上 下
39 / 229
第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

策士 2

しおりを挟む

「いずれこういうことがあると思っていたのでな。前に言わなかったか? 『訳あってそこまで強力な導術だということは隠している』と。私は私の能力を低く見せていた。ソールの中で私の導術は、少し強力くらいの認識だ。君に使った容姿を変える導術に関しても知る者は……ルイスくらいだな」
「なんでそこでルイスが出てくるんだよ」
「ルイスは寡黙だろう? ついな」
「ついっておいおい……おめぇは時折ゆるいんだよ! っつーかその話を俺にしたのは二年くらい前だよな? そんな前から今回のことが分かってたって言うのか?」
「さすがにあの段階で、この形になるとは思ってはいないさ。ただ確実にラルバとレグリオが私を潰しに来ると考えていたからな。実際全て上手く行っただろう? 君だって私がイデラバードに苦戦すると思っていなかったか? だが実際は出し惜しみなく導術を使い、一日で終わらせた」
「相変わらず恐ろしい男だな、おめぇは」
「いやいや、恐ろしいのは君の方だよ。今回の件で重要な意味を持っていたのはノヒン、君だ」
「あぁん? 俺がかぁ?」
「そうだ。私の導術に関しては隠すことが出来ていたが、君の武勇に関しては無理だったからな。君がレイナス団にいたままではレグリオはマドラスまで来なかっただろうね。それほど君の武力は恐れられている」
「……ってぇことは、あの殺し合い演じたのはレグリオに向けてだったのか?」
「そういうことになるな。ラルバからイデラバードとユーデリー攻略を命じられたのは二週間前。そこから私と君が言い争い、君がレイナス団を出て行くまで二日。その話がクランのレグリオに伝わるまで二日。そこからレグリオが準備をし、海路でクランからマドラスまで来るのに、十分な日数が残っている」
「すげぇな……」
「パランのおかげもあるぞ? 君はパランを嫌悪しているようだが、あれは情報網が凄まじい。今回のラルバやレグリオの動きを知れたのは、パランがいたからこそだ」
「まあそう言われりゃそうなんだけどよ……どぉもあの成金趣味が肌に合わねぇ。奴隷の扱いも最悪だって聞いたぞ?」
「まあその辺は任せておけ。ここだけの話だが……私もパランは嫌いなんでな。あれは上昇志向が異常だ。確か元は平民のはずだが、その情報網と商才で貴族まで上り詰めた男だ。まだまだ上に行きたいのだろうことは見て取れる。その上昇志向を私が利用し、資金と情報を得ている。全てが終わったら私から引導を渡すさ」
「分かっちゃいるがよ……糞だと分かってて放っておくのがどうしてもな」
「君はどこまでも真っ直ぐだからな。まぁだからこそ、信頼している」
「ははっ、そりゃどうも。んで? この後の流れは?」
「レグリオは焦っているだろうな。まさか私達が一日でイデラバードを落とすなど、思ってもいなかっただろうさ。こうなるとイルネルベリからイデラバードに援軍は来ない。レグリオもイデラバードには攻めてこない。困ったレグリオは一旦クランに戻るという流れだな。もちろんレグリオにとって不測の事態なので、クランに戻るまで後一日から二日はあるだろう。ここまで言えば分かるか?」
「ああ。俺がマドラスまで行ってレグリオを殺しゃあいいんだろ?」
「そういうことだ。レイナス団はこのままユーデリーとイデラバードに滞在する。君には私の導術でトール騎士団の生き残りの姿になってもらうよ。ここまで来たらイデラバードでレグリオの策略の証言も取れるだろうし、普通にレグリオを殺してもいいのだろうが、まあ念には念を入れたいんでな。今回のことにレイナス団は一切関わっていないことにしたいのでね。頼めるかい?」
「はんっ! 色々ともやもやしてたんだ! 糞を殺せるってんなら喜んでやらせて貰うぜ!」
「本当に頼もしいな。だがバルドル騎士団は厄介だぞ? 一騎当千のトール騎士団とは違い、連携が上手い」
「関係ねぇよ! 連携? そんなもん突っ込んで掻き回しゃあ一発だ!」
「君に作戦などは必要ないみたいだな」

 そう言ってラグナスが笑う。

 ノヒンはここまでの話を聞いて全てを理解した訳では無い。それでもラグナスがかなりの窮地にいた事は分かっている。

 だがラグナスはそれら全てを裏から操ってみせ、目の前で少年のように純粋な笑顔を見せている。この二年間でノヒンは、心の底からラグナスのことを信頼した。だがそれと同時、得体の知れない寒気を感じることもある。

 ラグナスにとっては全てが駒。

 ノヒンは「自分ですらもただの駒なのではないか」と思ってしまうことがある。

「ここまで話したが……そろそろ君との約束を果たさなければな」
「……いいのか?」
「ああ、そういう約束だろう?」
「んじゃあ遠慮なく……」

 ノヒンがラグナスの胸ぐらを掴み、拳を構える。

「歯ぁ食いしばれよラグナス」
「了解した」

 ノヒンの握られた拳がギチギチと音を立て、腕の筋肉が隆起する。

「行くぞっ!」
「ああっ! ………………っとノヒン? どういうつもりだ?」

 ノヒンの握った拳が、ラグナスの額にコツンと当たる。

「あぁん? どういうつもりも何も……今回のことは俺が時間かかったせいでもあるからな」

 実はこの二人、今回の作戦前にある約束を交わしていた。それは次に二人が会った際、思い切りラグナスを殴らせろというものだ。

 今回の作戦前にラグナスは、「この作戦で少なからず団員に死者が出る」とハッキリ言っていた。ノヒンはその事に対して分かってはいるが、承服できない部分があった。だからこそ「次に会う時、思い切り殴らせろ」と、ラグナスに条件を出していたのだ。

 もちろん元より殴ろうなどとは思っていない。ラグナスは「死者が出る」と行った後で、「君の頑張り次第では死者が出ない可能性もある」とも言っていた。

 つまり今回のことは、自分がトール騎士団殲滅に時間がかかってしまったことが大きい──と、ノヒンは思っている。ラグナスもそれは分かっているが、それを責めずにノヒンに殴られようとしていた。

「おめぇは悪くねぇだろ?」
「作戦を立案したのは私だ。何より団員である君の責任は私の責任。君は私の所有物だぞ?」
「ちっ、本気で言ってそうで怖ぇよ」
「本気だが? どうする? 逃げてみるか?」
「おめぇから逃げられる気がしねぇよ。実際どんなもんなんだ? おめぇの強さってのはよ」
「どうだろうな? 現時点では君に分があるような気はするが……」
「現時点ではってのが怖ぇよ。まだ何か隠してんのか?」
「何も隠してはいないよ。ただ私の力がまだ完全ではないということだ。私はオーディンと同じ領域に達するつもりなのでな」
「そうなったら……戦ってみてぇな」
「そうだな。その時は君が味方でいることを願うよ」
「どういう意味だ? 俺が敵になるとでも言いてぇのか?」
「結局君はどこまでも真っ直ぐだろう? 私も私の道を曲げるつもりはないのでな。本気で衝突する時もあるのだろうな──とは思っている」
「おめぇが『弱き者が蹂躙されない世界』を目指してる限り、敵にはなんねぇよ。目指してる限りはな」
「その点は大丈夫だ。私は徹頭徹尾、『弱き者が蹂躙されない世界』を目指している」
「ならさっさとその世界実現するために、レグリオぶっ殺して来ねぇとな。さくっと終わらせて来る」
「レグリオ暗殺が成れば、おそらく私は王都に迎え入れられる。私の父……グレイスがそうするだろうからな」
「おめぇの親父ってよぉ……糞だろ?」
「そうだな。あれは女にしか興味がない。だからこそ操りやすい。今回のことも、私の父が政治に興味がないからこそ起きたことだ。まぁまだしばらくは道化になって貰うさ」
「そんな使えねぇやつなのに王位継承権一位ねぇ。ソールってのは腐ってやがんな」
「私も同感だ。まあ今後のことについてはレグリオの件が終わってから話そう」
「俺が失敗するかもしれねぇしな?」
「ははっ、君が失敗するなら誰にも成し得ないだろうね」
「期待には応えるさ。……んじゃまぁちょっくら害虫駆除に行ってくらぁ! 直ぐに終わらして戻るからよ、上等な干し肉用意しとけっ!!」

 その後ノヒンはマドラスに単騎で攻め込み、宣言通り僅か数刻でレグリオ率いるバルドル騎士団を殲滅。トール騎士団の姿で派手に暴れ回ったことにより、ラルバとレグリオの権力争いの末の醜い争いとして、後世に語り継がれることとなる。

 これによりグレイスはなんの憂いもなくラグナスを第一子として迎え入れ、ラグナスは近く王都へと召還されることとなる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。 その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。 更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。 果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!? この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。 ※アルファポリスでは『オスカーの帰郷編』まで公開し、完結表記にしています。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

処理中です...