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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

ルイス 2

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「剣は信頼しているか?」

 剣を受け取ったルイスが、ジェシカを真っ直ぐに見据えて問いかける。

「なんだ? どういう意味だ?」
「……剣は信頼しているか?」
「……ああ、剣は私の全てだ」
「君はラグナスの剣になりたいんだろうな」
「なんだ? さっきから何を……」
「君はラグナスに信頼されたいんだろうなという意味だ。『信頼されたい』と『愛されたい』は違うという話だな」
「さ、さっきから何が言いたいんだ! おちょくっているのか!?」
「気を悪くしたならすまない。だがきちんと答えを出せ。『抱かれる』ということが『信頼される』ということにはならない。むしろ『簡単に抱かれる』ことで『信頼されていない』となる場合もある。ラグナスは君を信頼している。その上で答えを出せ」

 ルイスの言葉がジェシカの心にぐさぐさと刺さる。確かにジェシカは『抱かれる』ことで確固たる何かを得ようとしていた。ラグナスと云う存在が余りにも現実離れし過ぎていて、『繋がり』を求めていた。そういった繋がりでもなければ、ラグナスに置いていかれるような気がして……

「私はノヒンに抱かれなくても信頼されているのが嬉しい。今はそれだけでいい」

 ルイスはそう言い放ち、鍛冶場へと戻った。

「終わったのかい?」
「ああ」

 ルイスが作業へと戻る。

 ノヒンは鍛冶をしているルイスの後ろ姿が好きだ。ルイスは口数が少なく、何を考えているのか分かりづらい奴ではあるが、鍛冶に関しては分かりやすい。決して表情に出ている訳では無いが、鍛冶をしている後ろ姿が楽しそうに感じる。

「ジェシカはなんだって? ああ、作業したままでいいぞ」
「気になるのか?」
「いや別に……」
「まあ……お前を気にしていたな」
「俺を?」
「ああ」
「ちっ、また何か文句でもあるんだろうさ」
「そうだろうな。お前を含めてのことだろうな」
「また分かりづれぇ言い方しやがって……」
「ジェシカは自分自身に文句があるんだろうな。とても辛そうだ」
「自分自身って……あいつぁよくやってると思うぜ?」
「そうだな。頑張りを認めて貰いたいんだろうな」
「ラグナスにかい?」
「どうだろう? お前に認められたいように感じるが?」
「俺にぃ!? なんでぇそりゃ」
「戸惑っているんだろうな」
「戸惑う? 何にだ?」
「お前は……ジェシカを女扱いしているだろう? 同じ戦場を駆ける仲間ではなく、守るべき対象として」
「あぁ……よくねぇよな。分かってるさ。だけどよ、どうしても思っちまうんだ。『女なのに戦場ですげぇな』とか『女で副団長とか大変だろ』ってよぉ。それがムカつくって話か?」
「お前は本当に自分のことが分かっていないな。馬鹿だ」
「ちっ、馬鹿ですいませんねぇ」
「まあいい。ジェシカはお前に守られていることが気に食わない。だが同時に心地よくもある。お前に守られることで剣としてではない存在意義が生まれている」
「今日はやけに喋るじゃねぇか」
「ジェシカがどういう境遇か知っているか?」
「元が奴隷だったって聞いたが……」
「そうだ。イルネルベリで魔女の母親と一緒に奴隷だった。イルネルベリでは相当酷い扱いを受けていたらしいぞ? それこそ家畜のような。毎日毎日『汚い寄るな、ゴミ、クズ、貴様らは便所の糞以下、世界は貴様らを必要としない』とな。汚物を投げられることもあったらしい」
「酷でぇな……。そういやイルネルベリだと魔女は処刑せずに死ぬまで痛めつけるって聞いた気がするぜ」
「そうだな。ソールでは比較的魔女に寛容だが、他の国では違う。人権がない。まあそんな中でジェシカは母親に連れられて逃げ出したんだ。ソールに向かってな」
「へぇ……」
「それでトマンズの南、ガンガー川まで逃げて来たんだが、追手に捕まり母親が殺された。首をねじ切られたらしい。目の前で母親の首がねじ切られるなんて惨すぎる。しかも追手は笑っていたらしい」
「ちっ……胸糞悪ぃ」
「ジェシカはその場で裸にされ、追手に笑いながら『汚ねぇ汚ねぇ』と言われ、おもちゃのように棒で小突き回され、蹴られ殴られ……女性器に棒を入れられそうなところで、ラグナスに助けられた」
「そこでラグナスかよ」
「そうだ。六~七年前かな? ラグナスはその頃レイナス団を立ち上げ、トマンズ周辺の奴隷解放に奔走していたからな。だが助けてくれたラグナスに対してジェシカは敵意を剥き出しだったと聞いた。『どーせお前も私を汚いって言うんだろ! ほら! 触ってみろ! 病気にしてやるぞ!』とな。そんなジェシカに『私は君を差別しない』と、ラグナスが抱きしめたそうだ」
「まあさすがラグナスだ。そりゃ惚れるわな」
「それからジェシカは必死だったと思うぞ? やっと手に入れた自分が自分でいられる場所。だがジェシカは魔術の使えない魔女。どうすればラグナスの役に立てるのかを考え、持ち前の身体能力の高さに磨きをかけ、必死にラグナスの剣になろうとした。人格否定をされ続けて壊れた心は、ラグナスの剣であることでようやく存在意義を見出した。そしてその存在意義をお前が壊した」
「そこでなんで俺だよ」
「お前がラグナスの隣に並び立ったからだ。ラグナスはお前を剣として、友として信頼している」
「俺がラグナスの友だぁ?」
「気付いていないのか? ラグナスはお前と話す時、無邪気な少年のような顔になる。とまあ、そんな訳でジェシカは今とても不安定だ。お前に女扱いされ、戸惑いながらも満たされている自分と、お前に女としてではなく、剣として認められることで存在意義を取り戻そうとな」
「俺は認めてるつもりなんだがな」
「まあお前達はもう少しお互いに歩み寄った方がいい。どーせ顔を合わせる度に言い争いだろう?」
「しょうがねぇだろ? あいつが喧嘩売ってくるんだからよ」
「それを言うならお前が喧嘩を売っているんだ。ジェシカの剣としての場所を奪い、それでも必死に頑張るジェシカを……お前は剣ではなく女として扱い、あまつさえ上から目線で『おめぇは頑張ってるよ』と」
「随分とジェシカのこと分かってんだな……?」
「お前よりはな。ああ見えてジェシカはとても女性らしい。話すのも好きだし、よく笑う。休日は化粧もしているぞ? 気付かないのか?」
「はぁ? あいつがぁ?」
「だからそういうところだぞ? 表層だけで判断して中身を知ろうとしない。まあ私は聞き上手らしいのでな。たまにジェシカと酒場で酒を飲んでいる。お前もたまにはジェシカと飲んでみたらどうだ? たぶんこういう日は裏通りの『トマンズ』にいる。強めの火酒かしゅの種類が豊富だ」
「ジェシカが火酒ねぇ。まあ……たまには酒を飲むのも悪かぁねぇか」
「素直じゃないな。酒なら毎日飲んでいるだろ?」
「ちっ、うるせぇよ。それよりジェシカに会ったら今の話はしねぇ方がいいか? ルイスにしちゃ珍しく他人のことあれこれ話してたからよ」
「別に話してけっこうだ。先に首を突っ込んできたのはあっちだからな」
「首を突っ込んできた? 何にだ?」
「さあな。ほらさっさと行け」
「あ、ああ。後でまた剣を受け取りにくる」
「了解した」

 黙々と作業をするルイスを背に、ノヒンが外に出る。太陽が燦々と輝いてはいるが、風が冷たい。もうすぐ冬なんだなと身をもって感じる。

(ジェシカが火酒ねぇ。ルイスはなんとなく分かるが……)

 ジェシカとルイスが酒を飲んでいる場面を想像する。先程の『ジェシカは話すのも好きだし女性らしい』というルイスの言葉を思い出し、笑いながら楽しそうに話すジェシカと静かに話を聞くルイスの姿が思い浮かぶ。

 だが笑いながら楽しそうに話すジェシカの姿がヨーコと重なり……

 胸が苦しくなる。

(ちっ……普通に接してるつもりだったんだがな……。女扱い……してんだろぉな……)

 ノヒンは酒場に行くべきかどうか、しばらくその場で考え──

 火トマンズに向かった。
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