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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

割れたクッキー 1

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 ──翌日、ノヒンの家

「あぁ……くそっ……もう昼過ぎじゃねぇか……(だいぶ寝ちまったな……それにしても今日の夢……)」

 昨日ジェシカと別れた後、ノヒンは真っ直ぐ家には帰らずにルイスの鍛冶場を訪れた。そこで酒でも飲みながらルイスと色々と話をしようと思ったのだが……「今は話したくない」と突っぱねられ、出来上がった剣を受け取って家へと戻ってきた。

 そこから一人で酒を飲んでいたのだが、気付けば先程起きた時間。魔人の力のおかげで二日酔いなどにはならないが、見ていた夢のせいで心が乱れる。

(いつもはヨーコなのによぉ……今日の夢……ジェシカだったな……。ちっ……昨日なんで俺ぁ逃げたんだろうな……)

 テーブルの上に残った酒を一気に飲み干す。なんだかんだ昨夜の火酒が気に入ったので、帰りがけにダンガルからボトルを買ったウォッカだ。

「(昨日のさくさくの焼き菓子……なんて名前だっけか……。あぁクッキーか……美味かったなぁ……そういやジェシカが作ってくれるとか……)……ちっ! 寝ても醒めてもジェシカじゃねぇか! どうしちまったんだよ俺ぁっ!!」

 思わずノヒンが叫んでしまう。昨日からジェシカの笑った顔が頭から離れない。ジェシカの触れていた部分が暖かく感じる。自分の感情に戸惑い、部屋の中をうろうろしていると玄関の扉がノックされる。

「ノヒン殿ー! ノヒン殿はおられますかぁー?」

 この声はパランだ。レイナス団の資金源兼情報源の成金貴族。話し方もねっちょりとしていて、ノヒンはどうしても好きになることが出来ない。何より、ラグナスの『弱き者が蹂躙されない世界』に心から賛同しているようにも見えない。解放した奴隷に対する扱いも酷いと聞く。

「ノヒン殿ー! 殲滅鬼ノヒン殿ー!」
「(ちっ、真っ先にぶっ殺してやりてぇんだがな)……今開ける!」

 そう言ってノヒンが玄関まで向かい、扉を開ける。扉を開けた先には成金の典型のような悪趣味な服を着た、でっぷりと太ったパランがいた。

「おはようございますノヒン殿。いやいや……こんにちはですかなぁ? ぐふふぅ」
「ちっ、相変わらず気持ち悪ぃ笑い方しやがって」
「そんなに嫌わないでくださいよぉ。ぐふぐふ」
「……んで? 何の用だ?」
「ラグナス様からの伝言ですよぉ。中に入っても?」
「ちっ……玄関の中までだ。部屋ん中には入れねぇ。てめぇの臭ぇ息で部屋が使えなくなるからな」
「ひどいですねぇ? まぁ話を誰かに聞かれなければ玄関でも構わないですが……椅子なんかはありますぅ? 体が重くて重くて膝が……」
「ぶひぶひうるっせぇな。空の酒樽転がってっから勝手に座れ」
「では遠慮なく……って壊れません? これぇ?」

 パランが空になって横倒しになった酒樽に座る。酒樽はめしめしと音を立て、今にも壊れそうだ。

「豚が一丁前に人間様の真似事してんじゃねぇぞ? 壊れたら地面に直に座れ。……んで? 早く伝言言えや」
「ぐふふ、ノヒン殿にはこれからイルネルベリに単身向かって貰います」
「イルネルベリだぁ? 今度レイナス団で攻めるんじゃなかったのか?」
「そうですそうです。ですがその前にやってもらうことが出来ましてねぇ? イルネルベリの魔女の解放です」
「あぁん? そんなんイルネルベリ攻めた時にやりゃあいいだろうが」
「状況が変わったのですよぉ。レグリオ様がイルネルベリを買収していたのはご存知で?」
「ああ。ユーデリー攻略の後でラグナスに聞いた」
「レグリオ様がお亡くなりになってぇ、イルネルベリは今それをなかったこととして処理しています。まあつまり、今まで通りオーシュ連邦ということですねぇ」
「あぁ? だから攻め込んで落とすんだろうが」
「そう……買収の事実をなかったことにしたい。そこで今イルネルベリで行われようとしていることが……魔女の処刑なんですよぉ」
「はぁ? なんでそうなんだよ!」
「いやぁなに、イルネルベリの貴族連中が魔女をこっそりと慰み者にしているのはご存知で? ……そこで話していたようなんですよぉ……。買収の事実を魔女にねぇ。それで口封じで魔女を処刑。買収の話がどこまで漏れたかは分からないですが、魔女の処刑を見せることで『買収の事実を口外した者も処刑しちゃうぞぉっ!』という見せしめの意味合いもあるようですねぇ」
「ちっ、とっくに買収の事実なんてのぁ知られてんだろ」
「形だけですよぉ! そりゃあなんだかんだで買収の事実はオーシュ連邦に漏れていると思います。ですが……ソールでは魔女の処刑はしませんよねぇ? むしろ野蛮な行為として禁止されているようなものですよねぇ? なので魔女を処刑することで……『イルネルベリはソールとは関係ないですよぉ』と、意思表示の意味合いもあるんでしょうねぇ?」
「どこもかしこも腐ってやがんな……」
「それで早まる可能性はありますが……二日後にですね? セティーナという魔女がまず処刑されるようですよ? 知ってますぅ? 元ソールのアイドル活動家のセティーナです。イルネルベリにとっては都合のいい魔女でしょうねぇ? なんたって元ソールの魔女なんですから。それを皮切りに次々と魔女を処刑するようですねぇ」
「セティーナだとっ!! 本当かそれは!!」

 玄関の外でガチャンと何かが落ちる音がしたが、ノヒンの叫び声にかき消された。

「ええ本当ですよ? イルネルベリに忍び込ませている私の密偵からの情報ですからねぇ……それにしてもラグナス様もそんなもの放っておけばよいものを……」
「てめぇぶっ殺すぞ! ラグナスは『弱き者』が殺されるってんなら助けに行くに決まってんだろ!!」
「そうですかぁ? 他の街にも蹂躙され……処刑される弱い人達はいますよ? なんでイルネルベリだけなんですかぁ? 他は見捨てるんですかぁ? おかしいですねぇ?」
「しょうがねぇだろ! 一気に全部は救えねぇ! ……救えねぇんだっ!!」
「それはラグナス様に対する言葉ですぅ? それともぉ……自分に対する慰めですかぁ? ぐふっ、ぐふふふふぅ」
「ちっ! マジでイラつく奴だなおめぇは!!」

 ノヒンがパランを睨みつけ、パランは「おお怖い」とでもいうかのように体をすぼめてみせた。
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