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第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
burn blood─バーンブラッド─
しおりを挟む決着は一瞬──
虫型の魔獣が群がるノヒンに向け、ランドが大戦斧を振り下ろした。
大戦斧はノヒンの左肩口からメシメシと体にめり込み、そのまま左腕を千切り飛ばす。一方ノヒンは微動だにせず、残った右腕でランドを殴り付ける。
だがノヒンの拳が砕いたのは、ランドが首から下げた八尺瓊勾玉だ。勾玉はバキンッという音と共に黒い霧となって霧散し、殴られた衝撃でランドが吹き飛ぶ。と同時、吹き飛んだ勢いでガランと大戦斧が地面へ落ち、真経津鏡にもヒビが入る。
「今のおめぇを殴っても意味ねぇからな。悪ぃのはこの大戦斧……いや、俺の恨みだ。悪かったなランド」
ノヒンが落ちた自身の左腕と大戦斧を拾いながら、ランドに話しかける。
ランドはだらりと両腕を伸ばして座り込み、呆然としていた。大戦斧を手放せば正気に戻るかとも思ったが……
ランドの目は焦点が合っていないように見え、うわ言のように「嘘だ嘘だ」と呟いていた。
ノヒンは切断された左腕の断面を合わせて再生させ、これはどうしたものかと頭をガシガシと掻く。
「ちっ……俺のせいだって分かっちゃいるが胸糞悪ぃ……(……ランドにゃもう戦意はねぇみてぇだな……ならまずは……)」
先程殴り飛ばしたレイラの元へとノヒンが歩み寄る。こちらも勾玉を壊せば消えると思ったのだが、レイラはいまだ健在。だが想像以上に内臓へのダメージが大きいのか、立ち上がれずに口からゴボゴボと血を吐き出していた。おそらく超速再生などの力も完全ではないのだろう。
「悪ぃなおふくろ。……ってもこりゃ偽物か。勾玉壊しゃあ消えると思ったんだけどよ。くそっ……偽物だって分かっちゃいるがやりづれぇ……」
ノヒンが珍しく逡巡する。
こんな狂った世界でなければ、レイラとゆっくりとした時間を過ごせたのかもしれない。
いや……
「狂った世界じゃなきゃ俺はあんたから生まれてねぇんだよな。ヨーコにもジェシカにも……ルイスやランドやアルにも出会ってねぇ……。ははっ……マジで嫌んなるよなぁ……。悪ぃおふくろ……せめて苦しまずに……」
ガチンッとノヒンが右手を鞘に入れ、黒錆色の刃を鞘から引き抜く。そのまま引き抜いた刃をレイラの首にあてがったところで……
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 勾玉がっ! 勾玉がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
狂ったランドの叫びにノヒンの手が止まる。
「ちっ……想像以上にランドが壊れてやがんな」
「ど、どうするんだよノヒィィィン! これじゃあっ! これじゃあヨーコの魔石があっても愛し合えないじゃないかっ! ヨーコの! ヨーコに! ヨーコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
「うるっせぇんだよランド! 悪ぃが今はヨーコの魔石を持ってねぇ! 元から俺を殺したところでどうにもなんねぇんだっ! つーか勾玉で出した奴は偽もんだろぉが!」
「ヨ、ヨーコの魔石を持ってないだぁ!? ふざっ! ふざけるなよノヒン! どこだ!? どこに隠したんだ!?」
ランドが立ち上がり、ノヒンへ向けてよろよろと歩いてくる。
「ふざっけんなよノヒン! 僕が! 僕がヨーコと愛し合うにはそれしかないんだ! 偽者なのは百も承知だよっ! 分かってる! 分かってるんだ! ニヴルヘイムで生き返らせたヨーコはまたお前を愛する! だから! だから僕は勾玉の偽物を!! でもいいだろっ!? 僕は……僕には偽者だろうとなんだろうとヨーコが! ヨーコが必要なんだ!!」
ランドの話し方がしっかりとしたものに変わっていた。おそらく大戦斧の呪いから少しずつ解放されてきているのだろう。
「くそ……なんなんだよ……なんなんだよノヒン!!」
よろよろと歩いてきたランドがノヒンに掴みかかる。
「悪ぃランド。全部俺が悪ぃんだ。ヨーコの魔石もすまねぇ……。だけどよ、まだ終わっちゃいねぇ。望みはあるんだ」
「うるさいっ! 死ねよっ! 頼むから死んでくれよノヒンっ!!」
「悪ぃ……。前にも言ったが……やることやったらおめぇに殺されても構わねぇと思ってる。だからまだ待ってくれ」
「ふざっけるなっ! なんで……なんでだよ! なんで僕とアルを置いて行った!」
「俺のせいだからよ。おめぇも憎い相手と一緒になんていたくねぇだろ……?」
「ああ僕は君が憎いさ!! 憎くて憎くて憎くて……どうしようもないくらい君のことを大切だとも思っていた! アルだってそうだ! 知ってるか!? アルは君のことを男として好きだったんだ! それよりももっともっと……ヨーコと君のことが大好きだったから言わなかったんだ! アルは一度に大好きな相手を二人も失ったんだ!!」
「ちっ……んなこと言われてもよ。どうすりゃよかったんだ……?」
「はぁ!? そんなことも分からないのかよ!! 一緒に……一緒に僕達と後悔しながら生きてくれればよかったんだ! 世界中の悪意をぶっ壊すだぁ!? 僕達二人の前から逃げただけじゃないかよ!!」
「逃げた……か。そうだよな……あん時はとにかく全部ぶっ壊し……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
唐突にノヒンの背中に激痛が走る。
見ればノヒンの背中には、レイラの手刀のようにした手が差し込まれていた。そのままレイラの差し込まれた手がノヒンの魔石に触れ……
バキンッと、ノヒンの魔石から嫌な音が響いた。
「かはっ……うぅ……ぐ……マジ……かよ……」
ズルりとレイラの手がノヒンの背中から引き抜かれ、ノヒンがその場に倒れ込む。傷口からはどくどくと血が溢れ、再生する気配がない。
「なにやってるんだレイラ!」
「………………」
ランドがレイラに掴みかかるが、反応がない。勾玉で生成した生物は、生成時に書き込んだ命令をただこなすだけ。そうして最後の力を使い果たしたレイラもその場に倒れ込む。
「おいノヒンッ! な、何を寝てるんだっ!? 嘘だろ!? 君が! 君がこんなことくらいで!!」
「ぜはっ……ひゅー……ひゅ……わ、悪ぃ……なんか無理っぽいぜ……こりゃマジで……ご、ごはっ!」
ノヒンの口からびしゃびしゃと血が溢れる。
「ああ……くそ……しくったな……おいランド……聞いてるか……?」
「聞いてる! 聞いてるさっ! どうすれば! どうすればいい!?」
「いや……たぶん無理っぽいわ……だからランド……マジで大事なことだからよ……しっかり聞いてくれ……」
「な、何を遺言みたいなこと言ってるんだ! おいノヒンッ!!」
「ちっ……うるせぇな……あの黒い球体分かるか? ソールの方に出来たでけぇ……」
「黒い球体!? なんだよそれ!」
ランドは大戦斧によって狂っていた間の記憶が曖昧なようで、状況が分かっていないようだ。
「マジかよ……がはっ……くそっ! いいから聞け! ランド! ソールの方で次元が崩壊した! だけど元に戻るかもしんねぇ! 中にはヨーコの魔石と……魔石があれば死んだやつも完全に復活させられるもんがある! お前が言ってたニヴルヘイムってやつだ! 持ってるのはラグナス! 頼むランド! 俺ぁもうダメだ! お前が! お前がハッピーエンド目指せ! ぐぶぅ……げほ……げほ……ひゅー……ひゅ……」
「お、おいノヒン! ノヒン!!」
ノヒンの体が冷たくなっていく。失われた血も造血されず、喉がひゅーひゅーと鳴っている。
魔女や魔人は頭を潰すか魔石を砕けば──
死ぬ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ノヒン! ノヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!」
弱き者達のために、己の血を燃やし尽くした男の最後。
ランドは自分の腕の中で徐々に冷たくなっていくノヒンに対して──
叫ぶことしか出来なかった。
──第五章 夢の残火─喪失編─(了)
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