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断ち切れぬ想い

女神の干渉【三人称視点】

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 目をつぶって優しい微笑みをたたえた石像はいつも子どもたちを見守っている。
 女神フローラ。彼女は生きとし生けるものの母である。
 彼女は誰よりも慈悲深く、ときに残酷になる唯一神。
 人々は古来より彼女に尊敬と畏怖を込めて信仰してきた。

 その女神に親しい位置にいると言われているのが、大巫女と呼ばれる存在だ。彼女たちは女神から特別な加護を頂いていると言われている。
 厳しい戒律の元、清貧に生きる彼女たちは日々女神に祈り、しもべとして女神に奉仕する。彼女たちは国の最高神職者であり、人々から尊敬される存在だった。

 このシュバルツ王国の大神殿にも、女神を敬愛し、深い信仰心で付き従う大巫女がいた。彼女の名はアレキサンドラという。


「──大巫女猊下、なぜ捜索依頼が出ているリナリアを保護したとご報告くださらなかったのですか?」

 ひとりの青年の問いかけに対し、大巫女アレキサンドラは感情を伺わせない瞳でちらりと目配せした。

「……私の元へは、訳があって姿を隠さなくてはならない女性がたくさん駆け込んできます。それを庇っているだけですわ」

 何らかの理由で逃げてきた女性たちの居場所を知らせたら生命の危機すらある。本人が逃げてきたのだというのだ。保護するのは当然のことで、責められる謂れはない。私にはそれだけの権限がある。
 アレキサンドラがそう態度に示すと、青年は眉間にぎゅっとシワを作っていた。

「それでも……彼女のご両親は心配して、友人たちも休みを見つけては必死に捜索してきたんです。…確かに僕は、彼女をひどく傷つけてしまいました。それでも彼女への想いに偽りはなく…」

 自分への情けなさなのか、青年は苦しそうに拳を握りしめていた。
 彼女は妊娠していることを周りに必死に隠し、そして親でも友人でも自分でもない、別の人達に支えられて出産した。知り合って間もない赤の他人へ助けを求めたのだ。
 口には出さないけれど、彼女の両親もそれを気に病んでいた。

 リナリアは確かに望んで失踪したのだろう。自分のせいだとわかっている。でもだからこそ、もっとやりようがあったんじゃないだろうか。
 ルーカスもわかっていた。これは大巫女に八つ当たりをしているのだと。だけどどうにももやもやしてすっきりしなかったのだ。

 アレキサンドラは小さく眉を動かした。しかし彼女の表情は大きく変わらなかった。悠然とした態度を崩さず視線をそらすと、石でできた女神フローラ像を見上げていた。

「……あなたがどうのというわけではありません。女神様がそうせよと仰ったのです」
「え…?」

 アレキサンドラの意味深な言葉にルーカスは俯いていた顔を上げた。
 それはまるで、気まぐれな女神が何かを知っているかのような言い方で違和感を覚えたのだ。

「巷で起きている連続婦女行方不明事件に女神様は心を痛めておいでです」
「あの、それはどういう…リナリアが次に狙われるということですか?」

 女神から予言を下されたのかと、ルーカスはもう少し詳しく話を聞こうとしたが、アレキサンドラはその問いに答えなかった。
 まるで、リナリアが狙われているから、一時的に保護していたみたいな言い方をする。そこまで言っておきながらそれ以上の発言はできないと拒絶されたルーカスは焦燥感に駆られた。

「私は女神の娘として正しいことをしたまでです。あなた方には彼女を守れないから」
「……! 大巫女猊下、それは一体」
「レナード、お見送りを。私は女神様にお祈りしてまいります」

 それ以上のおしゃべりはお断りだと意思表示したアレキサンドラは最も信頼している神殿騎士に青年を追い返すように命じた。

「畏まりました」

 忠実な神殿騎士は大巫女の命令に従い、青年を半ば力任せに大神殿から追い出した。
 追い出されたルーカスはしばし呆然と大神殿を見上げていた。
 彼はただぼんやりしていただけじゃない。先程のやり取りを思い出して考え事をしていたのだ。

 アレキサンドラがヒントを出すかのように漏らした単語の数々。
 在学時からリナリアの周りをうろついていた怪しい人影。
 未だに未解決の事件…
 ……何者かが未だにリナリアを狙っている。
 もしかしたら卒業したと同時に誘拐されていた可能性もあったということなのだろうか。

 だけどリナリアが失踪したことで相手の目論見は潰えた。
 大巫女様は女神に予言を下されて、彼女の姿をこの街の敷地内に隠していた。職場で姿を偽っていたのも、リナリアの容姿は目立つから、狙われないように。
 ……リナリアが一緒に生活していた女性は、あの事件の被害者のうちのひとりだ。

 女神フローラは一体どういう考えで彼女たちを引き会わせたのだろう。

 これはあくまで自分の憶測かもしれないとルーカスは思った。
 だけど考えれば考えるほどそうとしか思えなくなった。
 でなきゃアレキサンドラはあんなことを言わないだろう。ただでさえルーカスは印象が悪いのに、あそこで予言の一部のような言葉を漏らされたのは他でもないリナリアのため。
 今度は自力でなんとしてでも守りなさいと遠回しに命じられたような気持ちにさせられた。

 ルーカスは小さく息を吐くと踵を返し、神殿の結界を出たところで転送術を使った。

 今日は息子のフェリクスの魔力属性を調べに行く日なのだと聞かされていたのだ。
 歓迎はされないのは十も承知だが、自分の血を分けた我が子の特別な日には同席させてほしいとルーカスは頭を下げたのだ。

 彼女だけでなく彼女のご両親からはまだ許しを得ていない。だけどルーカスは諦める気はなかった。
 今日も顔を出せば彼女のお父さんに殴られるかもしれないが、何度でもその拳を受け止めるつもりでいる。彼女の痛みに比べたら軽いものだから。

 今度こそ彼女を傷つけない。自分の命に懸けて守ってみせるんだ。
 今一度、ルーカスは自分にそう誓ったのである。
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