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第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
夢の残火
しおりを挟む「ではノヒン。今後のことだが、何をすべきかは分かっているな? (……元の関係に戻るとは言ったが、向かい合うと照れるな)」
ルイスが少し気まずそうにしながら、テーブルを挟んで座るノヒンに問いかける。
「とりあえず俺はディテッラーネウスの先にあるっつぅサハラウを目指す。ルイスは今まで通り鍛冶に専念してくれ(……マジでルイスのやつ普通に接してやがる……)」
「本当に何も聞かないのか? (……あぁ……やはり真剣な顔のノヒンはいいな……)」
「鍛冶師のおめぇに聞くことはねぇよ(……くそ……キリッとした顔のルイスはやっぱいいぜ……)」
二人が心の内を悟られまいと、普段よりも表情が固くなる。
「……本当に何も聞くつもりはないようだな。まあ、それに関しては了解した」
先程の情事に関してだが、ノヒンの性格からしてありえないことだったなとルイスは思う。それほどまでにノヒンが精神的に追い詰められているのだと感じた。何より情事の最中「悪ぃ、悪ぃルイス」と言いながら涙を流すノヒンを見て、ルイスの心は締め付けられた。
今のノヒンの精神状態であれば、自分が関わることで追い詰めてしまうのだろうとルイスも理解した。本当は一緒に戦いたいのだが、黙ってそれを受け入れる。傍から見ればおかしいのだろうが、今はそれが最善に思える。
「悪ぃな……お前のそういうとこ好きだぜ」
「お前は一度言い出したら聞かないことを知っているしな。それより渡したい物があるんだ」
「渡してぇ物? 新しい武器か?」
「……少し待っててくれ」
ルイスが立ち上がり、鍛冶場の奥から黒錆色の鉄甲と二枚の鉄の板を持ってくる。
「それは剣か? 柄がねぇみてぇだが……」
「これは呪具の刃だ。鉄甲に装着して使用する」
「呪具? 前に言ってたやつか? 確か魔素を使って鍛えるだかなんだか……」
「呪具とは魔素を──(なんだ? ノヒンのやつ私の顔をじっと見て……)」
ノヒンが相槌も打たずにじっとルイスの顔を見ている。
「……聞いているのかノヒン?」
「ん? あ、ああ! 聞いてたぜ? まあとにかくすげぇ武器なんだろ? おめぇが鍛えたんなら間違いねぇ(や、やべぇ……真剣な顔のルイスに見とれちまってたな……)」
「……本当に聞いていたのか?」
「ああ」
「では呪具とはなんだ?」
「強ぇ武器だ。だろ?」
「……ちっ、お前は興味のないことに興味が無さすぎる」
「興味がねぇことに興味がねぇのは普通じゃねぇか?」
「……まあいい。この鞘を付けてくれ」
そう言ってルイスが長い鞘を渡す。鞘と言ったが入口が広くなっていて、ノヒンの掌が入るくらいになっていた。
「変な形の鞘だな? ……んで?」
「……この黒錆の刃を鞘に入れて……この鉄甲も装備してくれ」
「鉄甲なら前に貰ったやつがあるぜ?」
「これは新しく作った呪具の鉄甲だ。手の甲の部分に特殊な仕掛けを施してある」
ノヒンが言われるがまま黒錆の鉄甲を装備する。
「装備したぜ?」
「……では掌を開いたままで左の鞘に右手を入れてくれ」
「こうか?」
ノヒンが軽く体を捻り、鞘の中に手を入れる。するとガチンという金属音がし、手の甲に刃が嵌った感覚がする。そのまま鞘から手を引き抜くと、スルスルと刃が出てきた。
「すげぇ仕掛けだな。どうなってんだ?」
「構造について聞きたいのか?」
「難しい話は勘弁だぜ?」
「……かなり高度な作業にはなるので詳しくは割愛させて貰うが、呪具には特殊な条件を付けることが出来る。鉄甲と刃に付けた条件は、お互いの魔素を擦り合わせることで魔素が結晶化。ガッチリと結び付くというものだ」
ノヒンが「へぇ。マジでくっついてやがる」と言いながら、鉄甲と刃を珍しそうに眺める。
「鞘にも条件を付けている。鉄甲と刃の魔素が結び付いた状態で鞘の中に入れることで、魔素の結晶化が解けるという条件だな。もう一度鞘に手を入れてみろ」
ルイスにそう言われ、ノヒンが鞘に手を入れると……
ガチンという金属音と共に、刃が外れた感触がする。
「マジですげぇな……ってもなんで普通の剣じゃねぇんだ? 正直使い慣れた剣の方がいい気がするけどよ」
「お前の性質を考えた結果だ。お前はかなり直感的に戦う。であれば武器は腕の延長線のような感覚で扱えた方がいいはずだ」
「まあルイスがそう言うならそうなんだろうけどよ、なんだか慣れねぇな」
「お前ならすぐに使いこなすさ。他に何か要望などあるか?」
「そうだな……この剣の半分。いや、三分の一くれぇの長さの刃と鞘も作れねぇか? でけぇ魔石だと殴って砕けねぇことがあんだ。事象崩壊なんちゃらってやつも負担が大きいしよ。相手の数が多い場面で使ってたら危ねぇ」
「了解した。形状は剣でいいのか? 聞いた限りでは、針のようにした方がいい気はするが……」
「いや、場合によっちゃあでけぇ魔獣の体を切り開くかもしんねぇからよ。剣の方がいいだろうな。んでもお前の判断に任せるぜ? 針の方がいいってんならそうしてくれ」
「いや、用途を考えたら剣の方がいいだろう。確かに針では突くことしか出来んしな。他にはあるか?」
「あとは……遠距離の武器とか作れるか? 飛んでる奴に対して攻撃手段が少な過ぎてよ」
「遠距離か。出来なくはないが……(遠距離武器は師匠が得意だったな。後で手紙でも送っておくか)……少し時間がかかるがいいか? 先に短剣の方を仕上げたいんでな」
「遠距離武器はあれば便利ってだけだから急がなくていいぜ? ないならないで戦い方は色々とあるしよ」
「お前の筋力ならば、その辺に落ちている物を投げただけでバリスタ並の威力になるだろうしな。まあ考えておくさ」
「いつも悪ぃなルイス。頼りにしてるぜ?」
「……鍛冶師としてだろう?」
「分かってるじゃねぇかよ。マジで最高だなおめぇは。ってもルイスの気持ちを蔑ろにしてる自覚はある。だからよ……」
「ありがとうな」と、ノヒンが頭を下げる。
「……すぐに出発するのか? 短剣が完成するまで時間がかかるが……」
「短剣もあれば便利ってだけだからな。とりあえず明日にでも出発する」
「……では今日はゆっくり休め」
「いや、飲みにでも行かねぇか? そういやルイスと飲みに出たことねぇなって思ってよ。腹も空いてんだろ?」
「……そういえばここ数日、作業に集中してまともに食事していなかったな」
「この辺は美味い酒場とかあんのか?」
「私がたまに行くのはシュクランという酒場だ。お前の口に合うかどうかは分からんが、バナナを原料にしたリラリラという酒は度数が高くて美味いな。料理に関しては様々な香辛料を使った肉料理が多い。辛みの効いた牛肉のスープは絶品だ。近くにアッサル湖という塩湖もあって塩も美味い。羊肉に塩をまぶして焼いただけのやつも美味い。その塩を使った干し肉も酒に合う」
「んじゃあ料理の注文に関しちゃあお前に任せるとするか」
「任せたなら好き嫌いは許さないぞ?」
「虫以外ならなんでもいいぜ? ……っても甘すぎるのはちょっとあれだな」
「虫が苦手なのか? 意外だな。甘い物に関しては大丈夫だ。この辺りは甘いドーナツに辛味のあるソースを付けて食べるほどだからな」
「虫に関しちゃあ食感が好きじゃねぇのが多いからよ、別に苦手なわけじゃあねぇな。甘いやつに関しても甘すぎなきゃ好きだぜ?」
「ジェシカのクッキーだろう? あれは本当に美味いからな。……まあとりあえずシュクランへ向かおう。そこでディテッラーネウスの越え方を教えてやる。地理情報を教えるくらいなら構わないだろ?」
「そうだな。悪ぃな。めんどうな性格しててよ」
「自覚してたのか?」
その後二人で鍛冶場を出て、ルイス所有の馬でエロラフの町を目指す。エロラフから東部は平野が広がっていて、ルイスが鍛冶場を設けたアルドゥコバ火山のある西部は岩石地帯。平野と岩石地帯の中間辺りがエロラフだ。
この辺りは数千年前まで岩石砂漠地帯だったのだが、ヨルムンガンドの大規模地殻変動でかなり形や性質が変わった。
エロラフ東部タジュラ港の北東には、かつてラビア半島と呼ばれる半島があった。それもヨルムンガンドによって海に沈められ、今ではラビア半島の残骸が剣山のように屹立するラビア湾となっている。
その残骸のせいでラビア湾の海流は荒れ狂っているので、船で通ることは不可能だ。つまりタジュラ港やエロラフを目指すにはディテッラーネウスを越える、もしくはイルネルベリやソール方面から海路で向かうしかない。
と言ってもイルネルベリは魔女や半魔を迫害していたので、タジュラ港との交易はしていなかった。ソール方面から向かおうにもイルネルベリ海軍がそれを阻む。
となればオーシュ連邦西武から、エロラフがある南東に向けてディテッラーネウスを越えればいいのだが……
魔女や半魔でない限り、ディテッラーネウスを越えることは難しい。
それもあってフリッカー大陸のエロラフは、謎に包まれた僻地として孤立していた。ただ行き来さえ出来れば良質の鉄や塩などを手に入れることが出来るので、命知らずの行商人などがオーシュ連邦からエロラフを目指すことが度々あったようだ。
「なあノヒン」
「真剣な顔してどうしたよ」
馬を走らせながら、ルイスがノヒンに問いかける。
「お前は……関わる人たち全ての灯火だ」
「はぁ? 灯火ぃ?」
「そうだ。だから……」
「はん! 灯火つっても消えかけだ。ただの残り火なんだよ……俺は。はは……だっせぇよな」
「残り火が全てを燃やすこともある。火が残っている限りは希望があるんだ。だからノヒン……」
「消えないでくれ」と、ルイスが小さく呟いた。
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