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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

割れたクッキー 2

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「まあまあ落ち着いて下さいよぉ。とりあえずノヒン殿には今日の夜にイルネルベリに向けて出発してもらい、明日の昼前までにイルネルベリ北部にある、ターミラパラニ橋まで行って貰います。そこまで行けば私の密偵が待っていますので、後は指示に従ってイルネルベリ城まで侵入して下さい。ああそれと、ノヒン殿の馬は怪我をしていますよねぇ? ラグナス様から代わりの馬を預かっていますので、使って下さい」
「そりゃ助かる。怪我したまま走らせたら途中でぶっ壊れちまうかもしれねぇからな」
「そうですかそうですか。ただ今回の作戦は問題が一つありまして……ラグナス様は聖王都からまだ動けないので、容姿を変える導術は使えません。なので魔女を解放したら……ノヒン殿にはそのままラグナス様が合流するまで、一人でイルネルベリ軍と戦って貰うことになると思います。もちろん解放した魔女は私の密偵が責任を持って逃がしますのでぇ……頑張って下さいねぇ?」
「別に一人で戦うのはいいが……ラグナスが来るのはいつになんだ?」

 ノヒンは一人で大軍と戦うのには慣れている。例え数万の敵が相手だろうと、一気に数万と戦うわけではない。目の前の敵を確実に仕留めていけば、いずれ数万も零になる。

「早くて三日、遅くても四日後には……」
「……ってことはセティーナを解放して二日ぐれぇ暴れりゃあレイナス団が来るってことか。こりゃラグナスが来る前に終わらせちまうかもな?」
「ノヒン殿なら本当にやってしまいそうで怖いですよぉ。今回の作戦がうまくいけば、レイナス団は正式な騎士団になるようですよ? 確か聖レイナス騎士団……でしたかねぇ? グレイス様は『聖天馬騎士団』と名付けたかったようですが……ラグナス様が『レイナス』という名前にこだわっていましてねぇ」
「そういや団の名前の由来は聞いたことねぇな。なんか思い入れでもあんのか?」
「確か……殺されたラグナス様の母君の名前と、ラグナス様の名前を合わせた名前とか。ただラグナス様の母君はソールでは極秘中の極秘事項でしてねぇ? もしや半魔や魔女だったのでは……と言われておりますねぇ」
「まあソールが魔女に寛容とはいえ、王族が魔女と出来てたとなりゃあ色々と面倒だろぉな」
「それは……副団長のことを言っているので?」
「……そろそろ殺すぞ?」
「おおこわいこわい! では私は伝えましたよ? ああそうだ! ラグナス様から預かった馬が到着するのは夕刻です。その時にイルネルベリ周辺の地図も貰って下さい。夕刻まであと三~四時間ほどですかねぇ? 馬はノヒン殿が乗っているのと同じ『雷馬らいば』ですので、イルネルベリまでは十四時間程。届いてから準備し、夜に出発で明日の昼前には着くので……早まった行動はしないで下さいねぇ?」

 飼い慣らされた馬の魔獣である雷馬。魔素を効率よく使用出来る馬の種類の一つで、雷のように速いことからそう呼ばれている。

 馬は速さの順に、『馬』『音馬おんば』『雷馬らいば』とある。実は馬は『馬』の時点で魔獣であり(何千年も前には魔獣ではない馬もいた)、襲歩しゅうほと呼ばれる全力の疾走を、魔素を補給することで休みなく行うことが出来る。平均時速はおよそ四十キロメートル毎時。

 音馬は馬の二倍、雷馬は馬の五倍程の速度で走ることが出来る。さらにどの馬も走る際に魔素を使って空気抵抗を軽減して走るので、騎乗している人間も空気抵抗を受けずにいることが出来る。一説によれば──

 太古の人類には魔素を使って魔獣を作り出す技術があったと言われているが、真偽のほどは定かでは無い。

「あぁん? 急がれたらなんか困んのかよ」
「早く到着してしまっては私の密偵が間に合いませんよ。密偵の案内なしで正面突破するほどノヒン殿も馬鹿ではないでしょう?」
「ちっ……」
「ではでは私はこれで失礼しますよぉ。ぐふぐふっ……っとおやぁ? 何か玄関の外に落ちていますねぇ」
 
 パランが玄関の扉を開けると、地面に何かが落ちていた。

「これは……砂糖菓子とクッキーですね? 誰かお皿に乗せて持ってきたようですが……誰もいませんねぇ?」
「砂糖菓子にクッキーだと!? どけパランっ!!」

 ノヒンがパランを押しのけて外を見る。そこには割れた皿、砂糖菓子とクッキーが落ちていた。

「ノヒン殿のファンのプレゼントですかぁ?」
「てめぇは黙ってろ!! (これは……ジェシカだ! 今日の昼くれぇに俺の家に来るって言ってやがったからな……)」

 ジェシカがここまで来たということは、玄関前でパランとの会話を聞かれた可能性が高い。つまりジェシカが世話になったセティーナが処刑されると聞いたはずだ。昨日ジェシカは「前々からラグナスに早く救出させてくれと頼んでいた」と言っていた。

「ちっ! あいつまさか!!」
「ど、どこに行くんですかノヒン殿ー!」

 パランを置いてジェシカの家へと走る。前にヒンスが「あそこがジェシカの家だぜ? たまぁに夜這いを仕掛けた男の死体が家の前に転がってるって話だ」と言っていたので場所は分かる。

「早まんなよジェシカっ!!」

 家の前に辿り着くが、やはり馬がいない。ジェシカの馬も雷馬だ。もし仮にジェシカがイルネルベリに向かったのであれば、怪我をした自分の雷馬では絶対に追いつけない。最悪途中で走れなくなればそこで終わりだ。他の団員の馬は音馬で、ラグナスがくれるという雷馬も夕方まで届かない。

「ちっ! (……まだイルネルベリに向かったと決まった訳じゃねぇ!)」

 ノヒンは急ぎルイスの鍛冶場へと向かう。

 確かジェシカは昨日、ルイスに剣を預けていたはずだ。気持ちばかりが焦ってしまい、上手く走れない。ジェシカが強いのは分かっている。だが自分ほど再生力は高くない。自分と違って数万の軍を相手にするのは無理だ。

 ノヒンの脳裏には、二年前のヨーコの姿が浮かぶ。
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