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第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─
特別行政区 2
しおりを挟む「もうその手には乗らんぞコブス! 何度その手に引っかかったことか……」
「いやいや本当だって! 殲滅鬼がセティーナといちゃいちゃしてる! いやーやっぱあの二人……デキてるな」
「な、なんだと!? ノヒンお前っ! やっぱりセティーナと──」
イルネルベリ救国の英雄、火の乙女セティーナと殲滅鬼ノヒンが男女の仲だという噂は、ジェシカの耳にも入っている。もちろん死の乙女ジェシカと殲滅鬼が男女の仲だということを知っていての噂だ。とかく人というのは噂好きである。中にはファムにまで手を出しているという噂まで流れ、『英雄好色の殲滅鬼』として酒場で格好の話のネタとなっていた。
「隙あり! ……へへぇー引っかかってやんのー」
コブスが後ろを向いたジェシカの頭に、木刀を思い切り振り下ろす。
「コーブースー……もう許さん! 今日という今日は……」
「あっ! ノヒン兄だ!! ノヒン兄こっちこっちー!!」
「お前もかメイリー! もう騙されん! 二人とも覚悟はいいな!? 行くぞっ!!」
ジェシカの掛け声とともに、体から黒い霧が滲み出し……
「……っつう!!」
後ろから頭を叩かれた。驚いたジェシカが振り返るとそこには……
「おいこらジェシカ。なにガキ相手に豹魔なんて使ってやがんだ?」
「ノ、ノヒン! 来てたのか? 来てたならそう言えよ……」
「えぇー? 私ちゃんと言ったよー?」
「そ、それはお前達がいつも『ノヒンが来た!』と嘘を付くからだろう!」
「ジェシカ姉ひどぉーい!」「人のせいにして最低だな、ジェシカ姉」
「うぐ……」
ここぞとばかりにコブスとメイリーがジェシカを責め立てる。こうなっては死の乙女も形無しだ。
「なんだぁジェシカ? ガキ相手に手玉に取られてやがんのか?」
「う、うるさいうるさい! そ、それより今日はなんの用だ? 泊まっていけるのか?」
「ラグナスに言われたんだよ。『役職から逃げてはいるが、お前もイルネルベリの責任者だ。たまには様子を見てこい』ってよ。それと今日は泊まってけるぜ? 覚悟しろよジェシカ」
そう言ってノヒンがジェシカを抱き寄せ、ジェシカが恥ずかしそうに身を捩る。
「……か、覚悟? ……な、なにをだ?」
「分かってるくせによぉ。会いたかったんだぜ?」
「わ、私も……会いたかった……」
「ちっ、相変わらずかわいいじゃねぇか。ちゃんと夜の体力は残しておけ」
「……うん……愛してるぞノヒン……」
ジェシカの頬が赤くなり、もじもじとしながらノヒンを見つめる。
ノヒンが『英雄好色の殲滅鬼』と呼ばれているのは、こういった発言を堂々とすることにも起因している。本人に悪気はないのだが、好きな相手には好きと伝え、抱きたければ抱きたいと素直に言う。ジェシカも初めこそ恥ずかしいと思っていたが、今ではそんなノヒンの真っ直ぐな愛を心の底から嬉しいと感じていた。
「そういやジェシカ、この後は時間あるか? 話してぇこともあるしメシでも食おうぜ」
「え……?」
突然の提案にジェシカが固まる。顔は嬉しそうだが、なにか戸惑っているようだ。
「まあ無理ならまた今度でいいぜ。どーせ夜には話せるんだしな」
「い、いや違うんだ! ある! 時間ならあるぞ! たっぷりある! ……んだが……」
ジェシカが俯き、恥ずかしそうに口篭る。
「そんなかわいい仕草したってだめだぜ? はっきり言えよ」
「……シャ……シャワー……」
「あぁん?」
「あ、汗をかいたからシャワーを浴びたい! き、汚いだろう? そ、それにこんな汗だくな女……ノヒンも嫌だろうから……。だ、だから……」
ノヒンが「おめぇの汗が汚ぇわけねぇだろ?」と、ジェシカの首筋にキスをする。
「それに好きだぜ? 一生懸命なジェシカの汗」
「ば、馬鹿ノヒン! コブスやメイリーが見ている! ほ、ほら! 孤児院の職員だって!」
ジェシカはそう言って恥ずかしがってはいるが、もはやこのイルネルベリでノヒンとジェシカの一連のやり取りを気にする者はいない。それほどに日常の光景となっていて、それほどにジェシカやノヒンはイルネルベリに受け入れられていた。
「見せてんだよ。ジェシカは俺の女だ。なんならここで抱くか?」
「えぇ! そ、それはさすがに夜に……してくれ……」
「ははっ! 冗談だよ! さすがにこの先はコブスやメイリーにゃ早ぇからなぁ。つー訳でコブスとメイリー、ジェシカは連れてくぜ?」
「えぇー! 私達と遊んでくれるんじゃないの?」
メイリーが分かりやすくふてくされる。コブスやメイリーがいるこの孤児院は、ジェシカがイルネルベリ再興の上で、最初に着手したものだ。孤児院の職員は元奴隷などを使い、雇用も生み出している。そんなジェシカの頑張りもあって、今このイルネルベリには『奴隷』という階級が存在しない。予算問題など色々と課題は多いが、概ねうまく回ってはいた。
その上でジェシカはこの『ヴァンヘル孤児院』の理事長として、子供達にとても慕われている。とりわけメイリーは、ジェシカを本当の姉のように慕っていた。
「しょうがねぇなぁ? んじゃまぁこの殲滅鬼が相手してやるぜ? いつもの鬼ごっこだ。その間にジェシカはシャワー浴びてきな」
「えぇ!? ノヒン兄が……?」「じ、地獄だ……」
コブスやメイリーの頭をよぎる、地獄の惨劇。『鬼ごっこ』とは言ったが、そんな生易しいものでは無い。ノヒンに捕まった場合その場で百度の素振り、もしくは腕立て、腹筋、うさぎ跳びをせねばならず、何度ノヒンに泣かされてきたことか分からない。
「あぁん? おめぇら騎士団に入りてぇんだろ? んじゃぁ俺を認めさせねぇーとなぁ! 孤児院の全員呼んできてもいいぜ? なんなら手ぇ空いてる兵隊も連れてこいや」
「い、言ったなー!? 今日こそ殲滅鬼の伝説が終わる日だ!! 待ってろよー!!」
コブスが地獄の鬼ごっこの参加者を募りに、死亡フラグのようなことを叫びながら駆け出した。
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