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乱れる乙女心
足踏み状態
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『ごめん、リナリア。今日はわざわざ来てくれたのにあんなことになって』
クライネルト家に訪問したその日の帰り。行きと同様に馬車に同乗して送ってくれたルーカスが申し訳なさそうに謝罪してきた。
『確かに色々驚きはしたけど……ルーカスのご両親とお会いできて嬉しかったからいいのよ。素敵なご両親ね』
これは本音だった。
好きな人のご両親がどんな人だろうと想像していたけど、ルーカスのご両親って感じの素敵な人たちだった。あの中にいると、私が家族の一員になれたような気分になって楽しかった。
『良かった、あんなことがあったから印象悪くなったんじゃ、って両親が気にしていたから』
『そんなことないわ! 気にしないでって伝えておいてちょうだい』
印象が悪くなったのはドロテアさんに対してだからとは口には出さないけど。
──そんな騒動があった休暇も終わり、学校では後半期が開始された。
5年生の後半期は本格的に就職活動や受験で忙しくなる頃のようで、クラスメイト達は試験勉強や面談対策で忙しそうだった。それは友人達も同様だ。
イルゼやニーナは希望の魔法魔術省の就職内定枠を勝ち取るために採用試験勉強に面談の練習にと忙しそうだった。
そして普段は読書して静かに過ごしていたルーカスも大学校への入試対策として勉強している姿をよく見るようになった。
他の人もそうだ。試験前でもないのに、これまでよりも勉強している生徒が増え、教室内はピリつくようになった
私は未だに動物関連の就職先を吟味している最中だ。
本当は休暇中にひとつくらい見学に行こうかと考えていたんだけど、都合がつかなくて流れちゃったというか。早く決めて私も面接対策とかしなきゃいけないんだけど……
現在こんな状況なので、ルーカスに見ていてもらったいつもの自主練習はひとりでするようになった。ルーカスからは練習するときは必ず声を掛けることと念押ししてきたけど、彼の進路の邪魔をしたくないのだ。
それにいつまでも甘やかされたら、卒業したとき私は一人じゃ何もできない子になってしまう。それは私のためにも彼のためにもならない。
卒業したら一緒にいられなくなるんだ。
それに今のうちに慣れておかなくては。
そうは思っているけど、私の心に残るのは寂しい気持ちだけだった。
周りが将来にむけて一心不乱に努力する姿を横目に私も置いて行かれないように必死に食いつくのが精一杯だった。
◆◇◆
クラスの人たちがピリつくものだから自分まで緊張して神経質になってしまっていたみたいだ。あっという間に後半期を終えて5年生を修了したときは肩の荷が下りたような心境だった。
実家に帰ると妙に安心してしまって、翌日は昼過ぎまで眠ってしまった。
そして、前もって先方から連絡があり、家まで直々に動物関連施設の担当者さんがスカウトしに来てくれた。
自分から行こうとは考えていたんだけど、長期休暇の間しか学校の外に出られないこともあって、なにも行動に移せなかったから先方を焦らしてしまったのかもしれない。
「はじめましてブルームさん、私はシュバルツ王立生物保護検査機関から参りました、ハネスと申します」
保護機関の職員さんをブルーム商会の談話室に案内すると、お母さん同席の上で挨拶もそこそこにお仕事内容を紹介された。前もって学校を通じたお手紙で色々伝えてもらっていたが、親が同席している場でもう一度詳しく説明してくれたようだ。
「給与に関してですが、最初の1年は見習い期間として先輩職員についてお仕事をしてもらうことになります。基本給が……」
休日や基本給、その他の支給等の待遇のお話をされたけど、お母さんが2回くらい聞き返していた。金額間違ってない? って。
やっぱり魔術師として働くと給与水準が高いんだなぁとしみじみ実感する。
就職希望者には全員に試験と面談を行っているとのことだ。就職試験を受ける気があれば、いついつまでに願書を提出してほしいと言われ、一旦説明が終わった。
「……とまぁ、他の希望者にする説明と同じ内容を話させて頂いたのですが……リナリア・ブルームさん、私どもはあなたの稀有な才能を見越して是非ともうちで一緒に働いていただきたい」
通心術と変幻術は間違いなく重宝される、是非とも私の力を貸してほしいと熱弁されてしまった。
「はぁ……私は魔力がないのでよくわからないのですが、リナリアの能力はどういう風に役に立つのでしょうか?」
魔法はずぶの素人どころか無縁のお母さんが何気ない疑問を漏らせば、ハネスさんは目の色を変えた。
「通心術士は引く手あまたですよ! しかも自由自在に動物へ変幻できる変幻術は、動物や魔獣の警戒心を緩めることでしょう。彼女は人間以外の何かに変化したまま通心術が使えますからね。特に私どもの仕事は言葉の通じない生き物相手ですから、彼女の能力がうらやましくて仕方ありません」
どんなに頑張っても手に入らない領域があるのだ、と悔しそうに話すハネスさんの勢いに押されたお母さんは「は、はぁ、そうなんですね」とわかっているのか、ただ圧倒されて理解するのを諦めたのかどっちかわからない返事をしていた。
「こうして口頭で説明しただけじゃ想像つかないと思いますので、是非今度見学にいらして下さい」
「はい、そうさせていただきます」
もうすぐ私も最終学年の6年生なんだ。いい加減どこで就職するか面接希望先くらい決めなくては。
来週のはじめにでもハネスさんの所属する施設へ見学に行こう。その日に送迎の馬車と護衛を揃えて職場見学の予定を立てた。
私は未来のために1歩足を踏み出した。
いや、踏み出そうとしたのだ。
──血相変えたキューネルさんがブルーム商会へ姿を現してもたされた情報が状況を大きく変えたのだ。
「リナリア、よかった無事だな」
「ど、どうしたんですかキューネルさん」
久しぶりに再会していきなり無事を確認されるとは。1年前のあの事件のことがあるからキューネルさんも心配性になっているのだろうか。
いろいろあったけど今では乗り越えられたから元気ですよと、言おうとしたけど、深刻な顔をしたキューネルさんが先に話し出したためそれは叶わなかった。
「行方不明だった平民魔術師女性がまた新たに見つかったんだ」
「…!」
不穏な内容に私の肩はびくりと揺れた。
「この話はご両親も一緒に聞いてほしい」
お父さんとお母さんにも聞いてほしいということは、私に危険が及ぶ可能性があるということだ。皆まで言われなくてもわかる。
お仕事中だったお父さんが一段落着くまで待った後に、私たちは一家揃ってキューネルさんと机を囲って向き合っていた。
彼が掴んだばかりの情報はこうだ。見つかったのは王都近くのスラム。ずた袋に包まれた人間が転がっていると傍に住んでいる住民から通報があった。
袋を取り除くとそこにはボロボロになった女性の姿。全身暴行を受けたような痕が残っており、首周りには紐で絞められた痕があった。その後すぐに病院へ運ばれたが、衰弱がひどく間もなく死亡。女性の身体には妊娠した形跡が残っていたが、子供の姿は見かけなかったそうだ。
その人は平民で、数年前まで魔法魔術学校の在校生だった。行方不明になったのは約1年前のこと。──彼女は、魔法魔術学校で出会った婚約者と結婚目前だったのだという。
その情報を聞かされた私は生唾を飲み込んだ。
少し前に魔法魔術省にその情報が飛び込んできて、嫌な予感がしたというキューネルさんは急いで私の様子を見に来てくれたようだ。
それは脅しでもなんでもなく、次は私が狙われる可能性があると警告しに来てくれたのだ。
行方不明になる女性は決まって結婚適齢期の女性。来年度18歳になる私は標的になる可能性があるのだ。
「リナリア、俺が渡した探索魔法ブローチはいつも身につけているな?」
「はい……」
「必ず、肌身離さないように」
キューネルさんがもたらした新たな被害者の悲しい発見情報。
両親は今度こそ私が誘拐されるんじゃと恐怖を抱いたようで、今まで以上に過保護になってしまった。挙げ句の果てに護衛がいても外出を許可して貰えないという困ったことになってしまったのだ。
そのため、予定していた職場見学の話はなかったことになったし、クライネルト夫妻からのお茶のお誘いも断る羽目になった。伝書鳩越しに事情を話せば心配のお言葉を頂いてしまった。
学校でも緊張感いっぱいだったのに、安心できるはずの実家でも緊張に包まれるとか……
うちの周りには腕に自信のある護衛さんが常時警備するようになり、私は警備対象として誰かの目に見られるという息苦しい生活を送らざるを得なかった。
進路へ向けて1歩進めたと思ったのに、地面をだしだしと足踏みしているような気分にさせられるよ。
私、ちゃんと就職できるんだろうか。
自分の身は自分で守れるように攻撃魔法、練習しようかな……そう思ったけど、暴発したら怖いのでそれは学校でやることにした。
クライネルト家に訪問したその日の帰り。行きと同様に馬車に同乗して送ってくれたルーカスが申し訳なさそうに謝罪してきた。
『確かに色々驚きはしたけど……ルーカスのご両親とお会いできて嬉しかったからいいのよ。素敵なご両親ね』
これは本音だった。
好きな人のご両親がどんな人だろうと想像していたけど、ルーカスのご両親って感じの素敵な人たちだった。あの中にいると、私が家族の一員になれたような気分になって楽しかった。
『良かった、あんなことがあったから印象悪くなったんじゃ、って両親が気にしていたから』
『そんなことないわ! 気にしないでって伝えておいてちょうだい』
印象が悪くなったのはドロテアさんに対してだからとは口には出さないけど。
──そんな騒動があった休暇も終わり、学校では後半期が開始された。
5年生の後半期は本格的に就職活動や受験で忙しくなる頃のようで、クラスメイト達は試験勉強や面談対策で忙しそうだった。それは友人達も同様だ。
イルゼやニーナは希望の魔法魔術省の就職内定枠を勝ち取るために採用試験勉強に面談の練習にと忙しそうだった。
そして普段は読書して静かに過ごしていたルーカスも大学校への入試対策として勉強している姿をよく見るようになった。
他の人もそうだ。試験前でもないのに、これまでよりも勉強している生徒が増え、教室内はピリつくようになった
私は未だに動物関連の就職先を吟味している最中だ。
本当は休暇中にひとつくらい見学に行こうかと考えていたんだけど、都合がつかなくて流れちゃったというか。早く決めて私も面接対策とかしなきゃいけないんだけど……
現在こんな状況なので、ルーカスに見ていてもらったいつもの自主練習はひとりでするようになった。ルーカスからは練習するときは必ず声を掛けることと念押ししてきたけど、彼の進路の邪魔をしたくないのだ。
それにいつまでも甘やかされたら、卒業したとき私は一人じゃ何もできない子になってしまう。それは私のためにも彼のためにもならない。
卒業したら一緒にいられなくなるんだ。
それに今のうちに慣れておかなくては。
そうは思っているけど、私の心に残るのは寂しい気持ちだけだった。
周りが将来にむけて一心不乱に努力する姿を横目に私も置いて行かれないように必死に食いつくのが精一杯だった。
◆◇◆
クラスの人たちがピリつくものだから自分まで緊張して神経質になってしまっていたみたいだ。あっという間に後半期を終えて5年生を修了したときは肩の荷が下りたような心境だった。
実家に帰ると妙に安心してしまって、翌日は昼過ぎまで眠ってしまった。
そして、前もって先方から連絡があり、家まで直々に動物関連施設の担当者さんがスカウトしに来てくれた。
自分から行こうとは考えていたんだけど、長期休暇の間しか学校の外に出られないこともあって、なにも行動に移せなかったから先方を焦らしてしまったのかもしれない。
「はじめましてブルームさん、私はシュバルツ王立生物保護検査機関から参りました、ハネスと申します」
保護機関の職員さんをブルーム商会の談話室に案内すると、お母さん同席の上で挨拶もそこそこにお仕事内容を紹介された。前もって学校を通じたお手紙で色々伝えてもらっていたが、親が同席している場でもう一度詳しく説明してくれたようだ。
「給与に関してですが、最初の1年は見習い期間として先輩職員についてお仕事をしてもらうことになります。基本給が……」
休日や基本給、その他の支給等の待遇のお話をされたけど、お母さんが2回くらい聞き返していた。金額間違ってない? って。
やっぱり魔術師として働くと給与水準が高いんだなぁとしみじみ実感する。
就職希望者には全員に試験と面談を行っているとのことだ。就職試験を受ける気があれば、いついつまでに願書を提出してほしいと言われ、一旦説明が終わった。
「……とまぁ、他の希望者にする説明と同じ内容を話させて頂いたのですが……リナリア・ブルームさん、私どもはあなたの稀有な才能を見越して是非ともうちで一緒に働いていただきたい」
通心術と変幻術は間違いなく重宝される、是非とも私の力を貸してほしいと熱弁されてしまった。
「はぁ……私は魔力がないのでよくわからないのですが、リナリアの能力はどういう風に役に立つのでしょうか?」
魔法はずぶの素人どころか無縁のお母さんが何気ない疑問を漏らせば、ハネスさんは目の色を変えた。
「通心術士は引く手あまたですよ! しかも自由自在に動物へ変幻できる変幻術は、動物や魔獣の警戒心を緩めることでしょう。彼女は人間以外の何かに変化したまま通心術が使えますからね。特に私どもの仕事は言葉の通じない生き物相手ですから、彼女の能力がうらやましくて仕方ありません」
どんなに頑張っても手に入らない領域があるのだ、と悔しそうに話すハネスさんの勢いに押されたお母さんは「は、はぁ、そうなんですね」とわかっているのか、ただ圧倒されて理解するのを諦めたのかどっちかわからない返事をしていた。
「こうして口頭で説明しただけじゃ想像つかないと思いますので、是非今度見学にいらして下さい」
「はい、そうさせていただきます」
もうすぐ私も最終学年の6年生なんだ。いい加減どこで就職するか面接希望先くらい決めなくては。
来週のはじめにでもハネスさんの所属する施設へ見学に行こう。その日に送迎の馬車と護衛を揃えて職場見学の予定を立てた。
私は未来のために1歩足を踏み出した。
いや、踏み出そうとしたのだ。
──血相変えたキューネルさんがブルーム商会へ姿を現してもたされた情報が状況を大きく変えたのだ。
「リナリア、よかった無事だな」
「ど、どうしたんですかキューネルさん」
久しぶりに再会していきなり無事を確認されるとは。1年前のあの事件のことがあるからキューネルさんも心配性になっているのだろうか。
いろいろあったけど今では乗り越えられたから元気ですよと、言おうとしたけど、深刻な顔をしたキューネルさんが先に話し出したためそれは叶わなかった。
「行方不明だった平民魔術師女性がまた新たに見つかったんだ」
「…!」
不穏な内容に私の肩はびくりと揺れた。
「この話はご両親も一緒に聞いてほしい」
お父さんとお母さんにも聞いてほしいということは、私に危険が及ぶ可能性があるということだ。皆まで言われなくてもわかる。
お仕事中だったお父さんが一段落着くまで待った後に、私たちは一家揃ってキューネルさんと机を囲って向き合っていた。
彼が掴んだばかりの情報はこうだ。見つかったのは王都近くのスラム。ずた袋に包まれた人間が転がっていると傍に住んでいる住民から通報があった。
袋を取り除くとそこにはボロボロになった女性の姿。全身暴行を受けたような痕が残っており、首周りには紐で絞められた痕があった。その後すぐに病院へ運ばれたが、衰弱がひどく間もなく死亡。女性の身体には妊娠した形跡が残っていたが、子供の姿は見かけなかったそうだ。
その人は平民で、数年前まで魔法魔術学校の在校生だった。行方不明になったのは約1年前のこと。──彼女は、魔法魔術学校で出会った婚約者と結婚目前だったのだという。
その情報を聞かされた私は生唾を飲み込んだ。
少し前に魔法魔術省にその情報が飛び込んできて、嫌な予感がしたというキューネルさんは急いで私の様子を見に来てくれたようだ。
それは脅しでもなんでもなく、次は私が狙われる可能性があると警告しに来てくれたのだ。
行方不明になる女性は決まって結婚適齢期の女性。来年度18歳になる私は標的になる可能性があるのだ。
「リナリア、俺が渡した探索魔法ブローチはいつも身につけているな?」
「はい……」
「必ず、肌身離さないように」
キューネルさんがもたらした新たな被害者の悲しい発見情報。
両親は今度こそ私が誘拐されるんじゃと恐怖を抱いたようで、今まで以上に過保護になってしまった。挙げ句の果てに護衛がいても外出を許可して貰えないという困ったことになってしまったのだ。
そのため、予定していた職場見学の話はなかったことになったし、クライネルト夫妻からのお茶のお誘いも断る羽目になった。伝書鳩越しに事情を話せば心配のお言葉を頂いてしまった。
学校でも緊張感いっぱいだったのに、安心できるはずの実家でも緊張に包まれるとか……
うちの周りには腕に自信のある護衛さんが常時警備するようになり、私は警備対象として誰かの目に見られるという息苦しい生活を送らざるを得なかった。
進路へ向けて1歩進めたと思ったのに、地面をだしだしと足踏みしているような気分にさせられるよ。
私、ちゃんと就職できるんだろうか。
自分の身は自分で守れるように攻撃魔法、練習しようかな……そう思ったけど、暴発したら怖いのでそれは学校でやることにした。
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