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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
ユーデリー城攻略 4
しおりを挟む──ユーデリー城城内
「いやぁさっすが殲滅鬼ノヒン様だぁっ! 俺ぁノヒン隊に入れて幸せだぜぇっ!」
「調子のいいこったなヒンスゥ? おめぇ二年前にノヒン隊長がレイナス団に来たときゃ文句しか言ってなかったじゃねぇかよっ! 『あいつぁ獣だ! 獣なんかと一緒にやってられっかっ!』ってよぉ!」
城内では隊員による酒宴が開かれていた。ジェシカはすぐにでもイデラバードに向かうべきだと訴えたが、ノヒンが「周り見ろやっ! 一旦治療しねぇと死んじまうやつもいんだぞっ! おめぇだって歩くのがやっとじゃねぇかっ! 空回りも大概にしろってんだ!!」と、それを止めた。
「うるせぇよヤーゴ! ……ってかなんでおめぇがこっちにいんだぁ? ジェシカ隊はあっちだろうがよ!!」
「いやいやいいじゃねぇかよ! こっちの隊は副団長が大怪我したってんで騒ぐ雰囲気じゃねぇんだよ!」
「あぁん? 自業自得じゃねぇかよ! 俺ぁジェシカんこと止めたんだぜぇ? なのに一人で突っ込んで行きやがってよぉ! 同情するぜ? ジェシカ隊の奴らにはよぉ」
「や、やめろヒンス!」
「はぁ? 何をやめんだよ! 下手すりゃ全滅してたんだぜ? 最近のジェシカァどうかしてるぜっ!!」
ヤーゴが顎でくいくいと後ろを向けと合図するので、ヒンスが振り向く。
「……迷惑をかけたな……。すまない……」
そこには包帯を巻かれた痛々しい姿のジェシカがいた。
「い、いや違うんだって!」
「……何も違いはしないさ……。私は団を危険に晒した……」
「そ、そんなこたぁねぇっ! 今回は仕方なかった部分もあるだろ? あんな城壁はノヒンじゃなきゃあ無理だったんだ! ノヒンから聞いたが、そういう流れになるようにラルバ王子が仕組んでたらしいし……しょうがねぇっ!」
「ノヒン……か……。あいつは凄いな……。それで……その主役はどこに?」
「ノヒンか? あいつならいつも通り高ぇとこにでもいるんじゃあねぇのか? あいつ……誘っても酒の席には絶てぇ参加しねぇんだよなぁ。なんか理由知ってっか?」
「……さあな……あまり飲みすぎるなよ……?」
そう言うとジェシカは、足を引き摺りながら高い場所──見張塔へと向かう。
---
──見張塔
ジェシカが見張塔の頂上に辿り着くと、塔の縁に座ったノヒンがゆっくりと酒を飲んでいた。
服の中から黒い魔石の首飾りを出し、とても悲しそうな雰囲気で眺め──
泣きそうな声のノヒンが「ヨーコ」と呟いたように聞こえた。
「……ノヒン……たまには団員達と酒を酌み交わしたらどうだ?」
ジェシカの声に反応し、ノヒンが振り返る。振り返ったノヒンの顔には一筋の涙が流れていた。
「……お前……泣いて……」
「ば、馬鹿ちげぇーよ! ちょっと風が強ぇからなぁ……ゴミでも入ったのかもな? つーかそんなぼろぼろの体で階段なんて登ってんじゃねぇよ。明日の朝一でイデラバードに向かうんだ。今日はゆっくり休んどけって言っただろ?」
「…………」
「なんで黙んだよ。俺なんかが心配してんじゃねぇよってか? ……んで? 結局副団長さんはなんの用だ?」
「ちゃんと礼を言ってなかったと思ってな……」
「……ちっ、どうしたんだよ副団長さんはよぉ。礼なんて言う玉かい?」
「礼を欠くことなどするわけがないだろう。私は貴様の目にどう映っているんだ?」
「冷静沈着質実剛健、いつだって団のために最善の策を考え実行する」
「意外だな。私のことをそんなに評価してくれていたのか?」
「そうだな……俺にゃあ出来ねぇことだ。俺は目の前の敵をぶっ殺すことしか出来ねぇからよぉ」
「獣だな……やはりお前は獣だ」
「だがよ……俺が一番に突っ込んで……一人残らずぶっ殺せば……団の誰かが傷付くことが減るだろ? 危ねぇのは俺だけで十分だ。もう弱ぇやつが死ぬのは真っ平なんだよ」
「驚いたな……そんなことを考えていたのか? そう考えているなど団の者は誰も知らないだろうさ。もう少し団の者と交流を持ったらどうだ? 酒は嫌いじゃないんだろう?」
「出来ねぇよ……俺が遅くなったせいで大勢死んだ。死んだんだ……。死んだらよぉ……もう元には戻んねぇんだ……。酒なんて飲んで笑ってらんねぇよ。知ってるか? 今日死んだ俺の隊のザックはよぉ……近いうちに団を抜けて……貯めた金持って田舎の幼なじみと結婚する予定だったんだってよ……。ちっ、あいつの骨ぇ……持ってってやらねぇとな……」
「……私のせいだノヒン……すまない……」
「ちっ! だからやめろって! おめぇのせいじゃねぇ! この糞みてぇな世界に糞みてぇな奴らが溢れてるせいだ!! あれだろ? 自分の責任だっつって単騎で突っ込んだんだろ!? なにやってんだよおめぇ! 冷静沈着な副団長さんはどこ行きやがったんだよ!」
「なんで……責めないんだ……? 私はお前に責めて貰いに……」
「ふっざ……けんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! 戦場に出てりゃあ死ぬ! 死ぬんだよ! 自分で選んだ道だ! 文句があるやつぁ戦場に出んじゃねぇ! 今回のことも仕方ねぇ! 嵌められたんだ! イデラバードに合流する為に時間もなかった!」
「だが私が判断を誤ったのも事実だ……」
「……っだぁっ!! うじうじうじうじうるっせぇな! おめぇの判断は間違ってねぇ! 間違ったのは俺も含めて全員だ! 俺がいたって全軍突撃してた! それに知ってっか? おめぇが全軍突撃を命じなくても団の奴らぁ突撃したぜ? なんでか分かるか? おめぇが最近頼りねぇからだ! 独断専行する奴らが増えてんのは知ってんだろ!? 一人で背負い込んでんじゃねぇよっ!!」
「すまない……」
「あぁっ! くそっ!! なんでそんな顔すんだよ! 俺はお前のそんな顔が見てぇ訳じゃねぇんだよっ! 笑ってて欲しいんだよっ!! 危ねぇ目に合って欲しくねぇんだよっ!! おめぇはヨーコの……ってあぁ……くそっ……なんでもねぇ……今のは忘れろ」
「どういう意味だ……? なぁノヒン?」
ジェシカがノヒンに近付いて問いただす。ノヒンがレイナス団に来てから、二人は衝突ばかりしていた。だが一度戦場に出ると、ノヒンはジェシカを庇うような戦い方をよくしている。ノヒン隊とジェシカ隊が一緒に行動することも多かった為、たまたまかと思ってはいた。もしくは女だからと舐められているのかもしれないと腹を立ててもいた。
だが初めてノヒンに会った時、ノヒンは自分を『ヨーコ』と呼んだ。そして今もヨーコと……
そういえば首飾りの魔石を眺め、『ヨーコ』と呟いている場面も何度か見たことがある。その時のノヒンの顔がとても悲しそうで、いつも聞けずにいた。
「ちっ……なんでもねぇよ……早く戻って寝ろ」
「そんな悲しそうな顔でなんでもないわけがないだろう!? なんだ? 私に関係あることなんだろう? この魔石か? この魔石が私に関係があるのか!?」
ジェシカがノヒンの首飾りを触って問いただす。
「……触ってんじゃねぇよ。離せ」
「そ、そんな突き放す言い方しなく……」
「いいから離せ」
ノヒンの静かな怒り。
いや……怒りなのか悲しみなのか、判断がつかない。
「おめぇに傷付いて欲しくねぇのはラグナスの大事な女だからだ。おめぇが笑ってりゃあラグナスだって安心だろ? それだけだ……」
「そんな適当に繕った理由で……」
「ちっ……しつけぇな。とにかくそういう理由で俺はお前に傷付いて欲しくねぇ。これでいいだろ?」
「ノヒン……」
「歩けねぇってんならお姫様抱っこで行くか?」
「一人で歩ける。ノヒン……ラグナスは私のこと……」
ノヒンはジェシカをラグナスの大事な女と言った。本当にそうなのだろうか。そうならば、なぜ手を出そうとしないのか──と、ジェシカが考えを巡らせる。
「あぁん? ラグナスの野郎が言ってやがったぜ? 『ジェシカは私の創る未来に必要な存在だ』ってよ。よかったなぁ? 嫁に貰うつもりなんじゃねぇのか?」
「ラグナスがそんなことを……?」
「なんだぁ? 微妙な顔しやがって」
ジェシカは純粋に嬉しいと感じていた。感じていたが……『私の創る未来に必要な存在』という言い方に引っかかる。
ラグナスはジェシカを抱こうとはしない。資金援助を受ける為に、地方貴族の女をラグナスが抱いていることは知っている。なので男性的な機能が不全な訳では無い。つまりここでいう『必要な存在』とは、『女として大切』と同義ではないと思う。
だが色々と考えてはしまうが、必要だと思ってくれていることが嬉しいのは事実だ。
「……では私は戻るぞ? 邪魔して悪かったな。あぁそれと……今回のことは相談して欲しかったな。まあ私が頼りないので言わなかったのかもしれないが……」
「……まぁだうじうじすんのかい? 今回のことはラグナスに誰にも言うなって言われてたからよ。まあだが……悪かったな」
「貴様はラグナスに信頼……されているんだな……」
ジェシカが足を引き摺りながら、ゆっくりと階段へ向かう。
「ああそうだ。副団長さんよぉ……一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
ノヒンはレイナス団に入ってから、聞こうとして、だが怖くてジェシカに聞いていなかったことがある。
「あのよぉ……母親の名前……なんて名前だ?」
「なんだそれは? 何か意味があるのか?」
「……答えたくねぇならそれでいいんだ。悪かったな、変なこと聞いて」
「本当に変な質問だな。サマンサだ。私の死んだ母の名前はサマンサ。これでいいか?」
「……あぁ……そうかい……サマンサ……サマンサね……。悪ぃ! 本当に変なこと聞いた! 今日はゆっくり休んでくれ!」
いつかヨーコが話してくれた母の名前。よくは覚えていないが、『サマンサ』だと。
「どうした? お前……何か様子が……」
「なんでもねぇよ」
ノヒンが顔を背け、残った酒を飲み干す。その後ろ姿が全てを拒絶しているようで、ジェシカはそれ以上踏み込むことが出来ず──
見張塔を後にした。
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