春の日の追憶

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「ふむ……なかなかに面白い男ではないか」

 シロガネの案内でディンギルが部屋から出て行く。その背中を見送り、星神教の巫女であるその女は愉快そうにアゴを撫でた。
 いかつい顔つきでどう見ても男にしか見えない容姿であるが、正真正銘、彼女は女性である。
 胡坐をかいて絨毯の上に座る巫女に、部屋に残された金色の髪の巫女守が口を開く。

「……無礼な男です。あのような愚物を母様が気にかけることなどありません!」

「そう言ってやるな。英雄と呼ばれる者はいつも常識には囚われぬものよ。あの男の母、グレイス殿も大概に常識を知らぬ御仁だった」

「だけど……! あの男の母様を見る目は許せません! まるで怪物でも見るような目で……!」

 プリプリと怒りながら金髪の巫女守――コガネが頭のヴェールを手で毟り取る。
 薄黒いヴェールの下から現れたのはもう一人の巫女守であるシロガネと瓜二つの相貌であり、作り物めいて整った女性の顔だった。
 コガネは形の良いアーモンド形の瞳をつり上げて、両腕を組んで地団太を踏んだ。

「母様の美しさを理解できないなんてなんと感性の乏しい男でしょう! 鎧のように分厚い大胸筋も、岩山のように盛り上がった三角筋も、凶悪なほど太い上腕二頭筋と三頭筋のハーモニーも……母様ほど美しい女性などこの世にいないというのにっ!」

 コガネがヴェールを噛みながら、「イーッ!」と怒りに声を震わせる。
 そんな娘の姿に巫女が微笑ましげに口元を緩めていると、扉が開いて客人を送って行ったシロガネが戻ってきた。

「お客人がお帰りになられました。お母様」

「ああ、ご苦労。さて……娘たちよ、そこに座りなさい」

「かしこまりました」

 巫女の言葉に、金髪と銀髪の二人が並んで座る。絨毯の上に正座をした彼女達に、巫女は長い髪をかき上げながら言葉を発した。

「さて、我が愛しい娘達よ。あの男、ディンギル・マクスウェルのことをどう見る?」

「無礼で見る目のない男。取るに足らないゴミです!」

「…………」

 一も二もなく断言するコガネに対して、シロガネは顔を伏せて考え込む。

「シロガネ、お前はどうだ?」

「底の見えないお方です。英雄だと言われればそんな気もしますが、不思議とそれを感じさせない柔らかな物腰のお方です」

「ほう、なるほどな」

「……シロガネは深く考えすぎです。底の見えないというよりも軽薄なだけじゃないですか! おまけに母様の筋肉の美しさを理解できないなんて、あまりにも芸術性に欠けています!」

 相棒を横目に睨んで、コガネが不満そうに唇を尖らせた。

「お母様の美貌が理解できないというのはたしかにお可哀そうですけど、たんに趣味が異なるだけではないでしょうか? 彼はこの地に来てから、私の尻を15回、胸を12回ほど目を向けていました。コガネのことも気にしていたようですし、どうやら細身の女が好みのようですね」

 自分の胸元に手をあてて、なんでもないことのように言うシロガネ。
 首を傾げる相方へとコガネはさらに双眸をつり上げた。

「ますます理解できません! 美の化身たる母様を差し置いて私達に秋波を送るなど……ああ、思い出すのもおぞましい!」

 身体にこびりついた男の視線をぬぐい落とそうとしているのだろうか、コガネは自分の肩や胸元を何度も手で払った。
 そんな潔癖な姿を見せる金髪の娘へと、巫女は優しく語りかけた。

「世には細身の女を好む男もいるということだ。我が娘を気に入ったのであれば、やはりあの御仁は信用ができるよ」

「だけど、母様……」

 なおも納得できずに不機嫌な顔になるコガネ。
 愛らしく頬を膨らませる娘に、巫女は雄々しく口端をつり上げて笑った。

「もっとも、だからといってあの男に世界の終末を変えることができるかとなれば別の問題だ。グレイスの息子であれば期待できるのだが……」

 巫女は少し遠い目をして、ガッチリとスジの浮き出た拳を握った。

「運命に名を連ねることなき男。血を残すことができぬ不死者のはらより生まれし異形の仔。かの者が終末に現われし邪神を討ち滅ぼす資格があるのかどうかを見極めてくれよう」
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