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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
ユーデリー城攻略 2
しおりを挟む(大丈夫だ……大丈夫……確かにノヒンならばやってのけるのだろう……。ならば私でもやれる……そう……やれるんだ……)
すでに日が落ちた夜陰に紛れ、ジェシカがユーデリー城城壁の門に向かって歩き出す。鎧も目立たない黒のレザーアーマーに変えた。もとより髪は黒く、肌も褐色。
ジェシカの通り名は『レイナスの黒豹』だ。
単騎で夜陰に紛れたジェシカに敵は無い。城壁の上からでは近付くまで見つけるのは困難。ゆっくりと慎重に、身を低くしてジェシカが進む。後方ではジェシカ隊とノヒン隊が待機し、ヒンスが祈るような思いで見守る。
(大丈夫だ……順調に進んでいる……やはり城塞兵器が脅威なだけで、ユーデリー城の兵士達の練度は高くない。もう少し近付けば、角度的にバリスタは撃てない……大丈夫……焦らないでゆっくり……)
ぞくり──
と、嫌な予感がした。
ここまでは順調だ。だが何かを見落としている気がして、ジェシカの足が止まる。それはなんだと考えるが、心臓の鼓動が早まり、考えがまとまらない。
何か決定的に失念していることがある。
それは……
「ガルルルルル……」
魔獣だ。
魔獣のことを失念していた。
そう、日が落ちてからの戦闘では、魔獣の出現も考えねばならない。と言っても、ランバートルのように魔素が多い土地以外での魔獣の出現は稀だ。だが出ないというわけではない。特に日が落ちてからの出現率は上がる。
(くそっ……だめだな私は……最近冷静な判断が出来ない……魔獣の出現に関してはいつも頭に入れていたはずだ……)
気配を殺して周りの様子を伺う。少し離れた場所にガルムが一匹と、小鬼が三匹。
(ガルムならば大丈夫だ……奴らはゴブリンを嫌う……だがゴブリンは……)
「グゲゲッ? ゲギャッ?」
ゴブリンに気付かれそうな雰囲気。ゴブリンの好物は人間の女。人間の女を犯して遊び、壊れたら喰らう。故に人間の女の匂いに敏感だ。
(ちっ……頼むから気付かないでくれ……頼む……頼む……)
「アオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!」
唐突にガルムが遠吠えをする。確かガルムは「ここにゴブリンがいる」と仲間に伝えてから去る習性があると聞く。今の遠吠えで、城壁の兵達がジェシカがいる辺りを見る。
「なんだぁ? ガルムの遠吠えなんて珍しい。近くにゴブリンでも出たのか? ゴブリンは臭ぇからガルムが嫌うんだよな」
「まあ暗くなりゃあゴブリンくらい湧くだろ。それよりレイナス団の奴らはどうなってる?」
「ここからじゃ見えんが、とりあえず今夜は大丈夫じゃないか?」
「そりゃそうだろうなー。あれだけ派手にやられりゃ」
「それにしてもレイナス団も可哀想だな。自国の奴に嵌められるなんてよぉ」
「王族様は色々とあんのさ。まあそのおかげで俺らは美味い汁が吸えるんだけどな」
「レイナス団潰したらトール騎士団が来るんだよな? そうしたら降伏して……晴れて俺らはトール騎士団に……ってわけだ」
ラルバが送り込んだ使いの者は、確かにそう伝えている。だが今回の謀を知る者を、ラルバが生かしておくとは思えない。そんなことにも考えが至らず、ユーデリー兵のお気楽な性格が伺い知れる。
「トール騎士団に入りゃあいい女ぁ抱き放題らしいぜ?」
「そりゃ最高だなぁ……ってあそこ見ろよ。遠くてよく見えねぇが、やっぱりゴブリンがいやがるぜ」
「ゴブリンなんて放っとけ。奴ら女にしか興味がねぇからよ」
「俺らと一緒じゃねぇか!」
兵達が注目しているせいで、ジェシカは身動きが取れなくなる。だが弓やバリスタを撃ってこないということは、まだ気付かれていないということだ。このままやり過ごせればいいのだが……
ジェシカが城壁の上に意識を向けている間に、一匹のゴブリンに背後を取られてしまう。
(……んん……や、やめ……)
ゴブリンが背後からジェシカに抱きつき、耳を舐め上げる。
(……んあ……だめだ……派手に動いたら……あ……ん……)
ジェシカが無抵抗なことをいいことに、ゴブリンがレザーアーマーの隙間から手を入れ、胸を触る。そこに残り二匹のゴブリンも集まる。
ゴブリンの一匹がジェシカの腕を押さえつけ、もう一匹が足を押さえつける。残り一匹はジェシカの胸を揉み、首筋をぴちゃぴちゃと舐めた。そのまま空いた方の手をジェシカの下腹部に……
(……んん……これ以上はだめ……そこはラグナス……に……)
ジェシカが身を捩ってなんとか下腹部を守る。
(はは……何を考えているんだ私は……。ラグナスは私に触れた事など……。私が触れた事があるのはノヒンだけ……あいつの体……傷だらけだったな……)
なおもゴブリンが、執拗にジェシカの下腹部を狙う。ジェシカも身を捩って抵抗するが、ゴブリンは女に抵抗されると興奮し、小躍りのような動きをする。
「おい! あれ見ろよ! ゴブリンの動きがなんか変だぞ!」
「どれどれ……ってあれは……何かを襲ってる……?」
「何かじゃねぇだろ! ゴブリンが小躍りしながら襲うのは女だ!!」
「……確かここに来たレイナス団の隊長は女……。よし! 念の為あそこにバリスタを撃て! 単騎で突っ込んでくるなんて馬鹿な真似はしないだろうが……弓兵は火矢を放って灯りを!!」
城壁の上が慌ただしくなり、火矢とバリスタが撃たれる。バリスタはジェシカから少し離れた位置の地面を抉り、続いて火矢が次々と撃ち込まれる。ジェシカの周りが火矢の炎で明るくなっていく。
「いたぞ! いたぞいたぞー!! レイナス団の女隊長だ! 単騎で突っ込んできやがった!」
「殺せ! レイナス団の女隊長は白兵戦が異常に強い! 城壁内にこられたら不味いぞ!!」
「馬鹿な女だ! 撃てぇ! 撃て撃て撃てぇ!!」
ジェシカに向けて次々とバリスタが撃ち込まれ、矢も雨のように降る。
「ちっ! 見つかった! お前らは邪魔だ!! 汚い手で触りやがって!!」
剣を抜き、凄まじい速度での剣閃をゴブリンに見舞う。一瞬で三匹のゴブリンを斬り伏せた。
「ここまで来たんだ! なんとか突破してみせる!!」
ジェシカが脅威的な身体能力でバリスタの矢を躱し、矢の雨を片腕の剣だけで叩き落としながら進む。
「大丈夫だ! バリスタにも反応出来ている! この程度の矢の雨なら片腕だって……ぐぅっ!!」
一本の矢がジェシカの足に刺さる。それでも構わず進むが……
「くそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
足の負傷のせいで動きが鈍る。ジェシカはその場で矢の雨を対処することで精一杯となり……
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! だめだ! くそっ! ここまでなのかっ!?」
「撃て撃て撃てぇー!! 女隊長が足を負傷したぞー!!」
「バリスタだ! バリスタで一気に殺せぇっ!!」
次々と襲い来る矢の雨。
徐々にジェシカの動きが鈍る。
一本、また一本と矢が体に突き刺さり……
「くそ……ここまでなの……か……?」
心が折れたジェシカに向かい、バリスタが放たれた。
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