覚悟ガンギマリ系主人公がハーレムフラグをへし折りつつ、クールな褐色女戦士をデレさせて異世界を救うパワー系ダークファンタジー/ヴァンズブラッド

鋏池穏美

文字の大きさ
上 下
75 / 229
第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─

エインヘリャルの儀/前夜 1

しおりを挟む

 ──時間は戻り、『エインヘリャルの儀』前夜、ソール城王宮中庭

「なんでここにロキがいんのかはこの際聞かねぇでやるよ。お前が待てっつぅからあれから二ヶ月待った。招集したってことは世界を変える準備が出来たってことでいいんだな?」

 季節外れの花々が咲き誇る王宮の中庭で、ノヒンがラグナスに問う。

 月光に照らされたラグナスの姿は酷く朧気に見え──

 まるでラグナスの周囲だけ、時間が止まっているような気さえする。この次元からラグナスという存在だけが切り離されているかのような、圧倒的な異質感。

「ああそうだ。明日の式典で全てを変える。弱き者達が蹂躙される世界は終わりを迎えることになる」
「ちっ、またそうやって訳分かんねぇ言葉で濁すのか? 正直俺にゃあ明日で世界が変わるとは思わねぇ。ジェシカだってそうだ」

 ノヒンがジェシカに水を向け、話すように促す。

「ラグナス……この二ヶ月お前を信じ、あえて何も聞かずに過ごさせて貰った。そのおかげで私はノヒンとゆっくりとした時間を過ごし、今はとても満ち足りている」

 紡ぐ言葉とは裏腹に、ジェシカの顔は不安に満ちている。

「ラグナスが目指している世界と言うのは……この世界のみなが私のように満ち足りた時間を過ごすことが出来る世界……なのか? 明日のその式典を終えれば世界は変わる……のか? そんなこと可能……なのか?」

 一言一言、確認するようにジェシカが問う。

「私の言葉が足りないばかりに不安な思いをさせたようだね。すまなかったなジェシカ」
「ち、違う! 別に私は謝って欲しくて言っている訳じゃない! なぁラグナス!? 私とノヒンでお前の言葉の意味を考えたんだ。お前が言う『弱き者』とは魔女や半魔のことなのか? お前は魔女や半魔だけを救おうと考えているのか!?」
「大丈夫だよジェシカ。そんなに怖がらないでくれないか?」
「だからラグナス……! 答えて……答えてよラグナス!!」

 ジェシカが涙ながらにラグナスに詰め寄る。ジェシカにとってラグナスは全てだった。世界そのものだった。ノヒンと出会い、愛し合うようになってからも、ラグナスが特別だという思いは変わらない。

 ここでラグナスがどう答えるかによっては、完全に道を違えることになる。いや、すでに答えは分かっていて、それを聞くのが怖くて先延ばしにしてきただけなのかもしれない。

「そうだね。私が言う『弱き者』は圧倒的少数の魔女や半魔だ。だけど魔女や半魔以外を全て滅ぼそうという訳ではないんだよ? 少数という現実を変えるんだ。魔女や半魔も少数でなければ差別もされなければ迫害もされないだろう? つまり魔女や半魔を普通の存在にするんだ。元に戻すと言えばいいのかな?」
「分からない……分からないってラグナス! ラグナスが語るその世界には『普通の人間』は含まれているのか!? お前の語る未来に『普通の人間』は存在出来ているのか!?」
「君の言う『普通の人間』というのは……私の母を殺したやつらのことか? 君の母を殺したやつらのことか? 残念ながらこの世界の『普通の人間』というやつらは、魔女や半魔を殺す。自分達と少し違うというだけでだ。やつらは数にものを言わせ、少数を蹂躙する。私はその数の差をこの世から無くそうと考えているんだ」
「それを可能にするのがエインヘリャルの儀……?」
「そう、全てを元に戻す儀式だ。犠牲なくユグドラシルを起動出来ればそれに越したことはなかったんだが……どうしてもユグドラシルの完全起動には犠牲が必要でね」
「犠牲……? ユグドラシル……?」
「そう、犠牲だ。私のエインヘリャルは新たな世界の犠牲になってもらう。とまあ……このまま説明しないのもフェアではないか。オーディン教会で私が何をしようとしているかの説明をしよう。ノヒンもそれでいいか?」
「ああいいぜ? ……っても納得出来ねぇことだってのは今の段階で分かった。たぶんその話を聞いたら……俺はお前を斬るぜ?」
「そう……なるのだろうな。分かっていた……分かっていたからこそ、私も言葉を濁していたのだろうな。私も己の道は曲げられん。もし君と道を違えるのならばその時は……」

 ラグナスの纏う雰囲気が変わる。

 おそらくこの先の流れは決定的なのだろう。今ここで決着をつけてもいいのだろうが……

 ノヒンにとってラグナスは──

 ラグナスにとってノヒンは──

 すでにただの友ではなく、友を超え、戦友を超え、それこそ血を分けた家族のような存在へとなっていた。

 二人の理想は重なり、同じ場所を目指して戦場を駆けているのだと思っていた。だがラグナスの口ぶりから察するに、ラグナスはノヒンやジェシカを騙していた……ということになるのだろう。


---


 ──オーディン教会

「ここがオーディン教会だ。君達は来るのが初めてだろう?」

 ラグナスに伴われ、ノヒンとジェシカがオーディン教会礼拝堂の前に立つ。来るのは初めてだが、ここがただならぬ場所であると二人は感じていた。

「すげぇ荘厳な雰囲気だな……馬鹿な俺でもここが他とは違うことが分かるぜ」
「ああ……私も体が勝手に震えている。怖いな……ここは……」
「大丈夫かジェシカ?」

 ノヒンがジェシカを抱き寄せ、しっかりと手を握る。

「君たちも……初めて出会った時からは考えられないような関係になっているな。やはりヴァンとヘルの流れを汲むということなのだろう」
「ちっ、だからなんなんだよ、その『ヴァンやヘルの流れを汲む』ってのは。ロキも同じこと言ってやがったしよ。つーかロキはどこ行った?」
「ロキならば離れた場所で待機させている。ロキはお前達に全て話すことには反対らしいのでな」
「それは俺とジェシカがお前に敵対するかもしれねぇからか?」
「そうだな……『するかも』ではなく『する』んだろうな。初めは君の圧倒的な力に心を奪われた。私の道のために君の力が欲しいと思った。それがいつしか私は……君のどこまでも真っ直ぐな心に惹かれ……私の道などどうでもよくなっていた時期がある。このまま君と共に歩む世界も悪くないとな」
「へぇーそりゃどうも。まあその口ぶりからするってぇと……もう無理なんだな? 戻れねぇとこまでお前は行っちまったってことなんだな?」
「そうだな。君は真っ直ぐ過ぎる。真っ直ぐ過ぎるが故に、これから私の成すことを絶対に受け入れはしないだろう……と、また回りくどいことを言ってしまったな。端的に話すがいいか?」
「分かりやすく頼むぜ?」
「私は明日……レイナス騎士団団員の命を以て、次元干渉デバイスユグドラシルを完全起動し、世界を元に戻す。それに伴って新しき世界を統べる者として、ジェシカとの子を成す」

 しばらくの静寂が流れる。

 予想以上に受け入れ難い言葉。ジェシカはラグナスの言い放った言葉を受け止めきれず、震えながらノヒンに抱きついている。

「ちっ、冗談にしちゃあ笑えねぇな」
「冗談ではない。すでにユグドラシルの起動は確認した。まあ見てもらった方が早いか」

 そう言ってラグナスがオーディン教会礼拝堂の扉を開ける。そこには十字架に磔にされ、絶命している二人の男女の姿。

 ステンドグラスの天窓から差し込む月光に淡く照らされ、二人の男女の死体はまるで──

 幻想的な神話世界の一幕を切り取ったような、おぞましくも怪しい美しさに彩られていた。

「……これはグレイスと……誰だ?」
「カサンドラだノヒン……カサンドラはグレイスの第一夫人で……ラグナスの母を殺したという噂の……うぅ……ラグナス……。これはなんだ? 私はもう……何がなんだか……」

 ジェシカが現実を受け入れられず、情緒が不安定となる。

「そう……私の母レイラを殺したカサンドラだ」

 ラグナスの口から信じられない言葉が紡がれ、ノヒンが絶句する。レイラとは──

 失踪したノヒンの母の名前だ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...