3 / 229
第一部 第一章 プロローグ─夢の残火編─
獣の咆哮
しおりを挟む「ぐぅ……くはっ……はぁはぁ(くそっ……マジで力が半分も出ねぇ……)」
街外れの路地裏でノヒンが身悶えている。先刻のゴロツキとの戦いで矢を何本か食らった。肉に食い込む矢じりを力任せに引き抜く。傷口からはどくどくと血が流れ出した。
(ちっ、あいつらむちゃくちゃ撃ちやがってよ……)
ノヒンが負った矢傷はマリルに向けて飛んだ矢だ。あれほど荒々しく戦いながらも、流れ矢から自然とマリルを守っていた。
(どうかしてるぜ……、体が勝手に動きやがった。もう守る戦いはやめたはずだ。守りながらなんて戦えやしねぇ。欲張ったって失うだけ……)
矢傷の痛みとは裏腹に、ギチギチと体に力が漲ってくる。
(呪い……か、上等じゃねーか。俺が全部ぶち壊してやるよ)
なんとか気力を振り絞り、歩きだそうとしたところで「グルルルル……」と、ノヒンの耳に獣の唸り声が聞こえる。
「ちっ、おちおちゆっくりもしてらんねぇようだな……。いいぜ? 今の俺は気が立ってんだ。壊すだけの戦いってやつを見せてやるよ!!」
ガゴンッと、もたれかかった壁を鉄甲で粉砕する。およそ人のものとは思えない膂力によって、粉々に壁が砕け散った。壁は街の端だったらしく、そのままノヒンが街の外へと転がり出る。
「ははっ! とんでもねぇ数だな? お前らも俺の呪われた血に誘われたのか? 来いよ、遊んでやる。今はわん公を殴りたくてしょうがねーんだ!!」
ガチンと鞘の中に手を入れ、黒錆の剣を装着する。
「グルルルル!!」
「アオォーーーン!!」
ノヒンの眼前に狼のような獣が群れをなしている。よく見れば通常の狼よりも体が大きく、爪は鋭く牙が長い。
ガルムだ。
ガルムとは狼が魔に落ち、魔獣となった姿。
黒ずんだ体毛はざわざわと逆立ち、まるで地獄からの使者のようだ。群れの後方からは続々とガルムが集まっている。ノヒンはその群れに向け、まるで大砲の玉のように突撃。
「……うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
黒錆の剣による暴風の様な進撃。
群がるガルムを泥人形を軽く壊すかのごとく、千切り飛ばしていく。
「いいぜぇ! いい敵意だ!」
ギチギチと体に力が漲り、暴風の猛威が増していく。だがガルムの数が信じられないほどに増えている。見れば月明かりの届かない暗がりから、闇を埋め尽くさんとするほどのガルムが溢れ出て……このままいけば千を越えるだろうかという勢い。
「ぐぅっ! 痛てぇんだよ!」
黒錆の剣の暴風を抜け、地獄へと誘うが如き鋭い爪と牙が容赦なくノヒンの体を引き裂き、貫く。
「どうだぁ!? 呪われた血はうめぇかぁ!?」
敵意を向けられ、血を流し──
ノヒンの勢いも増していく。遠目に見れば闇夜の草原に、竜巻が発生しているようにでも見えるだろうか。
「……ぜはっ……ひゅうひゅう……」
どれくらいの時間戦っただろうか、ノヒンの体からは血がとめどなく流れている。血を流しすぎて目が霞み、何度も体当たりされたことでめしめしと骨が軋む。
だが千を越すほどのガルムの群れは、もうあと少しで壊滅。例えここからガルムの援軍が来ようとも、朝さえ迎えればなんとかなる。
そう──
魔獣は基本的に、夜陰に活動が活発になる。
「ざまぁねぇな……こんくれぇの魔獣ごときで……。だがそろそろ夜明け……。っても夜明けを待ってやるほど俺は甘くねぇ!」
ふらつく足を、奥歯をガチンと食いしばって奮い立たせる。
「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
残るガルムへ向け、絶対に殺すというノヒンの殺意の咆哮。
そうして駆け出したノヒンに向け、「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」と、一際大きな咆哮が響いた。
「ちっ、そりゃそうだよな! これだけ湧いたんだ! 字名持ちの変異体が生まれたって不思議じゃねぇ!」
ノヒンの視線の先には先程まで戦っていたガルムより、五倍ほど大きなガルムがいた。ガルムが咆哮を続けると、ガチガチと体に岩を纏っていく。
「ロックガルムかよ! 嫌な変異しやがる!!」
ノヒンがロックガルムへと向かい、弾丸のように駆け出す。そのままの勢いで黒錆の剣を振り下ろすが、硬い岩の鎧を砕きはすれど、本体まで刃が届かない。
「ちっ! 万全なら一撃なのによっ!!」
構うものかと竜巻のように連撃を叩き込むが……ロックガルムは攻撃を意に介さず、岩で覆われた前足をノヒンに叩きつけた。
すかさず両腕の鉄甲でガードするが、腕の骨と肋がめしめしと嫌な音を立てて折れ、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「がはっ!!」
地面に叩きつけられたノヒンに向かい、ロックガルムが駆け出す。
「ぐぅ……いいぜぇ! いい痛みだ!!」
体中の怪我とは裏腹に、ノヒンの体に力が漲る。折れた骨がバキバキと音を立てて何かに補強され、開いた傷口からはうっすらと黒い霧が漏れ出る。
「俺を殺したきゃ心臓を抉るか頭を潰すしかねぇぜわん公! だがその前に俺が! てめぇの心臓を粉砕してやるがな!」
両手を長い鞘の方に入れ、ガチンと黒錆の剣を外す。そうしてノヒンがまるで四足歩行の獣のように、ロックガルムへと飛びかかる。
それに対し、ロックガルムが巨大な石柱の様な前足で殴りかかるが……
ノヒンが襲い来る前足を鉄甲で殴りつけて粉砕。そのまま前足を弾かれてガラ空きの顎に向け、強烈な鉄甲による一撃。
巨大なロックガルムの体が仰け反り、ふわりと宙に舞う。
すかさずノヒンが飛び上がり、両手を組んでロックガルムの腹を殴りつけ、地面へと叩きつけた。
「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
大気をも震わせる程の、ロックガルムの悲鳴ともとれる咆哮。
「腹なんか出してかわいいわん公だなぁ! なんだぁ!? もっと腹を撫でろってことかぁ!?」
ノヒンがロックガルムの腹を鉄甲で殴りつける。黒錆の長大な剣とは違い、拳による凄まじい連撃。岩をがんがんと砕いていく、鈍く大きな音が響き渡る。
そうしてそのまま岩の鎧を砕ききり、剥き出しの腹に渾身の拳を叩き込む。ビシャビシャと血が飛び散り、ロックガルムが「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」と、一際大きな咆哮をあげ、びくびくと痙攣を始めた。
「なに痙攣してやがんだよ。これじゃまだ死なねぇだろ?」
ロックガルムの腹の中に、黒く光る大きな石のような物が見える。それを見てノヒンが「さすがにでけぇな……」と呟き、黒く光る石を渾身の力で殴りつけた。
だが甲高い金属音がするだけで、まったく砕ける様子は無い。
「ちっ、早くしねぇと再生しちまうか」
そう言って鉄甲を左右の短い鞘に入れると、ガチンと金属音がする。
そのまま両手を引き抜くと、黒錆の剣の三分の一ほどの長さの刃が鉄甲に装着されていた。刃とは言ったが、短いせいで肉厚の針の様にも見える。
「ルイスに作らせといてよかったぜ」
ルイスとは、ノヒンが装着する黒錆の鉄甲と剣を鍛えた鍛冶師である。男性なのだが、その容姿は女性にしか見えないという、少し変わった人物だ。
ノヒンが渾身の力を込め、黒錆の短剣で連撃を叩き込む。そうして黒く光る石がガキガキと音を立てて砕けていき……、ノヒンの「あばよ! わん公!!」という叫びと共に、ガキィンッ! と一際大きな音を立て、黒く光る石が砕け散る。
それと共に黒い霧が爆発するように発生し、ロックガルムの体ごと消滅。霧の一部がノヒンの傷口から体内に入り込んだ。
51
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる