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第一部 第一章 プロローグ─夢の残火編─

黒衣の男 2

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 どうやら両腕に装着したゴツい黒錆の鉄甲で粉砕されたようだが、あまりの速さに何が起きたか誰も分からず、しばしの静寂が流れる。

「大人しくしてればよかったのにな。俺に敵意を向けるからだぜ? どうする? 続けるか?」

 頭と腕を粉砕されたゴロツキの死体からは、決壊した川のようにビシャビシャと血が流れ出ている。

「う、うわぁー!!」

 ノヒンと目が合ったゴロツキの一人が恐怖からか、壁に立て掛けてあった剣を手に取り、狂ったように斬り掛かる。

「なんだそのへっぴり腰は」

 ノヒンが振り下ろされた剣を事も無げに右手で掴み、バキンとへし折った。そのまま刃先を奥の店主へと投げ付け、頭蓋を貫通させる。

 見れば店主の手にはボウガンが握られ、ノヒンに照準を合わせているところだったようだ。

 剣を振り下ろしたゴロツキも、手刀のようにした左手の鉄甲で体を貫かれ、絶命していた。

「どいつもこいつも遅せぇんだよ。敵意を向けた時には行動を終わらせとけ」

 ノヒンが吐き捨てるように言いながら、ゴロツキに貫通させた手を体から引き抜く。

「な、なんなんだ! なんなんだお前は!」
「うわぁー!!」
「こ、殺せ! 殺しちまえ!!」

 ゴロツキ共が一斉に武器を手に取り、ノヒンに襲いかかる。酒場の二階にも仲間がいたようで、総勢で三十人程だろうか。

「ちっ、めんどくせぇ。まとめてぶった斬ってやるよ!」

 ノヒンが右手を左の腰に下げた鞘に入れると、ガチンと何かが嵌るような金属音がした。鞘の入口は少し特殊な形をしていて、手のひらが入るくらいに広い。

 そのまま勢いよく右手を引き抜き、横薙ぎに払う。すると飛び掛かって来ていたゴロツキの胴体がまとめて両断された。

 横薙ぎにした勢いのまま、左手も右の腰に下げた鞘に入れる。すると先程と同じようにガチンと金属音が響き、そのまま勢いよく引き抜いて横薙ぎに払う。

 まるで紙細工のように千切れ飛ぶ体。

 噴水のように吹き上がる血飛沫。

 ノヒンの鉄甲からは血に塗れ、両刃で肉厚・幅広の剣が伸びていた。

 形状としてはグラディウスのようだが、長さはバスタードソード程はあるだろうか。鉄甲と同じように黒錆色の剣だ。

「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 獣のごときノヒンの咆哮──

 相対した者が決して逃れられない圧倒的な暴力が、死の濁流となって襲いかかる。

「うへぇ、相変わらず人間離れしてるよ。僕より獣らしいじゃないか……くわばらくわばら」

 ヴァンガルムが捕らわれの少女の縄を、なんとか噛み切った後で呟く。

「わ、悪かった! 悪かったから殺さ……なぐしっ!」
「ゆ、許してくれ! たの……むべら!」

 ゴロツキ共の命乞いも意に介さず、黒錆の獣が命を喰らい尽くす。

「謝るくれぇなら俺に敵意を向けてんじゃねぇよ」

 最後の一人を縦に両断し、ぬらぬらと剣に纒わり付く血を振り払ったノヒンが、冷たく言い放つ。

「おいノヒン! さすがにやり過ぎじゃないのか!? 途中から降伏して命乞いしてたぞ!」
「うるせーよわん公。俺は俺に敵意を向ける敵を叩き斬った。それだけだ」
「て、敵意なんて途中からなかったじゃないか! 君は無抵抗の人間を殺したんだ! 生きていたら悔い改めて更生するかもしれないだろ!」
「へー、更生したら罪は消えんのか? 泣いて謝ったら全部なしになんのか? じゃあ謝ってやるよ。すまん殺して。悔い改めるから許してくれ。これでいいか? 許されるんだろう?」
「き、君ってやつは! もう知らない! 勝手にしろよ! 僕はこの子と一緒に行く! 人でなし! アホ! アホ筋肉!!」
「元から勝手にしてるさ。よかったな? 可愛らしい飼い主ができて。せいぜい後悔しないことだな」

 ノヒンが少女を一瞥いちべつすると、少女はビクンと体を震わせ、目を逸らせた。

「やめろよノヒン! 怯えてるじゃないか! それに余計なお世話だ! 後悔なんてするわけないだろ! 行くよ! えーと……」
「マ、マリルです……。あ、あの……」

 少女はノヒンを見つめ、何か言いたそうに口篭くちごもっている。

「………………」

 ノヒンはそんな少女に冷たい視線を投げつけるだけで、そのまま酒場から出ていった。

「な、なんだよあいつ! マリルもあんな奴に感謝しなくていいんだよ!」
「で、でも……」
「まさかあんな冷たいやつだとは思わなかった! あんなのはもう人じゃない! 獣だよ!」
「そんなこと……ない……」
「マリル……?」

 ノヒンの立ち去った入口を、じっと見つめるマリル。

「そ、それよりマリル? 家は?」
「家は……ないんです」
「え? 家がない? じゃ、じゃあ親は?」
「親もいないです……」
「……ってことは孤児院とか? それとも……」
「違うんです。両親は行商人で……旅の途中で殺されてしまったんです。そこからなんとかこの街まで辿り着いて……」
「そうだったのか……。でも困ったな……」
「ご、ごめんなさい……」
「い、いや! マリルは謝らなくていいよ! そういうことなら明日にでも領主様のところに行こう! 確かここの領主様は孤児院の運営に力を入れてる人格者だ! ノヒンとは大違いのね!」
「う、うん……。でも……あのね……」
「でももへちまもない! とりあえず今日はどこかの納屋でも探して忍び込もう! こう見えて僕は鼻が利くんだ!」
「こう見えて?」
「そう! こう見えて!」

 ヴァンガルムが得意げに鼻をふんふんさせると、マリルは「そのまんまじゃない」と、可笑しくなって笑いだした。

「やっと笑ったね」
「え? あ……うん。なんだか可笑しくて……。ありがとうヴァンちゃん」
「ヴァンちゃん?」
「ヴァンガルムってなんだか長くない? ガルちゃんの方がいい?」
「えー? どっちも威厳を感じないなー。まあでも……ヴァンちゃんでいいよ。ヴァン君って呼ぶ人もいるしね」
「よろしくね。ちょっと頼りないわんちゃん」
「任せとけ! ……って今わんちゃんって言っただろ!!」
「ご、ごめんごめん。ふわふわもこもこで……ヴァンガルムって名前負けしてるなーって」
「い、いじるなよ! 僕は気高き孤高のヴァンガルム! 泣く子も黙るんだぜ!」
「えいえい」
「や、やめろって! やめ……く、くぅーん……」

 マリルがヴァンガルムの喉元をつんつんすると、飼い慣らされた犬のようにお腹を出して転がった。
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