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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
黒豹 2
しおりを挟む(ちっ、大きな声を出すな。魔獣が集まって来るだろうが……)
スラリと左右の腰に下がる鞘から、曲刀のシャムシールを抜く。ジェシカは両手持ちのロングソードを好んで使うが、狭所であれば二刀のシャムシールを使うことが多い。
魔女の高い身体能力で放たれる二刀の曲刀による剣閃。
それは相対するものを瞬く間に細切れにし、自身が死んだことも悟らせぬ刹那の連撃。水路から勢いよく飛び出したグランガチだったが、絶命の叫びを上げる間もなくただの肉塊へと変わった。
これが片腕ではない万全の状態のジェシカの強さ。
他にもジェシカは徒手格闘用のナックルダスターや、蹴り技用の特製グリーブなど、状況に応じて様々な武具を使いこなす。再生力やスタミナの面ではノヒンに及ばないが、別ベクトルでノヒンよりも素晴らしい戦士である。
そして何より特筆すべきなのは──
(……やはり先程の叫びで魔獣が集まってきたな……)
水路がバシャバシャと音を立てて波立つ。先程のグランガチの叫びで、無数のグランガチが集まって来たようだ。バシャバシャという波音に混じって、前方からカチカチと硬い床を歩く音も聞こえる。
(この音は……)
ジェシカが前方を警戒していると、ブシュッという音と共に粘着性の糸が前方から飛んでくる。
人間のような上半身に蜘蛛の下半身を持つ魔獣、アラクネだ。
アラクネも群れる傾向があるので、ジェシカはグランガチとアラクネの群れに囲まれた形になる。
通常であればこれだけの魔獣に囲まれてしまっては絶体絶命。自ら命を絶って苦痛を免れた方がいいような状況。
「(やはりアラクネ! だがこんなところで時間を取られる訳にはいかない!)……行くぞっ!!」
掛け声と共にジェシカの体から黒い霧が滲む。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
体から黒い霧が滲んだと同時、ジェシカの姿が消える。
いや──
消えたのではなく、凄まじい速度に到達した動き。そのままジェシカは、目に映る動くものをことごとく細切れにしていく。そうしてグランガチもアラクネも、為す術なく肉塊へと変わっていく。
これが魔女としてのジェシカの力。ジェシカは魔術を使うことが出来ない代わりに、全身に魔素を巡らせての身体能力強化が出来る。効果時間としては短いが、凄まじい戦闘力を誇る。
ただこの力にも欠点はある。一度使うと魔素が枯渇してしばらく使えなくなることと、体に一定以上の怪我や欠損がない状態でないと使えないということ。
一定以上の怪我や欠損がある場合、その傷口から魔素が漏れ出してしまい、上手く全身に魔素を巡らせることが出来ないためだ。それもあってユーデリーではこの力を使えなかった。
この力を発動したジェシカはさながら黒き獣のようになり、その姿をもって『黒豹』という異名を轟かせ、力は『豹魔』と呼ばれている。
「これで最後っ!!」
ジェシカが残り一匹のアラクネを絶命させる。グランガチとアラクネ、合わせると数にして百は越えるだろうか。
(……これでしばらくは豹魔は使えない。だがこの魔獣の数……なにか意図的なものを感じてしまうのは気のせいか……?)
ジェシカが意図的に感じるのも無理はない。魔獣というのはそもそも発生が稀なのだ。この地下水路は魔素が濃いとはいえ、通常これだけの魔獣が発生することは考えられない。
(……私がここに来るのは突発的なものだった……。となるとイルネルベリ側が地下水路からの侵入を防ぐために普段から行って……? いや、それはおかしいな……地下水路が魔獣で溢れてしまえば、そのうち魔獣が外に出てしまう……。だめだ……意図的だとは思うが、意図は分からない……)
意図が分からないのも仕方がない。実はこれはパランが仕組んだことで、それほど深い意味のない行動なのだ。ジェシカが地下水路に訪れたのは突発的なこと。つまりこの魔獣は対ノヒン用。密偵に案内されたノヒンが地下水路から城内へ侵入。その道中の嫌がらせ程度のパランの遊びなのだ。パランも魔獣ごときでノヒンを止められるとは思ってはいないが、だからこその意図不明の大量発生。
実は魔獣の発生は稀なのだが、発生率を上げることは出来る。それは傷付いた虫や獣などを、魔素の濃い場所へと放り込むことで可能になる。
つまりパランは予め密偵に頼み、地下水路の中へ傷付いた蜘蛛やワニを放り込んでいた。それがどれほど魔獣化するかは分からなかったが、遊びとしては面白いと思っての行動。
増えすぎた魔獣が、イルネルベリの街や城の中へと出てくれば出てくるで面白い展開にはなるし、そうならなくともノヒンの邪魔程度にはなる。パランはノヒンが感じている通りの糞野郎である。
「(少し時間を食ったな……急がねば……)……ぐぅっ!!」
先を急ぐジェシカの首筋を突如として襲う激痛。痛いというよりも熱い。まるで焼き鏝を押し当てられたような激しい灼痛。それと同時、ジェシカに襲い来る寒気や吐き気、眩暈に動悸。
毒だ──
焦るジェシカは大事なことを失念していた。これだけの魔獣の大量発生。字名持ちが発生してもおかしくはない状況。
「うぅ……くそっ……うぇぇっ……ぇっ……」
耐え難い吐き気から、ジェシカが胃の内容物をぶちまける。
「くそっ……くそっ……こんな……こんなところ……でっ!!」
毒が飛んで来たであろう背後に振り返る。やはりそこには毒の字名持ち、ヴェノムアラクネがいた。よく見れば体の模様が毒々しい色で、地下水路の暗がりだからこそ見落としてしまった。先程アラクネは全て肉塊へと変えたのだが……
字名持ちだとは気付いていなかったために、魔石を見逃していた。字名持ちの魔獣は魔石を砕かない限り、何度でも復活する。
「邪魔……だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
ジェシカがふらつく体でヴェノムアラクネを細切れにし、心臓部にある魔石を砕く。それによってヴェノムアラクネは黒い霧となって消滅。
(くそっ……毒で死ぬことはないが……時間……が……)
魔女であるジェシカは毒で死ぬことはない。魔女の再生力で毒は解毒されるが、ノヒンとは違って時間がかかる。
「(止まっている暇は……な……い……)……うぇぇっ……」
吐き気が止まらない。
震えるほど寒い。
頭が割れるように痛む。
だが──
ジェシカはなんとか足を止めず、イルネルベリ城内を目指す。ふらふらの体で、途中襲い来る魔獣をなんとか倒しながら進む。もはや進んでいる道が正しいのかの判断も出来ないが、ただひたすらに進む。
何時間経っただろうか。ジェシカの目に見覚えのある鉄製の錆びた梯子。あれを登ればイルネルベリ城の奴隷窟へと続く下水道へ出られる。
必死の思いで梯子を登る。
手に力が入らず、何度も落ちそうになる。
だがセティーナを助けたいという一念から、なんとか梯子を登りきる。そうしてなんとか登りきったところで──
毒と疲労からか、ジェシカはその場に倒れ込み、意識を失った。
---
意識を失ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか──
ジェシカが目を覚ますと、装備を全て取り上げられ、薄い布を纏っただけの状態で十字架に磔にされ……
衆目に晒されているという最悪の状態だった。
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