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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─
墓標 2
しおりを挟む──ニャール村
ノヒンの頭の中はぐちゃぐちゃで、何を考えながら馬を走らせていたのか記憶がない。夜通し馬を走らせていたようで、気付けば見慣れた……見慣れすぎる程に見慣れた変わらぬ景色。
いつもと変わらず畑を耕す人々に、走り回る子供達。
優しい風が吹き抜け、陽の光は暖かく、心地のよい土の香り。
そんな景色を眺めながら、ヨーコと村の中を散歩した記憶が蘇る。
笑った顔が好きだった──
怒った顔も好きだった──
困った顔は特に好きだった──
いつまでもお姉さんぶる顔が大好きだった──
嫌なところも全部が……
愛おしかった──
「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ただ事では無いノヒンの叫びに、村中の人々が振り返る。何か良くないことがあったのだろうと空気が重くなる。
ノヒンが必ずヨーコを連れ帰ると信じ、アルは村の者達にはまだ何も話していなかったようだ。
ノヒンの叫びに応じるように、村の奥にあるノヒンとヨーコの家からランドが飛び出す。
「ランド……」
ノヒンには自分からランドに駆け寄る力はなかった。このまま逃げてしまいたいという思いに駆られる。
「ノヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!! ヨーコ! ヨーコはどうしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ランドが叫びながら走ってくる。
伝えなければ……
ランドがここまで来たら伝えなければ……
そう思いながらもノヒンは無意識に馬を走らせ……
逃げ出した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なんでっ! なんで逃げてんだよ!!」
ランドがワーウルフの姿になり、逃げるノヒンを馬から引きずり下ろす。
「……はぁ……はぁ……なんで逃げてんだよ……。ヨーコは? ヨーコはどうした? 喧嘩でもして置いてきたのか? ああ……いやすまん違うか……。あれだろ? 途中で綺麗な花とかあったんだろ? ヨーコは花が好きだったもんなぁ? さっきもヨーコの家で花瓶に入った花を見てたんだよ。アルが驚いてたぞ? なんでか分からないけど……ヨーコが花瓶に入れた花は長持ちするってな。二人で『ヨーコは優しいから、花に優しさが伝わってるんだろうな』って言ってたんだよ。ああそうだ! ソールで時間が空いたからさ、ヨーコが好きな砂糖菓子買ってきたんだよ! 本当は僕の干し肉買うつもりだったんだぞ? でもヨーコの喜ぶ顔が見たくて我慢したんだ! 日持ちしないから早く食べないとな! お前も食べるか? 食べるなら早くヨーコを呼んできてくれよ!! ……なあ? なんで黙ってんだよ? ヨーコと喧嘩したからって引きずってんじゃねぇよ! なに置いてきてんだよ! ヨーコ一人で危ないだろうが!! ……なあ? なあなあ? 早く迎えに行けよ? おい! 聞いてんのか? 聞いてんのかよ……ノヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!」
ランドが目を見開き、凄まじい叫びを上げる。
「……すまねぇランド……」
「おいおいおい……。すまねぇ? え? あれ? 何がすまねぇだ? 違うって……だから迎えに行けって! 待ってるぞヨーコ? 僕じゃなくてお前をだ! 知ってるだろ? ヨーコはお前がいないと寂しい顔するんだぞ? ヨーコはお前が怪我すると辛い顔するんだぞ? ヨーコは……お前が好きで好きでたまらないんだぞ? なんでだよ……僕じゃだめなのかよ……分かってる、分かってるって! とっくに分かってるって!! ちっ! だからさっきから言ってんだろ!! 早く行けよ!!」
「……本当にすまねぇ……ヨーコは……ここなんだ……」
ノヒンがヨーコの灰が詰められた袋を取り出し、ランドの目の前に掲げる。
「……ぷっ……くくくっ……くくっ……な、何ふざけてんだよ! あはっ! あはははははははははははははははははははっ! はぁーおかし……。やるじゃないかよノヒン! いやぁただのゴリラだゴリラだって思ってたけど……いやいやなかなかどうして……。お前にもユーモアがあったんだな? いやぁ、これなら安心だよ! いや、ここだけの話な? 僕は結構心配してたんだ! ヨーコって楽しいことが好きだろ? だからお前みたいなユーモアの分からない奴で大丈夫なのかよ! ってな? でも安心した安心した。だから……さ……。早く……早く……さ……。ヨーコを……ヨーコを呼んで……こいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ランドが馬乗りになり、めちゃくちゃにノヒンを殴りつける。
一発一発がとても重く、ノヒンは今まで受けたどんな攻撃よりも痛いなと感じた。
「悪ぃ……もう呼んでこれねぇんだ……」
「だから! もういい! って! しつこ! いんだ! よっ!!」
ランドの殴る手が止まらない。ノヒンがランドの顔を見ると、今まで見たことのないような怒りの形相で涙を流していた。
「ランドォ……とりあえず話ぃ聞いてくんねぇかな? その後なら俺のこと……どうしてくれても構わねぇからよ」
ノヒンがランドの殴る手を掴む。
「ふぐぅっ! ふぅ……ふっ……しょうがねぇな……聞いてやるから……話せよ……」
「ノヒン兄! ヨーコ姉は! ヨーコ姉は大丈夫だったの!?」
アルも駆けつけ、ヨーコの姿をきょろきょろと探している。
「今から話すからよ……黙って聞いてくんねぇかな?」
そうしてゆっくりとした口調で、ノヒンが話し始める。嗚咽を交え、ちゃんと話せているのかは正直分からない。
話し始めはヨーコとの出会いからだった。それから五年間のヨーコとの思い出を噛み締めるように語り……
それを聞くランドは一度も口を挟まず、歯を食いしばった口からは血が滴っていた。
アルは泣きながら手で口を抑え、途中過呼吸のようになってげぇげぇ吐いた。
「……これが全部……だ……。ランドォ……アルゥ……すまねぇな……ぐぅ……くっ……くふ……ぅ……す……すまねぇ……」
ランドの口からバキバキと歯が削れる音が聞こえる。アルは遠くを見つめ、喉がヒューヒューと鳴っている。
長い、長い時間が流れ、ノヒンはヨーコの魔石──魂で作った首飾りを愛おしそうに握りしめる。
魔石からは今にも「みんなでハッピーエンド迎えようね!」と、ヨーコの口癖が聞こえてきそうな気がして……
ノヒンは絶叫した。
---
「悪ぃ二人とも……。俺……行くな。ヨーコみてぇなのはもう勘弁なんだ……。俺が……世界中の悪意と敵意……ヨーコの魂と一緒に……ぶっ壊してくるからよ……」
「死ねよ……」
殺意の目でランドがノヒンを睨みつける。
「すまねぇランド……」
「いいから死ねって! お前が行った時! ヨーコ生きてたんだろ!! ふざけんなよ! なんでヨーコが死んでお前が生き残ってんだよ!!」
「あぁそうだな……俺が死ねばよかったって思うよ……」
「じゃあ死ね! 今死ね! 今だ! ほら! 死ねよ! 死んでくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「悪ぃ……まだ死ねねぇ。全部終わったら……お前が俺を殺してくれ」
「はぁ? もう終わってる! もう終わってんだよ!! 望み通り今すぐぶっ殺してやる!!」
ランドの鋭い爪がノヒンの腹部を貫く。
「や、やめて……やめてよ……。ノヒン兄は悪くない……ランド兄の気持ちも分かる……。でも、でもね……? ヨーコ姉……悲しんじゃうよ……? ヨーコ姉……ヨーコ姉ぇぇぇぇぇぇぇぇ……うぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アルの叫びを聞いてランドも地面に崩れ落ち……
絶叫する。
「本当すまねぇ……ニャールは任せた……。そうだ……家の裏の花壇によぉ……ヨーコの墓ぁ作るから……手入れしてやってくれな……」
泣き叫ぶ二人を後に、ノヒンがヨーコとの思い出の詰まった家へと向かう。家の裏には花壇があって、ヨーコが鼻歌交じりに水やりをしていた姿を思い出す。
「ははっ……綺麗に手入れされてらぁ……もっと一緒に花ぁ世話すりゃよかったなぁ……」
花壇の中心にヨーコの灰が入った袋を埋める。
その上に大戦斧を突き立て……
墓標とした──
──第二章 夢の灯火─少年、青年期篇(了)
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