リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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断ち切れぬ想い

因果【三人称視点】

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 ピュイー…と鳥の鳴き声とともに、半透明の鳩が1人の老人の手に止まった。魔力を持つものだけが扱える伝書鳩が届けられたのだ。
 伝書鳩を開封すると半透明の鳩の嘴から、彼の孫の声が聞こえてきた。

『フェリクスの属性が判明しました。水と雷の混合型だという結果です』

 その報告に老人は拳を握る。
 普段は青白い顔に赤がさして顔色がよく見えた。

「誰か! 誰かいないか!」
「はい、どうかなさいましたか大旦那様」

 寝たきりの老人の近くにはいつでも駆けつけるように常時使用人が待機している。主人の及びにそばに寄った使用人は御用を聞こうと寝台そばに控えたのだが、老人の口から飛び出した言葉に耳を疑った。
 これから外出をするから準備を手伝ってくれと言うのだ。

「…大旦那様、ですがお体が…」
「大丈夫だ! 今なら歩くくらい余裕だ!」

 老人は寝台から起き上がれないほど状態が悪いというのに、自力で歩くと言うのだ。
 当然ながらお世話をしている使用人たちは止めた。体力が落ちている状態で外出すれば、あとになってツケを払うことになるかもしれない。だからまずは体調を整えてから外出しましょうと提案したのだが、老人は今すぐ出かけると言って聞かない。

「ひ孫とルーカスの嫁を出迎えるために準備をしなくては!」

 体が弱い老人の兄弟は皆もれなく遺伝病を併発して、先に亡くなっていった。現在、兄弟の中で生き残っているのは彼ただ一人だけだった。
 妻には先立たれ、年を追うごとに身体の不自由さが増していく。きっと自分も近い内に旅立つことになるだろうと覚悟していたところに、まさかのひ孫誕生の情報がもたらされた。
 
 生きている内にひ孫に会えるとは思ってなかった老人は歓喜した。
 その情報が彼の消えかかった「まだ生きていたい」という感情に再び火を灯したのである。

 お相手は孫の同級生で、天賦の才能を2つも持つ女性だ。市井出身の彼女が産んだ子は、顔立ちがルーカス似で、健康的かつ元気な男の子だったと、息子と息子嫁に話を聞かされた時から、いても立ってもいられなかった。
 長きに渡った近親婚の歴史による弊害は子孫にまで影響したが、ひ孫の代でようやく血が薄まったのだと安心した。彼はその子と会える日を楽しみにしていた。

 この度のひ孫の魔力属性の報告に、老人は更に調子を上げた。水属性は父親のルーカス譲りだが、雷属性は曾祖父である彼と同じ属性だ。
 間違いなくその子はクライネルト家の次世代を継ぐ赤子だ、と老人は歓喜に震える。何もせずにはいられなかった。 

 心配して止めようとする使用人に無理を言って馬車を走らせた先は、上流階級御用達の百貨店である。立ち並ぶ高級品の数々に物怖じすることなく、足を踏み入れた老人はそばにいた従業員に「赤子用の商品はどのフロアになる? それと若い女性が好みそうなお菓子やお茶はどちらかな?」と尋ねた。

 付き添いの使用人たちが気を遣って、車輪付きの椅子に座っているようにと勧めるが、老人はそれを固辞して杖をつきながら自分の足で歩き、実際に商品を見てはそれを店員に注文していく。

 あれも必要、これもいる、そっちも買うと値段の計算もせずにどんどん注文していくものだから、商品の山が出来上がっていく。
 大胆な買い物の仕方をする老人はひときわ目立っていた。

「これはこれはクライネルト様、ようこそいらっしゃいませ。ご連絡いただけたらお出迎えができましたのに」

 クライネルト家は貴族ではないが、貴族でもおかしくはない歴史のある旧家。そして資産家でもあるため、百貨店のお偉いさんは商売の匂いを嗅ぎ取ったらしい。手もみしながら、腰低めに応対する。

「気にせずとも良い。私はただ買い物に来ただけの客だ。他の客と同じ扱いをしてくれたらそれだけで」
「いえいえ、そうは参りません。どうぞ、商談室でゆっくりお話をお聞かせくださいませ」

 支配人からの特別扱いのお招きに老人は渋い顔をした。
 彼はおしゃべりをしに買い物に来たのではないのだ。

「しかし、今日は買うものがたくさんあるんだ。ひ孫が生まれたから、大急ぎで準備を進めたい。のんびりしている暇など」
「それはそれはおめでとうございます! お席でも選べるよう、投影術を使った商品紹介をさせていただきます。さぁさぁどうぞ」

 自分の足で見て回りたい気分だった老人の細い体を支配人がさぁさぁと促す。老人は少し不満げだったが、支配人に引きずられるように商談室という名のお得意様特別室へと引き込まれていったのである。

 その後ろから、これまで注文した商品を運んで行く従業員が列を連ねた。とにかく品数が多く、各売り場から応援を呼んで運搬している状況だ。

「あら、クライネルトのお爺様…? そこのあなた、是非クライネルトの前当主様とご挨拶させていただきたいのだけど」

 老人のことをよく知る女性がそこに声を掛けてきた。
 薔薇色のドレスに身を包んだその女性はニッコリと微笑み、貴婦人然としている。貴色の黒髪を巻いて背中に流した彼女はこの百貨店のお得意様だった。そのため従業員の覚えはよく、名前と顔を覚えられているのは当然であった。

「申し訳ありません、フロイデンタール様」
「これから大切な商談が始まるので。とにかく今回は品数が多くて……」

 従業員が荷物を抱えたまま申し訳無さそうに謝罪すると、ドロテア・フロイデンタールは怪訝な表情を浮かべた。
 彼らの腕に抱えられているものに違和感を覚えたのだ。

「……それは、赤子用の? 贈り物か何かかしら」
「はい、ひ孫様がご誕生されたとのことで、とてもお喜びのようですよ」

 従業員が何気なく漏らした言葉に彼女の濃い眉がピクリと動いた。

「……ひ孫? 誰の?」

 老人はクライネルト家前当主。子息はクラウスとブレンの2人で、ブレンは結婚しているものの、子供には恵まれていないはず。
 もしかしたら自分の知らないところで子どもがいて、その子が子を生んだのだろうか…? とドロテアが考えを巡らせていると、従業員は悪気なく話した。

「ルーカス様のご子息です」

 ベビー用品一式や玩具だけでなく、若い女性が好みそうなお茶や焼き菓子、小物などが山程運び出されていく。
 それらは全て、ルーカスの子どもとその母親である女性のためのものだという。

「……なんですって?」

 先程まで優雅に笑っていたドロテアの顔は表情が抜け落ちて真っ白になっていた。

 彼女は知らなかったのだ。
 自分の欲を優先して、ルーカスを手に入れようとしたあの日の晩、ふたりが一線を越えたことを。そして、リナリアはルーカスの子を身ごもってしまったことを。

 リナリアを引き剥がすためにしたことだったのに、奇しくもドロテアがふたりを結ばせた形になってしまったのだ。
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