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新日本計画編
№2中山医科大学病院にて
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都内某所―
時田浩彦はiPhoneの画面を見ながら
「えーと確かここら辺で良いんだよな…?」と呟いた。
目の前には空き部屋がたくさんあるビル。浩彦は戸惑いながらもその中へ入っていった。
「…で現在に至るって訳か。なるほどそういうことか…」
「はい…」
尋問するように新田に質問したのは山根だった。
「それにしてもそいつも悪いやっちゃなー。職員用のパソコンと俺らのスマホにハッキングした挙句に新田に届けるとは…大したもんよ」
「ハハ、そうだね」
新田は乾いた笑みしか浮かべられなかった。指示通りに動いただけなので本当に何もわからないのである。
「ま、とにかくそいつの言いたいことは分かったからしっかり挨拶しないとな」
「ちょっと待て」すかさず内田が首を突っ込んだ。「ここにいる全員のことも何も分からないのにもうそいつの
ところへ行くのかよ?」
「だって直接そいつのとこに行かなきゃ色々と分かんねーじゃん」
「…っそれはそうだけども」
それを聞いた山根は口元だけでニッと笑った。
「これだけのことをしてくれている奴だ。いきなりポイッと『やれ』と命令することなく一回各省の職員を顔見せしてくれる親切心はあるから一回顔見せする価値はあるって。そう思わないか?みんな」
その質問を投げかけた途端に部屋は沈黙に包まれた。当然、内田も黙り込んでしまった。
「そうだね!その方がいいかもしれない」
沈黙を破ったのはエンドゥーと呼ばれる、財務省の遠藤道晴だった。涙袋があり、深緑色のセーターを着ており、おっとりしたような優しい顔を
している。セーターをしきりにつかんでいるのが目に映った。
「君の言う通りだと思うよ。わざわざこれだけのことをしてくれる人だもの。一回見た方がいいかもしれないね。全員が揃ってから。…とその前にお客さんが来たみたいだ」
「お客さん?」
内田は眉をひそめた。と同時に入口のドアが開き、皆がそちらに注目した。
「ホラ、呼ばれた人の一人だよ」遠藤は笑みを浮かべた。「外務省から呼ばれた彼」
部屋に入った浩彦は周りを見渡した。見たこともない顔が浩彦に注目している。
「あ…へ、部屋間違えちゃったかな?すみません!出直してきます!」
急いで部屋を出ていこうとしたとき、慌てて山根は浩彦を呼び止めた。
「ああ!待て待て!間違ってないから!なぁ、おい!」
「良かった…じゃあここで間違っていないのですね?」浩彦はホッとため息をつくと話を続けた。「えーっと自己紹介とかは…」
「そんなんしてねーし。あと敬語使わなくていいから。めんどいし、何か指示した奴が同い年の奴を連れてきたんだと言ってる。自己紹介とかは後でまとめてするよ」
と内田はぶっきらぼうに答えた。
「そうなの?ならいいや。で、君たちはこれからどうするの?」
今度は浩彦が質問を投げかけた。その質問に答えたのは真嶋だった。
「俺たちこれからそのメールの送り主に会いに行くつもりだけど…」
「え?送り主ってここにいるんじゃないの?」
「それが残念なことにここにはいないんだよ」
「どういうこと?」
浩彦は首を傾げた。
「話せば長くなるけど、あそこに背の高い男がいるだろ?」真嶋は新田を指さした。「環境省の新田って言うんだけどさ、そいつがある人物に指示されて俺たちをここに集めたんだ。それでその法案とか色々とやってもらったんだよ」
「そうだったんだ…。それよりもその例の法案のやつってみたの?」
「!!」
その反応は明確だった。鈍感な浩彦でもわかるくらいに。あ、誰一人見ていないんだと。浩彦はそう悟った。
「あ、見ようとは思っていたんだけどタイミングがねーハハハ」
タイミングって何なんだろう…?山根の反応を見た浩彦は心の中でそう思った。
「けど、持ってはいるんでしょ?」
「うん…」
新田はゆっくりと頷いた。
「じゃあそれは後で見るとして…メンバーはこれだけ?」
「今のところは…な」内田がメガネを直しながら言った。「今集まっている奴らだけだ」
「ん、OK。分かった」
―さっすが外務省の職員…OK一つだけでもいい発音しやがる…いや、それは関係ないか。
その場にいた全員がそう思ったのは言うまでもない。
「雑談はこれくらいにしてそろそろその送り主のところへ行こうか。どこにいるの?連れて行って」
学校法人中山医科大学付属病院千代田総合医療研究センター
夕方、仕事を終えた五人はその送り主のいる病室へ向かった。送り主は新田が言うには逃げるときに足を踏み外して二、三日は入院が必要だという。新田がその病室のドアを開けるなり怒鳴り声が聞こえてきた。
「遅い!何やってたんだお前ら!」眉間にしわをよせながら続けた「LINEもメールもしたのに誰も見ないなんて…どういうことなんだよ」
「ごめんごめん」新田がなだめるように言った。「来たからそう怒らないで。ね?アサミン」
送り主を見た全員はあっけにとられてしまった。
「なーんだ、全部アサミンの仕業だったのかよーつまんねー…」
そう言って真嶋はため息をついた。
「まぁ、アサミンだったらそんなの朝飯前か…」
と山根はもっともな感想を述べた。
「え?メールの送り主のアサミンってこの人!?」浩彦は指さしながら「てっきり女の人のコトかと思ってた」
と正直に答えた。
「何だと!?もう一度言ってみろ浩彦!」
名前にコンプレックスを持つアサミはその反応に噛みついた。
「ちょっと待って!どうしてぼくの名前知ってんの?」
「ん?ああ…ちょっとな」
「まさか君、ぼくのストーカー…」
「んなわけあるかアホ!」
病室全体に聞こえるくらい大きなツッコミだったのは言うまでもない。病室の前を通って行った患者や看護師が振り向いたのが見えた。
「ったくどいつもこいつも…」妙にイライラしながらアサミは続けた。貧乏ゆすりをしているのが見える。「タバコ吸えないから余計にイライラするじゃねーか。オイ、誰か金やるから買ってきてくれないか?hi-lite」
それを聞いた達郎は内田に耳打ちをした「ねぇねぇ、アサミンが入院したのっていうのはさ…」
「ああ…タバコを少しでもやめさせるためだろうな…。アサミン、最近の若者のくせに結構吸っているらしいからな…無理言って難癖つけて入院させたんだろうな…」
「きっとそうだよ。うっちーの言う通りかもしれない」
「しょうがないなぁ…」
言葉の応酬に疲れ果てた遠藤が言った。
「買ってきてあげるからお金とタスポちょうだい」
「いや、その必要はなさそうだな」
「え…?」
「持ってるんだろ?タバコ。それを一本くれよ、エンドゥー」
アサミの一言に皆は驚愕した。遠藤はそれを聞いて慌てて弁解した。
「な…何言ってんの?持ってるわけな―…」
「左の尻ポケット」アサミは続けた。「少し膨らんでいる。そこに隠し持っているんだろう?それにスマホだったらそんなに小さくないし第一、さっきから何となーくタバコの匂いがするんだよ。どうなんだ?エンドゥー」
「……」
アサミの推理に皆が沈黙した。数秒の時が流れたがすぐにそれは破られた。
「…よく分かったね。僕が今日タバコを持っているってこと」
「そいつのことを見ていたら分かるって。それに今日は偶々持っていただけなのも知ってるし」
「仕方ないなぁ…アサミンには負けたよ」
そう言って遠藤はポケットの中にしまっていたタバコを取り出した。
「ゴールデンバットでいい?」
「ああ…」
「じゃあ喫煙室に行こうか」
「えー…いいよここで…どうせ個室だから誰も見ないし」
それを聞いた内田が「いくら個室でもいいわけないだろ?副流煙で全員の肺が悪くなる。ホラ、さっさと喫煙室に行けよ」
と注意を促した。
チッという舌打ちが聞こえた。「分かったよ。誰か車いす押してくれないか?」
「はいはい…」そう言ってアサミと遠藤は出ていった。
「さて、あの二人が帰ってくるまでどうしようか…」
二人を見届けた浩彦が言った。
「あの二人、帰ってくるの遅そうだし…軽く自己紹介しよっか。まだやってなかったし、俺らのこと分かんなくて混乱しただろ?」
そう言って山根から自己紹介を始めた。
「俺は法務省の山根功児。山根とか好きに呼んでくれ。よろしくな!えーっと…」
「時田…浩彦です。外務省に勤めています」
「そっか!よろしくな浩彦!」
山根はにっこりと笑いながら浩彦に手を伸ばし、握手を求めた。浩彦は照れながらもそれに答え「あ、うん。こちらこそよろしく…」
それを見たあとの四人も自己紹介をし始めた。
「おれは厚生労働省の内田のぼる。この中で唯一のノンキャリアなんじゃあないのかな?以後、うっちーで宜しく」
「はぁ…」
「自分は農林水産省の小暮達郎です。達さんと気軽に読んでください。浩彦君…」
「俺は国土交通省に勤めている真嶋時定!で、こっちの男は…」
「ボクは新田輝!よろしくね、浩彦君!」
「うん…」浩彦は少しだけ笑った。「あ、そろそろ見てみようか。例の法案を…」
新田は例の法案をカバンから取り出すと皆に見えるように机に置いた。それを見た浩彦は言った。
「これが例の法案なんだよね?」
「うん…」
「やけに分厚いな。そんなに書くことが多いのか?」
内田が感想を述べた。
「新田君は見たんでしょ?」
「ううん、ボクは一回も見ていない。アサミンに言われてそのとおり動くのに精いっぱいだったから…」
「そっか…」
「俺、見る勇気ないよ…」
真嶋がそういうと山根も同じく答えた。
とその時、アサミが帰ってきた。
「なんだ、まだ見てなかったのか」
「だって…」
「だってもくそもねぇよ。ホラ、さっさと開いてみろよ」
「うん…」
アサミに言われるがまま、浩彦はページをめくった。
「…!!!」
全員が息をのんだ。特にページをめくった浩彦の手は震えている。
「な…何これ…こんな滅茶苦茶な法案、誰が受け入れるっていうんだよ…」
「これってさ、今問題になっているやつでしょ?」新田がアサミに聞いた。「どうやって手に入れたの?」
「…分からない」
「え!?それってどういうこと?」
「だから本当に分かんねーんだよ。三日前、家に帰ろうとしたらいつの間にかオレの机の上に置いてあったんだよ」
「ふーん」山根は頷きながら言った。「それにしてもさよくこんなもの世の中の国民に知らされなかったよね。普通だったら激おこだよ」
「法律で守られているからだろ。この法案の賛成派は特定秘密保護法を悪用したんだよ。だから誰にも…少なくとも国民には知らされていなかったんだ。国を動かすオレたちですら本当のことを知らされていなかったんだ。相当、ギリギリまで隠すつもりだったんだろうな。おまけにマスコミもこれに賛成しているし。オレはそう考える。何か意見は?」
「……」
「アサミン、もう一つ質問していい?」
山根が口を開いた。
「何だ」
「ふつう、法案は一つの省庁が提案するものなのに、どうして今回の法案は全省庁がかかわっているのを前提で書かれているんだ?」
「さあな…」アサミは首を横に振った。「それが分かればお前らを呼びつけたりはしないって。そうだな、しいて言うのなら悪戯。あるいは…誰かが裏ですべてを操っている。とかな…」
その言葉に浩彦は凍り付いた。アサミは時計を見ると安心させるように話を続けた。
「まだまだ疑問に思うことはたくさんあるかもしれない。だが、もう時間切れだ。面会時間はとっくに過ぎている。何かあったらすぐにLINEで連絡してくれ。あと、一日一回は必ずどこかで会えるようにしよう。いいな?」
「はーい」
「じゃあ解散!」
ぞろぞろと病室を出ていく皆をしり目に、浩彦は立ち止まりアサミの方を向いた。
「ねぇ、帰る前に一つ聞いていい?」
「何だ」
「どうして君は数ある職員の中からぼくを…ぼくたちを選んだの?」
アサミはじっと浩彦を見つめた。吸い込まれそうな瞳だった。
「…お前らしかいなかったからだよ。まともな感情を持った人間は本当にお前らしかいなかったからだよ…」
「!」
「答えは以上だ。さぁ帰った帰った」
アサミは浩彦を脅すように追い出した。病室を出たとき待ち伏せているかのように遠藤に出くわした。
「これはこれは…」遠藤はニコニコしながら浩彦を見た。「君と二人っきりで話すタイミングを待っていたんだよ。ゴメンねずっと席を外していて。アサミンと一緒にタバコ吸ってたから…滅多に吸わないけどね。喫煙者は嫌いかい?」
「いえ…そんなことは…」
「あ、自己紹介して無かったよね?」遠藤は言った。「財務省主計局の遠藤道晴。みんなみたいにエンドゥーでいいからね」
「ざ…財務省の主計局!?」浩彦は一瞬自分の耳を疑った。「すごい!エリートじゃないですか!!ぼくなんか目じゃない…」
それを聞いた遠藤は「そうだね。人はそうやって評価するけど、本当かな?僕はそう思わないんだよね…」とさらりと答えた。
浩彦は意味が分からないと言わんばかりに顔をしかめた。
「君は?」
遠藤の質問に浩彦は我に返った。
「外務省総合外交政策局の時田浩彦です…」
「なーんだきみの方がすごいじゃないか!」遠藤はまたニコニコしながら言った。「外交官なんてかっこいいーっ!」
「いえ、そんなことは…」
素直に褒められて(?)浩彦は言葉が見つからず、照れることしかできなかった。
「お互い変なことに巻き込まれちゃったけど頑張ろうね!」
遠藤はそう言って浩彦の手を握った。ほのかに暖かい。これが人間のぬくもりか…浩彦は静かにそう心の中で呟いた。
「じゃあねーバイバーイ!」
「さ…さようならー…」
子供のように手を振りながら遠藤と浩彦は別々の道を辿って行った。
このとき、浩彦は気づいていなかった。自分の身に襲い掛かってくる災難を…
時田浩彦はiPhoneの画面を見ながら
「えーと確かここら辺で良いんだよな…?」と呟いた。
目の前には空き部屋がたくさんあるビル。浩彦は戸惑いながらもその中へ入っていった。
「…で現在に至るって訳か。なるほどそういうことか…」
「はい…」
尋問するように新田に質問したのは山根だった。
「それにしてもそいつも悪いやっちゃなー。職員用のパソコンと俺らのスマホにハッキングした挙句に新田に届けるとは…大したもんよ」
「ハハ、そうだね」
新田は乾いた笑みしか浮かべられなかった。指示通りに動いただけなので本当に何もわからないのである。
「ま、とにかくそいつの言いたいことは分かったからしっかり挨拶しないとな」
「ちょっと待て」すかさず内田が首を突っ込んだ。「ここにいる全員のことも何も分からないのにもうそいつの
ところへ行くのかよ?」
「だって直接そいつのとこに行かなきゃ色々と分かんねーじゃん」
「…っそれはそうだけども」
それを聞いた山根は口元だけでニッと笑った。
「これだけのことをしてくれている奴だ。いきなりポイッと『やれ』と命令することなく一回各省の職員を顔見せしてくれる親切心はあるから一回顔見せする価値はあるって。そう思わないか?みんな」
その質問を投げかけた途端に部屋は沈黙に包まれた。当然、内田も黙り込んでしまった。
「そうだね!その方がいいかもしれない」
沈黙を破ったのはエンドゥーと呼ばれる、財務省の遠藤道晴だった。涙袋があり、深緑色のセーターを着ており、おっとりしたような優しい顔を
している。セーターをしきりにつかんでいるのが目に映った。
「君の言う通りだと思うよ。わざわざこれだけのことをしてくれる人だもの。一回見た方がいいかもしれないね。全員が揃ってから。…とその前にお客さんが来たみたいだ」
「お客さん?」
内田は眉をひそめた。と同時に入口のドアが開き、皆がそちらに注目した。
「ホラ、呼ばれた人の一人だよ」遠藤は笑みを浮かべた。「外務省から呼ばれた彼」
部屋に入った浩彦は周りを見渡した。見たこともない顔が浩彦に注目している。
「あ…へ、部屋間違えちゃったかな?すみません!出直してきます!」
急いで部屋を出ていこうとしたとき、慌てて山根は浩彦を呼び止めた。
「ああ!待て待て!間違ってないから!なぁ、おい!」
「良かった…じゃあここで間違っていないのですね?」浩彦はホッとため息をつくと話を続けた。「えーっと自己紹介とかは…」
「そんなんしてねーし。あと敬語使わなくていいから。めんどいし、何か指示した奴が同い年の奴を連れてきたんだと言ってる。自己紹介とかは後でまとめてするよ」
と内田はぶっきらぼうに答えた。
「そうなの?ならいいや。で、君たちはこれからどうするの?」
今度は浩彦が質問を投げかけた。その質問に答えたのは真嶋だった。
「俺たちこれからそのメールの送り主に会いに行くつもりだけど…」
「え?送り主ってここにいるんじゃないの?」
「それが残念なことにここにはいないんだよ」
「どういうこと?」
浩彦は首を傾げた。
「話せば長くなるけど、あそこに背の高い男がいるだろ?」真嶋は新田を指さした。「環境省の新田って言うんだけどさ、そいつがある人物に指示されて俺たちをここに集めたんだ。それでその法案とか色々とやってもらったんだよ」
「そうだったんだ…。それよりもその例の法案のやつってみたの?」
「!!」
その反応は明確だった。鈍感な浩彦でもわかるくらいに。あ、誰一人見ていないんだと。浩彦はそう悟った。
「あ、見ようとは思っていたんだけどタイミングがねーハハハ」
タイミングって何なんだろう…?山根の反応を見た浩彦は心の中でそう思った。
「けど、持ってはいるんでしょ?」
「うん…」
新田はゆっくりと頷いた。
「じゃあそれは後で見るとして…メンバーはこれだけ?」
「今のところは…な」内田がメガネを直しながら言った。「今集まっている奴らだけだ」
「ん、OK。分かった」
―さっすが外務省の職員…OK一つだけでもいい発音しやがる…いや、それは関係ないか。
その場にいた全員がそう思ったのは言うまでもない。
「雑談はこれくらいにしてそろそろその送り主のところへ行こうか。どこにいるの?連れて行って」
学校法人中山医科大学付属病院千代田総合医療研究センター
夕方、仕事を終えた五人はその送り主のいる病室へ向かった。送り主は新田が言うには逃げるときに足を踏み外して二、三日は入院が必要だという。新田がその病室のドアを開けるなり怒鳴り声が聞こえてきた。
「遅い!何やってたんだお前ら!」眉間にしわをよせながら続けた「LINEもメールもしたのに誰も見ないなんて…どういうことなんだよ」
「ごめんごめん」新田がなだめるように言った。「来たからそう怒らないで。ね?アサミン」
送り主を見た全員はあっけにとられてしまった。
「なーんだ、全部アサミンの仕業だったのかよーつまんねー…」
そう言って真嶋はため息をついた。
「まぁ、アサミンだったらそんなの朝飯前か…」
と山根はもっともな感想を述べた。
「え?メールの送り主のアサミンってこの人!?」浩彦は指さしながら「てっきり女の人のコトかと思ってた」
と正直に答えた。
「何だと!?もう一度言ってみろ浩彦!」
名前にコンプレックスを持つアサミはその反応に噛みついた。
「ちょっと待って!どうしてぼくの名前知ってんの?」
「ん?ああ…ちょっとな」
「まさか君、ぼくのストーカー…」
「んなわけあるかアホ!」
病室全体に聞こえるくらい大きなツッコミだったのは言うまでもない。病室の前を通って行った患者や看護師が振り向いたのが見えた。
「ったくどいつもこいつも…」妙にイライラしながらアサミは続けた。貧乏ゆすりをしているのが見える。「タバコ吸えないから余計にイライラするじゃねーか。オイ、誰か金やるから買ってきてくれないか?hi-lite」
それを聞いた達郎は内田に耳打ちをした「ねぇねぇ、アサミンが入院したのっていうのはさ…」
「ああ…タバコを少しでもやめさせるためだろうな…。アサミン、最近の若者のくせに結構吸っているらしいからな…無理言って難癖つけて入院させたんだろうな…」
「きっとそうだよ。うっちーの言う通りかもしれない」
「しょうがないなぁ…」
言葉の応酬に疲れ果てた遠藤が言った。
「買ってきてあげるからお金とタスポちょうだい」
「いや、その必要はなさそうだな」
「え…?」
「持ってるんだろ?タバコ。それを一本くれよ、エンドゥー」
アサミの一言に皆は驚愕した。遠藤はそれを聞いて慌てて弁解した。
「な…何言ってんの?持ってるわけな―…」
「左の尻ポケット」アサミは続けた。「少し膨らんでいる。そこに隠し持っているんだろう?それにスマホだったらそんなに小さくないし第一、さっきから何となーくタバコの匂いがするんだよ。どうなんだ?エンドゥー」
「……」
アサミの推理に皆が沈黙した。数秒の時が流れたがすぐにそれは破られた。
「…よく分かったね。僕が今日タバコを持っているってこと」
「そいつのことを見ていたら分かるって。それに今日は偶々持っていただけなのも知ってるし」
「仕方ないなぁ…アサミンには負けたよ」
そう言って遠藤はポケットの中にしまっていたタバコを取り出した。
「ゴールデンバットでいい?」
「ああ…」
「じゃあ喫煙室に行こうか」
「えー…いいよここで…どうせ個室だから誰も見ないし」
それを聞いた内田が「いくら個室でもいいわけないだろ?副流煙で全員の肺が悪くなる。ホラ、さっさと喫煙室に行けよ」
と注意を促した。
チッという舌打ちが聞こえた。「分かったよ。誰か車いす押してくれないか?」
「はいはい…」そう言ってアサミと遠藤は出ていった。
「さて、あの二人が帰ってくるまでどうしようか…」
二人を見届けた浩彦が言った。
「あの二人、帰ってくるの遅そうだし…軽く自己紹介しよっか。まだやってなかったし、俺らのこと分かんなくて混乱しただろ?」
そう言って山根から自己紹介を始めた。
「俺は法務省の山根功児。山根とか好きに呼んでくれ。よろしくな!えーっと…」
「時田…浩彦です。外務省に勤めています」
「そっか!よろしくな浩彦!」
山根はにっこりと笑いながら浩彦に手を伸ばし、握手を求めた。浩彦は照れながらもそれに答え「あ、うん。こちらこそよろしく…」
それを見たあとの四人も自己紹介をし始めた。
「おれは厚生労働省の内田のぼる。この中で唯一のノンキャリアなんじゃあないのかな?以後、うっちーで宜しく」
「はぁ…」
「自分は農林水産省の小暮達郎です。達さんと気軽に読んでください。浩彦君…」
「俺は国土交通省に勤めている真嶋時定!で、こっちの男は…」
「ボクは新田輝!よろしくね、浩彦君!」
「うん…」浩彦は少しだけ笑った。「あ、そろそろ見てみようか。例の法案を…」
新田は例の法案をカバンから取り出すと皆に見えるように机に置いた。それを見た浩彦は言った。
「これが例の法案なんだよね?」
「うん…」
「やけに分厚いな。そんなに書くことが多いのか?」
内田が感想を述べた。
「新田君は見たんでしょ?」
「ううん、ボクは一回も見ていない。アサミンに言われてそのとおり動くのに精いっぱいだったから…」
「そっか…」
「俺、見る勇気ないよ…」
真嶋がそういうと山根も同じく答えた。
とその時、アサミが帰ってきた。
「なんだ、まだ見てなかったのか」
「だって…」
「だってもくそもねぇよ。ホラ、さっさと開いてみろよ」
「うん…」
アサミに言われるがまま、浩彦はページをめくった。
「…!!!」
全員が息をのんだ。特にページをめくった浩彦の手は震えている。
「な…何これ…こんな滅茶苦茶な法案、誰が受け入れるっていうんだよ…」
「これってさ、今問題になっているやつでしょ?」新田がアサミに聞いた。「どうやって手に入れたの?」
「…分からない」
「え!?それってどういうこと?」
「だから本当に分かんねーんだよ。三日前、家に帰ろうとしたらいつの間にかオレの机の上に置いてあったんだよ」
「ふーん」山根は頷きながら言った。「それにしてもさよくこんなもの世の中の国民に知らされなかったよね。普通だったら激おこだよ」
「法律で守られているからだろ。この法案の賛成派は特定秘密保護法を悪用したんだよ。だから誰にも…少なくとも国民には知らされていなかったんだ。国を動かすオレたちですら本当のことを知らされていなかったんだ。相当、ギリギリまで隠すつもりだったんだろうな。おまけにマスコミもこれに賛成しているし。オレはそう考える。何か意見は?」
「……」
「アサミン、もう一つ質問していい?」
山根が口を開いた。
「何だ」
「ふつう、法案は一つの省庁が提案するものなのに、どうして今回の法案は全省庁がかかわっているのを前提で書かれているんだ?」
「さあな…」アサミは首を横に振った。「それが分かればお前らを呼びつけたりはしないって。そうだな、しいて言うのなら悪戯。あるいは…誰かが裏ですべてを操っている。とかな…」
その言葉に浩彦は凍り付いた。アサミは時計を見ると安心させるように話を続けた。
「まだまだ疑問に思うことはたくさんあるかもしれない。だが、もう時間切れだ。面会時間はとっくに過ぎている。何かあったらすぐにLINEで連絡してくれ。あと、一日一回は必ずどこかで会えるようにしよう。いいな?」
「はーい」
「じゃあ解散!」
ぞろぞろと病室を出ていく皆をしり目に、浩彦は立ち止まりアサミの方を向いた。
「ねぇ、帰る前に一つ聞いていい?」
「何だ」
「どうして君は数ある職員の中からぼくを…ぼくたちを選んだの?」
アサミはじっと浩彦を見つめた。吸い込まれそうな瞳だった。
「…お前らしかいなかったからだよ。まともな感情を持った人間は本当にお前らしかいなかったからだよ…」
「!」
「答えは以上だ。さぁ帰った帰った」
アサミは浩彦を脅すように追い出した。病室を出たとき待ち伏せているかのように遠藤に出くわした。
「これはこれは…」遠藤はニコニコしながら浩彦を見た。「君と二人っきりで話すタイミングを待っていたんだよ。ゴメンねずっと席を外していて。アサミンと一緒にタバコ吸ってたから…滅多に吸わないけどね。喫煙者は嫌いかい?」
「いえ…そんなことは…」
「あ、自己紹介して無かったよね?」遠藤は言った。「財務省主計局の遠藤道晴。みんなみたいにエンドゥーでいいからね」
「ざ…財務省の主計局!?」浩彦は一瞬自分の耳を疑った。「すごい!エリートじゃないですか!!ぼくなんか目じゃない…」
それを聞いた遠藤は「そうだね。人はそうやって評価するけど、本当かな?僕はそう思わないんだよね…」とさらりと答えた。
浩彦は意味が分からないと言わんばかりに顔をしかめた。
「君は?」
遠藤の質問に浩彦は我に返った。
「外務省総合外交政策局の時田浩彦です…」
「なーんだきみの方がすごいじゃないか!」遠藤はまたニコニコしながら言った。「外交官なんてかっこいいーっ!」
「いえ、そんなことは…」
素直に褒められて(?)浩彦は言葉が見つからず、照れることしかできなかった。
「お互い変なことに巻き込まれちゃったけど頑張ろうね!」
遠藤はそう言って浩彦の手を握った。ほのかに暖かい。これが人間のぬくもりか…浩彦は静かにそう心の中で呟いた。
「じゃあねーバイバーイ!」
「さ…さようならー…」
子供のように手を振りながら遠藤と浩彦は別々の道を辿って行った。
このとき、浩彦は気づいていなかった。自分の身に襲い掛かってくる災難を…
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ミステリー
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雨上がりの夜、警察署から近い空き地で若い男の絞殺体が発見された。その咥内から花びらが見つかり、それを手掛かりにローレンは相棒のジェシカと共に捜査を始める。
鑑識の結果、その花びらは珍しい種類のバラだった。何故、犯人はわざと珍しい花びらを残したのか……?重要参考人はバラ専門店の店員で、誰かを庇っているような……?
証拠探し。尋問。そうしているうちに、新たな遺体が発見された。犯人の目的は?そしてバラの意味とは……?
海外ドラマみたいな感じで書きました。
軽い気持ちで楽しんでいただければと思います。
お気付きの点やご指摘等ございましたら、よろしくお願いします。
君と出逢えて (Meeting you)
若村しおん(Sion wakamura)
ミステリー
ヒロインのエレナは恋人カナタから手紙をもらい、カナタの住むアメリカに行く。
当初は1か月の間、カナタと過ごす予定であったのだが、突然彼が消えて消息不明になってしまう。
戸惑うエレナであったが、彼を見つけ出そうと決心し、一念発起する。
エレナは彼を探してみる中で意外な彼の人物像やその周りに起きる不可解な事件、出来事に遭遇する。エレナは無事に事件の謎を解いて彼を見つけ出すことはできるのか・・??
The heroine, Elena, receives a letter from her lover Kanata and goes to the United States where Kanata lives.
He was originally planning to spend a month with her, but suddenly disappeared and he became unknown.
Elena was embarrassed, but decided to find him.
As Elena looks for him, she encounters surprising part of him and the mysterious events and events surrounding him. Can Elena find the him by solving the mystery of the case safely? ?
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