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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─
邂逅 2
しおりを挟む「聞いてますか淫売ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ? これが最後のチャンスですよぉ? しぃぃぃっかり答えて下さいねぇ? ……ノヒンを渡して下さぁい?」
「………………」
ヨーコの口が僅かに動くが、口からボタボタと血が溢れる。
「はぁーいアウトォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
ザザンの合図とともに、手下が斧を振り下ろした。ヨーコの頭が体から切り離され、ボトンと地面に落ちて転がる。
「そうだったそうだったぁぁぁぁぁっ!! 忘れていましたよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 話せないんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 見てください見てくださぁぁぁぁぁい!!」
そう言ってザザンが自分の耳のピアスをぴんぴんと指で弾く。
「淫売の舌で作ったピアスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! ワオッ!!」
ブツンッと、ノヒンの頭の中で何かが切れる音がした。
「うぅ……おぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 殺す……殺す殺す殺す……殺して殺して殺して殺してぇぇぇぇぇぇぇぇ! 殺してやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「おおぉ、怖い怖いぃぃぃ! でも無駄ですよぉ? 私の一家はすでに万を越えるほど大きくなっているんでぇぇぇす! し・か・もぉ……今回のことはだぁぁぁぁぁぁいぶ前からぁぁぁっ! 準備していたんでぇぇぇぇぇぇす! ……と言うわけでぇ……弓隊ぃ! やっておしまいなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃ!!」
気付けばノヒンは千を越す弓兵に囲まれていた。その弓兵が一斉に矢を放ち、ノヒンの体にバスバスと矢が刺さっていく。
「ああぁ……呆気なかったですねぇ……でもぉ……興奮しましたねぇ……この興奮はぁ……そこの死んだ淫売の穴でぇ……慰めて貰いま……んん!?」
ザザンの目に信じられない光景が映り込む。無数の矢が剣山のように突き刺さったノヒンが、自分に向かって歩いてくる。
刺さった矢をブチブチと抜きながら、ずしゃりずしゃりと地面を踏みしめ、体からは血を噴き出し……
ノヒンと目が合ったザザンが、あまりの異常さに固まる。
「……殺すって……言っただろ……?」
それがザザンが最後に聞いたセリフだった。自分が死んだと気付く間もなく、大戦斧によって体が弾け飛ぶ。
辺りがしぃんと静まりかえる。ザザン一家もノヒンが魔人だとは聞いていた。確かに魔人は恐ろしい存在だ。魔術を使うし、身体能力が高い個体も多いと聞く。そのうえ傷も時間をかければ治る。だが……
これは異常ではないか──と、その場にいる者たちが得体の知れない恐怖に支配される。
「全員だ……全員……この世の糞は……全員……俺が……俺がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ズガンッと爆発音がしてノヒンが消える。それと同時、弓兵隊の一部が立っていた地面ごと消し飛んだ。とほぼ同時、その隣、その隣──と、弓兵隊が消し飛んでいく。
辺りには真っ赤な血と肉片の雨が降る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 殺せ! 殺せ殺せぇ!!」
「こ、こっちは一万以上いるんだ! 殺せ! 囲んで殺……せぶぅっ!!」
わらわらと虫のように集まるザザン一家。
飛び散る肉片。
降り注ぐ血の雨。
今この場でノヒンの姿を捉えている者など一人もいない。
「だ、だめだぁっ! に、逃げ……ろゃぶっ!」
敵意や痛み、怒りや絶望がノヒンの筋力を限界以上に押し上げ、限界を越えた筋肉が断裂し、補強され……
ノヒンは狂ったように殺激の乱舞を舞う。
---
しばらくして──ノヒンの体に溜められた魔素が切れ始め、筋肉が断裂した左腕がぶらんと垂れる。
だがもはやこの場にノヒンを傷付けられるものはいない。あとは自分で自分の体を破壊しながら、動く者を殲滅するだけ──
「うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
獣のようなノヒンの咆哮。
ノヒンは僅か数刻で万のザザン一家を壊滅。ぼろぼろの体でヨーコの元へと向かい……
声にならない声で叫び、喚き……
そして……
吐いた。
「うぅ……ヨーコォ……ヨーコォ………………だめだ……傷が……再生してねぇ……首が……首がくっつかねぇよ……うぅ……ヨーコ……帰ってこいよ……ヨーコォ………………がふっ!」
必死にヨーコの首を体に付けようとするノヒンを、太い矢が貫く。貧弱な矢ではなく弩から放たれた矢。
「……ぐぅ……なんだぁ……? 邪魔ぁ……すんなよぉ……。ヨーコがぁ……驚くだろう……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
振り向いたノヒンの目に、ザザン一家ではない部隊の姿が飛び込む。
「ラグナス! ヤバいってありゃあっ!! ザザン一家の討伐に来てみりゃあ……見てただろ? 一人で万のザザン一家を殲滅だぜ!?」
「撃つなと言ったじゃないかヒンス。確かに凄まじいが……見ていたからこそ、彼がザザン一家ではないと分かるだろう?」
部隊の先頭には、銀灰色の馬に跨った一人の美しい男がいた。
この世のものとは思えぬほどに整った美しい顔。
肌は透けるように白く、女性のような柔らかささえ感じる。
髪は長く薄い灰色で、光に照らされてキラキラと銀髪のようにも見え──
その身には白銀に輝く鎧を纏い、涼やかな瞳でノヒンを見ている。
「お前もぉ……あれかぁ……? 糞かぁ……? 糞ぉ……なんだよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
もはやノヒンに判断力などない。目に映るヨーコ以外の者は全て殺す。足の筋肉もずたずたで、引き摺りながら歩く。
無様……
という言葉がしっくりくる。必死に前に進むが足がもつれて転ぶ。それでもギチギチと歯を食いしばり、前に進む。
「うわうわっ! こっち来るってラグナス! 撃っていいか!? 撃っていいよな!?」
「待てヒンス。彼は手負いだ。途中からしか見てはいないが……敵ではないはず。私が話をつけてみる」
ラグナスと呼ばれた男が弩を構える男を制し、ノヒンの元へと進み出ようとする。
「な、何言ってるんだラグナス! それは許可出来ない!!」
そこに黒い髪に褐色の肌の女性が割って入る。
「大丈夫だジェシカ。私に任せてくれないか? 彼がザザン一家ではないのなら、私達の敵ではないだろう? それに……彼は酷く悲しそうだ。困っている者を助ける。それがレイナス団だろう?」
「し、しかしラグナス……」
「私を……信じられないか?」
鈴の音のように澄んだラグナスの声。この世の何よりも説得力に満ちて聞こえる。
「あ、危なくなったら問答無用であの獣を殺すからな!」
「……ありがとうジェシカ。苦労をかけるね」
「ラグナス……」
不安そうに見つめるジェシカと呼ばれた女性の頬を、ラグナスが優しく撫でる。
「……あの戦力は捨てがたい。欲しいな……。まずは話し合いだが……無理なら力尽く……か」
銀灰色の馬から降りたラグナスが、ヒィンと細身の剣を抜き──
ノヒンへ向けて一歩踏み出した。
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