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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
死の乙女 1
しおりを挟む「ホ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ゛!!」
悍ましく醜悪な怪物。
巨大で醜い紫色の大樹のようなその怪物は、人であったことを忘れたかのように耳障りな声を上げ続けている。
ノヒンはその幹のような体を駆け上がり、迫る触手を躱しながら黒錆の鉄甲で殴りつけていた。
「ちっ、でかすぎんだろ! 動きは遅せぇが……。だぁ! うぜぇっ!!」
魔石があるであろうバルマンの顔の下付近を目指すが、触手が邪魔をしてなかなか辿り着けない。何度か触手の一撃を貰ったが、巨大なだけあってかなりの威力。すでに三度は地面に叩きつけられ、その度に骨が砕けた。
「下からがだめってんなら……」
城壁の見張塔目掛けてノヒンが走る。見張塔の頂上がちょうどバルマンの顔辺りになる。途中触手や降魔の襲撃を受けるが、それに関しては問題ない。
問題はイルネルベリ兵が次々と降魔にされていることだ。これだけ降魔が発生すれば、必ず字名持ちが生まれる。
ジェシカは任せろと言っていたが、正直体調は万全ではなさそうだ。顔色から察するに、おそらく毒にでも冒されているんだろうなと思う。出来るだけ早くこの化け物を倒さなければ……
「……っし! ここからならっ!!」
見張塔の頂上に到着したノヒンが、ギチギチと全身に力を漲らせる。補強されているとはいえ、すでに足の骨も砕け、気絶するような痛みがノヒンを襲う。
「……うねうねうねうね……気持ち悪ぃんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ズガンッ! と地面を蹴りつけて、バリスタから放たれた矢のようにバルマンの顔の下目掛けて飛ぶ。それを邪魔するように無数の触手が襲いかかるが、全て殴りつけて吹き飛ばす。改めて思うがルイスが鍛えた鉄甲の強度に感謝する。
「ホ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ゛!!」
そのままバルマンの顔の下を全力で殴りつけると、ビチャンッ! と嫌な音を響かせて体の一部が弾け飛び、バルマンが叫びを上げる。弾け飛んだ体の奥に、何か赤黒い石のようなものが一瞬見えた。おそらくあれが魔石だろう。
「ちっ! だいぶ奥にありやがる! ……っのやろう! 再生が早ぇ!! ……うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ノヒンが再生を上回る速度の連撃で殴りつけ、少しずつだが魔石へと近付く。その間ノヒンの背中は背後からの触手による攻撃で滅多打ちにされ、肉が裂け、骨が砕ける。
「……ぐぅ……あと少し……あと少しで……」
もうほんの僅かで魔石に届くというところで、再び激しい地震が起きる。先程までの地震よりも大きく、大地が割れるのではないかと思うほどの規模だ。
それにより、一瞬だが体勢を崩したノヒンが触手によって体外へと引き摺り出され、地面へと叩きつけられた。いかなノヒンといえど、これほどの高所からの叩きつけで頭を潰されれば──
死ぬ。
なんとか体勢を変えて頭は守ったが、体中の骨が粉砕された。
「……がはっ……はぁ……はぁ……ちっ、くそっ! あと少しだったってぇのによ! ……っておいおいマジかよ……」
地面へと叩きつけられたノヒンの目に、信じられない光景が映る。ラバラナドゥ側に三体の触手の化け物が現れていたのだ。遠くてよくは見えないが、バルマンのような顔らしきものはない。
おそらくバルマンの地中深く張った下半身が、獲物を求めてラバラナドゥ側に出現したのだと考えられる。大きさはノヒンが相手をしている化け物の三分の二ほどだが──
聞こえてくる叫び声から、ラバラナドゥの市民を襲って降魔にしているようだ。
「ノヒン! 大丈夫か!?」
そこへ降魔と戦っていたジェシカが駆けつける。やはり体調が万全ではないのか息が切れ、疲れている様子。
「俺は大丈夫だ! それよりお前こそ大丈夫か!? だいぶ疲れてるようだけどよ」
「こっちはハンマーやランスの字名持ちが出たぐらいだな。多少疲労はしているが大丈夫だ。それよりお前のその怪我……本当に大丈夫なのか……?」
ノヒンの体は誰が見ても分かるほどの重症。肉が裂け、骨が覗いている部分もある。順次再生されてはいるが酷い有様だ。
「多少痛てぇがこんくれぇならすぐ治る! それよりあっちだ! ラバラナドゥがやべぇことになってやがる!」
「なんだと!?」
どうやらジェシカは降魔と戦うことで手一杯で、ラバラナドゥ側の異変には気付いていなかったようだ。
「嘘だろ……三体もだと……? あのままではラバラナドゥの市民全てが降魔にされてしまう! ノヒン! こっちは任せていいか!? 私はラバラナドゥの方へ行く!!」
「何言ってやがる! こっちの奴より小せぇとはいえ三体もいやがるんだぞ!?」
「だが放っておく訳にはいかないだろう!? このままではラバラナドゥの市民は全滅だ!!」
「いや無理だ! だったらこっちの本体を倒した方が早ぇ!」
「だ、だがその間にもラバラナドゥの市民が……」
「ちっ……お前にひでぇことした奴らだから正直許せねぇし助ける義理はねぇが……。こんな化け物にやられんのは違うよな。分かっちゃいるが……それでもだめだ! お前を失うわけにはいかねぇ! 犠牲を最小限に抑えるためにも速攻で本体を潰すぞっ!!」
「くっ……それしか手はないのか……」
イルネルベリでジェシカや母サマンサがされた仕打ちは到底許せることでは無い。ジェシカもいつかイルネルベリの奴らは皆殺しにしてやるとさえ思っていた。だが──
ジェシカはラグナスに出会ってレイナス団に入り、様々な人と接するうちに考え方に変化が出ていた。
それはイルネルベリの人達が悪いのではなく、上に立つ者が悪いのだということだ。もちろん元より性悪の者がいるのも確かだ。だが基本的に弱い立場の者は上の方針に従うしかない。ここでいう上というのは、王であり、国であり、世界。
人は生まれた国によって考え方を強制され、自由には生きられない。ジェシカ自身も仮に普通の人間としてイルネルベリに生まれていたら、魔女を迫害していたのかもしれないと思っている。それほど人の意志とは環境に左右される。
それをジェシカはラグナスに出会って思い知った。レイナス団では差別がないのだ。皆がラグナスの元で平等にお互いを尊重し合って行動している。もちろん相性の問題で衝突などはあるが、奴隷や平民、貴族に魔女に半魔。ラグナスはそんなことで人を差別しない。ただ一つのことを除いて。
それは『弱き者』を蹂躙する者を許さないということだ。最初こそジェシカも、敵味方問わずにレイナス団に勧誘するラグナスに反抗したこともある。だが敵だったものがレイナス団に入り、ラグナスによって考え方が変わっていく様子を何度も見ているうちに……
ジェシカの考え方にも変化が現れてきた。ラグナスと共に国を──
世界を変えようと。
だからこそ今ジェシカの目の前で『弱き者』が蹂躙されようとしていることを、放っておいてはだめだと思う。だが今の最善はラバラナドゥに向かうのではなく、目の前のバルマン本体を倒すこと。分かってはいるが、苦渋の決断をしたジェシカがノヒンを抱き起こす。
「待ってください! 私に考えがあります!!」
そこへタイミングよく奴隷窟から出てきたセティーナが声を上げた。真っ赤な燃えるような赤い髪に、女性らしい扇情的な体。物語から抜け出したかのような、女神のように整った小さい顔。
神秘的な白いローブがふわりと揺れ、可憐な唇からは強い意志を感じる言葉が紡がれる。
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