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第一部 第一章 プロローグ─夢の残火編─

ルカス 1

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「お主! 弓に興味はないか!?」

 バランガが興奮した様子でノヒンの肩を掴み、ゆさゆさと揺さぶる。

「弓? あれば便利だが、俺の腕力に耐えられる弓がねぇんだ。ってもまあ……あるにはあるが、そうなるとデカすぎて機動性が悪ぃ。正直俺の戦い方には向かねぇな」

 近接戦闘以外のことはノヒンも考えていた。空を飛び回る魔獣もいるので、その対策についてをルイスと話したことがある。

「限りなく小さく、かつ大砲よりも威力が出せたとしたらどうじゃ?」
「そんなもんあったらみんな使ってんだろ」
「ぬはは! そこで呪具じゃよ! 少し待っとれ!」

 バランガがドタドタと部屋の奥へと走り、すぐに重そうな長弓を持って戻ってくる。

「ちょっとこれを引いてくれんか?」
「でけぇし重いじゃねぇかよ。俺の話ぃ……聞いてたか?」
「いいから引いてみてくれんか」

 バランガに促されてノヒンが長弓の弦を引くが、重い。これまで引いたことのある弓の中で断トツに重い。

「これでいいのか? まあこれなら威力は申し分なさそうだが、こんなにでけぇんじゃ邪魔だ」
「いやはやこれを引くか……。まだ余裕はあるのか?」
「まあ重いは重いが、もっと重くてもいけるだろうな」
「ではこっちはどうじゃ?」

 そう言って先程の長弓より小さい、半分ほどの長さの弓をバランガが持ってきた。

「これは……かなり重いな」

 ノヒンが弦を力任せにギチギチと引く。先程の長弓よりも格段に重い。折れて補強されている骨がみしみしと音を立てるが、まだ余裕はある。

「……凄まじい力じゃな。これはな、弓の部分が鉄の呪具、弦は金属製ワイヤーの呪具なんじゃ。バリスタのように梃子てこを用いても引けん代物じゃぞ?」
「そうなのか? まあ重いは重いが……もう少し重くても構わねぇぜ?」

 その様子を見たバランガが「ぬははっ!」っと笑い、ぶつぶつと独り言を呟きはじめた。

「予想以上の膂力じゃな……もう少し小さくしても引けるか……? 小さくするならばいっそあの鉄甲と……じゃが威力は上がるが命中精度は……弓にこだわるからじゃろうか? じゃがしかし……この弦を引けるならば火薬より威力は強いはず……命中精度を上げるには……。おお、おお! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! つまりそうか! お主の戦闘スタイルを考えると完璧じゃ! ノヒンよ! わしはこれから鍛冶場に籠る! 材料は揃っておるから明日の朝には出来上がるぞ!」

 興奮したバランガが、ドタドタと部屋の奥の扉へ向かう。

「お、おいバランガ! 俺の鉄甲と剣はどうすんだ!!」
「そんなもん知るか!! 黙って待っとったらええじゃろうが! わしは忙しいんじゃ! 勝手にそこのコーヒーでも飲んでゆっくりしとけい! 干し肉も食いたきゃ食え! 飲んで食って寝ろ!」

 バタンッ! と大きな音を立て、扉の中へとバランガが消える。

「ちっ、これだから職人はめんどくせぇんだよ……」

 文句を言いながらもノヒンが椅子に腰掛ける。目の前のテーブルには冷めたコーヒーが置いてあった。やれやれと首を小さく振りながら、冷めたコーヒーを胃に流し込む。

「ちっ……(不味ぃ……ほんのり油の味がしやがる。干し肉もジャリジャリで鉄くせぇ。鉄粉でもまぶしてんのか? 鍛治以外はてんでダメだな)」

 コーヒーや干し肉は不味いが、久しぶりにゆっくりとしている自分に気付く。思えば一年前のあの日から、一人でゆっくりと過ごした記憶はない。いつも自分の周りには誰かがいた。そうしてその全てを置き去りに──

 今自分はここにいる。
 
(ラグナス……。次元崩壊が収まったってのにどこ行きやがったんだ……? まさか死んだなんて……ちっ……)

 ギチギチと拳に力が入る。

(……待ってろよ……まずはパランだ……パランの次は……)

 ズガンッと大きな音を立て、ノヒンがテーブルを叩き割る。

「う、うわっ! びっくりするじゃないですか! ……って睨みつけないで下さいよ」

 ノヒンの背後から驚く声が聞こえ、立ち上がって後ろを振り向く。そこには細身で金髪碧眼、肩ぐらいの長さで髪を切り揃えた──

 ルイスにそっくりな人物が立っていた。手には黒錆の鉄甲と剣を持っている。

「ルイ……ス?」

 ルイスはエロラフの外れの山に篭っているはず。何が起きたか分からず、ノヒンが呆然とする。

「嫌だなー、違いますよ! ルイスの双子の弟、ルカスです」
「弟……? 弟なんていたのか? ちっ……あいつそんなこと一言も……つーかバランガもそうならそうと言えよ」
「ふふっ、師匠もルイスも言葉が足りないんですよ。職人……って感じですかね? 考えるより感じろーって」

 ルカスが困ったような顔で、ふふふっと笑う。本当にルイスそっくりだ。その辺の女性よりも綺麗な顔。仕草がルイスよりも柔らかいせいで、本当に女性かと思ってしまう。

「見た目はそっくりだが、性格はまったく違いそうだな。ルカス……でいいか?」
「はいルカスで。ルイスが言葉足らずの職人気質なので、僕が話す担当でしたからね」
「まあ確かに言葉足らずではあったな」
「それよりいいですか? 重くて……」

 ルカスが重そうに鉄甲と剣を持ち上げ、微笑む。

「あ、ああすまん。それよりルイスもそうだったが、よくその細腕で持てるな。重いだろ?」

 ルカスから鉄甲と剣を受け取り、ガチャガチャと装着しながら話す。

「僕とルイスは筋肉の質がいいらしいですよ? 細くてもその辺の男より力はあります。筋肉長のゴリラみたいな筋肉には負けますが……」
「ちっ……おめぇも手紙読んだのかよ。鍛冶場にいたんならバランガとの会話は聞こえてねぇはずだしな」
「ああそれはほら、そこの管から話しかけると鍛冶場に声が繋がるんです」

 ルカスが柔らかい仕草で、壁にある金属製の管を指差す。

「師匠とノヒンさんは声が大きいので丸聞こえでしたよ?」
「……にしては鍛冶場からの音は聞こえてこなかったが?」
「師匠の発明です。管の先、鍛冶場側に特殊な膜で蓋をしているんです。その膜は一方向からの音の振動しか通さない。鍛冶場から話しかける時は蓋を外すって寸法です。そのおかげでうるさくなかったでしょう?」
「色々と考えられてるんだな」
「鍛冶師は色々と考えるのが好きなんですよ。ルイスが作った鉄甲と剣だってよく考えられてます。ノヒンさんの性質を考えて作ったんだろうなぁーって」

 言いながらルカスがノヒンの顔を覗き込むが、やはり女性にしか見えない。

「俺の性質? ……まあ確かに最初は普通の剣にしろよって思ったんだが、今じゃこの鉄甲と剣でよかったと思ってるな」
「確か騎士団にいた頃は、ツヴァイヘンダーを使っていたんですもんね? 途中からルイスにあれこれ注文を付けて、気付けばただの鉄板みたいになってたって」
「普通のツヴァイヘンダーじゃあ頻繁に折れちまってな……って、そんなことまで手紙に書いてたのか?」
「ふふっ、普通ツヴァイヘンダーは簡単に折れないんですよ? 噂に違わぬゴリラですねぇー。でもルイスは喜んでいましたよ? 『ノヒンが満足する剣を私が作る』って。とっても信頼しあってたんですね?」
「まあルイスとは気が合ったのは確かだ。お互いそんなに口数の多い方じゃなかったし、楽だったんだろうな」
「本当にそれだけ?」

 ノヒンの顔を覗き込んだルカスが、純粋無垢な少女のように微笑む。
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