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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
イルネルベリ処刑場 1
しおりを挟むイルネルベリ城東城門、円形処刑場。
イルネルベリ城は北城門が正規の城門である。東城門は城下町ラバラナドゥとイルネルベリ城を繋ぐ門であり、円形処刑場を有している。
ジェシカが目を覚ましたのはこの円形処刑場で、ここは脱走した魔女や罪を犯した者の処刑や拷問を、民衆に見せしめるための場。ラバラナドゥ側から城門をくぐれば手前は観覧用の広大な広場。奥に処刑台があり、入口からは距離がある。広さを考えれば万単位の観衆を受け入れられる規模。
処刑場は円形の城壁に囲まれ、区分としてはイルネルベリ城に含まれる施設。処刑台の真後ろにはイルネルベリ城へ通じる城門。左右後方には奴隷窟への扉があり、左が魔女や半魔専用の奴隷窟だ。
イルネルベリ城、円形処刑場、ラバラナドゥの位置関係を考えると、このイルネルベリという都市の異常性が伺える。拷問や処刑は常日頃から行われ、民衆に対しての見せしめの意味合いだけではなく、娯楽としても機能していたのだ。
「くそっ! なんだこれはっ!? これはどういうこ……ぐぅ……」
状況が分からずにジェシカが叫ぶ。だがまだ毒が完全に抜けた訳ではないようで、頭がずきずきと痛む。幸いなことに吐き気は収まっており、多くの観衆の前で嘔吐するという醜態はなさそうだ。
「お目覚めになったようですね。ソールの魔女さん? 奴隷窟の下水道であなたを発見したと報告がありましたので……ここまで丁寧に運ばせて頂きました」
ジェシカが磔にされている十字架の前、観衆と自分の間に少し高くなった台があり、その上に立っている男がジェシカに話しかける。見たところ豪華な身なりをしていて、ぱっと見で貴族であろうことが伺える。
ただこの目の前の男にジェシカは見覚えがあり、必死に記憶を探る。
「……貴様は確か……そう……そうだ!! セティーナを慰み者にしていた糞野郎! 確か名前は……バルマン……そう! バルマ……がはっ!!」
十字架の下で待機していた衛兵が、長槍の柄の部分でジェシカの鳩尾を突く。
「黙れソールの魔女めっ! このお方はオーシュ連邦重要貿易都市、イルネルベリ総督のバルマン・ティルネ様であらせられるぞ! 貴様ごとき穢れた存在が口を聞いていい御方ではない!!」
「ぐぅ……貴様が総督だと……? 魔女と交合うことしか脳のない……猿だと思っていたがな……」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいますか? 私が穢らわしい魔女などと、そのような行為をする訳がないではないですか。病気が伝染ってしまいますからね。そうですよねセティーナ? ……と、そういえば気絶してしまったんでしたか?」
ジェシカがバルマンの視線の先を見る。自分の隣、さっきは目覚めたばかりでよく分からなかったが、両隣にも十字架がある。そのどちらにも女性が磔にされていた。そうしてその片方に──
「バルマン貴様っ! セティーナに何をしたっ!!」
十字架に磔にされ、血だらけで気を失っているセティーナの姿があった。血がぼたぼたと流れ落ち、足元を真っ赤に染めている。もう片方の十字架にも血を流し、気を失っている青い髪の女性が。
「えぇ? 私じゃないですよ。ほら、見えますか? イルネルベリの市民の皆様が石を投げたんですよ?」
そう言われてジェシカが観衆を見渡すと、皆一様に手に石を握りしめていた。観衆の後方には重装備のイルネルベリ兵や、城壁の上には弓兵が多数構えている。
「なぜだっ! なぜこんなこ……つぅっ!!」
叫ぶジェシカに石が投げつけられ、額にぶつかって血が滴る。
「ああ! だめですよ皆さん! この魔女共は明日まで生かしておかなければならないので……と言っても首を切り落とさなければ大丈夫ですね。皆さん! やり過ぎない程度に石を投げて頂いて構いませんよ! ですが気絶しては楽しくないので適度に……ね?」
バルマンの掛け声と共に、ジェシカに向けて無数の石が投げつけられる。観衆は口々に「魔女め!」「穢らわしい!」「死ね!」「ゴミが!」「気持ち悪い!」と、ジェシカのことを罵っている。
「ぐぅ……バルマン……これはなんなん……だ……。どういう状況なん……がはっ!」
「貴様! 先程からバルマン様を呼び捨てにしよって! 黙れっ! 黙らんかっ!!」
下に待機する衛兵に長槍の柄でがすがすと突かれる。観衆からは次々と石も投げ付けられ、気付けばジェシカも血だらけだ。前回豹魔を使ってから数時間経っているので、豹魔自体を使うことは出来そうだが……
手足を金属製の鎖で縛られ、豹魔を使ったところで鎖を切れなければ意味がない。
「あーあー皆さん! ちょっとやり過ぎですよ? これではすぐに気絶して長く苦痛を与えられません! 少ーし手を休めて下さい!」
バルマンの指示で観衆の石を投げる手が止まる。
「……くそっ……バルマン……殺してやる……からな……」
「よくこの状況でそんなセリフが言えますね? 死ぬのはあなたですよ? それくらい分かりませんか?」
「……必ず……殺す……」
「おお怖い! これだから魔女は危険なんです! 今すぐにでも殺したいのですが……」
「明日まで生かすと……言っていたな……? なぜ……だ……?」
「ええ? 知りたいんですか? まあ……冥土の土産と思って話してあげましょうか。あなたは今のイルネルベリの状況がお分かりで?」
「糞がたむろして……腐っている……」
「素晴らしい根性ですね!? ここでそんなセリフを言います? おい衛兵! ソールの魔女の胸を晒せ!」
バルマンがそう叫ぶと、ジェシカの胸の前の布が長槍によって切り裂かれる。観衆の男共からは「おおー!」と歓声が上がった。
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