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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

火の乙女 1

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 獄炎の魔女──

 セティーナの祖先は千年の昔、獄炎の魔女の名で恐れられた一族。代を重ねるごとに力は弱ったが、その魔術の基礎は口伝により継承されてきた。現在では使える者はほぼ皆無であり、セティーナは特別である。

 他の魔女や魔人と比べ、驚異的な身体能力のノヒンやジェシカ。未だ未知数の導術を駆使し、絶対的な存在のラグナス。そして失われつつある大規模魔術を行使するセティーナ。

 この時代に何かが起き始めていることは明白だ。

 この世界ミズガルズでは、東のソール聖王国、北のシア・ツァーリ大帝国、西のオーシュ連邦が覇権を争っているが、それ以外にもう一つの国がある。

 オーシュ連邦の南、ディテッラーネウスと呼ばれる東西を横断する巨大な山脈の先にその国、フリッカー大陸はある。数千年前までディテッラーネウスは同名の海だった。

 それがフリッカー大陸の大規模な地殻変動(ヨルムンガンドによるものと言い伝えられる)により、オーシュ連邦側へとぶつかって海が消滅し、大地が隆起。ディテッラーネウス山脈へと至る。

 このフリッカー大陸は未開の地で、詳しいことはよく知られていない。なぜならディテッラーネウスを越えた先はグレート・サンド・シーと呼ばれる広大な砂漠、『アッ=サハラーゥ・ル=クブラー(ラビア語※オーシュ連邦中央南のラビア半島で過去使われていた言語)』があり、他では見た事のない巨大で強力な魔獣がひしめいている。

 実はセティーナはそのフリッカー大陸の出身で、南部にあるプレトリアという町の生まれだ。プレトリアの周辺には他にも多数の町や村があり、その全ての住民が魔女や魔人、そして半魔で構成されている。

 そんな場所で生まれ育ったセティーナは、外の世界で魔女や半魔が迫害されていることを知り、その現状を変えようとフリッカー大陸を飛び出した。まず初めに魔女に対して寛容だと言われるソール聖王国へと向かい、魔女や半魔の保護活動を始める。

 そのうちその美貌も含め、聖王国内でセティーナの人気が広がり、隣国のオーシュ連邦イルネルベリにもその噂は広がった。そうしてイルネルベリの中でもセティーナを信望する者が現れ、セティーナの活動は軌道に乗っていた。

 だがイルネルベリからすれば面白くない話だ。魔女は穢れた存在。このままではイルネルベリでも魔女の保護を訴える者が増えると危惧し、密かにセティーナを拉致監禁。イルネルベリ国内でセティーナを信望する者を捕え、ことごとく処刑した。そこからセティーナの恥辱に塗れた奴隷生活が始まったのだ。

 だがセティーナは生まれながらの善なる者。誰も憎まず、恐れず、慈愛をもって全ての人へと接した。途中でイルネルベリに捕らわれたジェシカや、ジェシカの母サマンサを貴族の魔の手から身を呈して守り、夜毎セティーナの体を貪るバルマンや貴族達のことでさえ愛した。愛で差別のない世界を作りたい。

 そんなセティーナが今は怒りに震えている。目の前で多くの命が失われていく現実と、自分の無力さに。平和のために他者の命を奪っていいとは思わない。その点で言えばセティーナはノヒンやジェシカとは相容れない。相容れないが……

 今は力を使う時だと思う。元が人間とはいえ、異形と化したバルマンを放っておく訳にはいかない。ここでやらねば更に多くの命が失われる。

 セティーナは理想と現実の狭間で涙し、無力な自分に怒りながら──

 全てを灰燼に帰す、獄炎の魔女へと至る。

「……行きますっ! 『……尊大なる獄炎の覇者にして地獄を統べる灼熱の王よ──我が望みに応じその偉大なる力を持って地上を這いずる烏合の衆に力を示せ──覇者たる獄炎の拳を大地に叩き付け畏れを教え森羅万象を終わる事の無い火で満たせ──その火で以て全てを燃やし尽くし残るものは何も無し──偉大なる獄炎の帝王にして地獄を統べる唯一無二たる覇者よ──我が眼前の不敬の蟲が見えるだろうか──燃やして見せよと宣う蟲が──我が巡るは灼熱の回廊──覇者に代わりてかの蟲を駆逐せんとする者──覇者に相応しき焦土を献上せしめる者──終焉の焔を以って獄炎の覇者の威厳を示さん』」

 セティーナの周囲が灼熱の炎に包まれ、異常事態に気付いた触手がセティーナの元へと向かう。

「くぅ……やっぱり一度ではだめなの……?」

 何本かの触手がセティーナに近付くが焼け落ちる。今やセティーナの周囲は、何人も立ち入ることの出来ない炎の結界へとなっている。

「……再度行きますっ! 『……尊大なる獄炎の覇者にして地獄を統べる灼熱の王よ──我が望みに応じその偉大なる力を持って地上を這いずる烏合の衆に力を示せ──覇者たる獄炎の拳を大地に叩き付け畏れを教え森羅万象を終わる事の無い火で満たせ──その火で以て全てを燃やし尽くし残るものは何も無し──偉大なる獄炎の帝王にして地獄を統べる唯一無二たる覇者よ──我が眼前の不敬の蟲が見えるだろうか──燃やして見せよと宣う蟲が──我が巡るは灼熱の回廊──覇者に代わりてかの蟲を駆逐せんとする者──覇者に相応しき焦土を献上せしめる者──終焉の焔を以って獄炎の覇者の威厳を示さん!』……くぅぅっ……これなら行けます! 『灰燼に帰す焔の柱! 火葬炎柱クリメイションピラーっ!!』」

 セティーナが大規模魔術を発動──

 三体の化け物の足元には巨大な魔法陣が浮かび上がり、灼熱の炎の柱が天高く立ち昇る。炎の柱は凄まじい熱量をもって、化け物を一瞬で消し炭にした。
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