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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

十二の咎 3

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「そう……私達カグツチ家は十二の咎、縦縞の魔女の末裔なんです。十二の咎に関してはカグツチ家でのみ語り継ぎ、おそらくその存在を知る者はいません」
「話してよかったのか……?」
「ええ。ランド様には色々と知って頂かなければならないので。私の無詠唱特殊魔術は神話大戦の英雄ヴァンと同種のものです」
「そういえばノヒンはヴァンの末裔だったんだよな。僕が勾玉で呼び出したレイラの息子……。偽物とはいえ、親子で殺し合わせたんだよな……。ああそうだ……トズールでも僕はたくさんの人を……。僕はなんてことをしてしまっ……んぐはっ!」

 ランドが自分の行いを省みて、俯いたところで思い切りファムに殴られた。

「話が進まないから落ち込むの禁止! 次に落ち込んだら……耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたるから!」
「ちっ! 殴らなくてもいいだろ! それになんだぁ? その暴力的な言葉は!」
「東方の国に伝わる由緒正しい殺し文句だよ!」
「ああやだやだ! 君ももっとセリシアのようにおしとやかにしたらどうだ? いやいや無理か! お子ちゃまだもんなぁ?」
「ぷぷぷぅ! ランドったらセリシアに未練たらたらー! ださっ! だっさださっ!」
「ぼ、僕は別にセリシアのこと……」

 言いながらランドがセリシアを見ると、にっこりと微笑まれて見蕩れてしまう。

「ああ怖いぃぃぃぃ! 粘着気障野郎がセリシアを舐め回すように見てるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「ちっ! ちょっと表に来いよファム!」
「望むところですぅっ! ぼっこぼこ! ぼっこぼこのびっちゃびちゃにしてやるんだから!」
「び、びっちゃびちゃ? おいファム! びっちゃびちゃってなんだ!? 何をするつもりだ!?」
「ええ? 知りたいのぉ? ファムのファムを……ああダメダメ! ファムのファムはノヒンさんの……」

 そこまで言うとファムの動きが止まり、俯いて震えだした。

「……ファム……は……ノヒンさんのなんだからぁ……ノヒンさん……うぅ……ノヒ……さん……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……お、お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 堰が切れたようにファムが泣き出してしまう。

「お、おいファム……」
「う、うるさいランド! なんでもないからあっち行って!」
「そんなに泣いてるのに放っておけないって……」
「ぷぷぅっ! 残念でした! 演技でぇーす! ほらほらランドォ? セリシアが待ちくたびれてるか……な、何するの!!」

 強がるファムを見かねたランドが、優しく抱きしめる。

「や、やめてよ変態! 触らないで!」
「悪かったよファム。僕も大切な人を失う辛さは分かってる。そんなすぐに立ち直れないことも。……だから今は泣きなよ。ま、まあ僕なんかじゃノヒンの代わりにはならないだろうけ……」
「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ノヒンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 ファムがランドの腕の中で絶叫する。

 その絶叫を聞いたランドも、本当に自分たちは全てを失ってしまったのだと実感し……

 静かに涙した。


---


 数刻後──

「ファムは落ち着いたか?」

 寝室から出てきたセリシアに、ランドが声をかける。

「はい。泣き疲れたのかぐっすり眠っていますよ。ありがとうございますランド様」
「ありがとう? 何がだ?」
「ファムを思い切り泣かせてくれて……ですよ? ファムがこっそり泣いていたのは知っていたのですが、絶対に人前では泣かなかったので……」
「なんで僕の前では泣いたんだ……?」
「ランド様がノヒンさんの意志を継いだからではないでしょうか? 私はノヒンさんに会ったことはないのでなんとも言えないのですが……おそらくランド様から少し、ノヒンさんの雰囲気が感じられるのだと思います。神器や呪具から発生する魔素は、使用者の魔石に干渉しますからね。特に呪具は神器よりも魔素が不安定なので、ランド様の魔石にかなり干渉したんだと思います」
「ノヒンの想いが僕の魔石に刻まれた……ってことか」
「おそらくそうなのでしょう。私の無詠唱特殊魔術『魅惑の調べ』にもかなり耐えていましたしね」
「魅惑の調べ?」
「はい。縦縞の痣に魔素を通すことで発動する魔術。発動中は、任意の相手を私の声で虜にすることが出来るんです。効果の強弱もある程度はコントロール出来ますし、範囲も歌に乗せることでかなり広範囲まで広げることが出来ます。ランド様には手加減無しで発動させて頂きました」
「さっきのはそういうことか。でも耐えられた感じはしなかったと思うんだけど?」

 ランドが先程のことを思い出す。途中からセリシアのことしか考えられなくなっていたし、耐えられた実感はない。もし仮にファムが止めてくれなければ、セリシアを押し倒していただろうなと思う。

「耐えていましたよ? 私の本気の『魅惑の調べ』の的になれば、発情して狂ったように私を求めてきます。そうなれば後は生死すらも私の思うがまま」
「……恐ろしい力だな。でもなんで僕に力を使ったんだ? 流れ的に使う必要を感じないんだけど」
「申し訳ないとは思ったのですが、試させてもらったんです。ランド様が無詠唱特殊魔術に耐えられるのかどうかを」

 そう言ってセリシアが真剣な表情に変わり、ランドを見る。

「それは……耐えなければいけない場面が出てくるっていう認識でいいのか?」
「そうです。ランド様には炎の巨人ムスペルを倒して頂きます」

 セリシアの思いがけない一言に、ランドが思わず「はぁ?」と気の抜けた声を漏らす。

「僕が? 炎の巨人を? そもそも炎の巨人なんてどこに……って、氷の巨人がいたんだから炎の巨人もいるか」
「そうです。神話や文献にはムスペルがどうなったかの記述はありませんが、実はプレトリア近くに封印されています。NACMOナクモ端末でもムスペルの項目は割と詳細に出ますね。それによれば、やはり氷の巨人フリームスルスと同程度の脅威だということになっています」
「もしかしてだけど……僕が氷の巨人を倒したって言ったから期待してるのか? それなら残念だけど、倒したのは僕じゃない。神器を使って呼び出したレイラが倒したんだ。勾玉はもう砕けてしまったし、僕では神話の巨人を倒すなんて……」
「いえ。ランド様にしか出来ないんです。氷の巨人を倒したということは、氷の巨人と対峙したということですよね? どのくらいの距離感でしたか?」
「戦闘はレイラに任せたけど……目視できる範囲にはいたかな」
「であればやはりランド様は無詠唱特殊魔術に抵抗出来たということになります。ムスペルとフリームスルスは『破滅の進軍』という無詠唱特殊魔術を行使します。破滅の進軍の術中に落ちれば、目に映る全ての生物を殺すまで戦闘行為を続けてしまうようになるんです。ですがランド様は戦闘行為を行わずに見ていたんですよね?」
「そうだけど……僕である必要性を感じない。だって僕はただの半魔だし、神話時代の英雄の子孫でもなければ、縦縞の魔女でもない。それにセリシアも十二の咎……だっけ? 無詠唱特殊魔術に耐性があるんじゃないのか?」
「そうですね。ですが私では……いえ、ムスペルと同じ火属性のカグツチ家では決定力に欠けるんです。そもそもカグツチ家が神話時代にムスペルの封印を任されたのは、破滅の進軍によって狂った人々を、魅惑の調べで無力化するためなんです。ですのでムスペルは討伐ではなく、封印されているんです」
「そういうことか。でもちょっと待てよ……セリシアの魅惑の調べで破滅の進軍を無効化できるなら、別に耐性がなくてもいいんじゃないのか?」
「いえ。ムスペルの無詠唱特殊魔術は近づく程に効果が上がるようです。おそらく魔石を砕く位置まで近付けば、魅惑の調べでも完全には無効化出来ないでしょう。必ず何かしらの影響は出るはずです。つまり最後はランド様の抵抗力に掛かっているんです」
「『掛かっているんです』って言われてもな。炎の巨人って言うからには、火や炎を使うんだろ? フリームスルスも氷や冷気での激しい攻撃をしていたしな。レイラは何か特殊な力である程度防げてはいたけど……僕は防げないぞ?」
「その点も大丈夫ですよ。カグツチ家は火の魔術も使えますので、ランド様の火耐性を上げることは可能です。それよりも厄介なのが……」
「厄介なのが?」
「ムスペルの軍勢です」
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