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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
カグツチ 3
しおりを挟むセティーナは真剣な眼差しでノヒンを見据え、ふざけている訳ではないことが伝わってくる。
「ちっ……とりあえず聞いてやるよ。真剣なやつには真剣に向き合わねぇとな」
「ノヒンさん……」
「ありがとうございます」とセティーナが一礼し、話し始める。
「フリッカーは国ではないんです。様々な町や村、集落がありますが、国ではありません。なのでイルネルベリを独立国家とし、そこにフリッカーを併合させます」
「んな事出来んのか? 今さっきでフリッカーには何も伝えられてねぇだろ? 勝手におめぇが考えてるだけじゃねぇか」
「それは……出来ると思います。私の家系はカグツチ家と言うのですが、フリッカーではかなりの発言力を持っています。国ではないと言いましたが、こちらの大陸でいう王という立場に近いですかね? 一応私こと……セティーナ・カグツチが当主になっています」
「いやいや……フリッカーを出てどんぐれぇ経ってると思ってんだ? 行方不明か死亡扱いでとっくに発言力とかねぇだろ」
「当主不在の場合は代理がいます。妹のセリシア・カグツチに出発前に託してきました。セリシアも私と志を同じくする者ですから、その点は大丈夫ですよ」
「突っ込みどころは多々あるが……この際最後まで付き合ってやるよ。俺を王に? あれだろ? 言っちゃ悪ぃが……馬鹿なんだろ?」
「そう! そこなんです! 馬鹿なんです! やはりノヒンさんは気付いてしまいましたね……」
「い、いや、何をそんな自信満々に……」
「見て下さい! ファムのあの馬鹿な姿を!」
見なくともファムの姿はずっとノヒンの視界に入っていた。今は四つん這いで尻をノヒンに向け、大事な部分に指をあてがっている。
「まぁ……ありゃ同情するくれぇ馬鹿だな」
「私の娘ですからね……。ですが私だって既成事実を作りやすくするために下着を履いてきませんでした! 気付いてますか? 胸元だってギリギリまでボタンを外してきたんですよ!?」
自信満々のセティーナの発言に、ノヒンが頭を抱える。
「親子揃って馬鹿なのかよ……。よくそんなんでイルネルベリの代表になったな?」
「黙っていれば賢く見えるそうですよ? あと……カリスマ性? 持ってるらしいです!」
「んで? 馬鹿なのは分かったが……なんで俺を王に?」
「馬鹿な私だって分かります! 私とファムに……王が務まると思います?」
「思わねぇな」
「そうですよね? だからこそノヒンさんに王になってもらおうと……。そうなると私と子供を作って頂いて……」
「だからなんでそうなる? 別に俺が王になったところでおめぇやファムとガキを作んなくてもいいじゃねぇか」
「あくまで今の代表は私とファムですから。やはりそうなるとノヒンさんには私と契りを交わして貰わなければなりません。ノヒンさんが王となるのであれば、早めに跡取りも必要ですし……あと……ノヒンさんと一緒に子育てもしたいですし……それにノヒンさんってかっこいいですよね? 好きな顔です! 体も逞しくて……抱かれたらどんな感じかなーって? それによくよく考えればファムにはまだ早いですし……。ですから先程は私が挿入させて頂こうかと。少し入りましたよね? 赤ちゃん出来ますかね?」
「ちっ、頭が痛くなってきやがった……」
「ええ? 頭が? 大丈夫ですか?」
「誰のせいだと思ってやがんだよ……。まぁあれだ。話は分かった。だがこればっかりは俺が決められる話じゃねぇ。分かんだろ?」
「いえ全然」
「清々しいほど馬鹿なんだな……」
「お分かり頂けました?」と、セティーナが胸を張る。
「ちっ……。とりあえずこの件は保留だ。俺の方からこっちの代表に話を通しておく。言っておくが俺は王にはなんねぇからな? あくまでこっちの代表とおめぇとファムが話す場を用意するってだけだ。それでいいか?」
「嫌です」
「はぁ? なんなんだよおめぇ! マジか? 俺も頭はいい方じゃねぇが……」
「ノヒンさんも同席して下さい! 出来ればジェシカさんも! 私がまともに話せると思いますか!? 思いませんよね!? 私を見捨てないで下さいノヒンさん!!」
セティーナが抱きついて体を押し付けてくるので押し返す。が、割とセティーナの力が強く、離れてくれない。確かにこの二人に話を任せたら、ラグナスが困るであろうことは容易に想像出来る。
「ちっ、よくそんなんでイルネルベリの奴らと話が出来たな? つーか魔女解放運動の時はどうしてたんだ?」
「それにはコツがあるんです! 見てて下さい!」
そう言ってセティーナが立ち上がり、目を瞑って胸の前で手を組む。こうして見ると、セティーナは確かに女神に見える。
神々しく美しい。
その女神のように美しい立ち姿の、可憐で艶やかな唇がゆっくりと開く。
「……どうでしょうか? ……このような姿勢のままゆっくりと丁寧な言葉遣いをすることにより……私の中身のない言葉に説得力が生まれるとカグツチ家では言われておりました。後は他者の話をよく聞き、否定せずに受け入れ……共感し……その上で私の意見を一言二言伝えれば、後は周りが勝手に動き始めるのです。ちょろい……ですね?」
神々しい姿にはまるで似つかわしくない中身のない言葉。だが確かに説得力が凄まじく、なんだかありがたい言葉に聞こえてしまう。
「馬鹿みてぇな話を馬鹿みてぇに真剣に話してんじゃねぇ! ……ちっ、分かったよ! とりあえず俺とジェシカも同席出来るように話はしておく! それでいいか?」
「ほら……勝手に動いてくれた。ちょろいもんですね?」
「ちょっとこっちこいやセティーナ!!」
「え……? もしや抱いて下さ……って痛ぁい!!」
近付くセティーナの頭をノヒンがひっぱたく。そうしてセティーナとファム、二人を床に正座させる。
「話は分かった。おめぇらの理想にも共感は出来る。だがこれは国と国の話だ。おめぇらの意見が通らねぇ確率の方が高ぇ」
「ええ……そんな……」「ねぇねぇ!? これって何プレイ?」
「まぁだけどよ、俺もやれるだけのことはやる。差別がねぇ世界ってのは見てみてぇしよ。それにあれだ、こっちの大将のラグナスってやつも同じような理想を持ってやがるからよ、悪ぃ方には行かねぇと思うぜ?」
「やれるだけの……こと?」「え……? やっていいの?」
「まぁとにかく今は待て。たぶん明日か明後日にはラグナスがイルネルベリに来る。そうしたらおめぇらの理想に向けての行動ってやつをおっぱじめようぜ」
「おっぱ……じめる……?」「え……おっぱじまっちゃう?」
「……っ痛ぁい!!」「……っ痛ぁい!!」
二人の頭を叩き、仲良く声が揃う。話していて頭は痛くなるが、二人の理想にはノヒンも共感出来た。
「ちゃっかり脱ごうとしてんじゃねぇよ! とりあえず話は終わった! 後はラグナスが来るまで待て!」
「はーい」「はーい」
「……っつぅ……おめぇらと話してたら怪我のこと忘れてたぜ。それよりジェシカはどこで寝てんだ? 会えんのか?」
「力を使い果たして眠っているので……今はそっとしておいた方がいいと思います」
「まぁ……あいつも無理しただろうからな。話してぇことはあったが……。無事ならそれでいい。俺はちょっと出るぜ?」
「どこに行くんですか? 出来ればノヒンさんも休んでいた方が……」
「外にいた方が魔素が吸収出来んだよ。見張塔の上にいるから用があったら来い。ああそれと酒はあるか?」
「お酒でしたら下の階に食堂がありますので、そちらの方にあると思います。イルネルベリの英雄であるノヒンさんが行けば快くお酒をくれると思いますよ」
「そりゃありがてぇな。んじゃあちょっと行ってくらぁ。ついてくんなよ」
そう言うとノヒンは後ろ手に手を振り、部屋の外へと出た。ノヒンは戦いが終わった後、いつも高い場所で一人、酒を飲む。
それは高い場所の方がなんとなくだが、ヨーコに近い気がするからだ。そこでヨーコの墓前に誓った『世界中の悪意と敵意を全部ぶっ壊してくる』という誓いに、自分は少しでも近付けているのか──
と、ヨーコに語りかけていた。
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