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第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─
エインヘリャルの儀/前夜 1
しおりを挟む──時間は戻り、『エインヘリャルの儀』前夜、ソール城王宮中庭
「なんでここにロキがいんのかはこの際聞かねぇでやるよ。お前が待てっつぅからあれから二ヶ月待った。招集したってことは世界を変える準備が出来たってことでいいんだな?」
季節外れの花々が咲き誇る王宮の中庭で、ノヒンがラグナスに問う。
月光に照らされたラグナスの姿は酷く朧気に見え──
まるでラグナスの周囲だけ、時間が止まっているような気さえする。この次元からラグナスという存在だけが切り離されているかのような、圧倒的な異質感。
「ああそうだ。明日の式典エインヘリャルの儀で全てを変える。弱き者達が蹂躙される世界は終わりを迎えることになる」
「ちっ、またそうやって訳分かんねぇ言葉で濁すのか? 正直俺にゃあ明日で世界が変わるとは思わねぇ。ジェシカだってそうだ」
ノヒンがジェシカに水を向け、話すように促す。
「ラグナス……この二ヶ月お前を信じ、あえて何も聞かずに過ごさせて貰った。そのおかげで私はノヒンとゆっくりとした時間を過ごし、今はとても満ち足りている」
紡ぐ言葉とは裏腹に、ジェシカの顔は不安に満ちている。
「ラグナスが目指している世界と言うのは……この世界の皆が私のように満ち足りた時間を過ごすことが出来る世界……なのか? 明日のその式典を終えれば世界は変わる……のか? そんなこと可能……なのか?」
一言一言、確認するようにジェシカが問う。
「私の言葉が足りないばかりに不安な思いをさせたようだね。すまなかったなジェシカ」
「ち、違う! 別に私は謝って欲しくて言っている訳じゃない! なぁラグナス!? 私とノヒンでお前の言葉の意味を考えたんだ。お前が言う『弱き者』とは魔女や半魔のことなのか? お前は魔女や半魔だけを救おうと考えているのか!?」
「大丈夫だよジェシカ。そんなに怖がらないでくれないか?」
「だからラグナス……! 答えて……答えてよラグナス!!」
ジェシカが涙ながらにラグナスに詰め寄る。ジェシカにとってラグナスは全てだった。世界そのものだった。ノヒンと出会い、愛し合うようになってからも、ラグナスが特別だという思いは変わらない。
ここでラグナスがどう答えるかによっては、完全に道を違えることになる。いや、すでに答えは分かっていて、それを聞くのが怖くて先延ばしにしてきただけなのかもしれない。
「そうだね。私が言う『弱き者』は圧倒的少数の魔女や半魔だ。だけど魔女や半魔以外を全て滅ぼそうという訳ではないんだよ? 少数という現実を変えるんだ。魔女や半魔も少数でなければ差別もされなければ迫害もされないだろう? つまり魔女や半魔を普通の存在にするんだ。元に戻すと言えばいいのかな?」
「分からない……分からないってラグナス! ラグナスが語るその世界には『普通の人間』は含まれているのか!? お前の語る未来に『普通の人間』は存在出来ているのか!?」
「君の言う『普通の人間』というのは……私の母を殺したやつらのことか? 君の母を殺したやつらのことか? 残念ながらこの世界の『普通の人間』というやつらは、魔女や半魔を殺す。自分達と少し違うというだけでだ。やつらは数にものを言わせ、少数を蹂躙する。私はその数の差をこの世から無くそうと考えているんだ」
「それを可能にするのがエインヘリャルの儀……?」
「そう、全てを元に戻す儀式だ。犠牲なくユグドラシルを起動出来ればそれに越したことはなかったんだが……どうしてもユグドラシルの完全起動には犠牲が必要でね」
「犠牲……? ユグドラシル……?」
「そう、犠牲だ。私のエインヘリャルは新たな世界の犠牲になってもらう。とまあ……このまま説明しないのもフェアではないか。オーディン教会で私が何をしようとしているかの説明をしよう。ノヒンもそれでいいか?」
「ああいいぜ? ……っても納得出来ねぇことだってのは今の段階で分かった。たぶんその話を聞いたら……俺はお前を斬るぜ?」
「そう……なるのだろうな。分かっていた……分かっていたからこそ、私も言葉を濁していたのだろうな。私も己の道は曲げられん。もし君と道を違えるのならばその時は……」
ラグナスの纏う雰囲気が変わる。
おそらくこの先の流れは決定的なのだろう。今ここで決着をつけてもいいのだろうが……
ノヒンにとってラグナスは──
ラグナスにとってノヒンは──
すでにただの友ではなく、友を超え、戦友を超え、それこそ血を分けた家族のような存在へとなっていた。
二人の理想は重なり、同じ場所を目指して戦場を駆けているのだと思っていた。だがラグナスの口ぶりから察するに、ラグナスはノヒンやジェシカを騙していた……ということになるのだろう。
---
──オーディン教会
「ここがオーディン教会だ。君達は来るのが初めてだろう?」
ラグナスに伴われ、ノヒンとジェシカがオーディン教会礼拝堂の前に立つ。来るのは初めてだが、ここがただならぬ場所であると二人は感じていた。
「すげぇ荘厳な雰囲気だな……馬鹿な俺でもここが他とは違うことが分かるぜ」
「ああ……私も体が勝手に震えている。怖いな……ここは……」
「大丈夫かジェシカ?」
ノヒンがジェシカを抱き寄せ、しっかりと手を握る。
「君たちも……初めて出会った時からは考えられないような関係になっているな。やはりヴァンとヘルの流れを汲むということなのだろう」
「ちっ、だからなんなんだよ、その『ヴァンやヘルの流れを汲む』ってのは。ロキも同じこと言ってやがったしよ。つーかロキはどこ行った?」
「ロキならば離れた場所で待機させている。ロキはお前達に全て話すことには反対らしいのでな」
「それは俺とジェシカがお前に敵対するかもしれねぇからか?」
「そうだな……『するかも』ではなく『する』んだろうな。初めは君の圧倒的な力に心を奪われた。私の道のために君の力が欲しいと思った。それがいつしか私は……君のどこまでも真っ直ぐな心に惹かれ……私の道などどうでもよくなっていた時期がある。このまま君と共に歩む世界も悪くないとな」
「へぇーそりゃどうも。まあその口ぶりからするってぇと……もう無理なんだな? 戻れねぇとこまでお前は行っちまったってことなんだな?」
「そうだな。君は真っ直ぐ過ぎる。真っ直ぐ過ぎるが故に、これから私の成すことを絶対に受け入れはしないだろう……と、また回りくどいことを言ってしまったな。端的に話すがいいか?」
「分かりやすく頼むぜ?」
「私は明日……レイナス騎士団団員の命を以て、次元干渉デバイスユグドラシルを完全起動し、世界を元に戻す。それに伴って新しき世界を統べる者として、ジェシカとの子を成す」
しばらくの静寂が流れる。
予想以上に受け入れ難い言葉。ジェシカはラグナスの言い放った言葉を受け止めきれず、震えながらノヒンに抱きついている。
「ちっ、冗談にしちゃあ笑えねぇな」
「冗談ではない。すでにユグドラシルの起動は確認した。まあ見てもらった方が早いか」
そう言ってラグナスがオーディン教会礼拝堂の扉を開ける。そこには十字架に磔にされ、絶命している二人の男女の姿。
ステンドグラスの天窓から差し込む月光に淡く照らされ、二人の男女の死体はまるで──
幻想的な神話世界の一幕を切り取ったような、悍ましくも怪しい美しさに彩られていた。
「……これはグレイスと……誰だ?」
「カサンドラだノヒン……カサンドラはグレイスの第一夫人で……ラグナスの母を殺したという噂の……うぅ……ラグナス……。これはなんだ? 私はもう……何がなんだか……」
ジェシカが現実を受け入れられず、情緒が不安定となる。
「そう……私の母レイラを殺したカサンドラだ」
ラグナスの口から信じられない言葉が紡がれ、ノヒンが絶句する。レイラとは──
失踪したノヒンの母の名前だ。
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