87 / 229
第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
ノヒンとルイス 1
しおりを挟む──ルイスの鍛冶場
ノヒンが鍛冶場へ戻るとルイスは厚い鉄の板を打っていた。よく見ると体から黒い霧を滲ませて、鉄の板へと魔素を送っているように見える。それを見てノヒンはルイスが本当に半魔になってしまったんだなと思い、胸が苦しくなる。
もちろんルイスが戦うために半魔となる道を選んだことは純粋に嬉しい。連れて行けば心強いだろうなとも思う。
だがやはりそれは出来ない。戦うということは殺されるかもしれないということだ。これ以上大切な相手が傷付くことには、耐えられそうにない。
「……よぉルイス。起きがけに暴れて悪かったな」
「……お前に相談しなかった私が悪いんだ。気にするな。それよりヴァン君はどうした? 今は集中しているので振り向けん」
「休眠モード? とか言って眠っちまったぜ? 一年くれぇは寝るらしいな」
「……ならば説明するのは私の役目だな。まずはどこから話そうか……」
「おめぇは何も言うなルイス」
「……どういうことだ?」
「おめぇは鍛冶師だ。戦いに口を挟むな」
「……何を言っているんだお前は?」
「だからおめぇは鍛冶師だ。今まで通り鍛治だけやってろ」
「……馬鹿にしているのか?」
「馬鹿になんてしてねぇよ」
「……ふざけているのか?」
「ふざけてもねぇよ。頼むから……」
「ふざけているだろうがノヒン!」
ルイスが鍛冶の手を止めて振り向く。その顔は目が見開かれ──
「そんな話が通ると思うか!? ジェシカや騎士団の皆は私の仲間でもあるんだぞ!? 自分だけ戦わずにいろと!? ……これがふざけているんじゃないんだとしたらなんなんだノヒン!!」
ルイスがノヒンに掴みかかり、まくし立てる。
「マジで頼むってルイス……。俺ぁ頭がどうにかなりそうなんだ……」
「ノ……ヒン?」
「分かってる……分かっちゃいるがダメなんだ。お前だけでも……お前だけでも生きててくれねぇか?」
「………………」
ノヒンは今まで見たこともないほど憔悴した顔で、ボロボロと涙を零していた。それを見たルイスが何も言えなくなり、しばらくの沈黙が訪れる。
「……なあルイス? やっぱ鍛冶は楽しいか?」
「……ああ、楽しいな。特にお前の剣を打っている時が一番楽しい。お前の戦い方や性格……骨格や呼吸など……お前を想像して剣を打っている時が一番幸せだ」
「気持ち悪ぃくれぇ俺の事を理解してくれてるもんな……」
「ああ、そうだな」
「ならよ……分かんだろ?」
「そう……だな。だが今だけだ。お前だけに任せていられないと判断したら、私は戦う」
「はは……好きだぜ? ルイスのそういうとこ。なんだかんだと俺のことを尊重してくれる」
「私も好きだ。なんだかんだと私を頼りにしてくれる。支え……なんだな? 私が今まで通りいることが、お前の唯一の……支えなんだな?」
ノヒンはなんとか前に進もうとはしている。だが精神的にはギリギリだった。ノヒン自身も今の状況でルイスが共に戦ってくれた方がいい事は理解している。だがそれをしてしまえば、おそらく精神が壊れる。
自分一人で全て背負う。
ノヒン自身もどれだけ自分が馬鹿でわがままなんだろうなと思うが……
生き残った者や自分の手の届く範囲の者に、ハッピーエンドを迎えて貰いたいと強く願う。
「だな。マジで頭がおかしくなりそうでよ。とにかく一人でやれるとこまでやる。わん公からも今後のことは聞いたからよ」
「私が色々と話さない方がいいんだろう? 魔素やアースのことなども含め」
「どんだけ俺のこと分かってんだよ……ルイスが女なら抱いてるとこだ」
「……いいぞ?」
「お、おいルイス……? 今のは冗談だぜ……?」
ルイスの顔がノヒンに近付き、そのまま唇を重ねる。舌先からルイスの体温を感じ、だが体は震えているのが分かる。
「……ぷは……男同士で何してやがんだぁ?」
「男だ女だなんて関係ない。お前が弱っている。癒してやりたい」
「ルイ……ス……」
精神的に参っているということもあったが、ノヒンはそのままルイスに身を任せた。現在ルイスはラグナスの導術が解け、完全な女性の姿。このまま続ければ確実に女性だとバレるだろう。
「……つーかおめぇ……ちょっと太ったか? なんか体が柔らけぇぞ? ……ってぇな! 殴んなよ!」
「……本当にお前はあれだな。デリカシーというものがないな。まあ悪かった。今のは冗談だから気にするな(……何をしているんだ私は……こんな卑怯な真似はダメだ。大丈夫……ジェシカは絶対に生きている……。正々堂々と勝負すると約束したからな……)」
「冗談でキスなんてしてんじゃねぇよ。ちょっと……つーかめちゃくちゃドキドキしちまったじゃねぇか」
「私が男なのにか?」
「おめぇが言ったんじゃねぇのかよ。男も女も関係ねぇって。ジェシカがいんのにこんなこと言うのは最低だけどよ、おめぇのことは割と本気で好きだぜ?」
「……浮気者だなお前は」
「まあ……最低だな。くそ……ジェシカに会いてぇし抱きてぇ……ってぇな! なんで殴んだよ!」
「……何となくムカついたからだな。そんなに性交はいいものなのか? 私は経験がないのでな」
「あぁん? 変なこと聞いてんじゃねぇよ。まあでも、好きな相手とすんのは最高だぜ? なんかこぉ……心が満たされるって言やぁいいのか……」
「……私としてみるか?」
「はぁ?」
「あ、いや……。い、今の発言は……」
ルイスが見るからに焦る。
「マジで何言ってやがんだ? どうやって? 男と男だぜ? あぁ……でもやろうと思えば出来んのか。戦場じゃあ男同士ってのもよく聞いたしな。確かラグナスも資金援助のために腐れ貴族の男とやってやがったな」
「……して……みたい……(ぐ……口が止まらん……私はこんなに意思が弱かったか……?) ……それになノヒン。私は本当はおん……(だ、だめだ……これを今言ったら本当の卑怯者だ……弱ったノヒンを篭絡など……)」
「なんでぇ? なんか言いてぇことあんのか?」
「ま、まあ性交云々は冗談だ。今後のためにもお前の体を隅々まで見ておきたいというのもあって、少し冗談を言わせて貰った。武具を作るのに細部の筋肉などを見るのは有用だからな(く、苦しい理由か……?)」
「まあそりゃそうか。そういう理由ならいいぜ?」
そう言ってノヒンが迷うことなく裸になる。仁王立ちだ。
「んで? どうすりゃいいんだ?」
「(な、なんでこいつは迷うことなく脱いでいるんだ……)……じっくり観察したいのでそこのベッドに横になってくれ(まずい……まずいまずいまずい……ノヒンの体……とても逞しく美しいじゃないか……。くぅ……頭がおかしくなりそうだ……)」
ルイスに促され、ノヒンがベッドに横になる。ベッドの下ではヴァンガルムが静かに眠っていた。
「……やはりお前の筋肉は素晴らしいな……(ぐぅ……ダメだ……。もう止まれない……)少しいいか……?」
「う! な、なんで舐めてやがんだぁ? か、鍛冶のためにやってんだろ?」
「……あ、汗のかきかたも知りたいんだ。塩分濃度である程度分かる(何を言っているんだ私は……? そんな理由通るわけ……)」
「ああそういうことか。マジでルイスは鍛冶のことになると細けぇな? 悪ぃなルイス」
「……気にするな(通った……だと? どれだけこの男は純粋なんだ……。罪悪感で押し潰されそうだが止まらん……)」
「お、おい! そ、そこもかぁ?」
「……鼠径部は足の動きを決定づける。大事な部分だ」
「う! ば、馬鹿ルイス! それは……」
30
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる