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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

ジェシカとノヒン 3

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「ち、近ぇよ!」
「なんだぁノヒィン? 近くちゃダメなのかぁ?」
「だから酔い過ぎだっつってんだろ!」

 ノヒンがジェシカを離そうと押すが、酔ったジェシカがぐいぐいと近付く。
 
「……あ、あのぉ……もしかしてジェシカ副団長とノヒン隊長って恋仲ですか? すっごくお似合いだなって……」

 絶妙な距離感の二人に、クラインが突っ込む。

「ち、違う!」「違ぇよ!」
「誰がこんな獣!」「誰がこんな男女!」
「なんだと!?」「やんのかぁ!?」

 ジェシカとノヒン二人の声が揃い、ヒンスが笑い出す。取り敢えず笑い出したヒンスをノヒンが締め上げ──

 その後新人を交えて酒を飲む。

「そういやジェシカ、次はイルネルベリを落とすって本当か? あそこは魔女が多いみてぇだし怖ぇよ。ジェシカとかノヒンみてぇなやつがうじゃうじゃいたら……うぅ……。考えただけで恐ろしいったらねぇな……」

 先輩風を吹かせるつもりのヒンスが、酔ったせいで本音を漏らす。

「それなら大丈夫だ。イルネルベリは確かに魔女を多く捕らえている。だが戦力としてではなく……ただ痛めつけて楽しむためだけの存在だ。それに私はともかく、ノヒンは少し特殊な魔人だ。ノヒン程の力を持った魔女や魔人はいないだろうさ。それにしてもヒンスは相変わらず怖がりだな? そんなことで新人の手本になれるのか?」
「う、うるせぇよ! ってかジェシカはイルネルベリ出身だろ? 何か思うところとかねぇのか?」
「あぁ……そうだな。やっと……と言ったところだ。イルネルベリには世話になった魔女がいるのでな。前々からラグナスに早く救出させてくれと頼んでいたんだ」
「へぇ、世話になった魔女なんていんのか?」
「なんだノヒン? 私に興味があるのか?」
「(ちっ、喋りは普通に戻ったが……まだ酔ってやがんな)……あぁ興味あるぜ? そいつぁ無事なのか?」
「正直分からない。ただ……イルネルベリでは脱走しない限り、魔女は殺されない。過去には突然処刑されるということもあったらしいがな。それに私が世話になった魔女は特別だったんだ。女の私から見ても恐ろしいくらいに美しくてな。イルネルベリの貴族連中がこっそり連れ出して愛人のようなことをさせられていた。もちろんイルネルベリで魔女と性交したなどと分かれば汚物扱いされるので極秘裏にだが……。無事だといいな……セティーナ……」
「あれ? セティーナって言やぁ……」
「知っているのか? まあセティーナはソールでは有名な魔女解放活動家だったらしいからな」
「確かここの親爺がファンだって言ってたな」
「そう言えばお前が壊した壁にセティーナの絵が貼ってあったな。そうか……ダンガルはセティーナのファンだったのか」
「知らなかったのか? 昔から火トマンズに通ってんだろ?」
「あの頃の私は団の者以外とはほとんど話さなかったからな」
「あぁ……そういやお前……昔はもっとツンツンしてやがったもんな? それが今となっちゃぁ……」
「今となってはなんだ!? 何か文句があるのか!?」
「いや、今の方が話しやすいしかわいいぜって話だ」
「ま、またかお前! そ、その軽い口を塞げ!!」

 そう言ってジェシカがノヒンの口を手で塞ぐ。あまりにもぐいぐい押すので、二人とも倒れて抱き合うような形となった。

「ちっ、随分と大胆だなぁ?」
「こ、これは違う! は、離せ! 離さんか!」
「いやいや……抱きついてんのはお前だろぉが。頭ぁ大丈夫かぁ?」

 ノヒンとジェシカが床でもみ合っていると「ちょっと邪魔するぜぇ!」と、酔ったダンガルが仕事そっちのけで割り込んできた。

「さっきセティーナってぇ聞こえたんだがどういうこったぁ? もしや黒豹の知り合いかぁ? ……ってなんでぇ! 結局おっぱじめてやがんじゃねぇか! がははっ!!」

 そこからダンガルを交えての酒盛りが始まった──


---


 久しぶりの楽しい時間が流れたが、いよいよジェシカが眠そうにしていたので、ノヒンが外に連れ出す。外に出ると日が傾き、だいぶ羽目を外したなと思う。二人はどこへというわけでもなく、ゆっくりと歩き出した。

「うぅ……ちょっと飲み過ぎたな……」
「……ったく本当だよ。ずっとベタベタくっつきやがってよぉ」
「しょうがないだろ? お前の体は柱みたいにどっしりしているから……寄りかかるにはちょうどよかったんだ。暖かかったしな」
「ちっ、俺は椅子の背もたれでもカイロでもねぇってんだよ。まあでも……お前の笑顔が見れてよかったよ。楽しかったしな」
「ま、またお前はそんなことをっ! ……まあそうだな。楽しかったな……。おっ!? ノヒン! こっちに来てみろ!」
「あぁん?」

 ジェシカに呼ばれ、裏通りから出た先、広場にあるベンチに二人で腰掛ける。

「綺麗じゃないか? ほら」
「あぁん? 夕日のことか? そんなん毎日見れるだろ」
「分かってないなお前は。こんなゆっくりとした気持ちで夕日を見るなんて……いつ以来だろうと思ってな」
「まあ……そうだな」

 夕日を眺めるジェシカの横顔が、何故かひどく寂しそうに見えた。

「ノヒン……一つ聞いていいか?」
「真剣な顔してどうしたよ」
「……お前は今後……どうするつもりだ?」
「どうするってなぁどういうこった?」
「団のことだ。今後レイナス団は王子となったラグナスお抱えの騎士団になる。お前は……残るよな?」
「ちっ、なんでそう思う?」
「いや……なんとなくな。なんだかんだでお前はラグナスのやり方に納得いかない部分があるんだろう? 見ていて分かるさ」
「まあ……な。どうしてもラグナスのやり方だと重要拠点の弱ぇやつだけしか助けらんねぇ。ってもそれが一番効率がいいのも分かってる。だがよ、ラグナスの目指してる世界になるまでに、どれだけ弱ぇやつを見捨てなきゃなんねぇのかなって思ってよ。まあ……俺一人じゃどうにも出来ねぇのも分かってる。だからこそラグナスの目指す世界を早く実現させねぇとなって考えて……だがそれじゃ……って感じの堂々巡りだ。おめぇはどうなんだ? ずっとラグナスの剣でいるつもりか? いや……剣じゃねぇよな……。一緒になりてぇんだよな……」
「どう……なんだろうな……? 今日ルイスに色々と痛いことを言われたんだ。それで気付いたよ……。私はラグナスに依存しているだけなのかもしれないとな。あの暗く淀んだ……悪意の世界から救ってくれたラグナスにな。ラグナスが全てだったんだ。『ラグナスを愛しているか?』と聞かれれば、愛している」

 分かってはいたが、聞きたくない言葉がジェシカの口から紡がれる。

 ノヒンはジェシカにヨーコを重ねていた。それはジェシカの中身を見てこなかったからだ。だが今はジェシカの過去や中身を知り、ジェシカ自身に惹かれていると感じる。

「だがな……今は少し分からないんだ。ラグナスに対する信仰じみた依存を『愛』だと思い込んでいるんじゃないかとな。だからなノヒン……私は……」
「はん! 依存たって愛は愛だろ? いいじゃねぇかよ! 俺だって依存してるぜ? 忘れらんねぇ……忘れちゃならねぇ大事な女がいる!」
「ノ、ノヒン! 聞いてくれ!」
「ちっ、すっかり酒が抜けちまったな! 俺ぁ家で飲み直すとすっかな! お前も早く帰ってゆっくり休めよ! じゃあな……」

 ノヒンの耳には途中からジェシカの言葉は届いていなかった。聞きたくない言葉に耳を塞ぎ、逃げるようにその場から立ち去る。

「ノ、ノヒン! 逃げるなよ! 明日……明日昼過ぎにお前の家に行く! もっとちゃんとお前と話したい! だから……絶対家にいてくれ! 酒なんかに頼らずもっと話そう!」

 ノヒンはジェシカの言葉には応えず、後ろ手に手を振り──

 その場を立ち去った。
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