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第六章
あの子のほんとう
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なんとなく肩透かしを食らったような気持ちになりながら黒猫は先を急いでいる。
あの後寝床に戻り「彩の家に行く話だけど……」と切り出そうとしたところ、「さっき山田さんから話は聞いたわ!」と白猫から言ってきたのだ。行動が早すぎる。
「大事な用なんでしょう? どうせなら彩ちゃんとゆっくりできるときに行くほうがいいし。わたしのことは気にしないで山田さんと楽しんできて」
あの人と一緒なら安心ね、と微笑む。
白猫にとって魚肉ソーセージの恩はそれほどまでに大きいものなのか。
四時をすこし過ぎて到着したベンチに、まだ山田はいないようだった。
なんだ、焦って走ってきたのに。
思わずため息をついて天を仰ぐ。ちぎったように細かく浮かぶ雲が、澄んで遠くなった空が、もう秋だと声高に告げているようだった。
気が抜けたせいか、なんだか眠い。あくびを噛み殺すと、ベンチの下に潜り込んで小さく丸まった。ここなら人が来ようが来なかろうがゆっくりできる。
からだがだんだんと温まり、頭に霞がかかっていく。ああだめだ、寝てしまいそうだ。うつらうつらとしはじめた頃、真上でギィッと音がした。誰かがベンチに座ったのだ。
やっと来たのか、山田のやつ。黒猫は開けたくないとばかりに抵抗するまぶたをどうにかこじ開ける。
目に入ったのは細身のジーンズにベージュのスニーカー。女の足だった。
なんだ。半ばほっとして、黒猫は再び目を閉じた。
ガサガサと紙がこすれる音、それから揚げたてのコロッケの香りがベンチの下、黒猫の鼻先まで届く。無意識にくんくんと鼻を鳴らすうち、まぶたの裏に映り込む姿があった。このベンチで山田を待ち続けていた女。
……山田が帰ってきたことを、もう知っているのだろうか。
ガサガサガサッ、と目の前になにかが落ちる音で黒猫は反射的に目を開く。
地面に落ちた紙袋からはコロッケがひとつはみ出ていた。その向こうに、履きつぶされたサンダル。よれよれのTシャツ、それからふざけた薄ら笑い。見間違うはずもない、黒猫の待ち合わせ相手。
ずいぶんと遅いじゃないか。ベンチの下を抜け出そうと、体を起こしかけたときだ。
「うそ……」上から、声がした。聞いたことのある声だった。
さっき。そうさっき、黒猫はこの声の主のことを考えていた。
山田と目が合った。その目がすっと細められる。有無を言わさぬ眼差しに動けなくなる。意味が分からない。でも、その瞳ははっきりと、そのままそこにいろと告げていた。
「あーあー、コロッケ落っことすなんて天罰もんだよ?」
落ちた紙袋を拾い上げるついでとばかりに、はみ出たコロッケを口に投げ込んでしまうと山田は言った。
「ひさしぶり、唐木田さん」もごもご、と口を動かしながら。
「嬉しいなあ。ここのコロッケのよさをわかってくれたなんて」
唐木田は黙り込んだままだったが、気にもせず山田はぺらぺらとしゃべり続ける。
「でも、それって一人分? そんなに食べたらまんまるになっちゃうんじゃない。俺はぽっちゃりした女の子も好きだけど」
「……じゃあ、もっと食べる」
カラカラに乾いた声がようやく言葉を口にした。
「はは、俺にももうひとつちょうだい」
コロッケを受け取ったらしい山田は、当たり前みたいに唐木田の横に座った。黒猫の上でまたギィ、とベンチが音が立てる。
「……なんで、学校来ないの。夏休み……とっくに終わったけど」
目の前の足は、ひどく緊張している。
「ちょーっと体調崩しちゃってね。実家に帰ってたのさ」
「実家って、どこ」
「どこだと思う?」
「……北海道とか?」
「ブッブー」
「わかるわけないじゃん、そんなの。本当はどこ?」
「お空の上」
「またそうやって……!」
勢いよく山田の方を向いて、そのまま固まってしまう。きっと捕まってしまったのだ。映る自分のこっけいさに震えるような、鏡のようなあの瞳に。
「あのさ、唐木田さん。ここでいくら俺を待っててくれても、コロッケを食べてくれても、ぽっちゃり女子になってくれても、俺は唐木田さんのことを絶対好きにならないよ」
さっきまでとなんら変わらないテンションでコロッケを食べながら、山田は唐木田の心を粉々に砕いた。目の前の足からみるみる力が抜けていく。なんだか見ていられなくて、黒猫は目を逸らした。
唐木田が不憫で、それからやっぱりバカみたいだった。あの肉じゃがで懲りたはずだろうに、どうしてこんな男を待っていたりするんだ。忘れてしまえばよかったのに――。
ガサ、紙袋の音が鳴る。
「……あの、唐木田さん?」
珍しく戸惑ったような山田の声が落ちてきた。ガサガサガサ、と紙袋が鳴り続ける。
「えーと。そんなに一気に食べなくても、コロッケは逃げてかないよ?」
「むぁむえ!」
謎の言葉を発するやいなや、唐木田は苦しげにむせ始めた。しばらく咳き込む音が続く。いったいなぜそんな状況になっているのか。
「大丈夫? お茶でも買って来ようか」
立ち上がりかけた山田のシャツがびんと後ろに引かれる。裾をしっかと掴まれて。
「なんでっ」
今度こそはっきりと唐木田は言った。絞り出すような声で。
「なんで、あんたは言わせてもくれないの? あたしは、まだ……何も言ってない、何も伝えてない! ひとの話は最後までちゃんと聞けって、小学生でも知ってるでしょうが!」
それは、いつもの強気な唐木田だった。目の前の足は、ちいさく震えていたけれど。
「好きにならない? 知ってるよ、そんなこと! あんなつけ入る隙もない完璧なNO出しちゃってさ。どうしてくれんの? 肉じゃが、食べるたびに泣きそうになるんだから」
玄関にぶちまけられた、肉じゃが。古びた階段を鳴らす、ヒールの音。
「言いたかったよ。あんたを好きになったきっかけの話とか、あたしがどれだけいつもドキドキしてきたかとか、ここのコロッケが、特別な味になったこととか。でも、山田太郎は……全部いらないって言った。だから、あたしも全部ゴミ箱に捨てた。あたしだって、こんなのいらないって……」
言葉は一瞬途切れた。
「――でもダメだったんだよ、ちくしょう!」
唐木田はがんっと山田の脛を蹴り飛ばした。
「痛……っ」
激痛に震える山田に「ざまぁみろ!」と唐木田は笑った。
「言われなくてももう太ったし! コロッケ食べ過ぎて。どうしてくれんの!? 今日だって、こんな適当なカッコで来るんじゃなかったって、いつもバカみたいに決めてるのに、なんで今日に限ってって、そればっかり考えてさ。あたしがどんなカッコしたって山田太郎にはどうでもいいのに。……はは、ほんと何してんだろう、ストーカーみたいに毎日毎日コロッケ食べて。みっともないったらありゃしない。本当はさ、かっこいい女なんだよ、あたし――」
山田が頷くと、ふくらみきった風船がやがて弾けてしぼむように、唐木田は急に静かになった。
「……あたしはね、」声が揺れる。
うつむいた拍子なんだろう、ぽたっ、と黒猫の目の前に滴が落ちた。
「山田太郎が、大好きなんだよぉ~……」
大切にしてきた想いのまんなかが、滴になって、タイルの上に次々跡をつけていく。
ぐすっ、ぐすっと鼻水をすする音が続くなか、
「……いいなあ」
山田がつぶやいた。それは今までに聞いたことがないような優しい響きだった。
「なっ、なっ、なにそれ。ば、ばかにしてんの? そりゃばかだけどさぁっ」
「ううん、全然」
本当に心から、そういう声色だった。黒猫の位置からは顔は見えなかったけれど。
裾を強く握り込んだままの唐木田の手に、山田の指が触れた。壊れ物に触れるかのように、優しい手つきで。
「――俺さ、天使なんだ」
急に、本当のことを口にして。
「……もうやだ、ほんとこの男、わけわかんない……」
「えー、俺いつも唐木田さんにはほんとのことしか言ってないんだけどなあ」
声を上げて笑った山田が、ふいに唐木田のほうに体を寄せた。
その瞬間、何が起こったんだろう。
裾を掴んでいた唐木田の手が、いつの間にか力を失ったかのように離れていた。
黒猫にわかったのは、山田が「……だから、ごめんね」とささやいたことだけ。
それだけ。
ギィ、と音がして、山田がベンチに座り直したんだとわかった。
「……あれ? 山田くん?」呆けた口調で唐木田が言った。
「どうしたの、ぼんやりして」不思議そうに山田が訊ねる。
「……あたし、なんでここに……」
「やだなあ、ボケちゃって。小腹が空いたからって言ってたよ。ほら、コロッケあるでしょ」
「そう、だっけ。そう……そうだったよね。やだな、あたし。ぼーっとしちゃって……って、しかも何これ! 小腹どころじゃないでしょ、この量。こんなの確実にデブる……」
「えー、食べないなら俺がもらってもいい? 大好物なんだよね、ここのコロッケ」
「そうなの? いいよ、あげる。なんかもうお腹いっぱいだし」
「ありがとう」
「じゃあ、あたしそろそろ行こっかな。また学校でね」
唐木田がベンチから音を立てて立ち上がる。その足が少しずつ離れていく。
「あ、唐木田さん」
山田が呼び止めて、言った。
「……ありがとう」
唐木田はおかしそうにぶっと吹き出す。
黒猫の目に、一点の曇りもない唐木田の笑顔が映り込んだ。
「二度目なんですけど。どんだけコロッケ感謝してんのよ、好きすぎでしょ」
山田も笑う。
「じゃあまたね」
「うん、さよなら」
その姿は遠くなり、やがて雑踏にまぎれて見えなくなった。
あの後寝床に戻り「彩の家に行く話だけど……」と切り出そうとしたところ、「さっき山田さんから話は聞いたわ!」と白猫から言ってきたのだ。行動が早すぎる。
「大事な用なんでしょう? どうせなら彩ちゃんとゆっくりできるときに行くほうがいいし。わたしのことは気にしないで山田さんと楽しんできて」
あの人と一緒なら安心ね、と微笑む。
白猫にとって魚肉ソーセージの恩はそれほどまでに大きいものなのか。
四時をすこし過ぎて到着したベンチに、まだ山田はいないようだった。
なんだ、焦って走ってきたのに。
思わずため息をついて天を仰ぐ。ちぎったように細かく浮かぶ雲が、澄んで遠くなった空が、もう秋だと声高に告げているようだった。
気が抜けたせいか、なんだか眠い。あくびを噛み殺すと、ベンチの下に潜り込んで小さく丸まった。ここなら人が来ようが来なかろうがゆっくりできる。
からだがだんだんと温まり、頭に霞がかかっていく。ああだめだ、寝てしまいそうだ。うつらうつらとしはじめた頃、真上でギィッと音がした。誰かがベンチに座ったのだ。
やっと来たのか、山田のやつ。黒猫は開けたくないとばかりに抵抗するまぶたをどうにかこじ開ける。
目に入ったのは細身のジーンズにベージュのスニーカー。女の足だった。
なんだ。半ばほっとして、黒猫は再び目を閉じた。
ガサガサと紙がこすれる音、それから揚げたてのコロッケの香りがベンチの下、黒猫の鼻先まで届く。無意識にくんくんと鼻を鳴らすうち、まぶたの裏に映り込む姿があった。このベンチで山田を待ち続けていた女。
……山田が帰ってきたことを、もう知っているのだろうか。
ガサガサガサッ、と目の前になにかが落ちる音で黒猫は反射的に目を開く。
地面に落ちた紙袋からはコロッケがひとつはみ出ていた。その向こうに、履きつぶされたサンダル。よれよれのTシャツ、それからふざけた薄ら笑い。見間違うはずもない、黒猫の待ち合わせ相手。
ずいぶんと遅いじゃないか。ベンチの下を抜け出そうと、体を起こしかけたときだ。
「うそ……」上から、声がした。聞いたことのある声だった。
さっき。そうさっき、黒猫はこの声の主のことを考えていた。
山田と目が合った。その目がすっと細められる。有無を言わさぬ眼差しに動けなくなる。意味が分からない。でも、その瞳ははっきりと、そのままそこにいろと告げていた。
「あーあー、コロッケ落っことすなんて天罰もんだよ?」
落ちた紙袋を拾い上げるついでとばかりに、はみ出たコロッケを口に投げ込んでしまうと山田は言った。
「ひさしぶり、唐木田さん」もごもご、と口を動かしながら。
「嬉しいなあ。ここのコロッケのよさをわかってくれたなんて」
唐木田は黙り込んだままだったが、気にもせず山田はぺらぺらとしゃべり続ける。
「でも、それって一人分? そんなに食べたらまんまるになっちゃうんじゃない。俺はぽっちゃりした女の子も好きだけど」
「……じゃあ、もっと食べる」
カラカラに乾いた声がようやく言葉を口にした。
「はは、俺にももうひとつちょうだい」
コロッケを受け取ったらしい山田は、当たり前みたいに唐木田の横に座った。黒猫の上でまたギィ、とベンチが音が立てる。
「……なんで、学校来ないの。夏休み……とっくに終わったけど」
目の前の足は、ひどく緊張している。
「ちょーっと体調崩しちゃってね。実家に帰ってたのさ」
「実家って、どこ」
「どこだと思う?」
「……北海道とか?」
「ブッブー」
「わかるわけないじゃん、そんなの。本当はどこ?」
「お空の上」
「またそうやって……!」
勢いよく山田の方を向いて、そのまま固まってしまう。きっと捕まってしまったのだ。映る自分のこっけいさに震えるような、鏡のようなあの瞳に。
「あのさ、唐木田さん。ここでいくら俺を待っててくれても、コロッケを食べてくれても、ぽっちゃり女子になってくれても、俺は唐木田さんのことを絶対好きにならないよ」
さっきまでとなんら変わらないテンションでコロッケを食べながら、山田は唐木田の心を粉々に砕いた。目の前の足からみるみる力が抜けていく。なんだか見ていられなくて、黒猫は目を逸らした。
唐木田が不憫で、それからやっぱりバカみたいだった。あの肉じゃがで懲りたはずだろうに、どうしてこんな男を待っていたりするんだ。忘れてしまえばよかったのに――。
ガサ、紙袋の音が鳴る。
「……あの、唐木田さん?」
珍しく戸惑ったような山田の声が落ちてきた。ガサガサガサ、と紙袋が鳴り続ける。
「えーと。そんなに一気に食べなくても、コロッケは逃げてかないよ?」
「むぁむえ!」
謎の言葉を発するやいなや、唐木田は苦しげにむせ始めた。しばらく咳き込む音が続く。いったいなぜそんな状況になっているのか。
「大丈夫? お茶でも買って来ようか」
立ち上がりかけた山田のシャツがびんと後ろに引かれる。裾をしっかと掴まれて。
「なんでっ」
今度こそはっきりと唐木田は言った。絞り出すような声で。
「なんで、あんたは言わせてもくれないの? あたしは、まだ……何も言ってない、何も伝えてない! ひとの話は最後までちゃんと聞けって、小学生でも知ってるでしょうが!」
それは、いつもの強気な唐木田だった。目の前の足は、ちいさく震えていたけれど。
「好きにならない? 知ってるよ、そんなこと! あんなつけ入る隙もない完璧なNO出しちゃってさ。どうしてくれんの? 肉じゃが、食べるたびに泣きそうになるんだから」
玄関にぶちまけられた、肉じゃが。古びた階段を鳴らす、ヒールの音。
「言いたかったよ。あんたを好きになったきっかけの話とか、あたしがどれだけいつもドキドキしてきたかとか、ここのコロッケが、特別な味になったこととか。でも、山田太郎は……全部いらないって言った。だから、あたしも全部ゴミ箱に捨てた。あたしだって、こんなのいらないって……」
言葉は一瞬途切れた。
「――でもダメだったんだよ、ちくしょう!」
唐木田はがんっと山田の脛を蹴り飛ばした。
「痛……っ」
激痛に震える山田に「ざまぁみろ!」と唐木田は笑った。
「言われなくてももう太ったし! コロッケ食べ過ぎて。どうしてくれんの!? 今日だって、こんな適当なカッコで来るんじゃなかったって、いつもバカみたいに決めてるのに、なんで今日に限ってって、そればっかり考えてさ。あたしがどんなカッコしたって山田太郎にはどうでもいいのに。……はは、ほんと何してんだろう、ストーカーみたいに毎日毎日コロッケ食べて。みっともないったらありゃしない。本当はさ、かっこいい女なんだよ、あたし――」
山田が頷くと、ふくらみきった風船がやがて弾けてしぼむように、唐木田は急に静かになった。
「……あたしはね、」声が揺れる。
うつむいた拍子なんだろう、ぽたっ、と黒猫の目の前に滴が落ちた。
「山田太郎が、大好きなんだよぉ~……」
大切にしてきた想いのまんなかが、滴になって、タイルの上に次々跡をつけていく。
ぐすっ、ぐすっと鼻水をすする音が続くなか、
「……いいなあ」
山田がつぶやいた。それは今までに聞いたことがないような優しい響きだった。
「なっ、なっ、なにそれ。ば、ばかにしてんの? そりゃばかだけどさぁっ」
「ううん、全然」
本当に心から、そういう声色だった。黒猫の位置からは顔は見えなかったけれど。
裾を強く握り込んだままの唐木田の手に、山田の指が触れた。壊れ物に触れるかのように、優しい手つきで。
「――俺さ、天使なんだ」
急に、本当のことを口にして。
「……もうやだ、ほんとこの男、わけわかんない……」
「えー、俺いつも唐木田さんにはほんとのことしか言ってないんだけどなあ」
声を上げて笑った山田が、ふいに唐木田のほうに体を寄せた。
その瞬間、何が起こったんだろう。
裾を掴んでいた唐木田の手が、いつの間にか力を失ったかのように離れていた。
黒猫にわかったのは、山田が「……だから、ごめんね」とささやいたことだけ。
それだけ。
ギィ、と音がして、山田がベンチに座り直したんだとわかった。
「……あれ? 山田くん?」呆けた口調で唐木田が言った。
「どうしたの、ぼんやりして」不思議そうに山田が訊ねる。
「……あたし、なんでここに……」
「やだなあ、ボケちゃって。小腹が空いたからって言ってたよ。ほら、コロッケあるでしょ」
「そう、だっけ。そう……そうだったよね。やだな、あたし。ぼーっとしちゃって……って、しかも何これ! 小腹どころじゃないでしょ、この量。こんなの確実にデブる……」
「えー、食べないなら俺がもらってもいい? 大好物なんだよね、ここのコロッケ」
「そうなの? いいよ、あげる。なんかもうお腹いっぱいだし」
「ありがとう」
「じゃあ、あたしそろそろ行こっかな。また学校でね」
唐木田がベンチから音を立てて立ち上がる。その足が少しずつ離れていく。
「あ、唐木田さん」
山田が呼び止めて、言った。
「……ありがとう」
唐木田はおかしそうにぶっと吹き出す。
黒猫の目に、一点の曇りもない唐木田の笑顔が映り込んだ。
「二度目なんですけど。どんだけコロッケ感謝してんのよ、好きすぎでしょ」
山田も笑う。
「じゃあまたね」
「うん、さよなら」
その姿は遠くなり、やがて雑踏にまぎれて見えなくなった。
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