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第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─
エインヘリャルの儀/前夜 2
しおりを挟む呆然とするノヒンをよそに、ラグナスが淡々と語る。
「グレイスは……ユグドラシルを安置した部屋の扉を開けるのに聖王の命が必要だったのでね。扉の鍵、フレースヴェルグに命を喰わせた」
呆然としていたノヒンが「レイラ……」と呟く。あまりにも唐突で信じ難いラグナスの言葉。
「……おいラグナス! 聞き間違いじゃなきゃ今……『私の母レイラ』って言ったか……?」
「……そうだ。君と私の母……レイラだ。まさか君の母がレイラだったとは私も驚いたよ。とても信じられない偶然だね? 私も昨日カサンドラを殺すときに聞いたんだ。レイラは死の間際まで私の名前とノヒン……君の名前を叫んでいたと。それを聞いた瞬間に私はカサンドラの心臓を抉り出していた。なんて残酷な運命だろう……と思ってね」
ラグナスの口から語られる、残酷かつ信じられない現実。
「何を……何を淡々と話してやがんだ! つーことは俺とお前が兄弟ってことじゃねぇかよ!」
「そうなるな。レイラはお前を産んだ後でグレイスに拉致され、私を産んだ。その後数年は私と穏やかに過ごしていたのだが……ある日レイラは、このオーディン教会で遺体となって発見された。とても酷い拷問を受け、首を切断された状態でね。その後レイラの遺体はグレイスが防腐処理をしてトマンズの地下に眠らせた。私が母レイラの死を知ったのは偶然トマンズの地下に入った時だ。私は発狂したよ。レイラのことが大好きだったからね。発狂した私の魔石はオーディンの因子が目覚め、別次元からオーディンの専用兵装スレイプニルを呼び寄せた。知らないか? トマンズに向けて流星が落ちた日のことを。あれから私の復讐の日々が始まったんだ」
「ちょっと待てよ……トマンズに流星が落ちた日って言やぁ……」
そう……
それは八年前にノヒンとヨーコが出会い、皆でハッピーエンドを願った流星。
あの時ランドは流星を天馬だと言った。あれは流星ではなく、オーディンの専用兵装スレイプニルだったということだ。
「ちっ……マジでランドのやつ目がいいじゃねぇかよ。んで? そんな前からおめぇは復讐のことだけを考えて生きてきたってことかよ」
「復讐と再会だ。この教会に安置されていたユグドラシルは、過去二つに分けられた世界を元に戻すことが出来る。そしてもう一つの世界には、死者を復活させることが出来るヘルの専用兵装ニヴルヘイムがある。まあつまり……世界を魔素が溢れる世界へと戻し、ヘルの専用兵装を手に入れ、レイラを生き返らせることが私の目的だ。ジェシカが必要なのはヘルの専用兵装を使って貰うためだね。だがユグドラシルを完全起動するには大量の魔素が必要でね。それを補うために私はレイナス団を作った。私の導術エインヘリャルは、私の魔素で満たした相手に、特別な魔石を生成することが出来る。通常の魔石よりも大量の魔素を発生させる魔石をね。まあつまり、団員の心臓に魔石を生成し、抉り出してユグドラシルの起動に使う。現段階でもユグドラシルは起動したが、やはり少ない魔素量だと小規模次元干渉しか出来なくてね」
「だめだ、全っ然意味が分かんねぇ。知らねぇ単語が多すぎる。だけどよ……おめぇを斬らなきゃなんねぇのは俺でも分かる。つーかなんでおめぇは正直に話したんだ? まあ話せっつったのは俺だけどよ、この話をして俺が納得すると思ったか?」
「ふふ」
ラグナスがまるで子供のような無邪気な顔で笑う。
「なにを……笑ってやがんだ!!」
「君が真っ直ぐな男で本当に助かったよ。私が話をすると言えば馬鹿正直に話を聞くと思ったんだ。おそらく当日邪魔をされると思って……時間稼ぎだったんだが気付かなかったか?」
「はぁ? 時間稼ぎぃ? 何を言っ……ぐぅ……てめぇラグナス……な、なに……しやがっ……た……」
唐突にノヒンが意識を失い、その場に倒れ込む。
「ノヒン……? おいノヒン起きろ!! どうした!? ラグナス貴様! ノヒンに何をした!!」
「私ではなくロキだよ。私がノヒンと話しをしている間、ノヒンに幻術をかけるようにお願いしていたんだ。かなり時間がかかったが……やはりノヒンは恐ろしい相手だな」
「幻術……? 何故ノヒンに幻術を……?」
「君もノヒンの強さは知っているだろう? 正直ノヒンの強さは私を超えている。特にキレたノヒンは未知数の強さだ。明日のエインヘリャルの儀を邪魔されても困るので、確実に殺そうと思ってな。それにノヒンが生きていては君も私の子を産んではくれないだろう?」
「何を……言ってるんだ……? ノヒンがいなければ……私がラグナスの子を産むと……? 馬鹿に……馬鹿にするなラグナス! 私はノヒンとしか愛し合わない! ノヒンの子しか産むつもりはない!! どうしたんだラグナス!? おかしくなってしまったのか!?」
「おかしくなどなってはいないさ。愛し合うどうこうの話じゃないんだよジェシカ。安定した世界のために、オーディンとヘルの因子を持った一族が必要だという話だ。これは愛をもって行う性行為ではなく、未来のための儀式」
「ふざけるな! 私はノヒンがいない世界で生きるつもりはない! ノヒンが死ぬと言うのなら……私は自死を選ぶ! 例え無理やり私を孕ませようと……必ず自死するぞ!」
「やれやれ。すっかり嫌われてしまったな。ではノヒンを生かしてやると言ったら? 君は私の子を産むか?」
冷酷なラグナスの目──
「……くっ……卑怯だぞラグナス!!」
「なんとでも言ってくれ。私はこのためだけに生きてきた。他者を省みたことなど一度もない。実はこの状況には私も頭を痛ませているんだ。まさか君とノヒンが愛し合うとは思っていなかったからね。てっきり君は私を愛しているものだと思っていたよ」
「ああ! 愛していたさ! 依存していた! ラグナスは私にとって全てだった! だけど……そんな私をノヒンは変えてくれたんだ! 依存するのではなく! お互いに必要とし合える! 本当の意味で愛するって意味を教えてくれたんだ!」
「では……そんな愛する男のために体を張ったらどうだ? 君との子さえ手に入れたら後は好きにすればいい。なんならノヒンと一緒にいさせてやってもいいぞ?」
「……くそ……本当に最低だなラグナス……。だが……本当にそうすればノヒンを殺さないでくれるのか……? またノヒンと一緒にいられるのか……?」
「ああ、約束しよう」
「レイナス騎士団のみんな……は?」
「それは無理だ。諦めてくれ」
「諦められるわけ……ないだろ……? なあラグナス……どうす……れば……」
そこまで言うと、ジェシカも意識を失う。
「ようやくジェシカも幻術にかかってくれたか。さすがヴァンとヘルの血族だな。よくやってくれたロキ」
「まさかここまで私の幻術に耐えるとは思わなかったぞ。それよりどうする? ノヒンは殺すのか?」
「いや、ジェシカはノヒンが死んだと分かれば自死する可能性が高い。それが分かっただけでも話した価値はあったな」
「ではどうする? このままいつまでも幻術に捉えておくことは出来ないぞ?」
「それであれば簡単だ。小規模の次元干渉であれば現状でも出来る。この教会を別次元へと移し、そこにノヒンを閉じ込める。ユグドラシルやフギン、ムニンは回収済みなのでもうこの教会に用はないのでな」
「言うほど簡単ではないだろう? 次元干渉は使用者の脳領域にかなりの負荷がかかる。あまり乱発はしない方がいいとは思うが……」
「ノヒンの強さは君も知っているだろう? 別次元へ隔離するくらいのことはしておいた方がいい」
「確かに。こやつは専用兵装なしで私のミョルニルを打ち破った。底が知れんやつだ」
「ユグドラシルが完全起動さえすれば、ノヒンを殺す必要もなくなる。あくまで明日のエインヘリャルの儀を邪魔されたくないだけ……なのでな」
「……貴様の行動に少し一貫性が欠けて見えるのは気の所為か? ノヒンを殺したいのか? 生かしたいのか?」
「どうだろうな? 私も色々と大変なんだ。ではユグドラシルを起動、教会を隔離する。中にノヒンとジェシカを閉じ込めるので、ロキは幻術で二人の記憶操作でもしておいてくれ」
「ヘルの流れを汲む者も閉じ込めるのか?」
「明日のエインヘリャルの儀までだ。ユグドラシルを起動すればいつでもこちらに戻せる。これからジェシカは愛してもいない私に抱かれるんだ。その前に愛する者同士を一緒にいさせてやろうと思ってな」
「やはり……一貫性に欠けるな。大丈夫か貴様?」
「ああ大丈夫だ。やることはやるさ」
ラグナスが金色に輝く魔石のような物を胸元から取り出す。そのまま金色の魔石に魔素を込めると、魔石からは枝のように光り輝く筋が現れて教会を包み込み──
教会の位置が大きくずれた。
「少しずれてしまったな。思ったより操作が難しい」
「何故目視出来るようにした?」
「いやなに、ノヒンに明日のエインヘリャルの儀を見せてやろうと思ってな。安心しろ。見えているのは私達だけだ。他の者には正面に教会があるように見えている」
「貴様……もしやノヒンに止めて貰おうなどと思ってはいまいな?」
「次元の壁で隔離したんだ。ノヒンに何か出来るとでも?」
「いや……そうだな。私の考えすぎか。だが約束は守ってもらうぞ? 世界が元に戻った暁には……本気の貴様と戦わせて貰う」
「ああいいぞ? 私が勝てば完全な忠誠を誓ってくれるんだろう?」
「そうだ。あくまで今は貴様が完全な力を取り戻すために協力しているに過ぎないのでな」
「君は本当に戦闘狂だな」
「退屈なだけだ」
「なあロキ。私は……」
ラグナスが「私は誰だ?」とロキに問いかけようとして──
やめた。
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