番って10年目

アキアカネ

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「誰もいないからゆっくりしていって」

 勢いで俺の部屋に連れてきちゃったけど、よく考えたらこれって結構大胆なことしちゃったかも。誰もいない空間で好きな人とふたりっきり。平常心でいようと思ってもうまくいかない。

 けどそんなことヒデには気づかれたくない。俺はなんでもないようにローテーブルをすすめて、俺たちは二人で並んでノートを開いた。

「机、狭くてごめんね」

「そんなことないよ」

 ヒデは優しいからそう言ってくれるけど、肩がぶつかるくらい近くて身動きもままならない。
 いつもは触れるくらい近づくことなんてないから、全然目の前の課題に集中できない。

「分からないところあった?」

 手が止まった俺に気がついたヒデが、手元のノートを覗き込むように問いかける。
 変態って思われそうだけど、近づく体温も微かなシャンプーの香りも普段は聴こえない吐息も全部に神経が集中してしまう。
 今までこんなことなかったのに、ヒデが近くにいるだけで胸が高鳴って仕方がない。

「えっ、と」

「……渚の瞳って茶色いんだね」

 鼻先がくっつきそうなくらい顔が近づいて、ヒデがのんきにそんなことを言った。
 ヒデの瞳が俺をずっと見ていて、俺もヒデから視線を離さない。
 そしてそのまま。
 吸い寄せられるように自分の唇を重ねていた。

「っ、ごめんっ」

 我に返った瞬間にヒデから距離を取ろうと身を捩ったけど、まるで離れるのを許さないというようにヒデに抱き寄せられた。

「み、水瀬くん!」

「謝らないでよ」

 それってどういうこと?
 俺、自惚れちゃうよ?
 こんな、こんなのハッピーエンドの物語みたいじゃないか。

「あっ」

「渚……?」

 ドクンっと身体が熱くなって、息も浅くなっていく。
 またヒデに心配をかけているようだけど、俺はこれが何かを知っている。

 発情期だ。

「なぎさ?」

 俺の様子にヒデも気づいたみたい。
 どちらからでもなく、さっきよりも深くて長いキスを送り合う。

 その時点で俺の理性はどこかにいってしまったようだった。
 ただひたすら、好きと気持ちいいと嬉しいでいっぱいになっていた。
 覚えているのは、俺の名前を呼ぶ切羽詰まったヒデの声と。

「噛んで」

 と俺が言ったこと。

 それからどれくらい時間が経ったのか俺には分からない。
 目が覚めたら情事などなかったように身体は綺麗になっていた。ただうなじの噛み跡を除いて。

「水瀬くん?」

「おはよう、渚。身体痛くない?」

 ヒデの声はとっても甘い音をしていた。
 その声がさっきのことを思い出させて急に恥ずかしくなる。

「だいじょぶ」

「……噛みすぎちゃったよね」

 それが何を示しているか分かると心がじんわりと満たされる。
 俺は自分のうなじに手を当てて、噛み跡をそっと撫でた。

「ううん、嬉しい」

 これが俺とヒデが番になった日。

 好きな人と結ばれるとこんなに幸せなんだって分かった日。
 どんな世界の運命の番よりも俺が1番幸せだって言って回りたいくらいだった。
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