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第一部 第一章 プロローグ─夢の残火編─

獣の咆哮

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「ぐぅ……くはっ……はぁはぁ(くそっ……マジで力が半分も出ねぇ……)」

 街外れの路地裏でノヒンが身悶えている。先刻のゴロツキとの戦いで矢を何本か食らった。肉に食い込む矢じりを力任せに引き抜く。傷口からはどくどくと血が流れ出した。

(ちっ、あいつらむちゃくちゃ撃ちやがってよ……)

 ノヒンが負った矢傷はマリルに向けて飛んだ矢だ。あれほど荒々しく戦いながらも、流れ矢から自然とマリルを守っていた。

(どうかしてるぜ……、体が勝手に動きやがった。もう守る戦いはやめたはずだ。守りながらなんて戦えやしねぇ。欲張ったって失うだけ……)

 矢傷の痛みとは裏腹に、ギチギチと体に力がみなぎってくる。

(呪い……か、上等じゃねーか。俺が全部ぶち壊してやるよ)

 なんとか気力を振り絞り、歩きだそうとしたところで「グルルルル……」と、ノヒンの耳に獣の唸り声が聞こえる。

「ちっ、おちおちゆっくりもしてらんねぇようだな……。いいぜ? 今の俺は気が立ってんだ。壊すだけの戦いってやつを見せてやるよ!!」

 ガゴンッと、もたれかかった壁を鉄甲で粉砕する。およそ人のものとは思えない膂力りょりょくによって、粉々に壁が砕け散った。壁は街の端だったらしく、そのままノヒンが街の外へと転がり出る。

「ははっ! とんでもねぇ数だな? お前らも俺の呪われた血に誘われたのか? 来いよ、遊んでやる。今はわん公を殴りたくてしょうがねーんだ!!」

 ガチンと鞘の中に手を入れ、黒錆の剣を装着する。

「グルルルル!!」
「アオォーーーン!!」

 ノヒンの眼前に狼のような獣が群れをなしている。よく見れば通常の狼よりも体が大きく、爪は鋭く牙が長い。

 ガルムだ。

 ガルムとはウルフが魔に落ち、魔獣となった姿。

 黒ずんだ体毛はざわざわと逆立ち、まるで地獄からの使者のようだ。群れの後方からは続々とガルムが集まっている。ノヒンはその群れに向け、まるで大砲の玉のように突撃。

「……うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 黒錆の剣による暴風の様な進撃。

 群がるガルムを泥人形を軽く壊すかのごとく、千切り飛ばしていく。

「いいぜぇ! いい敵意だ!」

 ギチギチと体に力が漲り、暴風の猛威が増していく。だがガルムの数が信じられないほどに増えている。見れば月明かりの届かない暗がりから、闇を埋め尽くさんとするほどのガルムが溢れ出て……このままいけば千を越えるだろうかという勢い。

「ぐぅっ! 痛てぇんだよ!」

 黒錆の剣の暴風を抜け、地獄へといざなうが如き鋭い爪と牙が容赦なくノヒンの体を引き裂き、貫く。

「どうだぁ!? 呪われた血はうめぇかぁ!?」

 敵意を向けられ、血を流し──

 ノヒンの勢いも増していく。遠目に見れば闇夜の草原に、竜巻が発生しているようにでも見えるだろうか。

「……ぜはっ……ひゅうひゅう……」

 どれくらいの時間戦っただろうか、ノヒンの体からは血がとめどなく流れている。血を流しすぎて目が霞み、何度も体当たりされたことでめしめしと骨が軋む。

 だが千を越すほどのガルムの群れは、もうあと少しで壊滅。例えここからガルムの援軍が来ようとも、朝さえ迎えればなんとかなる。

 そう──

 魔獣は基本的に、夜陰やいんに活動が活発になる。

「ざまぁねぇな……こんくれぇの魔獣ごときで……。だがそろそろ夜明け……。っても夜明けを待ってやるほど俺は甘くねぇ!」

 ふらつく足を、奥歯をガチンと食いしばって奮い立たせる。

「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 残るガルムへ向け、絶対に殺すというノヒンの殺意の咆哮。

 そうして駆け出したノヒンに向け、「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」と、一際大きな咆哮が響いた。

「ちっ、そりゃそうだよな! これだけ湧いたんだ! 字名あざな持ちの変異体が生まれたって不思議じゃねぇ!」

 ノヒンの視線の先には先程まで戦っていたガルムより、五倍ほど大きなガルムがいた。ガルムが咆哮を続けると、ガチガチと体に岩を纏っていく。

「ロックガルムかよ! 嫌な変異しやがる!!」

 ノヒンがロックガルムへと向かい、弾丸のように駆け出す。そのままの勢いで黒錆の剣を振り下ろすが、硬い岩の鎧を砕きはすれど、本体まで刃が届かない。

「ちっ! 万全なら一撃なのによっ!!」

 構うものかと竜巻のように連撃を叩き込むが……ロックガルムは攻撃を意に介さず、岩で覆われた前足をノヒンに叩きつけた。

 すかさず両腕の鉄甲でガードするが、腕の骨とあばらがめしめしと嫌な音を立てて折れ、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。

「がはっ!!」

 地面に叩きつけられたノヒンに向かい、ロックガルムが駆け出す。

「ぐぅ……いいぜぇ! いい痛みだ!!」

 体中の怪我とは裏腹に、ノヒンの体に力が漲る。折れた骨がバキバキと音を立てて何かに補強され、開いた傷口からはうっすらと黒い霧が漏れ出る。

「俺を殺したきゃ心臓を抉るか頭を潰すしかねぇぜわん公! だがその前に俺が! てめぇの心臓を粉砕してやるがな!」

 両手を長い鞘の方に入れ、ガチンと黒錆の剣を外す。そうしてノヒンがまるで四足歩行の獣のように、ロックガルムへと飛びかかる。

 それに対し、ロックガルムが巨大な石柱の様な前足で殴りかかるが……

 ノヒンが襲い来る前足を鉄甲で殴りつけて粉砕。そのまま前足を弾かれてガラ空きの顎に向け、強烈な鉄甲による一撃。

 巨大なロックガルムの体が仰け反り、ふわりと宙に舞う。

 すかさずノヒンが飛び上がり、両手を組んでロックガルムの腹を殴りつけ、地面へと叩きつけた。

「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 大気をも震わせる程の、ロックガルムの悲鳴ともとれる咆哮。

「腹なんか出してかわいいわん公だなぁ! なんだぁ!? もっと腹を撫でろってことかぁ!?」

 ノヒンがロックガルムの腹を鉄甲で殴りつける。黒錆の長大な剣とは違い、拳による凄まじい連撃。岩をがんがんと砕いていく、鈍く大きな音が響き渡る。

 そうしてそのまま岩の鎧を砕ききり、剥き出しの腹に渾身の拳を叩き込む。ビシャビシャと血が飛び散り、ロックガルムが「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」と、一際大きな咆哮をあげ、びくびくと痙攣を始めた。

「なに痙攣してやがんだよ。これじゃまだ死なねぇだろ?」

 ロックガルムの腹の中に、黒く光る大きな石のような物が見える。それを見てノヒンが「さすがにでけぇな……」と呟き、黒く光る石を渾身の力で殴りつけた。

 だが甲高い金属音がするだけで、まったく砕ける様子は無い。

「ちっ、早くしねぇと再生しちまうか」

 そう言って鉄甲を左右の短い鞘に入れると、ガチンと金属音がする。

 そのまま両手を引き抜くと、黒錆の剣の三分の一ほどの長さの刃が鉄甲に装着されていた。刃とは言ったが、短いせいで肉厚の針の様にも見える。

「ルイスに作らせといてよかったぜ」

 ルイスとは、ノヒンが装着する黒錆の鉄甲と剣を鍛えた鍛冶師である。男性なのだが、その容姿は女性にしか見えないという、少し変わった人物だ。

 ノヒンが渾身の力を込め、黒錆の短剣で連撃を叩き込む。そうして黒く光る石がガキガキと音を立てて砕けていき……、ノヒンの「あばよ! わん公!!」という叫びと共に、ガキィンッ! と一際大きな音を立て、黒く光る石が砕け散る。

 それと共に黒い霧が爆発するように発生し、ロックガルムの体ごと消滅。霧の一部がノヒンの傷口から体内に入り込んだ。

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