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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─

流星 2

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「……んで? これからヨーコ達はどうすんだ?」
「んー……どうしよ?」
「逃げるつもりだったんだろ? 行くあてがあったんじゃねぇのか?」
「ないよ! ないない! 半魔が生きてく場所なんてないよ! バレないようにひっそりと怯えながら暮らして……見つかれば捕らえられて慰み者にされるか殺される。半魔なんてそんなもんだよ?」
「強ぇのにか?」
「魔素があればね。結局は魔素切れを起こして捕まって、魔素が少ない場所に監禁される。圧倒的に数の多い人間には勝てないよ」

 弱い存在が悪意のある者に蹂躙される世界。ランバートルでそれを嫌という程にノヒンは見てきた。変えられない現実に吐き気を覚えながら、いつしか自分もそれを受け入れていた。

 だがヨーコとの出会いがノヒンにとって、何か自分が変わるきっかけになるような……

 そんな予感がしている。

「……ならよ、ヨーコ。俺と一緒に来ねぇか? 俺がヨーコの居場所を作ってやる。怯えながら暮らさなくていいように、隣にいてやる」
「ええぇ!? プ、プロポーズ!? ま、ませてるねぇー」
「ば、違ぇよ!! 元から俺は弱ぇ奴らがめちゃくちゃされてんのが気に入らなかったんだ。助けてぇと思いながら見て見ぬふりをしてきた。だから……罪滅ぼしじゃねぇけどよ、そういう奴らが安心できる場所を作りてぇ。手伝ってくれねぇか?」

 真っ直ぐな目でノヒンがヨーコを見る。ヨーコは目を合わせた後、少し照れた表情でノヒンに近付き……

 またキスをした。

「な、なんですぐキスしやがんだよ!」
「なんでだろうねぇー?」
「もしかしてヨーコおめぇ……」
「なぁに?」
「尻軽か?」
「ぶっ殺す!!」

 ヨーコにめちゃくちゃに殴られていると、にやにやとしながらランドが戻ってきた。青い髪に狼のような鋭い目。その鋭い目がにやにやとしていて、底意地の悪さが見て取れる。相変わらずアルはランドの後ろに隠れていて、薄い緑色の髪がちらちらと覗く。

「随分と仲良くなったんですね? それにしてもヨーコもよく自分達を襲った相手と仲良くできますねー。僕は嫌だなぁ。口は悪いし乱暴そうだ。これならガルムを飼い慣らした方がまだましに思えますよ」

 ランドが相変わらずの憎まれ口をたたく。

「お前にはこれが仲良くしてるように見えんのか?」
「だってキスしてましたよね? 今だって乳くりあってたじゃないですか」
「ば! 俺じゃねぇーよ! ヨーコが勝手に!」

 そう言いながらノヒンがヨーコを見ると、「キス……嫌だったの……?」と悲しそうな顔で見つめてくる。たぶんだがヨーコは面白がっている。

「い、嫌じゃあねぇけど……」
「よかったですねヨーコ? 嫌じゃないって言ってますよ。両思いみたいですし、二人でどっか行ったらどうですか? 僕はアルと行くので」
「もう! ランドも素直じゃないなぁ! ランドが言ったんでしょ? 『ノヒンは悪いやつではないと思う。僕が話すと話が拗れるからヨーコに任せた(キリッ)』って!」
「ちっ! 余計なことを……」

 ランドがあからさまに嫌な顔で舌打ちをする。たぶん舌打ちをしているランドの方が本性なのだろう。

「なんだぁランドー? キリッてしたのかぁ? あぁん?」
「ちっ、馬鹿が伝染るから話しかけないでくれ」
「俺が馬鹿ならお前は気障きざだなぁ?」
「喧嘩を売っているのか? いい度胸じゃないか」
「やんのか?」
「泣いて謝る君の顔が浮かぶよ」

 ランドの髪がざわざわと伸びていく。爪も鋭くなり──

「……うぅ……二人とも……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 突然アルが叫ぶと、ノヒンとランドの体に蔦が絡まってギチギチと締め付ける。絡まる蔦は凄まじい力で、素手でどうにかは出来そうにない。

「う、うおぉ! なんだぁ?」
「わ、悪かったアル! お兄ちゃん達は仲良くしていただけだから……ぐうぅ……し、死ぬぅ……」

 もがけばもがくほどに蔦は絡まり、二人を締め付ける。

「仲良く……してただけ……?」

 アルに視線を向けると髪が伸びて所々に花が咲き、蔦のようにうねうねと伸びている。まるで本で見たドライアドという魔物のような姿だ。

「あ、ああそうだ! なあノヒン?」

 ランドが気持ちの悪いウインクでノヒンに合図する。

「そ、そうだぞアル! 俺はランドと遊んでただけだ!」

 それを聞くとアルが安心したように笑顔になり、体に絡んでいた蔦がするすると解けた。蔦から解放された二人が尻もちをついていると、ランドがノヒンに近付いて耳打ちする。

(アルを怒らせたら厄介だ。不本意だが一時休戦するから合わせろ)
(ちっ、しゃあねぇなぁ……)
「いやぁノヒンは本当にいい奴だ! この人を殺しそうな目なんて特にいい!」
「あぁ? そういうランドさんのこの底意地の悪そうな口ぃ! 俺も好きだなぁ?」
「はははっ! ほら見てみなよアル! この年齢にそぐわない筋肉! なんだか暴力的なものを感じるなぁ!」
「いやいやいや! ランドさんの鋭い爪だって見事なもんじゃないか! 今にもずたずたに引き裂かれそうだぜ!」
「なにを!」
「なんだと!」

 結局ノヒンとランドが掴み合いになり、アルが涙目でざわざわと蔦が伸び始める。

「あははははっ! ノヒンとランドは似た者同士だね! 二人とも仲良く出来そうじゃない! 大丈夫だよアル? あの二人はちょっと頭がなだけで仲良くしてるんだよ?」
「そう……なの……? 喧嘩じゃ……ない……?」
「そうそう! みーんな仲良し! ね?」
「……うん! みんなみんな仲良し!!」

 ヨーコの明るい声でアルが満面の笑みになる。すると焚き火の光が届かない暗闇に、光り輝く色とりどりの花が咲き誇った。

 焚き火のゆらゆらとした炎と相まって、ひどく幻想的な光景。

「よーし! まずはノヒンを育てないとね!」

 ヨーコが切り株の上に立ち、謎の宣言をした。

「はぁ? なんだよ育てるってのは」
「私をお嫁さんに貰うんでしょ? 夫として相応しい男に育てるのよ!」
「ちっ、お前が一番頭がだろ」
「祝福するよヨーコ。だけど僕とアルはだいぶ遠くから見守らせて貰う。ノヒンはアルの教育上よろしくなさそうだからね」
「……アルはノヒンとも仲良ししたいよ?」
「でもね、アル? ノヒンは野良ゴリラみたいなものなんだ。仲良くするのは檻を作ってからにしような? 餌も一緒にやろう」
「おいてめぇランド! やっぱやんのかぁ?」
「まさかまさか。野良ゴリラ相手にムキになってもしょうがないからね」

 結局ノヒンとランドが揉み合いになり、アルが不安そうに見つめ、ヨーコがそれを楽しそうに煽る。これから幾度となく繰り返される幸せな光景。

「あ! みんな見て見て! 流れ星!」

 星が煌めく夜空をヨーコが満面の笑顔で指さす。

「あぁ? 流れ星なんて珍しくもねぇだろ」

 そう言いながらもノヒンは、夜空なんてゆっくり見たことがなかったなと思う。

「流れ星? ……いや……あれは馬か……? ペガサス……?」
「はぁ? なに言ってやがんだ? ランドさんは性格だけじゃなくて目も悪ぃのかぁ?」
「僕は性格だけじゃなくて視力もいいんだ。馬鹿は黙って『馬鹿を直して下さい』とお願いでもするんだな」
「ア、アルはみんな仲良くってお願いしたよ!」

 この日トマンズに向けて流星が落ちた。

 それはこの世界の再生の始まり。

 それはこの世界の崩壊の始まり。

「ペガサスでも流星でもなんでもいいよ! 綺麗なものは綺麗! ほらほら! もう流れちゃったけどみんなお願いして! なんだかんだとあるけれど! 人生最後はハッピーエンドでって!」

 ヨーコは流れ去った流星に思いを馳せ、一心に願った。

 この四人で──

 誰も欠けることなく──

 この無慈悲な世界でも笑顔で生きて行きたいと──
 
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