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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
火の乙女 2
しおりを挟む「……まだですっ! この場に留まる炎場を使って! 『駆け抜ける炎の軌跡! 追尾炎槍っ!!』」
自身の周囲に残る炎に手を翳し、セティーナが叫ぶ。すると周囲の炎が次々と燃え盛る槍となり、ラバラナドゥに溢れる降魔を貫き殺す。
「……はぁ……はぁ……やりました私……。でも……でも……ごめんなさい皆さん……」
セティーナは殺してしまった者達のために祈り、涙する。その姿は燻る炎に抱かれ、とても幻想的で神々しくもあった。
リンゴーン──
と、その姿を見た教会へと逃げ込んだうちの一人が鐘を鳴らし、ラバラナドゥに荘厳な鐘の音が鳴り響く。
──め、女神様だ!
──このラバラナドゥは二人の女神様に救われた!
──死の乙女と火の乙女!
──あの御二方は天が遣わした奇跡じゃ!
ラバラナドゥの民達が、その場に膝を付いてジェシカとセティーナに祈りを捧げ、涙を流す。自分達が今までどれほど愚かであったか、ジェシカとセティーナによって気付かされた。罵り、石を投げ、死を喜んだ魔女が……
身を呈して自分達を助けてくれた。見捨てることも出来ただろうに、たった二人で救ってくれた。もちろん悔い改めたからといって、これまでの行いが許される訳ではないが……
これからイルネルベリは正しい方向に向かうのだろう。二人の魔女の奮闘によって。
「こっちは何とかしたぞ……あとは任せた……ノヒン……」
死力を尽くしたジェシカとセティーナがその場に崩れ落ち、後はノヒンに託された──
---
「ホ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ!!」
「ちっ! どうやらあっちはやったみてぇだな! こっちも早ぇとこ終わらせねぇと!!」
処刑場では引き続きノヒンとバルマン本体が戦っていた。先程と同じ要領で殴り続け、魔石を殴れる位置まで到達したのだが……
いかんせん魔石が巨大で硬すぎる。
「くそっ! どんだけ硬ぇんだよっ!! あと少し……あと少しなんだっ!!」
魔石を殴る度にノヒンの拳が砕け、血が吹き出す。ここにきてバルマン本体は攻め方を変え、触手を槍のようにして背後からノヒンを滅多刺しにしている。頭や心臓を貫かれれば、ひとたまりもなく死んでしまうだろう。一瞬とて気を抜くことなど出来ないギリギリの戦い。
そのうえ傷の再生に造血にと、ノヒンの魔素が枯渇に向かう。ヨーコの魔石からも魔素が供給されているが、圧倒的に魔素量が足りない。徐々に造血の速度が鈍り、目が霞んでくる。
「ぐぅ……だめだ……砕ける気配がまったくねぇ……うぐっ!!」
心が折れかけたノヒンの体を複数の触手が貫く。もはや絶体絶命。意識は遠のき、殴る拳が止まる。口からはびしゃびしゃと血を吐き出し、耐え難い激痛が全身を襲う。
痛みによって身体能力は上がるが、もはや体を動かす気力も体力もない。
「………………ン…………ヒン……ノヒンッ!!」
意識が朦朧とするノヒンの耳に、自分の名を叫ぶ声が聞こえる。この声は……
「……ヨー……コ……? はは……ヨーコの声がすらぁ……いよいよ俺も三途の川……か……」
「……おいノヒン! 何をやってるんだノヒン! お前に諦めるって言葉はないだろ!! どこまでも泥臭く諦めないで戦い抜くのがお前だろ!!」
いや、これはヨーコの声などではなく……
「……それが……それが私が好きになったお前だろぉぉがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「頑張って下さいノヒンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ジェシカとセティーナが見張塔の上に立ち、叫んでいる。ここまでイルネルベリの市民に頼んで運んで貰い、支えられながらも何とか立っていた。
「はは……うるせぇってんだよ……。ちっ、そうだよな……ヨーコはもういねぇ……。いるのはあの口うるせぇお姫さんだけだ……。分かってる……分かってるさ!」
ガチンと歯を食いしばる。
ギチギチと全身に力を漲らせ、傷口からは血が吹き出す。
痛みで気が狂いそうだが、それを力に変える。
「俺ぁまだ死ねねぇ! やることがあんだ! 悪ぃなヨーコ! そっち行くのはまた今度だ!!」
一瞬──
ノヒンの胸の上でヨーコの魔石が熱くなった気がして、涙が滲む。そうして血も涙も、痛みも後悔も全てを力に変え──
ノヒンは叫び、歩を進める。
「ノヒン! これを使え!! セティーナが最後の力を振り絞って魔術を施してくれた剣だっ!!」
ジェシカが自身のロングソードをノヒンへと投げつける。その刀身は炎を纏い、赤く輝いていた。
「……ちっ……持つとこ熱ぃじゃねぇか……だが悪くねぇ!! 行くぜぇっ! 俺とヨーコとジェシカ! セティーナ全員の力だ!! これで砕けねぇってんならぁ……いるかいねぇか分かんねぇ糞神の野郎探し出してぇ……ぶん殴ってやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ガキンッ! と燃える剣をバルマンの魔石に突き立てる。
ヨーコが、想いが、炎が──
その全てが上乗せされ、ビキビキと音を立てて魔石深くへと剣が突き刺さる。
「ホ゛ェ゛ェ゛ッ゛!! ホ゛ェ゛ッ゛!! ホ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ゛!!」
巨大な化け物と化したバルマンが断末魔の叫びを上げ、魔石が粉々に砕けて燃え尽きる。それと同時、バルマンの体は黒い霧となって霧散。ノヒンは落下して地面へと叩きつけられた。
「がはっ……さ、最後の最後にこれかよ……。締まんねぇ……じゃねぇか……」
バルマン消滅と共に発生した魔素をノヒンの体が取り込む。だが負った傷があまりに多く、重症だったため──
再生が追い付かずにノヒンは意識を失った。
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