83 / 229
第一部 第五章 夢の残火─喪失編─
ヴァンガルム 3
しおりを挟む「すまないな。我のエラーのせいで情報に整合性の取れない部分もあるのだろう。これは正しく情報共有出来たか分からんが……ジェシカも分からんぞ?」
「そんな……そんなのはだめだ! 何度……何度ノヒンは愛した相手を失えば済むんだ!!」
「ラグナスであれば死ぬわけはないとノヒンは言っていた。明確な敵ではあるが、今はその敵を信じるしかないのだろうな」
ヴァンガルムのその言葉に、「本当に……ラグナスがやったのか?」とルイスが声を絞り出す。
「我は事が起きた後でこちらに来たので実際に見てはいないが……ノヒンの記憶によれば、そうなのだろうな。だがラグナスはオーディンの因子によって狂っているような印象を受けた。さらに神話をなぞらえるようにジェシカをノヒンに取られ、激しい嫉妬の感情に支配されていたように思える」
「ラグナス……許せはしないが……同情はする」
「オーディンは圧倒的武力を誇っていたがが、精神は不安定だった覚えがある」
ラグナスもオーディンの呪いのような執念に支配された、いわば被害者なのかもしれないとルイスは思うが……
だからといって、許すことなど到底出来そうにない。
「もし仮に……次元崩壊をラグナスが安定させ、世界の統合が再び起こったらどうなるんだ?」
「世界が統合されれば、アースに封印されたアウルゲルミルが復活するだろうな」
「やはりアウルゲルミルを完全に消滅させることは出来なかったのか?」
「ああそうだ。アースごと別次元へと飛ばされた我々は、長きにわたりアウルゲルミルと争っていたが……遂に倒すことは叶わなかった。だがアウルゲルミルの目的は『全ての生物を魔素で満たすこと』だ。それが完了して眠りについた」
「つまり……こちらには魔素によって降魔や半魔、魔女や魔人となっている者が少ない。そうなるとアウルゲルミルが再始動し、全てを魔素で満たそうとするということか。アースには普通の生物はいないのか?」
「いないな。全て半魔か魔女、あとは魔獣だ。一度ほとんどの人間が降魔になり、滅びかけはしたが……数千年かけて半魔と魔女の子孫を増やしていった」
ヴァンガルムはそこまで言うと「そうだ!」と、なにかに思い至ったように声を上げる。
「急にどうしたんだ?」
「いや、貴様も半魔や魔女になれると思ってな」
「……私が? なれるのか?」
「貴様はプロテクトのおかげで降魔になることはない。我の魔素を結晶化すれば、なることは出来るぞ? ノヒンと共に戦いたいと思っているのだろう?」
思いがけないヴァンガルムの言葉に、ルイスが目を見開く。
「……なりたい。私もなりたい! 悔しかったんだ! ノヒンの隣に立てないことが! 羨ましかったんだ! ノヒンの隣に立つジェシカが!」
ルイスが立ち上がり、拳を握って叫んだ。ルイスが感情的になることなど生まれてから数度しかない。その数度もノヒンに出会ってからである。
ルイスはノヒンに出会い、自分の中にも激しい感情があることに気付かされた。絶対に無理だと思われることに愚直に、ただひたすらに進むノヒンに憧れた。そのノヒンの隣に並び立つことが出来るなど、これほど嬉しいことはない。
「くく……貴様はノヒンのことになると感情的になるな」
「憧れ……愛した男だからな」
「もう元には戻れない上に、半魔になるか魔女になるかは分からんぞ?」
「頼む!」
「了解した。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に、『/convert crystallization einherjar』と白く輝く文字が現れ、ルイスの心臓が熱くなる。
「……ぐぅ……熱……い……うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ルイスの体から黒い霧が爆発するように発生し、包み込む。黒い霧はルイスをしばらく包み込んだあと、ゆっくりと体に吸収された。
「……ぐ……はぁ……はっ……これで……終わりか……?」
「ああ終わったぞ。どれ、状態を確認してやろう。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に、『/convert analyze Louis』と白く輝く文字が現れ、ルイスを黒い霧が包み込む。
「ほう……これは……」
「どうだ? 半魔か? 魔女か?」
「これは素晴らしいな……。貴様はロキと同じ多重半魔だ。サキュバス、ハルピュイア、マーメイド……セイレーンもか? 凄まじいな……。陸海空と制圧することが出来る。これはラグナスとやらの魔素を入れられていた影響なのだろうか……? なんにせよ素晴らしい。ここまでの多重半魔は、ロキ以外に見たことがない」
「こちらにそれらの魔獣情報がないが?」
「ああ、それもデータ共有が正しく出来ていなかったのだろうな。後でもう一度データ共有をして足りない部分を補完しようではないか」
「それは助かる」
「あとは……待つしかないとは言ったが、やれることはある。こちらにメディテッラーネウスはあるか?」
「メディテッラーネウス? ディテッラーネウスならばあるが。ああそうか、ヨルムンガンドの魔除けか」
「おおすまんすまん。こちらではそうだったな。そのディテッラーネウスの先の砂漠に、次元を越える力を持った刀が眠っている可能性がある」
「ディテッラーネウスの先にある砂漠? 『アッ=サハラーゥ・ル=クブラー』の事か?」
「な、長いな。普通にサハラウとは呼ばんのか?」
「サハラウ? 昔はサハラウと呼ばれていたのか?」
「まあ言語や地域によるが、一般的にはサハラウだ」
「では今後そう呼ばせてもらおうか。それで? サハラウに次元を越える力を持った刀があると?」
「そうだ。天之尾羽張と言って、これもアースガルズが作ったものだな。アースガルズでは北欧神話や東方の神話をよく参照していた」
「なぜそれがサハラウに?」
「氷の巨人フリームスルスは分かるか?」
「アウルゲルミルが生み出した巨人だろう?」
「それを封じたのがロキだ。確か天之尾羽張を使って次元の裂け目を作り、そこにフリームスルスを封じたはず。だがその時に天之尾羽張が損傷し、次元の裂け目を閉じることが出来なかったのだ。苦肉の策として、天之尾羽張を楔のようにして次元の裂け目を無理やり閉じた」
「それは……どうなんだ? 楔を抜いたら次元の裂け目が開いてフリームスルスが復活するんじゃないのか?」
「おそらくそうだが、ノヒンの事象崩壊魔術であればフリームスルスを倒すことは可能だ。ただ不安要素としては……ノヒンの事象崩壊魔術が完璧ではないということだな」
「リスクを犯してまで天之尾羽張を手に入れるメリットは?」
「天之尾羽張があれば東方の国にあるアースガルズに行ける可能性がある。そうなれば我を完全な状態へと修復することが出来るはずなのでな。場合によっては有用な神器や兵装が手に入るやもしれん。まあアースガルズが無事であればの話だが」
「なるほど……リスクはあるがリターンも大きいと。もし仮にアウルゲルミルが復活するとなれば、それなりの準備は必要だろうな。だが世界が統合されるのを待てば東方の国とやらも元に戻るんじゃないのか?」
「半々というところだな。東方の国はオーディンが世界を分断した際にアースとは別次元へと飛ばされたようだ。正直どうなるかは分からん」
「……となればやはり先手を打った方がいいか。ノヒンが目を覚ましたら話し合おう」
「了解した。ではそろそろデータ共有で足りない部分の情報を補完しようではないか。『アクセプト』」
ヴァンガルムの目の前に、『/convert data sharing Fenrir and Louis』と白く輝く文字が現れ──
ヴァンガルムとルイスを黒い霧が繋ぐ。
31
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ
阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。
心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。
「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。
「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした
田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。
しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。
そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。
そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。
なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。
あらすじを読んでいただきありがとうございます。
併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。
より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる