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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
ユーデリー城攻略 3
しおりを挟むガギンッ!!
死を受け入れ、目を閉じたジェシカの耳に激しい金属音が響く。
タイミング的にはバリスタの矢に貫かれ、確実に死んだはず。
矢の雨を防ぐので精一杯で、バリスタを避けることなど到底無理だった。だが……
死んでいない?
思考することが出来ている。
そんな中、自分の目の前に何者かが立つ気配。
もしや自分はバリスタの矢で貫かれ、目の前に戦死者を選別するヴァルキュリアが現れたのでは──と、ジェシカが有り得ないことを考えてしまう。
だが心臓は動いている感覚。
そうしてジェシカがゆっくりと目を開ける。
「いつまでぼうっとしてやがんだ!! 矢は俺が防いでやっからよ! 早く逃げろ! 剣山になんのは俺の専売特許だ!!」
大きい背中。
ここにいるはずのない……
自分を追い越し、ラグナスの隣に並び立った男の背中。
自分の場所を奪い、簡単に放り投げ、去って行った男の背中。
憎い……
憎いはずの背中が、とても大きく頼りに感じてしまう。
「……ノヒン! なんでお前が!!」
「ちっ! なんだよっ! ここはトマンズの茶店か何かかぁ!? 話してる暇はねぇんだ! 早く逃げろっ! 後ろのヒンスにはこの後の動きを指示してある! 副団長さんも早く戻って体制を立て直せ!!」
「だ、だが! この矢の雨……いくらお前でも!!」
「だぁっ! うるっせぇなっ!! もうすでにぐっさぐさに刺さってんだよ! おめぇがいるからだ! 頼むから早く戻れ!!」
「す、すまない……。それと……ありがとう……」
ジェシカが足を引き摺りながら、後方へと退却する。
「……ありがとうだぁ? はんっ! そういうのは全部終わってからぁ……だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ノヒンの体に敵意と痛みでギチギチと力が漲り、降り注ぐ矢の雨を事も無げに叩き落とす。手には大戦斧ではなく、特注の大剣であるツヴァイヘンダー。もはやツヴァイヘンダーとは名ばかりの分厚い鉄の板だ。
「ははっ! ラルバの糞野郎の置き土産かぁ? 上等じゃねぇか!! てめぇらもすぐにラルバんとこぉ! 送ってやるよぉ!!」
ノヒンはここに合流する前、ラグナスから命じられた任務に当たっていた。つまりラグナスとノヒンが言い争い、殺し合いをしたのは全てラグナスの策略。
この時点でのノヒンはラグナスの策略の全容を知らない。だが剣を預けた相手であるラグナスを信じ、黙って従った。
そうしてその任務とは……
ラルバ王子の暗殺である。
ラルバはレイナス団にユーデリーの攻略を丸投げし、自身はユーデリーからほど近い東のラーダーバードで、トール騎士団と共に酒池肉林の宴を開いていた。
レイナス団のユーデリー攻略失敗と共に攻め入り、計画通りユーデリーが降伏して手柄を我がものとするためである。それと同時、攻略失敗のレイナス団を糾弾する腹積もりでもある。
それに付随して、上手くいけば戦力を分断されているラグナス率いるレイナス団が、イデラバードの攻略も失敗するだろうという卑小な考えでもある。
さらにラルバはユーデリーが降伏したという情報を伏せ、戦いが長引いているように見せながら……
トール騎士団にユーデリー兵の旗を持たせ、背後からラグナスを襲うつもりでもいた。
だがその計画は最悪な形で失敗を迎える。
ノヒンは単身ラーダーバードに乗り込み、酒を飲んで今回のユーデリーでの謀を楽しげに話しているトール騎士団を殲滅。
裸の女に囲まれながら命乞いをするラルバを真っ二つに両断。その際ノヒンはラグナスの導術によって、オーシュ連邦の兵士に見えるように姿を変えていた。つまり一連の出来事は全てオーシュ連邦の謀だということに。
「ちっ! 大したこたぁねぇなぁ! バリスタあるったって下手くそじゃねぇかよ!」
ノヒンがバリスタの矢を叩き落としながら、単身で城壁の門へと走る。
「うるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま門へと体当たりし、轟音と共に門をぶち破る。ノヒンさえいれば破城槌など必要ない。元より城壁まで接近されるとは思っていなかったのか、多少頑丈さに欠けていたということもあるが……
それでも体当たりした衝撃でノヒンの肩の骨が砕けたが、すぐさまバキバキと補強された。
「ははっ! よくもうちの大事なお姫さんの体ぁ傷つけやがったなぁっ? 全員ぐっちゃぐちゃだぜぇ?」
城壁内へと侵入したノヒンが、目に映る敵を宣言通り肉塊へと変えていく。瞬く間に城壁の上へと到達し、次々とバリスタを破壊。もはやこの時点でユーデリー兵に戦意はない。それでも残る少数のユーデリー兵が、決死の覚悟でノヒンのいる城壁の上へ目掛けて集まってくる。
「ヒンスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!! 聞こえっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! だいたい終わらせたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
雷が轟くかのようなノヒンの声。その声に応じるように、城壁前にはヒンス率いる弩部隊がズラリと整列する。ユーデリー兵にもよく見えるように、松明を焚いて存在を見せつけて──だ。
「おーおー、さっすがヒンス。動きが早ぇぜ」
ノヒンは余裕を見せているが、集まってきたユーデリー兵に完全に囲まれていた。
「まぁだやんのかぁ? 俺は敵意向けるやつぁ皆殺しだぜぇ? ああそうだ! ここに来る途中よぉ……ラルバが死んだって聞いたんだがぁ……お前ら大丈夫かぁ?」
ラルバが死んだと聞き、ざわざわとするユーデリー兵。そんなことになるなど考えてもいなかったようで、見るからに動揺している。
「ちっ……おいてめぇら! さっさと城に戻ってラルバが死んだと伝えろ! レイナス団の団長ラグナスは降伏した相手を蹂躙したりはしねぇ! だが俺は違うぜぇ! 気が短ぇんだ! ぶっ殺されてぇ奴から順によぉ……前に出ろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ノヒンの怒声でユーデリー兵の戦意は完全に折られた。正直ノヒンは全員殺してもいいと思っているのだが、ラグナスに止められている。レイナス団の圧倒的な力を見せつけ、ラグナスと『契約』したいという相手を増やすためだ。
前にノヒンは「団員増やしてぇならソールの人間にすりゃいいじゃねぇか」と、ラグナスに聞いたことがある。だがラグナスは「ソールの人間だと他の王族と『契約』しているものも多数いる。契約の解除は契約した者にしか出来ないからな。二重契約も出来るが、そうなると契約した相手を私の魔素だけで満たしてやることが出来ない。私はこう見えて独占欲が強いのでな。純粋に私の魔素だけで満たした者が欲しいんだよ。もちろん私の独占欲は君にも向いているぞ? いや……むしろ君にこそ向いている」と言って、少し笑った。
「ちっ……糞は全員ぶっ殺すって決めたのによ」
ノヒンが城壁の縁へと歩き出すと、ユーデリー兵が怯えたように避けて道が出来る。城壁の下ではヒンスが松明を振って叫んでいた。
「おいノヒィィィィィィィィィィィィィンッ! てめっ! この野郎っ!! さっき言ってた作戦と違うじゃねぇかよぉっ!! 城壁ん上ぇ登った時点で狼煙上げる約束だろぉがっ!! なぁにほぼ一人で終わらせてから合図してやがんだっ! しかも狼煙だ狼煙ぃ! 叫んで合図してんじゃねぇよっ!!」
「悪ぃ悪ぃっ! 勢い余っちまってよぉ!!」
「叫ぶんなら勝鬨上げろやぁっ!!」
「ちっ、しゃあねぇなぁ……」
ノヒンが城壁の縁へと足を掛け、剣を高く掲げる。
「野郎共ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! レイナス団のぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 勝利だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
地響きのような歓声。
ノヒン隊とジェシカ隊、数は半分程に減り、決して多くはない人数となっていた。だが実際の人数の数十倍はいるのではないかという歓声。
レイナス団はノヒンという英雄に酔いしれていた。
単騎で城壁へと突入し、数刻で殲滅してしまう英雄に。
中でもノヒン隊の隊員は、ノヒンのことをラグナス以上に信望している者さえいる。そうして必ずノヒンは戻ってくると信じていた。
「ノヒン……」
そんな英雄のように剣を掲げるノヒンを、思い詰めた表情のジェシカが見つめていた──
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