夏の日の記憶

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1999年6月12日 土曜日

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 半日で帰れる土曜日とあって病院内はいつもよりも見舞客で埋め尽くされていた。面会の手続きを終えた児嶋孝之こじまたかゆきは、花束を持った中嶋利一なかじまとしかずと共に歩き出した。
「その花束、すごいな」花束を見た児嶋は呟いた。「どこで手に入れたんだ?」
「ああ、コレか。すごいだろう?」中嶋はニッと口元だけで笑みを浮かべた。「農協の連中に頼んでこしらえてもらったんだ」
「さすが、農水省の役人をやっているだけはあるな。まぁそれくらいのことなら朝飯前か」
「そうだな。ところで…お前、いつまで東京ここにいるんだ?英明ひであき君はどうなるんだ?」
「しばらくここにいるよ。英明も承諾している」
 そういうと、児嶋は二〇三号室のドアをノックした。はーいどうぞ。という声が向こうから聞こえてきた。
「こんにちは頼子さん」
「あら、児嶋さんに中嶋さん!こんにちは。わざわざすみません…」
「いえ、いいんですよ」花束を渡しながら中嶋が言った。「聞きましたよ八月に退院するんですよね」
「うまくいけば…ね」頼子はウインクをした。「でも、医師せんせいが治療は順調に進んでいるからこのままだったら八月中には退院できるって言ってました」
「そうなんですか。それはよかったですね」
「ありがとうございます。皆様には本当にご迷惑をおかけしました…」
「いいんですよ」
 児嶋がそういうと、中嶋もそれに同意するように頷いた。
「児嶋さんは…お仕事の方大丈夫なんですか?この前、大阪まで出張して戻ってきたと主人から聞きました」
「大丈夫ですよ!この程度でヘコたれていたら自治省の人間ではないと自分に言い聞かせているので!」
 声高々に笑う児嶋を見て、頼子は本当に大丈夫かしら…?と言わんばかりに首を傾げた。
「そろそろ行きますね」
 腕時計を見ながら残念そうに中嶋が呟く。
「あら…残念。もう少しゆっくりしていけばいいのに…」
「そうしたいのは山々ですがまだやることが残っているので…」
「そう…それでは主人に宜しく伝えておきますね」
「はい。では失礼します。さようなら」
「さようならー」
 頼子は笑顔を作り、二人を見送った。二人はそそくさと背を向けて病室を出て行った。
「なあ中嶋」
「何だ」
「頼子さん…すごく変わったよな。前はあんなに痩せてなかったのに」
「ああ…」中嶋は俯いた。
「それに…抗がん剤のせいとはいえ、女の命でもある髪の毛全部抜けちゃってさ…」
「もうそれくらいにしておけ。児嶋」中嶋は続けた。「一番辛いのは頼子さんの方だ。俺らがどうこう言うことじゃない。それに本人が言っていたじゃないか。八月には退院できるって。信じてやることが一番の薬だろ」
「…そうだな」
「でも元気そうで本当に良かった。芝の奴が一番喜んでいたからな」
「ああ」
 二人はそう歩きながら会話を続けていた。その時、すれ違いざまに多くの医師と看護婦が研究棟の方へ向かっていったのを二人は知る由もない。
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