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乱れる乙女心

兆候

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 1ヶ月の休みは孤独で退屈で長く感じた。
 しばらく泣き濡れていた私だけど、こんな姿を友達には見せられない。彼女たちが戻ってくる前に気分を入れ替えて前向きにならなきゃ。
 泣いていたって私の純潔が戻ってくるわけじゃない。利用された事実は消えないのだから。
 時間がこのつらい気持ちを癒してくれるはずだ。今はつらいけど、そのうち運が悪かったと一笑できるようになるかもしれない。


 休み明け直前になると、寮に戻ってきた学生たちで領内は再び賑わいをみせた。人の気配が今の私には安心感を与えてくれた。
 ひとりだった部屋にも同室者のニーナの気配があるだけで大分落ち着く。

「う゛ぅ…」
「……ニーナ、大丈夫? 薬いる?」

 休暇前は私が寝込んでいたけど、休暇明けになると今度はニーナが寝込んでしまった。

「病気じゃ、ないから……」

 彼女は月の物による下腹部痛に苦しんでいた。今月はやけに重いらしく、うめき声を漏らすほど痛いみたいである。だけど薬は必要ないと固辞され、私は少し迷った。

 せめて体を温めてあげようとハーブティーを用意してあげることにした。身体が温まれば少しはマシになると思ったから。
 お湯を沸かして愛用のハーブティーの葉を入れたポットに注ぐ。
 ふわりと香るカモミールとジンジャーの匂いに目を細め、ふと引っかかった事があった。

 ……そういえば、月の物が来ていない。
 壁に貼っているカレンダーを見て、余計に疑問が湧く。半月以上前に来ててもおかしくないのに。
 遅れてる……?

 お腹に手をやって私はあってはならない可能性に気が付く。

 そんなまさか、どうしよう……
 体の中に入ったものはすべて流しきったつもりだった。
 それじゃ駄目だったんだ。


◆◇◆


 もしかしたら単に周期が遅れているだけかもしれない。忘れた頃に来るかもしれない。
 そう信じようとしたけど、新学期が始まっても月の物は訪れなかった。

 どんどん現実味を帯びてきた事実に私は一人悩んでいた。
 これが新学期前なら良かったけど、学校が始まったあとは外に出られない。堕胎薬を買いにいくことは叶わないのだ。しかも処方の記録は残る。それを誰かに見られたらと思うと尻込みしてしまった。


 誰かにこのことを相談する?
 でも言ってどうするの。怒られたり軽蔑されるだけじゃないの? 

 どうしよう、どうしよう。お父さんとお母さんに……うぅん、尚更相談できない。失望されちゃう。
 友達にも言えない。ましてやルーカスになんて。


 だけど、私一人で生んで育てるなんて絶対に無理だ。

 こうなれば自分で作るしかない。子を流す効果のある薬草類を薬に詳しくないお母さんに送ってもらうように頼んだ。
 誰にも頼れない状況で苦手な薬作りを空き教室で行った。図書室で借りた薬辞典に載っている堕胎薬。

 彼に言われた通り、手順を守って丁寧に作る。……作っている最中も彼の顔がよぎって気が散ってしまう。
 あんな人、嫌いになれたらいいのに、私の心に居座って傷つけて乱していく。今は憎くて仕方ないのに、どうして思い出しちゃうのだろう。思い出しても辛いだけなのに。


 そうして出来上がったのはそれらしい薬だ。多分堕胎薬のはず。
 私は深呼吸した後にそれを飲もうとした。コップのふちに口を付けると、カチカチと歯がぶつかる。どうやら私は震えているらしい。

 そりゃそうだ。この薬を飲めばこの子を殺すことになるのだから。
 私一人が子殺しの咎を背負うことになるのだ。
 私をこんな目に遭わせた彼は痛みも感じず、咎を負わず、心も傷めず、私だけが傷つくんだ。

 そう思うと、怒りや悲しみがない混ぜになった憎しみでいっぱいになった。どうして私だけが苦しまなくてはならないのって。

 ……できない。私にはこの子を殺すことなんか出来ない。




◆◇◆




 先程まで私は実技場で授業を受けていたはずだ。
 それなのに目が覚めるとそこは見慣れた医務室の天井だった。

 私がそのままボンヤリしてると、キルヒナー先生が様子を見に来た。

「気がついたのね。ブルームさん、授業中に倒れたのよ。恐らく貧血ね」

 はい、と言って渡されたのは鉄分を含んだ造血剤だ。
 鉄臭くて美味しいとは言えないけど、飲むしかあるまい。

「血相を変えたクライネルト君が抱きかかえて運んでくれてのよ。お礼を言っておきなさいね」

 キルヒナー先生がもたらした情報に私はギュッと眉間に力を入れた。

 ……ルーカスが?
 なにそれ、今になって親切なところを見せようとしてるの? 罪滅ぼしのつもりなのかしら。

「様子見で今夜は入院ね。なんだか痩せたみたいね」
「……食欲がなくて」

 胃がムカムカして食べ物が受け付けないとは言わない。変な勘ぐりをされてしまう。精密検査とかされたらかなわない。

 私の具合を診るために診察するキルヒナー先生に不審に思われないか緊張していると、彼女に顔を覗かれてギクッとした。

「顔色も悪いし……暑気あたりかしら? 今年はいつもより暑いものね」

 勘違いされたことにホッとする。
 妊娠してることを誰にも気付かれたくなかった。どうにかして隠したかった私は平然を装いつつ、心臓がバクバクしていた。
 バレたら間違いなく堕胎を勧められる。それが公に知られると退学になるかもしれない。なんとか誤魔化さないと。

「軽く食べられるもの持ってくるわね。暑気あたりにはさっぱりしたものが一番よ」

 先生は造血剤が入っていたコップを下げると一旦退出していった。それから1分もしないうちに戻ってきたのたけど、彼女の手には何も無かった。

 あれ、食べ物持ってくるんじゃ? と疑問に思っていると、彼女は言った。

「クライネルト君がお見舞いに来てくれてるわよ」

 その言葉に私は全身から血の気が引いた。

「あ、会いたくありません」

 私は首を横に振って面会を拒否した。
 キルヒナー先生にはそれが意外に見えたのか、不思議そうに首を傾げていた。
 
 なんなの、なんで会いに来るの。
 ルーカスは一体なんのつもりなの。
 もう何もかもメチャクチャなのに。
 
 仲良くしていたから余計に、ルーカスにされたことが許せない。
 愛を語っておきながら貴族塔の一室にひとり置き去りにされた朝の事を思い出すと、悲しくなってしまう。

 側にいてほしかった。愛してると言われたあの言葉を信じたかった。まんまそれを信じた自分が馬鹿みたいで、惨めで、思い出す度に頭を掻きむしりたくなる。
 あなたなんか大嫌いと、二度と話したくないと面と向かって言ってやればいいのに、私には彼を無視するのが精一杯だった。

 キルヒナー先生が断ってくれたお陰で、彼と顔を合わせずに済んだ。
 だけどまた顔を合わす機会はあるはずだ。どうにかして避けなくては。


 医務室から女子寮へ戻る道すがら、回避する方法を考えていた私は考え事をしていて少しばかり周りに無防備になっていた。

「ごきげんよう。……少し、お時間よろしくて?」

 黒髪の美しい彼女は私が断るとはまるで思っていないような口ぶりだった。
 待ち伏せするかのように立ち塞がった彼女の姿が目に入ってきた時、ルーカスの子どもを妊娠した事を知られるのが一番危険な人物は誰か、万が一知られた場合どうなるか、その可能性に気づいてしまったのである。
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