上 下
79 / 229
第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─

崩壊 3

しおりを挟む

「ま、待て霧野郎!! まだジェシカとヨーコが!!」
(誰だそれは!?)
「あ、あそこだ! あそこにいるんだ!!」

 ノヒンが指差した先──次元の裂け目がビキビキと広がり、魔素が溢れ出している。

(馬鹿か貴様!? あそこは次元崩壊の爆心地だ!!)
「離せっ!! 離しやがれっ!! くそっ! くそっ!! ジェシカ!! ヨーコ!!」
(諦めろ!! 運が良ければ別次元で生きているはずだ!! もう会うことはないだろうが……死ぬよりはマシだろう!!)
「なに言ってんだよ! 死なねぇんならあそこに突っ込めよ!!」
(運が良ければと言っただろうが!! とにかく離脱するぞ!!)
「くそっ! っざけんな!! 戻れ! 戻れよ!! ジェシカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!! ヨーコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
(ちっ! 五月蝿くて集中出来ん! 『アクセプト』)

 黒い霧──ヴァンガルムの目の前に、『/convertコンバート blackoutブラックアウト Van’sヴァンズ bloodブラッド』と白く輝く文字が浮かび、ノヒンが意識を失う。

(この程度の導術で意識を失うとは……こやつ相当弱っていたようだな。さて……久しぶり過ぎてこの世界のことはほとんど分からん。こやつの記憶を少し覗かせて貰おうか……『アクセプト』)

 ヴァンガルムの前に、『/convertコンバート outputアウトプット Van’sヴァンズ bloodブラッド dataデータ』と白く輝く文字が浮かぶ。

(ふむ……ここから近いのは……ニャール……イルネルベリ……どちらも次元崩壊の規模によっては巻き込まれるな……。となると……エロラフ……であれば安全そうだ。ここのルイスとやらのところに行けばよいか……おおっ! NACMOが安定してきおった!! これならば!!)

 ヴァンガルムが漆黒の毛並みの巨大な狼の姿へとなる。

(まあここまではいいのだが……NACMOの量的にこの姿を保つのは数刻が限度だな……。ちっ……またあのみすぼらしい子犬の姿にならねばならんのか……。損傷した魔石の修復をしたいが……こちらにアースガルズがあればいいのだが……見たところ技術的にアースガルズがある痕跡がない)
「……っざけん……な……戻……れ……戻り……やが……」
(もう意識が覚醒したのか!? さすがはヴァンの血族。超速再生、損傷強化、敵対強化、事象崩壊魔術と使えてはいるようだな。だがあの事象崩壊魔術は不完全だった。もしや魔術刻印に損傷でもあるのか……? であれば他の魔術の発動は期待出来んかもしれんが……)
「……降ろし……やがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 戻れ! 戻れよっ!! ジェシカァァァァァァァァァァァァァァッ!! ヨーコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
(ちっ……五月蝿くてかなわん! 少し黙らんか!!)
「てめぇっ!! いいから戻れっ!! ぶっ殺すぞ!! つーかなんだぁ? でけぇ犬みてぇになりやがって!! とにかく戻れやっ!!」
(もう遅い。あの辺り一帯は次元崩壊に巻き込まれた。後ろを見てみろ)

 ヴァンガルムに促され、ノヒンが背後を確認する。そこには巨大な黒い球体が見え、全てを飲み込むように徐々に範囲を広げていた。

「くそっ! なんだよ! なんなんだよ!! ジェシカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!! ヨーコォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
(ぐぅ……耳元で叫ぶなっ!! ……だがあの球体……次元崩壊にしては安定しているな……。まさかあの規模を……? いや……そんな訳は……)
「なんだ!? おいわん公!! あの球体がどうかしたのか!?」
(いや、次元崩壊にしては安定している。内部で何者かがコントロールしようとしているのかもしれん。だがそんなことが出来る奴など……全盛期のオーディンやヴァンが力を合わせれば何とかなるだろうが……)
「あの中にはラグナスがいる! ラグナスはオーディンの生まれ変わりだ! しかもヴァンってのはレイラの先祖か!?」
(ああそうだ。レイラはヴァンの子孫。貴様はそのレイラの子なのだろう?)
「ああそうだ! ラグナスもな!!」
(なんだと!? ではそのラグナスとやらはオーディンとヴァンの力を受け継いでいるというわけか。ならば通常では有り得ん導術を使えるやもしれん……)
「つまりなんだぁ!? あそこに戻れんのか!?」
(それは出来ん! あくまで内部で安定させている者がいるかもしれんということだ! あの球体に突入して無事でいられる保証はない!!)
「んなこたぁどうでもいい!! 可能性があるなら戻れやわん公!!」
(貴様は馬鹿なのか? あそこに戻るよりも、安定するならば待った方が可能性が高い! あの内部にいる者に会いたければ待つことだな!)
「待ったら会えんのかよ!!」
(なんとも言えん。現段階で死んでいるやもしれんし……ぐあっ!! 何をする貴様!!)

 ノヒンがヴァンガルムを殴り付ける。

「言葉には気を付けろやわん公! ぶん殴るぞ!!」
(もう殴ったではないか! ちっ……ヴァンやレイラと違って貴様は口も悪く気性も荒いな)
「ちっ! 悪かったなぁ? けどよ……」

 「……待てば……いいんだな?」と、ノヒンが消え入りそうな声を絞り出す。

(なんだ? 急に聞き分けがいいではないか。まああくまで可能性が高いのは待つという選択肢だ。貴様の言うラグナスとやらは敵らしいが……そいつを信じることだな)
「色々あり過ぎてよ……暴れたって仕方ねぇのは分かってんだ。それによ……ラグナスは敵……なんだろうが……あいつが簡単に死ぬとは思えねぇ」
(色々と聞くのが面倒だな。『アクセプト』)

 ヴァンガルムの前に、『/convertコンバート outputアウトプット Van’sヴァンズ bloodブラッド dataデータ』と白く輝く文字が浮かぶ。

「なんだぁ……? 胸が……熱ぃ……」
(貴様の魔石のデータ……まあつまり記憶を読んでいる。さっきは貴様にゆかりのある地理データを選んで読んだだけなのでな。ほう……なるほど……ヨーコに……ジェシカ……ラグナス……か。これから会うルイスは……普通の人間のようだな)
「勝手に人の記憶を覗いてんじゃねぇっ! ぶっ殺すぞわん公!!」

 ノヒンがヴァンガルムの背中を殴りつける。どんな状況だろうと人の記憶を勝手に見ていい道理などない。ましてや記憶を見るということは、ヨーコのあの無惨な姿を見られるということだ。

(ぐぅ……暴れるでない! 落ちるぞ!!)
「っざけんなっ! 見られたくねぇ過去だってあんだよ!! わん公にはんな事も分かんねぇのかっ!!」
(いやすまない。時間が惜しいのでな。それにしても貴様……大変だったのだな……)
「知ったような……」

 ノヒンがギチギチと拳を握る。

「……わん公が知ったような口きいてんじゃねぇっ!! 俺が大変だっただぁ? 『俺が』じゃねぇっ! 抵抗する力もねぇ奴らが大変なんだ! この世界は腐ってやがんだよっ!!」
(……口は悪いが心根は優しいのだな)
「あぁ? うぜぇこと言ってんじゃねぇよっ!!」
(これはこれで悪くないな。貴様……いやノヒンか。我がこの姿でいられる時間が少ない。聞きたいことがあれば今のうちに聞いておけ)
「聞きてぇことなら山ほどあんだ!! 時間がねぇなんて言わせねぇっ!!」
(よく叫ぶ奴だな)
「てめぇは頭ん中に話しかけて気持ち悪ぃ奴だな!」
(この姿は発声器官がまだ損傷中でな。そのうち直るだろうが……と、そろそろエロラフに着くぞ)

 気付けばフリッカー大陸、鍛冶場町エロラフが目と鼻の先まで迫っていた。ルイスの工房はエロラフから少し離れた山の中。記憶を読んだヴァンガルムが人目を避けながら──

 ルイスの工房まで向かう。



 ──第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編(了)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

処理中です...