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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

咎の特性 1

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 ──ムスペル討伐会議後、プレトリアの夜

「はぁ……本当に僕に出来るのか? ムスペルだぞムスペル。フリームスルスを倒したのもレイラだし……。なぁ? 何か言ってくれよノヒン……」

 誰もいない草原で一人、ランドが大戦斧を掲げて呟く。

「ははっ……『うるっせぇ! ごちゃごちゃ言ってねぇでやれよランド!』って聞こえてくる気がするな……。あと半年……か」

 諸々の準備を踏まえて今から半年後、天岩戸の封印を解いてムスペルと戦う流れとなった。NACMO端末の解析によれば、次元崩壊が広がるスピードは徐々に遅くなってきている。半年の準備期間であれば問題ないようだ。

「……でも笑えるぞ? 作戦って言っても、僕がムスペルに特攻するっていう単純なものなんだ。火や炎はセリシアが防いでくれるし、ムスペルの軍勢はプレトリアのみんなやファムがなんとかしてくれる。特攻なんてノヒンの専売特許なのになぁ……」

 言いながらランドが大戦斧を振るう。何度も何度も振るい、気付けば目から涙が溢れていた。

「ははっ……ださいだろノヒン? ファムにも『だっさださ』だって言われたな……。まあでもさ、やれるだけやるよ。いつか天国で……いや、ノヒンや僕が天国なわけないか。まあ……地獄で君に会った時に、胸を張れるようにやれるだけ……やるさ!」

 ブンッと大戦斧を降ったところで、ランドの視界の端にセリシアが映る。

「寝れないのですか? ランド様」
「ん? ああ、結構な大役だろ? 寝れなくもなるって。それよりその『ランド様』っていうのはやめないか?」
「いえ、ランド様は我々の希望なんです。ランド様がいなければ、ムスペルを倒すことは出来ないですからね。ノヒンさんが最後に命を懸けて繋いでくれた、希望なのだと思います」
「ははっ! これ以上プレッシャーをかけないでくれよ。僕はフリームスルスも見てるし、神話の巨人が生半可なやつじゃないのは分かってる」
「そういえば先程の作戦会議ではムスペルの話ばかりでしたが……やはりフリームスルスは大きかったですか? 私はNACMO端末での情報でしか知らないので」
「かなり大きかったよ。五、六メートルくらいだったかな?」
「え!? ご、五、六メートル!?」

 セリシアが驚きの表情で目を見開く。

「や、山をも越える程の巨人ではなかったのですか!?」
「ん? ああ、遠くから見てただけだからなんとも言えないけど……レイラと比べた感じだと、そのくらいだったかな。データだと違うのか?」
「そ、そうです! 山をも越える程の大きさ! だからこその巨人なんです! ……これはどういうことでしょう……? そ、それよりなぜ先程の作戦会議でそのことを言わなかったのですか!?」

 先程行われた作戦会議では──

 山をも越える程の大きさのムスペルに対し、飛べないランドがどう攻略するかの話はしていた。それに関してはセティーナの魔術で飛べるようには出来るので、問題はないという結論に至ったのだが……

「え? いや、フリームスルスとムスペルは別だろ? フリームスルスに比べて大きいなとは思ったけど……」
「それに関してはこちらがフリームスルスのことをもっと聞いておけばよかったですね。そうなると、レイラさんは飛ばずに戦っていたのですか?」
「え? レイラって飛べるのか?」
「ヴァンは飛んでいたらしいので……私はてっきり山のように大きいフリームスルス相手に、レイラさんが飛行しながら戦ったのだとばかり……」

 圧倒的な認識の齟齬。

 セリシアが困った顔で考え込む。

 そもそも神話で語られる巨人には大きさの表記がなく、語る人によって表現はバラバラ。「フリームスルスは巨大だが、ムスペルはそれほどでもない」や「そもそも形を持たない」など、様々に云われている。

 ランドも「フリームスルスは五、六メートルだったが、ムスペルは山のように大きいんだな」程度にしか思っていなかったがための食い違いである。

「ほ、他に何か気になった点などはありましたか!?」
「気になった点? なんだろうな……。確かフリームスルスが出てきた時に何か言ってたような気がするけど、遠くてよく聞こえなかったな」
「は、話したんですか!? フリームスルスが!?」
「話してた……と思う。え? フリームスルスって話さないのか?」
「はい。NACMO端末によれば、フリームスルスもムスペルも山のように大きく、一切の言語を発しない。発するのは耳をつんざくような叫びだけ……となっています。封印されている間に変化した……ということでしょうか。戦い方はどうでしたか?」
「氷や冷気を無尽蔵に発生させながら、とんでもない速度での近接戦闘だったかな? 両手に氷で出来た剣を持っていた」
「なんてこと……そんな……」
「ど、どうしたんだよセリシア?」
「巨人は付け入る隙があるんです。データによれば、フリームスルスもムスペルも巨大が故に動きが遅かった。氷や炎、無詠唱特殊魔術の対策さえすれば、攻略できる存在なんです。だからこそ神話大戦でもオーディンやヴァン以外が対応したんです。もし仮にムスペルもフリームスルスのように変化しているとしたら……」
「僕も人狼ワーウルフ化すればレイラと同じくらいの速さだとは思うけど……」
「仮に……仮にですよ? 鈍重な動きを克服するために変化したとして、ムスペルがさらに小型化し、私達と同じような大きさになっていたとしたら……」
「フリームスルス以上の速さか……」

 二人が考え込み、しばらくの沈黙が流れる。

「あくまで想像でしかないのでなんとも言えませんが……そうなったとして、対応出来そうですか? もちろんムスペルが変化しているとは限りませんが……」
「分からないな……。でもやるしかないだろ? 半年もあるんだ。なんとか頑張ってみるよ」
「私も対応策を考えますね。まずは身体強化系の魔術が得意な人を探してみます」

 不安げながらもセリシアが「頑張りましょうね」と拳を握る。

「負ける訳にはいかないからね。となれば、どーせ僕は寝れないだろうし……特訓でもしようかな。フリッカーは魔素が濃い。もっと上手く魔素を取り込めれば、身体強化にも繋がるだろうしね」

 そう言って大戦斧を構えたランドを見て、「頼もしいですね」とセリシアが微笑む。

「セリシアはどうするんだ? もう寝るのか?」
「私は……ランド様の特訓を見ています。ランド様が必死に頑張っているのに、自分だけ寝るなんて出来ませんよ」
「いやいや、セリシアはちゃんと寝なよ。君は司令塔なんだし、倒れられたら困る」
「それはランド様も一緒です。ランド様に倒れられでもしたら、ムスペルを倒す突破力がなくなってしまうんですよ? ですからランド様が倒れないように見ています」
「ええ? 困ったなぁ……。僕はセリシアに休んで欲しいんだけど……」
「じゃあ……一緒に寝ましょうか?」

 そう言ってセリシアが微笑むが、その姿はどこか興奮しているようで……

「ば、ばか! なに言ってるんだよ!」
「私はヨーコさんの代わりでもいいですよ……?」
「え? 本気なのか……?」
「本気……です。もう我慢出来なくて……」

 ゆっくりとセリシアがランドに近付く。

「だ、だめだってセリシア!」
「だめ……ですか? ランド様……」

 セリシアの腕がランドに絡みつき、優しく唇が重なる。

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