リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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乱れる乙女心

親心

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 黒髪の女性が「さぁさぁ帰った帰った」と追い立てるようにルーカスを追い出した後、大巫女様が私へあなたの未来に幸多からんことを、と言葉を掛けてくださり、神殿騎士達を連れて出ていった。

 家に残されたのはすやすや眠るフェリクスと私とウルスラさん。
 私達は夕食を食べていなかったけど、もう食欲も起きなくてすぐに就寝した。実際には浅い眠りを繰り返すだけで、余計に疲れただけだったんだけど。


 翌朝は日が昇る前に起きて荷造りした。それを収納術でおさめると、私はフェリクスを抱っこして玄関前に立った。

「ウルスラさん、これまで色々とお世話になりました。本当にありがとう。これ、今までのお礼も兼ねて包んだから」
「いいの、それはフェリクスのために使ってあげて。生活費と乳母としてのお給金を十分すぎるほどいただいたから大丈夫」

 ウルスラさんにお餞別として心ばかりの贈り物をしようとしたが、辞退されてしまった。
 私としてはお給金以上に助けられ、お世話になったので受け取ってほしかったけど、本人がそう言うならフェリクスのこれからのために使わせてもらう他ない。

「フェリクス、さよならよ。私のこと忘れないでね」

 フェリクスの顔を覗き込んで別れの挨拶をするウルスラさんは、離れ難そうな哀しい表情をしていた。
 実の我が子のようにフェリクスを可愛がってくれたウルスラさん。まだまだ幼い赤子のフェリクスは自分の置かれた状況が理解できず、いつも面倒を見てくれるお姉さんをぼんやりと見上げるのみだった。

「では出発しましょうか」

 お迎えはすでに来ていた。私達を実家まで送るために世にも珍しい乗り物を用意してくれたようで、隣近所の人が見物目的でめちゃくちゃ集まっている。
 黒髪の高等魔術師、デイジーさんが移動手段に用意した金色のドラゴン(※ドラゴンは絶滅危惧種)の巨体に取り付けられた大人が5人くらい余裕で乗れる大きくて頑丈なカゴに乗ると、金色のドラゴンが羽根を広げた。そして一気に空高くへ上昇する。

 大神殿のお膝元である街が遠ざかっていく。見送りに来てくれた近所の人達がアリみたいに小さく見えた。
 …あの中にウルスラさんも含まれているだろう。

 ──高い。これは学校で大きな樹木を生やしてしまった時よりも高い場所を飛行しているぞ。カゴの縁をしっかり握って地上を見下ろした私はその高さにゴクリと生唾を飲み込んだ。
 下を見ると足がすくむ。上を見ようと思ったら、運んでくれている金色のドラゴンのお腹が見える。…すごい光景だ。

「…ドラゴンに運んでもらうのは初めてです」
「絶滅危惧種だからね、なかなかないと思うよ」 

 そう、絶滅危惧種な上に人馴れしない生き物なのにどうしてドラゴンを使役してるんだろうこの人。何者なの一体。
 色々不思議だったけど、会ったばかりの人だったので根掘り葉掘り聞くのはよしておいた。

 何も邪魔するものがない空をぐんぐん進んでいると、空を飛んでいる鳥たちとすれ違った。地上で見る空よりもっと青い色が目に染みる。
 在学中最後の休暇は不審者の問題で帰れなかったので、実家に帰るのはなんだかんだ約2年ぶりになる。──両親はどんな顔をして出迎えるだろう。


 途中フェリクスがぐずるかもしれないなと思ったけど、そんなことはなく。空の旅は何事もなく穏やかに終わり、目的地まで到着した。馬車だとそこそこ時間のかかる距離も、ドラゴン便だったらすぐだった。
 飛行の際に強風にあおられたため、ボサボサになった髪を手ぐしで整えるとカゴから降りた。

 降りた先は実家のブルーム商会の倉庫前の広場だ。
 普段はそこに荷物を運ぶための馬車が留まっているのだが、今は何もなかった。まだ朝だからかもしれない。

「ドラゴン!? 本物!?」
「人を載せて飛行してきたって!」
「今も存在したんだ…」

 広場周りには人が大勢集まっていた。それはブルーム商会の従業員だけでなく、街の人達も揃って金色のドラゴンに騒然となっていた。
 空を大きな生き物が飛んでいたのを大勢の人が目撃したとかで、興奮の声、畏怖の声があちこちから飛んでくる。

『やかましいな、私は見世物じゃないぞ』

 不機嫌な声でぼそっと呟く少女の声が聞こえたので振り返ると、金色のドラゴンが目を細めて群衆を睨みつけていた。
 人に懐いている珍しいドラゴンとはいえ、誰にでも愛想がいいとは違うらしい。威嚇するように大きくて太いしっぽを鞭のようにしならせて地面に叩きつけると、周りの人たちはドラゴンを恐れて後ずさっていた。

「…リナリア?」

 後ろから疑問風に呼びかけられた名前。その声は聞き覚えがある。数年離れて暮らしていたとしても忘れるわけがない。
 私はフェリクスを腕に抱いたまま、恐る恐る振り返る。振り返った先には少し老けたように見える両親の姿があった。

「…お父さん、お母さん」

 私の声は震えていた。
 彼らは今の私を受け入れてくれるだろうか、拒絶されたら私は立ち直れるだろうかと不安で仕方なかった。

「リナリア、その赤子は」

 呆然としたお父さんの言葉に私はビクッとした。
 会ったらちゃんと説明するつもりだったけど、実際に前にすると口が開けなかった。

「今までどこにいたの!? どれだけ心配したと思っているの!」

 お母さんから放たれた叱責に私は身を縮めた。叩かれるかもしれないと思って目をつぶって痛みに身構えたが、訪れたのは温かい腕の感触だった。

「事件に巻き込まれたんじゃないかってお父さんもお母さんも毎日心配で不安で、生きている心地がしなかったのよ…!」
「ご、ごめんなさいお母さん」

 普段は声を荒げたりしないお母さんが感情をあらわにするのは珍しい。それほど私は親に心配させていたのだ。

「リナリア、おかえり。よく帰ってきた」

 背中側からお父さんに抱きしめられ、私は両親にサンドされた。
 何故私は両親に軽蔑される、迷惑を掛けてしまうからと失踪することを選んでしまったのだろう。結局自分が嫌われたくないからって自分のことしか考えていなかったんじゃないだろうか。
 両親はこんなにも私の帰りを待ちわびてくれていたのに。
 私は親不孝者だ。

 同行者であるデイジーさんに「ここじゃ人目があるから」と指摘されてブルーム家の応接室に入ると、私の事情を知っているデイジーさんは両親に向けて簡単な自己紹介をした後に大まかなことを代弁してくれた。

 私が在学期間中に同級生と関係を持ち、妊娠してしまったこと、そして1人で産んで育てるために誰にも言わずに失踪を選んだこと、親切な女性に匿ってもらい、今は大巫女様のお膝元に身を寄せて、紹介された仕事をしていること、1人で育てているのではなく、同居している女性が乳母として面倒みてくれていたことなど。
 私一人じゃ冷静に話せなかったと思うので彼女の気遣いがありがたい。

 話を聞き終えたふたりは怒っていた。
 婚前交渉を許したこともあれだけど、妊娠を隠して失踪した私の行動全てが無謀で後先考えていないことであると叱られた。
 それでもどうしても産みたかった。殺したくなかったと私が泣きながら言い訳をすると、ふたりとも渋い顔をして黙り込んでしまった。
 しばらく、部屋の中は沈黙が流れる。


 自分がいると混み合った話ができないだろうからと気を遣ったデイジーさんが家の外で待っていると言って退出した後、沈黙を破ったのはお母さんだった。 

「相手は、ルーカス君なのね?」

 その問いに私は無言で頷いた。
 相手が誰かと探る前に一瞬で見破られてしまったらしい。この子は父親似だから仕方ないか。

「…合意の元だったのよね?」
「そう。だからルーカスだけが悪いわけじゃないの」

 それだけははっきりさせておきたい。私は朝を迎えるまでは幸せな気持ちでいっぱいだった。ルーカスに行為を強要されたわけではないことははっきり強調しておいた。

「あいつ、人の娘を傷物にしておいて、だんまりってか…!」
「関係を持った後からずっと私が彼を避けていたの。色々と事情があって」

 お父さんがここにはいないルーカスに対して怒りをあらわにしていたので、一応弁解をしておく。

 すれ違いがあったのもあるけど、私がルーカスとの対話を拒絶したのもこじれた原因の一つだ。
 それに、関係を持ったということは簡単に口に出せる内容でもないので、ルーカスがそのことを周りに吹聴しなかったのは仕方のないことだと思っている。

「避けていたって、どうして? 喧嘩したの?」
「…話したくない」

 いくら親だとしても聞かれたくない話の1つや2つはある。私が黙秘を選ぶと、お母さんはそれ以上そのことを追及するのはよしてくれた。

「ルーカスとのことはもういいの。私はこの子をちゃんと育てあげることに集中したいから」

 そうだ、身分を偽っていた職場はどうなるだろう。今更身分を明かしたらやっぱり問題ありってことで契約打ち切りになっちゃうのかな。
 今はある程度まとまったお金があるけど、いつか底をつくだろう。この子のために働かなきゃ。

「今日はね、デイジーさんに説得されて私が無事な姿を見せに来ただけなの。お父さんとお母さんにこれ以上迷惑かけるつもりはないから」

 子ども一人育てるのにも結構な手間とお金がかかる。それを両親に甘えて寄りかかるつもりはないからと告げると、両親は私の腕の中にいるフェリクスを見て複雑な表情を浮かべていた。
 けれど私やこの子を拒絶するような発言はひとつもしなかった。

「世間の目は厳しいかもしれないけど、生まれてきた子には罪はない。4人で再出発しよう。」
「…お父さん」
「そうよ、3人も大人がいればこの子も心強いでしょう」
「お母さん…」
 
 それだけで2人の優しさが十分に伝わってきた。
 最悪受け入れられずに、二度とこの家に入れないかもしれないと覚悟してきたのに、両親は私とフェリクスを受け入れてくれた。

 私は親としてまだまだなのかもしれない。
 親として十何年も先輩である両親には敵わない。
 私は子を生んだ事で一人前になったつもりだったのに、親を前にしたら母親じゃなくて娘に戻ってしまい、私の涙につられたフェリクスと一緒にびゃーびゃー泣いて両親を困らせてしまったのである。
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