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第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─

エインヘリャルの儀 1

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 ──二ヶ月後、聖王国ソール、オーディン教会式典広場

 荘厳な鐘の音が鳴る。

 今まさに時代が動く時だと告げるような鐘の音。

 式典広場に整列した聖レイナス騎士団の面々も、身が引き締まる思いである。

 オーディン教会──

 それはソール王家で連綿と受け継がれ、継承されてきた神話時代の英雄オーディンを祀る教会。教会の礼拝堂には鷲の意匠が施された開かずの扉があり、その扉の奥には神話時代に原初の巨人アウルゲルミルを異界へ封じたといわれる『世界樹ユグドラシル』が安置されているということだが……

 聖王以外には開けることが出来ないと言われている。聖王以外が無理に扉を開こうとすれば、扉に施された意匠──鷲の『フレースヴェルグ死体を飲みこむ者』に命を喰われ、絶命する。

 また、このフレースヴェルグは聖王となった者が相応しくない場合も命を奪うと云われ、歴代聖王が教会へと近付くことは禁忌とされる。それもあって教会の管理は王位継承権第二位以下の者が行うことになっていた。

 教会の鐘楼しょうろうには、フギンとムニンと呼ばれる一対のワタリガラスの剥製が飾られ、聖王国ソールの行く末を見守っている──


---


「ちっ、結局あれから二ヶ月経ったが……どういうつもりだぁ? ラグナスは。俺らのことも二ヶ月放置だったしよ。屋敷にも王宮にもいねぇから結局式典前に会えなかったしな」
「せめて式典前に話したかったが……。まあ準備で忙しいんだろう。それより気持ちは変わらないかノヒン?」

 ノヒンとジェシカは騎士団が整列する広場ではなく、教会の礼拝堂の中にいる。ここに来る前に二人でラグナスに会いに行ったのだが、会うことはかなわなかった。

 礼拝堂の扉は開け放たれているので、外に整列した騎士団の姿がよく見える。

「そうだな。この式典? が終わったところで世界が変わるわけじゃねぇ。そもそもこりゃなんの式典なんだ?」
「今日はソールの建国記念日だ。本来であれば、王宮で式典を行うはずなのだがな。それに合わせてラグナスも『エインヘリャルの儀』というものを行うと言っていた。導術で何かをするらしいが、詳細は分からん」
「ん? ラグナスが言っていた? この二ヶ月でラグナスに会ったのか?」
「いや、会っていないぞ? この二ヶ月はイルネルベリでお前とずっと一緒にいたじゃないか」

 どうも二人の会話が噛み合わない。

「んじゃあ前に聞いたのか?」
「……そう言われると……いつだったか覚えていないな。最近の気もするが……」
「おいおい二ヶ月ゆっくり過ごしたせいでボケたか? つーかそのエインなんちゃらってのはなんだ?」
「エインヘリャルとは神話の記述では戦死した勇者の魂となっている。その魂がオーディンの館、ヴァルハラに集められて戦士となる」
「全っ然意味が分かんねぇ。やっぱラグナスはどうかしちまったのか? マジで最近のラグナスの行動は理解出来ねぇ。噂じゃアリオーン王子の奥さん抱いてるって話だぜ?」
「その噂ならば私も聞いた。アリオーン王子はこのオーディン教会の管理者。まぁ実際は妃のアンナローズ妃が実権を握っているらしいが……。ラグナスは式典でこの教会を使うためにアンナローズ妃を抱いたのだろうな」
「そもそもなんでラグナスはこの教会を使いてぇんだ? 式典やるだけなら別に王宮でもいいじゃねぇか」
「さあ? 正直私もラグナスの考えていることは分からない」
「つーかよぉ、自分の奥さん抱かれたってんならアリオーン王子も黙ってねぇだろ?」
「いや、アリオーン王子はアンナローズ妃には逆らえない。今までもアンナローズ妃は多数の若い男と情交している。しかもアリオーン王子の目の前でだ。有名な話だぞ? アンナローズ妃がラグナスに異常な執着を持っていることを含めてな」

 「ちっ……マジかよ」と言って、ノヒンが頭をガシガシと掻く。

「王族ってのはみんな頭がイカれてやがんのか?」
「まぁ……まともなのはラグナスくらいか。現聖王グレイスの妃も狂っているらしいしな。ほとんど表には出てこず、暗い部屋で黒魔術に興じているという話だ」
「そういや見たことねぇな。名前も知らねぇ」
「カサンドラ妃だ。噂によればラグナスの母を殺したのはカサンドラ妃ということらしい」
「そういやラグナスの母親は殺されたんだったな……。前に詳しい話はいずれするって言われたまま聞いてなかったぜ。そのカサンドラってやつは今日来んのか?」
「聖王グレイスと共に参列するはずだ。例年この式典だけは出ているらしい。まあ国の式典なので王族は基本的にみな参列するはずだ」
「ラグナスもはらわた煮えくり返ってるだろうな。まさかこの式典でカサンドラをぶっ殺すとかあんのか?」
「さすがにそれはないだろう。カサンドラ妃がラグナスの母を殺したというのはあくまで噂だ。それに殺すなら今日じゃなくてもいいだろう? だが……」
「なんか気になんのか?」
「このオーディン教会で式典をやること自体に違和感はある。そもそも聖王はオーディン教会に近付いてはならないはずなんだ」
「そうなのか?」
「ああ。我々の後ろに扉があるだろう?」
「あの鷲の装飾のか?」

 二人の背後には、見事な鷲の意匠が施された両開きの扉がある。扉の鷲はまるで生きているかのように、鋭い目で二人を睨んでいた。

「あの鷲はフレースヴェルグと言って、無理に扉を開けようとする者の命を奪う。それに加えて聖王に相応しくない者の命も奪うと言われている。ここで言う『相応しい』とはオーディンかどうかということだ。まあつまり、『相応しい』どうこうではなく、そもそも聖王であったとしてもオーディンではないと判断されて絶命する。聖王の命と引き換えに開く扉……という事だな。それ故に、聖王が教会に近付くことは禁忌とされている。前聖王のガレオンなら教会で式典をやると言っても許可しなかっただろうな」
「んじゃあなんでグレイスは許可したんだ?」
「ラグナスが無理に頼んだようだな。聖王グレイスは……まあ……」

 聖王グレイス──

 ラグナスの父である現聖王は……

「馬鹿だってんだろ?」
「ば、馬鹿ノヒン! 声が大きいぞ!」
「そんなんみんな知ってんだろ? グレイスは国にまったく興味がねぇ。興味があんのは女の股ぐらだけだってよ」
「ま、まあそうだな。聖王グレイスは『なぜオーディン教会を使いたいのか、エインヘリャルの儀とはなんなのか』などには一切触れなかったらしい。まあそのせいでエインヘリャルの儀が何なのかを知っている者がいない」
「そんなん他の王族が許すか?」
「まあ聖王が許可したということもあるが……ラグナスの導術はもはや奇跡のようなものだ。それこそオーディンと同等だと言われている。その導術を使った式典ともなれば重要な意味合いがあり、反対する者はいなかったのだろうな。いや、そもそもラグナスが反対する者が出ないように根回ししていたのかもしれん」
「やっぱラグナスの導術はすげぇんだな……。ってことはよ、もしかしたらすげぇ導術を使って一気に世界が変わる可能性もあんのか?」
「いや、神話を紐解いたところで、オーディンが世界を変えるほどの導術を使えたという記述はない。あくまで導術は戦うための技術……ということになっているな」
「そりゃそうか。そんな導術が使えんならとっくに使ってるって話だしな。そういやおめぇの導術はどうなんだ? ある程度は使えるようになったのか?」
「風の刃や火球くらいであれば出せるぞ?」
「うへぇおっかねぇ……死の乙女さんには逆らわねぇようにしねぇとな」
「そ、その名前で呼ぶな! 正直恥ずかしいんだ!」
「イルネルベリじゃあすげぇ人気だもんな。『ヘルの生まれ変わりだー』ってよ」
「そういうノヒンこそ『ヴァンの生まれ変わりだ』と、ちやほやされているじゃないか。ノヒンとの子供が欲しい町娘がたくさんいると聞いたぞ? 煉瓦亭のサーニャなんて家にまで押しかけていただろう? サーニャはかわいいからな……。ファムだってかわいいし、セティーナはもはや女神のように美しい。正直……ぐらついたりしないのか?」
「俺がかわいいって思うのはジェシカだけだぜ? 抱きてぇって思うのもジェシカだけだ。まあなんだ? 騎士団抜けたら大変にはなるだろうが……ジェシカとのガキが欲しいな。家族ってのをジェシカと作りてぇ。まぁ、色んな国を回ることになるだろうからすぐには無理だと思うけどよ、この世界の糞野郎共をぶっ殺して差別ってやつを無くしてよ、ジェシカとゆっくり暮らしてぇ」
「ノヒンとの子供……か」

 ジェシカが遠くを見つめながら、噛み締めるように言葉を発する。
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