覚悟ガンギマリ系主人公がハーレムフラグをへし折りつつ、クールな褐色女戦士をデレさせて異世界を救うパワー系ダークファンタジー/ヴァンズブラッド

鋏池穏美

文字の大きさ
上 下
49 / 229
第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

黒豹 2

しおりを挟む

(ちっ、大きな声を出すな。魔獣が集まって来るだろうが……)

 スラリと左右の腰に下がる鞘から、曲刀のシャムシールを抜く。ジェシカは両手持ちのロングソードを好んで使うが、狭所であれば二刀のシャムシールを使うことが多い。

 魔女の高い身体能力で放たれる二刀の曲刀による剣閃。

 それは相対するものを瞬く間に細切れにし、自身が死んだことも悟らせぬ刹那の連撃。水路から勢いよく飛び出したグランガチだったが、絶命の叫びを上げる間もなくただの肉塊へと変わった。

 これが片腕ではない万全の状態のジェシカの強さ。

 他にもジェシカは徒手格闘用のナックルダスターや、蹴り技用の特製グリーブなど、状況に応じて様々な武具を使いこなす。再生力やスタミナの面ではノヒンに及ばないが、別ベクトルでノヒンよりも素晴らしい戦士である。

 そして何より特筆すべきなのは──

(……やはり先程の叫びで魔獣が集まってきたな……)

 水路がバシャバシャと音を立てて波立つ。先程のグランガチの叫びで、無数のグランガチが集まって来たようだ。バシャバシャという波音に混じって、前方からカチカチと硬い床を歩く音も聞こえる。

(この音は……)

 ジェシカが前方を警戒していると、ブシュッという音と共に粘着性の糸が前方から飛んでくる。

 人間のような上半身に蜘蛛の下半身を持つ魔獣、アラクネだ。

 アラクネも群れる傾向があるので、ジェシカはグランガチとアラクネの群れに囲まれた形になる。

 通常であればこれだけの魔獣に囲まれてしまっては絶体絶命。自ら命を絶って苦痛を免れた方がいいような状況。

「(やはりアラクネ! だがこんなところで時間を取られる訳にはいかない!)……行くぞっ!!」

 掛け声と共にジェシカの体から黒い霧が滲む。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 体から黒い霧が滲んだと同時、ジェシカの姿が消える。

 いや──

 消えたのではなく、凄まじい速度に到達した動き。そのままジェシカは、目に映る動くものをことごとく細切れにしていく。そうしてグランガチもアラクネも、為す術なく肉塊へと変わっていく。

 これが魔女としてのジェシカの力。ジェシカは魔術を使うことが出来ない代わりに、全身に魔素を巡らせての身体能力強化が出来る。効果時間としては短いが、凄まじい戦闘力を誇る。

 ただこの力にも欠点はある。一度使うと魔素が枯渇してしばらく使えなくなることと、体に一定以上の怪我や欠損がない状態でないと使えないということ。

 一定以上の怪我や欠損がある場合、その傷口から魔素が漏れ出してしまい、上手く全身に魔素を巡らせることが出来ないためだ。それもあってユーデリーではこの力を使えなかった。

 この力を発動したジェシカはさながら黒き獣のようになり、その姿をもって『黒豹くろひょう』という異名を轟かせ、力は『豹魔ひょうま』と呼ばれている。

「これで最後っ!!」

 ジェシカが残り一匹のアラクネを絶命させる。グランガチとアラクネ、合わせると数にして百は越えるだろうか。
 
(……これでしばらくは豹魔は使えない。だがこの魔獣の数……なにか意図的なものを感じてしまうのは気のせいか……?)

 ジェシカが意図的に感じるのも無理はない。魔獣というのはそもそも発生が稀なのだ。この地下水路は魔素が濃いとはいえ、通常これだけの魔獣が発生することは考えられない。

(……私がここに来るのは突発的なものだった……。となるとイルネルベリ側が地下水路からの侵入を防ぐために普段から行って……? いや、それはおかしいな……地下水路が魔獣で溢れてしまえば、そのうち魔獣が外に出てしまう……。だめだ……意図的だとは思うが、意図は分からない……)

 意図が分からないのも仕方がない。実はこれはパランが仕組んだことで、それほど深い意味のない行動なのだ。ジェシカが地下水路に訪れたのは突発的なこと。つまりこの魔獣は対ノヒン用。密偵に案内されたノヒンが地下水路から城内へ侵入。その道中の嫌がらせ程度のパランの遊びなのだ。パランも魔獣ごときでノヒンを止められるとは思ってはいないが、だからこその意図不明の大量発生。

 実は魔獣の発生は稀なのだが、発生率を上げることは出来る。それは傷付いた虫や獣などを、魔素の濃い場所へと放り込むことで可能になる。

 つまりパランは予め密偵に頼み、地下水路の中へ傷付いた蜘蛛やワニを放り込んでいた。それがどれほど魔獣化するかは分からなかったが、遊びとしては面白いと思っての行動。

 増えすぎた魔獣が、イルネルベリの街や城の中へと出てくれば出てくるで面白い展開にはなるし、そうならなくともノヒンの邪魔程度にはなる。パランはノヒンが感じている通りの糞野郎である。

「(少し時間を食ったな……急がねば……)……ぐぅっ!!」

 先を急ぐジェシカの首筋を突如として襲う激痛。痛いというよりも熱い。まるで焼きごてを押し当てられたような激しい灼痛しゃくつう。それと同時、ジェシカに襲い来る寒気や吐き気、眩暈に動悸。

 毒だ──

 焦るジェシカは大事なことを失念していた。これだけの魔獣の大量発生。字名あざな持ちが発生してもおかしくはない状況。

「うぅ……くそっ……うぇぇっ……ぇっ……」

 耐え難い吐き気から、ジェシカが胃の内容物をぶちまける。

「くそっ……くそっ……こんな……こんなところ……でっ!!」

 毒が飛んで来たであろう背後に振り返る。やはりそこには毒の字名持ち、ヴェノムアラクネがいた。よく見れば体の模様が毒々しい色で、地下水路の暗がりだからこそ見落としてしまった。先程アラクネは全て肉塊へと変えたのだが……

 字名持ちだとは気付いていなかったために、魔石を見逃していた。字名持ちの魔獣は魔石を砕かない限り、何度でも復活する。

「邪魔……だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 ジェシカがふらつく体でヴェノムアラクネを細切れにし、心臓部にある魔石を砕く。それによってヴェノムアラクネは黒い霧となって消滅。

(くそっ……毒で死ぬことはないが……時間……が……)

 魔女であるジェシカは毒で死ぬことはない。魔女の再生力で毒は解毒されるが、ノヒンとは違って時間がかかる。

「(止まっている暇は……な……い……)……うぇぇっ……」

 吐き気が止まらない。

 震えるほど寒い。

 頭が割れるように痛む。

 だが──

 ジェシカはなんとか足を止めず、イルネルベリ城内を目指す。ふらふらの体で、途中襲い来る魔獣をなんとか倒しながら進む。もはや進んでいる道が正しいのかの判断も出来ないが、ただひたすらに進む。

 何時間経っただろうか。ジェシカの目に見覚えのある鉄製の錆びた梯子はしご。あれを登ればイルネルベリ城の奴隷窟へと続く下水道へ出られる。

 必死の思いで梯子を登る。

 手に力が入らず、何度も落ちそうになる。

 だがセティーナを助けたいという一念から、なんとか梯子を登りきる。そうしてなんとか登りきったところで──

 毒と疲労からか、ジェシカはその場に倒れ込み、意識を失った。


---


 意識を失ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか──

 ジェシカが目を覚ますと、装備を全て取り上げられ、薄い布を纏っただけの状態で十字架に磔にされ……

 衆目に晒されているという最悪の状態だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...