わりはない。
「ランドはこの後どうするの? また特訓?」
「そうだね。僕の戦いに全てかかって……って痛いじゃないか!」
カタリナがランドの背中をバンバンと叩く。
「『僕の』じゃなくて『僕達の』でしょ? そんな一人で全部を背負わないでよ! みんなで一緒に乗り越えよ? ね?」
「あ、相変わらずカタリナは力が強いな……正直僕より強いんじゃないのか?」
「うわっ! 嫌味だ嫌味! ランドと特訓して勝てたことなんて一回もないのに! そんな嫌味を言うランドには……こうだ! うりゃうりゃ!」
カタリナがランドの背後から体をくすぐる。
「あは! あはは! や、やめろってカタリナ! くすぐるなよ!」
「よーしよしよし! この世界の最後の希望『青き狼』様の弱点はここかぁ!? ここなのかぁ!?」
カタリナとランドは何度か一緒に特訓をし、お互いに惹かれあっていた。もちろんランドがヨーコのことを忘れたという訳ではないが、明るく元気で、年上のカタリナに強く惹かれている。
「くそ! 僕だってやられてばかりじゃない! ここか!? ここがいいんだろ!?」
「ああ……ん……そこは……」
「ご、ごめん!」
今度はカタリナがくすぐられて艶っぽい声をあげ、ランドが驚いて手を離す。
「ふふふ。本当にランドは初心だねぇ? そんなかわいいランド君に……お姉さんが色々と教えてあげようかなぁ?」
「か、からかわないでくれよ。そ、それよりカタリナはこの後どうするんだ?」
「ランドが特訓するっていうなら、私もご一緒しようかな?」
「それは助かるよ。カタリナとの特訓は得るものが多いしね」
カタリナが「しょうがないなぁ。お姉さんの胸を貸してあげる!」と、胸を叩く。
「でもその前に……腹ごしらえしない? ランドは集中すると食べることも忘れるから、お姉さん心配なんだよぉ」
「確かに……今朝から何も食べてないな。じゃあどうしようか? プレトリアは美味しいものがたくさんあるし、どのお店にしようかいつも迷うんだよな」
「そ、それならさ! うちに来ない? ちょうど美味しい葡萄酒を手に入れたんだよねぇ。この辺りの葡萄酒も美味しいんだけど……なんと! 今回手に入れたのはイルネルベリのスーリャ! しかも今回のは……少し黒胡椒の香りが効いた大人のお酒だよぉ? どう? どうどう?」
「か、顔が近いって……」
カタリナが顔を近付けるが、ランドがすぐに距離をとる。
「……そういえばカタリナは一人暮らしだったっけ?」
「そうだよー。だからいつでもウェルカム!」
「まあ行ってもいいけど、僕はお酒より普通の飲み物がいいかな」
「そんなこと言わないでちょっとだけ飲もうよ! せっかくモザンビークの人達から高い値段で買ったんだから!」
「昨日から姿を見ないと思ったら……わざわざモザンビークまで買いに行ってたのか?」
モザンビーク港はファム主導の元でモザンビーク村という名前になり、港や船の建設のために訪れていた人達が住む村となっていた。世界がこうなっては港など意味がないので、建設は途中で止まっている。
「ち、違う違う! モザンビークの商人さんがプレトリアに用事があるからって護衛を頼まれたんだって。だからお酒は……そのついで?」
「はいはい。そういうことにしておくよ」
「それでそれで? どうする? うちに来る?」
「お酒は少しだけだぞ? お酒にはいい思い出がないから……」
「よし! よしよし! 決まりだねぇ! ランドとお酒が飲めるぅ!」
「ひ、人の話を聞けよ。ちょっとしか飲まないからな?」
「そう言いながらも付き合ってくれるランド君をお姉さんは好きだなぁ?」
「だ、だからからかうなって! そういうこと言うなら行かないぞ?」
「ごめんごめん! ランドがかわいいからさぁ……っておーい! 用事は終わったのぉー?」
二人で話しながら家に向かう途中、遠くに見えた三人組の親子に向かって、カタリナが大声で話しかけた。
「はい終わりましたー! 護衛ありがとうございましたぁー!」
「いえいえー! お帰りは明日ですかー?」
「そうですー! 明日また護衛をお願いしますねー!」
「はーい! プレトリアを存分に楽しんで下さいねー! マリルちゃんもまた後で話そうねぇー!」
カタリナがマリルと呼んだ黒髪の少女が、おずおずと手を振る。両親も手を振った後に一礼し、その場を立ち去った。
「あの人達は?」
「私がモザンビークから護衛して連れてきた人達だよ。マリルちゃんかわいいんだよねぇ」
「さっきの黒髪の子か?」
「そうそう。控えめで女の子らしくて……いじりがいがあるんだよねぇ。しかもああ見えて……」
「ああ見えて?」
「巨乳」
「は?」
「いやぁあの歳であの大きさは末恐ろしいですよ。私より大きくなるんじゃないかなぁ?」
言いながらカタリナが自分の胸を揉む。
「また馬鹿なこと言ってるよ……」
「あれ? あんまりランド君の反応がよくないですねぇ? 巨乳好きでしょ?」
「い! いつ僕がそんなこと言ったんだよ!」
「ええ? だってランド……たまに私の胸を見てるでしょ? ああいう視線って見られてる方は分かるから……気を付けた方がいいよぉ?」
「ぐぅ……し、仕方ないだろ! カタリナがほとんど裸みたいな格好で特訓するから! 誰だって見ちゃうって!」
「ふーん。見たいの? 見たくないの?」
「な、なんて答えづらい質問だ……。カ、カタリナのことは魅力的だとは思うけど、だからと言って見たいってわけじゃ……って、僕は何を言ってるんだよ……」
「ランドは真面目だねぇ? おっ! そうこうしてるうちに我が家に到着! さ! 入って入って!」
「ああ……入るのやめようかな……どうせからかわれて終わるんだろう……ってなんで腕を組むんだよ! 分かった! 入る! 入るから! 頼むから体を押し付けないでくれ!」
カタリナに腕を組まれ、ランドが強引に家へと押し込まれる。
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