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「……もう、だいじょぶだから」
チョコチップのスティックパンを持って眉を下げている彼に、ぎこちなく笑いながら声をかける。
大丈夫じゃないけど、駅まで戻れるくらいには回復してそうだ。こういうことも想定して家から近い学校を選んでいて良かった。電車で二駅だがキツそうなら、タクシーでもそこまで時間はかからない。
これ以上この男と一緒にいるのも嫌だし。
親切にしてくれるのは嬉しいけど、俺がΩだってバレる前に離れてしまいたい。
どうせΩだって分かったら、悪態つかれて、水代と称して有り金持っていかれるんだ……
「本当に?」
「うん……へいき」
「でも、大丈夫に見えないよ。病院行く? 送って行くよ」
「……病気じゃ、ないから」
善意が苦しい。
αってこんな善人なの?
いつの間にか俺と同じ視線までしゃがんでくれている彼に申し訳ない気持ちが強くなってくる。
「その、薬の副作用だから……そのうち治ります」
語尾がどんどん小さくなる。
きっとこれでΩだってバレてしまうだろう。
「薬? 病気なの?」
察し悪すぎだろ!
もうどうにでもなってしまえ。
「……抑制剤の。俺、Ωだから」
「えっ、あっ、ご、ごめん!」
俺の告白に、彼は動揺を隠せていなかった。顔を赤くして手を彷徨わせている。
気まずい空気の中、俺なんて放って立ち去ってほしいのに、彼はその場で申し訳なさそうに口を開いた。
「言いたくなかったよね。ごめん、デリカシーなかった」
「そっちこそ、イヤじゃないの? キミ、αでしょ」
「あれ? αって言ったっけ?」
「言ってないけど、αっぽいなって思って」
「それじゃあ、怖がらせちゃったかな? 匂い分かんないけど、抑制剤ってことは、その」
「抑制剤が効きすぎてこんなことになってるから、周りにはほとんど影響ないと思う。だいぶ落ち着いてきたし、本当にもう大丈夫だから」
「さっきより元気そうだね。うん、顔色も」
彼はほっとしたように優しい声をかけてくれた。
俺がΩって分かったのに、態度を変えるどころかもっと心配してくれて、むずがゆい気持ちになる。
今まで家族以外にこんなに心配されたこともないし、ましてやαがこんな風に接してくれるとは思わなかった。
初めての扱いに、俺はあっさりほだされてしまっていた。
「本当、ありがと」
お礼を言いながらゆっくり立ち上がる。
彼も俺に合わせて動いてくれるのが照れくさい。
「送っていくよ」
「ううん、駅まで行けば大丈夫だから」
「でもっ」
「キミは学校行かなきゃでしょ。俺のせいで遅刻させてごめん」
「そんなこと別に」
「大丈夫だから」
半ば強引に彼と別れて、俺は駅へと向かっていった。
たしかに幾分か体調も回復していたけど、具合の悪さより彼のことに気を取られていた。
これは後から分かったことだけど、中学と違って高校生はあからさまにΩを避けたりする人はほとんどいなかった。みんな丁度いい距離で友好的に接してくれる。
でもこのときの俺にとっては、初めての人だったんだ。
もし明日、学校で彼を見つけたらお礼を言おう。
俺はペットボトルを大切に握りしめて思った。
チョコチップのスティックパンを持って眉を下げている彼に、ぎこちなく笑いながら声をかける。
大丈夫じゃないけど、駅まで戻れるくらいには回復してそうだ。こういうことも想定して家から近い学校を選んでいて良かった。電車で二駅だがキツそうなら、タクシーでもそこまで時間はかからない。
これ以上この男と一緒にいるのも嫌だし。
親切にしてくれるのは嬉しいけど、俺がΩだってバレる前に離れてしまいたい。
どうせΩだって分かったら、悪態つかれて、水代と称して有り金持っていかれるんだ……
「本当に?」
「うん……へいき」
「でも、大丈夫に見えないよ。病院行く? 送って行くよ」
「……病気じゃ、ないから」
善意が苦しい。
αってこんな善人なの?
いつの間にか俺と同じ視線までしゃがんでくれている彼に申し訳ない気持ちが強くなってくる。
「その、薬の副作用だから……そのうち治ります」
語尾がどんどん小さくなる。
きっとこれでΩだってバレてしまうだろう。
「薬? 病気なの?」
察し悪すぎだろ!
もうどうにでもなってしまえ。
「……抑制剤の。俺、Ωだから」
「えっ、あっ、ご、ごめん!」
俺の告白に、彼は動揺を隠せていなかった。顔を赤くして手を彷徨わせている。
気まずい空気の中、俺なんて放って立ち去ってほしいのに、彼はその場で申し訳なさそうに口を開いた。
「言いたくなかったよね。ごめん、デリカシーなかった」
「そっちこそ、イヤじゃないの? キミ、αでしょ」
「あれ? αって言ったっけ?」
「言ってないけど、αっぽいなって思って」
「それじゃあ、怖がらせちゃったかな? 匂い分かんないけど、抑制剤ってことは、その」
「抑制剤が効きすぎてこんなことになってるから、周りにはほとんど影響ないと思う。だいぶ落ち着いてきたし、本当にもう大丈夫だから」
「さっきより元気そうだね。うん、顔色も」
彼はほっとしたように優しい声をかけてくれた。
俺がΩって分かったのに、態度を変えるどころかもっと心配してくれて、むずがゆい気持ちになる。
今まで家族以外にこんなに心配されたこともないし、ましてやαがこんな風に接してくれるとは思わなかった。
初めての扱いに、俺はあっさりほだされてしまっていた。
「本当、ありがと」
お礼を言いながらゆっくり立ち上がる。
彼も俺に合わせて動いてくれるのが照れくさい。
「送っていくよ」
「ううん、駅まで行けば大丈夫だから」
「でもっ」
「キミは学校行かなきゃでしょ。俺のせいで遅刻させてごめん」
「そんなこと別に」
「大丈夫だから」
半ば強引に彼と別れて、俺は駅へと向かっていった。
たしかに幾分か体調も回復していたけど、具合の悪さより彼のことに気を取られていた。
これは後から分かったことだけど、中学と違って高校生はあからさまにΩを避けたりする人はほとんどいなかった。みんな丁度いい距離で友好的に接してくれる。
でもこのときの俺にとっては、初めての人だったんだ。
もし明日、学校で彼を見つけたらお礼を言おう。
俺はペットボトルを大切に握りしめて思った。
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