番って10年目

アキアカネ

文字の大きさ
上 下
3 / 15

3

しおりを挟む
「……もう、だいじょぶだから」

 チョコチップのスティックパンを持って眉を下げている彼に、ぎこちなく笑いながら声をかける。

 大丈夫じゃないけど、駅まで戻れるくらいには回復してそうだ。こういうことも想定して家から近い学校を選んでいて良かった。電車で二駅だがキツそうなら、タクシーでもそこまで時間はかからない。

 これ以上この男と一緒にいるのも嫌だし。
 親切にしてくれるのは嬉しいけど、俺がΩだってバレる前に離れてしまいたい。
 どうせΩだって分かったら、悪態つかれて、水代と称して有り金持っていかれるんだ……

「本当に?」

「うん……へいき」

「でも、大丈夫に見えないよ。病院行く? 送って行くよ」

「……病気じゃ、ないから」

 善意が苦しい。
 αってこんな善人なの?

 いつの間にか俺と同じ視線までしゃがんでくれている彼に申し訳ない気持ちが強くなってくる。

「その、薬の副作用だから……そのうち治ります」

 語尾がどんどん小さくなる。
 きっとこれでΩだってバレてしまうだろう。

「薬? 病気なの?」

 察し悪すぎだろ!
 もうどうにでもなってしまえ。

「……抑制剤の。俺、Ωだから」

「えっ、あっ、ご、ごめん!」

 俺の告白に、彼は動揺を隠せていなかった。顔を赤くして手を彷徨わせている。
 気まずい空気の中、俺なんて放って立ち去ってほしいのに、彼はその場で申し訳なさそうに口を開いた。

「言いたくなかったよね。ごめん、デリカシーなかった」

「そっちこそ、イヤじゃないの? キミ、αでしょ」

「あれ? αって言ったっけ?」

「言ってないけど、αっぽいなって思って」

「それじゃあ、怖がらせちゃったかな? 匂い分かんないけど、抑制剤ってことは、その」

「抑制剤が効きすぎてこんなことになってるから、周りにはほとんど影響ないと思う。だいぶ落ち着いてきたし、本当にもう大丈夫だから」

「さっきより元気そうだね。うん、顔色も」

 彼はほっとしたように優しい声をかけてくれた。
 俺がΩって分かったのに、態度を変えるどころかもっと心配してくれて、むずがゆい気持ちになる。

 今まで家族以外にこんなに心配されたこともないし、ましてやαがこんな風に接してくれるとは思わなかった。

 初めての扱いに、俺はあっさりほだされてしまっていた。

「本当、ありがと」

 お礼を言いながらゆっくり立ち上がる。
 彼も俺に合わせて動いてくれるのが照れくさい。

「送っていくよ」

「ううん、駅まで行けば大丈夫だから」

「でもっ」

「キミは学校行かなきゃでしょ。俺のせいで遅刻させてごめん」

「そんなこと別に」

「大丈夫だから」

 半ば強引に彼と別れて、俺は駅へと向かっていった。
 たしかに幾分か体調も回復していたけど、具合の悪さより彼のことに気を取られていた。

 これは後から分かったことだけど、中学と違って高校生はあからさまにΩを避けたりする人はほとんどいなかった。みんな丁度いい距離で友好的に接してくれる。
 でもこのときの俺にとっては、初めての人だったんだ。

 もし明日、学校で彼を見つけたらお礼を言おう。
 俺はペットボトルを大切に握りしめて思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

俺に告白すると本命と結ばれる伝説がある。

はかまる
BL
恋愛成就率100%のプロの当て馬主人公が拗らせストーカーに好かれていたけど気づけない話

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

始まりの、バレンタイン

茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて…… 他サイトにも公開しています

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

処理中です...