上 下
89 / 229
第一部 第五章 夢の残火─喪失編─

夢の残火

しおりを挟む

「ではノヒン。今後のことだが、何をすべきかは分かっているな? (……元の関係に戻るとは言ったが、向かい合うと照れるな)」

 ルイスが少し気まずそうにしながら、テーブルを挟んで座るノヒンに問いかける。

「とりあえず俺はディテッラーネウスの先にあるっつぅサハラウを目指す。ルイスは今まで通り鍛冶に専念してくれ(……マジでルイスのやつ普通に接してやがる……)」
「本当に何も聞かないのか? (……あぁ……やはり真剣な顔のノヒンはいいな……)」
「鍛冶師のおめぇに聞くことはねぇよ(……くそ……キリッとした顔のルイスはやっぱいいぜ……)」

 二人が心の内を悟られまいと、普段よりも表情が固くなる。

「……本当に何も聞くつもりはないようだな。まあ、それに関しては了解した」

 先程の情事に関してだが、ノヒンの性格からしてありえないことだったなとルイスは思う。それほどまでにノヒンが精神的に追い詰められているのだと感じた。何より情事の最中「悪ぃ、悪ぃルイス」と言いながら涙を流すノヒンを見て、ルイスの心は締め付けられた。

 今のノヒンの精神状態であれば、自分が関わることで追い詰めてしまうのだろうとルイスも理解した。本当は一緒に戦いたいのだが、黙ってそれを受け入れる。傍から見ればおかしいのだろうが、今はそれが最善に思える。

「悪ぃな……お前のそういうとこ好きだぜ」
「お前は一度言い出したら聞かないことを知っているしな。それより渡したい物があるんだ」
「渡してぇ物? 新しい武器か?」
「……少し待っててくれ」

 ルイスが立ち上がり、鍛冶場の奥から黒錆色の鉄甲と二枚の鉄の板を持ってくる。

「それは剣か? つかがねぇみてぇだが……」
「これは呪具の刃だ。鉄甲に装着して使用する」
「呪具? 前に言ってたやつか? 確か魔素を使って鍛えるだかなんだか……」
「呪具とは魔素を──(なんだ? ノヒンのやつ私の顔をじっと見て……)」

 ノヒンが相槌も打たずにじっとルイスの顔を見ている。

「……聞いているのかノヒン?」
「ん? あ、ああ! 聞いてたぜ? まあとにかくすげぇ武器なんだろ? おめぇが鍛えたんなら間違いねぇ(や、やべぇ……真剣な顔のルイスに見とれちまってたな……)」
「……本当に聞いていたのか?」
「ああ」
「では呪具とはなんだ?」
「強ぇ武器だ。だろ?」
「……ちっ、お前は興味のないことに興味が無さすぎる」
「興味がねぇことに興味がねぇのは普通じゃねぇか?」
「……まあいい。この鞘を付けてくれ」

 そう言ってルイスが長い鞘を渡す。鞘と言ったが入口が広くなっていて、ノヒンの掌が入るくらいになっていた。

「変な形の鞘だな? ……んで?」
「……この黒錆の刃を鞘に入れて……この鉄甲も装備してくれ」
「鉄甲なら前に貰ったやつがあるぜ?」
「これは新しく作った呪具の鉄甲だ。手の甲の部分に特殊な仕掛けを施してある」

 ノヒンが言われるがまま黒錆の鉄甲を装備する。

「装備したぜ?」
「……では掌を開いたままで左の鞘に右手を入れてくれ」
「こうか?」

 ノヒンが軽く体を捻り、鞘の中に手を入れる。するとガチンという金属音がし、手の甲に刃が嵌った感覚がする。そのまま鞘から手を引き抜くと、スルスルと刃が出てきた。

「すげぇ仕掛けだな。どうなってんだ?」
「構造について聞きたいのか?」
「難しい話は勘弁だぜ?」
「……かなり高度な作業にはなるので詳しくは割愛させて貰うが、呪具には特殊な条件を付けることが出来る。鉄甲と刃に付けた条件は、お互いの魔素を擦り合わせることで魔素が結晶化。ガッチリと結び付くというものだ」

 ノヒンが「へぇ。マジでくっついてやがる」と言いながら、鉄甲と刃を珍しそうに眺める。

「鞘にも条件を付けている。鉄甲と刃の魔素が結び付いた状態で鞘の中に入れることで、魔素の結晶化が解けるという条件だな。もう一度鞘に手を入れてみろ」

 ルイスにそう言われ、ノヒンが鞘に手を入れると……

 ガチンという金属音と共に、刃が外れた感触がする。

「マジですげぇな……ってもなんで普通の剣じゃねぇんだ? 正直使い慣れた剣の方がいい気がするけどよ」
「お前の性質を考えた結果だ。お前はかなり直感的に戦う。であれば武器は腕の延長線のような感覚で扱えた方がいいはずだ」
「まあルイスがそう言うならそうなんだろうけどよ、なんだか慣れねぇな」
「お前ならすぐに使いこなすさ。他に何か要望などあるか?」
「そうだな……この剣の半分。いや、三分の一くれぇの長さの刃と鞘も作れねぇか? でけぇ魔石だと殴って砕けねぇことがあんだ。事象崩壊なんちゃらってやつも負担が大きいしよ。相手の数が多い場面で使ってたら危ねぇ」
「了解した。形状は剣でいいのか? 聞いた限りでは、針のようにした方がいい気はするが……」
「いや、場合によっちゃあでけぇ魔獣の体を切り開くかもしんねぇからよ。剣の方がいいだろうな。んでもお前の判断に任せるぜ? 針の方がいいってんならそうしてくれ」
「いや、用途を考えたら剣の方がいいだろう。確かに針では突くことしか出来んしな。他にはあるか?」
「あとは……遠距離の武器とか作れるか? 飛んでる奴に対して攻撃手段が少な過ぎてよ」
「遠距離か。出来なくはないが……(遠距離武器は師匠が得意だったな。後で手紙でも送っておくか)……少し時間がかかるがいいか? 先に短剣の方を仕上げたいんでな」
「遠距離武器はあれば便利ってだけだから急がなくていいぜ? ないならないで戦い方は色々とあるしよ」
「お前の筋力ならば、その辺に落ちている物を投げただけでバリスタ並の威力になるだろうしな。まあ考えておくさ」
「いつも悪ぃなルイス。頼りにしてるぜ?」
「……鍛冶師としてだろう?」
「分かってるじゃねぇかよ。マジで最高だなおめぇは。ってもルイスの気持ちを蔑ろにしてる自覚はある。だからよ……」

 「ありがとうな」と、ノヒンが頭を下げる。

「……すぐに出発するのか? 短剣が完成するまで時間がかかるが……」
「短剣もあれば便利ってだけだからな。とりあえず明日にでも出発する」
「……では今日はゆっくり休め」
「いや、飲みにでも行かねぇか? そういやルイスと飲みに出たことねぇなって思ってよ。腹も空いてんだろ?」
「……そういえばここ数日、作業に集中してまともに食事していなかったな」
「この辺は美味い酒場とかあんのか?」
「私がたまに行くのはシュクランという酒場だ。お前の口に合うかどうかは分からんが、バナナを原料にしたリラリラという酒は度数が高くて美味いな。料理に関しては様々な香辛料を使った肉料理が多い。辛みの効いた牛肉のスープは絶品だ。近くにアッサル湖という塩湖もあって塩も美味い。羊肉に塩をまぶして焼いただけのやつも美味い。その塩を使った干し肉も酒に合う」
「んじゃあ料理の注文に関しちゃあお前に任せるとするか」
「任せたなら好き嫌いは許さないぞ?」
「虫以外ならなんでもいいぜ? ……っても甘すぎるのはちょっとあれだな」
「虫が苦手なのか? 意外だな。甘い物に関しては大丈夫だ。この辺りは甘いドーナツに辛味のあるソースを付けて食べるほどだからな」
「虫に関しちゃあ食感が好きじゃねぇのが多いからよ、別に苦手なわけじゃあねぇな。甘いやつに関しても甘すぎなきゃ好きだぜ?」
「ジェシカのクッキーだろう? あれは本当に美味いからな。……まあとりあえずシュクランへ向かおう。そこでディテッラーネウスの越え方を教えてやる。地理情報を教えるくらいなら構わないだろ?」
「そうだな。悪ぃな。めんどうな性格しててよ」
「自覚してたのか?」

 その後二人で鍛冶場を出て、ルイス所有の馬でエロラフの町を目指す。エロラフから東部は平野が広がっていて、ルイスが鍛冶場を設けたアルドゥコバ火山のある西部は岩石地帯。平野と岩石地帯の中間辺りがエロラフだ。

 この辺りは数千年前まで岩石砂漠地帯だったのだが、ヨルムンガンドの大規模地殻変動でかなり形や性質が変わった。

 エロラフ東部タジュラ港の北東には、かつてラビア半島と呼ばれる半島があった。それもヨルムンガンドによって海に沈められ、今ではラビア半島の残骸が剣山のように屹立するラビア湾となっている。

 その残骸のせいでラビア湾の海流は荒れ狂っているので、船で通ることは不可能だ。つまりタジュラ港やエロラフを目指すにはディテッラーネウスを越える、もしくはイルネルベリやソール方面から海路で向かうしかない。

 と言ってもイルネルベリは魔女や半魔を迫害していたので、タジュラ港との交易はしていなかった。ソール方面から向かおうにもイルネルベリ海軍がそれを阻む。

 となればオーシュ連邦西武から、エロラフがある南東に向けてディテッラーネウスを越えればいいのだが……

 魔女や半魔でない限り、ディテッラーネウスを越えることは難しい。

 それもあってフリッカー大陸のエロラフは、謎に包まれた僻地として孤立していた。ただ行き来さえ出来れば良質の鉄や塩などを手に入れることが出来るので、命知らずの行商人などがオーシュ連邦からエロラフを目指すことが度々あったようだ。

「なあノヒン」
「真剣な顔してどうしたよ」

 馬を走らせながら、ルイスがノヒンに問いかける。

「お前は……関わる人たち全ての灯火だ」
「はぁ? 灯火ぃ?」
「そうだ。だから……」
「はん! 灯火つっても消えかけだ。ただの残り火なんだよ……俺は。はは……だっせぇよな」
「残り火が全てを燃やすこともある。火が残っている限りは希望があるんだ。だからノヒン……」

 「消えないでくれ」と、ルイスが小さく呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ

阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
 どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。  心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。  「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。  「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

処理中です...