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第八章
いつまでも鳴り響く
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ちりん、ちりりん。
うっすら目を開けると、ソファの上で丸まった黒猫の上に朝日が差し込んでいた。
隣の部屋からは、祖母のかける掃除機の音が響いている。
彩と一緒に二階の部屋から降りてきたところまでは覚えているのだが。ぬくぬくと温かいブランケットのうえで、いつの間にかまどろんでしまっていたらしい。
なんだか長い夢を見ていたような気がするのだが、内容ははっきりと思い出せなかった。
ただ、鈴が鳴ったような気がしたのだ。
いったいどこからだろう、確か近くで聞こえたはずなんだけど。
立ち上がって、きょろきょろとあたりを見回したところで今度こそ目が覚めた。
首にある『鈴』が、ちりん、ちりりん、と音を立てたから。
「あっ、クロ! おはよう」
廊下を進み、縁側に出たところで庭から名前を呼ばれた。
『クロ』。それが今の黒猫の名前だった。
ちょっと単純すぎるんじゃないか、もうちょっとひねりがあっても。そう思わないこともないが、最近ますます背が高くなり葉数の増えた『ビワ蔵』の弟分として『クロ蔵』になる可能性もあったので、結局のところ黒猫は今の名前でよかったと思っている。
そんな黒猫の心中を知るよしもなく、呼んだ張本人である彩は庭先でランドセルを背負ったまましゃがみこみ、草花の様子をひとつひとつ見て回っているところだった。その横に当たり前のように白猫が座っている。白猫は花が好きだから『花』になった。ひねりがなくてよかった。
庭にぴょこんと降りてきた黒猫を前に、彩はまぶしそうに目を細めた。
「……似合うよ」
彩が父親と買ってきた新しい首輪は、シンプルな赤色のもので、小ぶりの鈴がついていた。白猫とおそろいのそれは、もちろんなんの曰くもない、ただの鈴だ。
「でしょ?」
言葉が通じているはずもないのに、黒猫と彩は笑いあう。
その首で鈴が鳴った。
願いごとを口にしても何も叶いはしないけど、ただただ歌うように鳴り響く。
それこそが願いだというように。
ちりん、ちりりん。
いつまでも、やさしく響き続ける。
うっすら目を開けると、ソファの上で丸まった黒猫の上に朝日が差し込んでいた。
隣の部屋からは、祖母のかける掃除機の音が響いている。
彩と一緒に二階の部屋から降りてきたところまでは覚えているのだが。ぬくぬくと温かいブランケットのうえで、いつの間にかまどろんでしまっていたらしい。
なんだか長い夢を見ていたような気がするのだが、内容ははっきりと思い出せなかった。
ただ、鈴が鳴ったような気がしたのだ。
いったいどこからだろう、確か近くで聞こえたはずなんだけど。
立ち上がって、きょろきょろとあたりを見回したところで今度こそ目が覚めた。
首にある『鈴』が、ちりん、ちりりん、と音を立てたから。
「あっ、クロ! おはよう」
廊下を進み、縁側に出たところで庭から名前を呼ばれた。
『クロ』。それが今の黒猫の名前だった。
ちょっと単純すぎるんじゃないか、もうちょっとひねりがあっても。そう思わないこともないが、最近ますます背が高くなり葉数の増えた『ビワ蔵』の弟分として『クロ蔵』になる可能性もあったので、結局のところ黒猫は今の名前でよかったと思っている。
そんな黒猫の心中を知るよしもなく、呼んだ張本人である彩は庭先でランドセルを背負ったまましゃがみこみ、草花の様子をひとつひとつ見て回っているところだった。その横に当たり前のように白猫が座っている。白猫は花が好きだから『花』になった。ひねりがなくてよかった。
庭にぴょこんと降りてきた黒猫を前に、彩はまぶしそうに目を細めた。
「……似合うよ」
彩が父親と買ってきた新しい首輪は、シンプルな赤色のもので、小ぶりの鈴がついていた。白猫とおそろいのそれは、もちろんなんの曰くもない、ただの鈴だ。
「でしょ?」
言葉が通じているはずもないのに、黒猫と彩は笑いあう。
その首で鈴が鳴った。
願いごとを口にしても何も叶いはしないけど、ただただ歌うように鳴り響く。
それこそが願いだというように。
ちりん、ちりりん。
いつまでも、やさしく響き続ける。
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