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第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─
特別行政区 1
しおりを挟む──バルマンとの死闘から一年後
「待ってー! 待ってよジェシカ姉!」
「ほらほらーそんなことでは聖レイナス騎士団の団員にはなれないぞ? ……っと、甘いなコブスッ!!」
ジェシカが背後から木刀で殴りかかる少年、コブスの足を払って転ばせる。そのまま一生懸命ジェシカを追いかけていた少女、メイリーの背後に周り、後頭部を軽く押して転ばせた。
「手加減しろよジェシカ姉!」「痛ぁい! ジェシカ姉の馬鹿!」
二人が目に涙を浮かべてジェシカに抗議している。
「大きくなったら聖レイナス騎士団に入りたいと言ったのはお前らだろう? なんだ? そのくらいで諦めるのか?」
「ちっ! やったらぁ!」「私だって!」
「いいぞ! その意気だ!!」
イルネルベリでの死闘から一年──
元は処刑場であった場所が、今では美しい庭園と広い多目的広場を併設した孤児院となり、微笑ましい光景が広がっている。
レイナス団は正式にラグナス率いる王家直属の騎士団『聖レイナス騎士団』へと成り、副団長であるジェシカが外部相談役としてイルネルベリに出向。孤児の子供達と親睦を深めていた。
ここまでイルネルベリが変化を遂げたのは、ラグナスのおかげである。あの死闘の後──
イルネルベリにラグナス率いるレイナス団が訪れ、セティーナとファム、ノヒンとジェシカを交えてラグナスと話す場を設けたのだ。
それによってセティーナとファムの望む独立という形にはならなかったが……
イルネルベリは今、ソールの特別行政区となっている。
特別行政区とは、ラグナスが考えた制度である。通常の行政制度とは異なる行政機関を設置し、独自の法律の適用などで大幅な自治権を持たせた地区のことだ。言ってしまえばほとんど独立と変わらない状態ではある。
今のラグナスに出来ることはここまでということだが、いずれラグナスが王位を継承した暁には、イルネルベリ独立の約束もしてくれた。
だがなぜラグナスにここまでの決定権があるのか──
それは父グレイスが王位を継承し、ラグナスが王位継承第一位の皇太子へと成ったからである。
前聖王であるガレオン・ミズガルズは体調を崩し、崩御間近という状態から奇跡の復活を果たした。復活を果たしたガレオンはそのまま聖王として居座るのかと思われたが、異例の生前退位という形でグレイスに聖王の座を譲る。
異例の──というのは、生前退位というものが今まで実際に行われたことがないからである。
全てがラグナスの思惑通りに進む。グレイスは王位を継承したが、実際に国を動かしているのはラグナスである。そう──
この生前退位にはラグナスが絡んでおり、ラグナスの導術によって成されたことなのである。
まずラグナスはガレオンに取り引きを持ちかけた。『私の導術であれば病巣を取り除くことが出来る。王位をグレイスに譲るのであれば助ける』と。もちろんラグナスはガレオンが断れば人知れず葬るつもりでいたが……ガレオンは断らないと知っていたのだ。なぜならガレオンは誰よりも生に執着していると知っていたからである。ガレオンが秘密裏に黒魔術に傾倒し、不老不死を求める儀式を行っている証拠も得ていた。
ラグナスの思惑通りガレオンはラグナスの取り引きを受け入れ、グレイスへと王位を譲る。
他方、ラグナスはグレイスにも取り引きを持ちかけていた。『なんの苦労もなく、私があなたを聖王へとしよう。もしそれが成った暁には、私に実権を下さい』と。そもそもグレイスには国を率いるなど興味が無く、むしろ面倒ですらある。だが聖王という肩書きは欲しい。その肩書きによっていくらでも女を抱けるからだ。今の肩書きでも女は抱けるが、聖王ともなれば抱ける女のランクも上がり、文句を言う輩は一人もいなくなる。グレイスはラグナスの申し出を快く受け入れた。
ただラグナスはなぜこれほど面倒なやり方をしているのか──
ラグナスの導術を駆使すれば、自身が聖王になることも可能であるはずだが……
理由を知るのはラグナスただ一人。未だノヒンやジェシカでさえ、裏でラグナスがどのように立ち回っているのかを知らない。
イルネルベリを完全な独立という形にしなかったのにも理由がある。それはオーシュ連邦の出方が分からないということが大きい。実権を握ったソール国内のことであればどうとでもなるが、他国であるオーシュ連邦はそうもいかない。
今ラグナスは自分の目的のための最終段階まで来ていて、下手にイルネルベリを独立させ、オーシュ連邦が横槍を入れてきても面倒だと考えていたからだ。それならば形式上イルネルベリをソールに併合させ、手出し出来ない状態へとしている方が得策である。今やソールは簡単に手出しが出来ないほどに勢いに乗っていた。
特別行政区となったイルネルベリは、ひとまずはセティーナが領主となり、ファムは領主代行、ジェシカは外部相談役となり、ノヒンは『めんどくせぇ』と言って役職から逃げている──
---
「まったく……めんどくさいことは全部私に丸投げだ。なんなのだろうな……あいつは……」
「集中しろよジェシカ姉!」「そっちよコブス!」
ジェシカがコブスとメイリーを手玉に取りながら、ノヒンに思いを馳せる。
「あいつが私を変えた……いや、全てを変えたんだろうな。正直ノヒンがいれば、聖レイナス騎士団などいらないのかもしれないな……。あれほどの力なのだ……やはりノヒンは神話の英雄である黒狼の……」
「やぁぁぁぁぁぁぁっ!」「たぁぁぁぁぁぁぁっ!」
コブスとメイリーが挟み撃ちでジェシカを狙うが、軽々と頭上を越えられて二人がぶつかる。
「……いや……さすがにそれはこじつけか。もし仮に黒狼の戦士ヴァンの生まれ変わりだとしたら……専用兵装フェンリルを使えるはずだ。何より文献では無詠唱特殊魔術というものを行使したらしいしな。あいつは魔術なんて使えない。ラグナスはどうなんだろうな……今思えばラグナスのことを全然知らない……。まさかスレイプニルが専用兵装……なんてことはないよな……? だがラグナスは王家の血筋……オーディンの……私はラグナスの……なんだったんだろうな……」
気付けばラグナスのことを考えている自分に気付き、ジェシカが動きを止める。
「ああ! 殲滅鬼! 殲滅鬼だ!!」
動きを止めたジェシカの背後を指差しながら、コブスが叫んだ。
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