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乱れる乙女心
幻影術
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早いことで私は5年生になった。
5年生になるとクラスメイト達は皆、進路にむけて本格的に動きはじめた。一般塔の学生達はだいたい就職希望なので、人気就職先である魔法魔術省の倍率はますます高くなる。
求人概要や就職試験のお知らせが貼られると皆一斉に見に行き、就職対策を練るのだ。
まだ2年あるといっても、たった2年だ。学生生活を送っていたらあっという間に卒業の日を迎える。下手したら進路無しで卒業して、他の人みたいに誰でもできる仕事をして一生を送る可能性だってある。
当の本人がそうと決めたのならいいと思うけど、魔術師として生を受けて教育を受けたのにそれはさすがにもったいないと思うんだ。収入も社会的地位も段違いなので、どうせなら魔術師としてできる仕事に就いた方がその人のためになると思う。
今からの行動が2年後、結果となって現れるので皆もうすでに必死なのだ。
私はといえば、魔法庁へ正式に通心術士、変幻術士として登録して以降、専門機関から学校を通じて就職のお誘いを受けるようになった。
例えば、大陸の中央に存在する広大な還らずの森での魔獣の生態調査員、国立の獣医院の看護職員や動物保護施設職員などなど、どれも私の能力を活用できそうな仕事ばかりだ。
天賦の才能と言っても、自分に与えられた能力は世の中の役に立たない能力だなぁと思っていたけど、この能力も世の中に貢献できるみたいなので嬉しい。
そんな訳で休暇になったら一度お誘いしてくれた施設に見学に行ってみようかなと考え中だ。
◇◆◇
先日魔法実技の授業で少し変わった魔法を習った。
それは自分の姿や気配を消す、または幻覚を見せることもできる【幻影術】というものである。
「我に従う元素達よ…我が姿を霧の影に隠し給え」
術式を構築して、教科書通りに呪文を唱えるのだけど、何故か失敗してしまう。
ぽひゅんとマヌケな音を立てるだけだった。
うまく行ったかと思えば、上半身だけが消えてしまったり、誤って動物に変化したり。確かに動物に変化することで目くらましにはなるだろうけど。
『変幻術は得意なのに何故なのかしら……』
私は誤って変化した猫の姿でうなだれて切々とつぶやく。何故猫になるのか。私の発音が悪かったのか。術式が間違っていたのか……
するとにゅっと手が伸びてきて、ルーカスに抱っこされてしまった。
──私が猫の姿になると高確率でルーカスにもふられるので、犬や野うさぎ、狐に変身してみたが、されることは大して変わらなかった。
ちょっと怖い熊や狼に変身してみたらどんな反応をするのだろうか。少し気になる。
もふりたいなら眷属のトリシャを思う存分もふったらいいのに何故私をもふるのか。ルーカスはもふられる側の気持ちを考えたことあるのかな。
こっちは好きな人に散々好き勝手に弄ばれている気分にさせられるというのに……! 心臓バクバクして死にそうなこと、全然わかってないでしょ!
失敗してはルーカスにもふられるという謎のご褒美(?)を受けながら、放課後に繰り返し幻影術の特訓を続ける日々を送っていた。
5年生になると習う科目も格段と難しくなった。術によっては術者本人の適性が合わなくてどうしても不得意になってしまうものもあるらしい。
だけど私はそれで諦めたくなかった。
「大丈夫、出来るから。君は贈り物持ちなんだから。素直になって元素たちに語りかけてご覧」
いつもよりも近い距離に彼の美しい顔がある。それを間近で直視した私はくらくらした。
ちょっと近づけばキスできちゃいそうな近さ。事故を装って頬にキスしちゃおうかな。私はそんな不埒なことを考えながら彼を見上げた。
「今までに同じように躓いても、繰り返し挑戦していけば出来ただろう?」
「ミャァ…」
顎の下を指先で擽られて私は甘えた鳴き声をもらす。
何をしているんだろうか私は。
魔法の特訓のはずなのに、猫姿なのをいいことにルーカスに甘やかされてデレデレしているだけじゃないか。これは良くない。良くない兆候だ。
私はルーカスの腕から抜け出すと、猫の姿のまま彼の腕を跳躍台にして高く飛び上がった。
「あっ」
ルーカスの残念そうな声を背にして軽々と跳躍した後、地面に降り立った私は人間の身体に戻って、深呼吸をした。
乱された心を落ち着かせるためだ。
落ち着け落ち着け。ルーカスは猫好き、動物好きなだけだ。そこに変な意味はないんだ……それにしても彼の腕の中はいい匂いしたなぁ……
冷静になろうとするけど、邪魔をする自分がいて余計に心乱されそうだったけど、気を取り直してもう一度幻影術の呪文を唱え直した。
目を閉じて神経を研ぎ澄ます。
私の周りにいる元素たちの存在を感じ取るんだ。
「我に従う元素達よ、我が姿を霧の影に隠し給え」
スゥゥ……と身体の周りに霧がかかるような感覚に私は目をぱっちり開いた。そして自分の体を見下ろすと何も見えない。
「ほら、出来たじゃないか」
私が術を成功させたのを目の前で見ていてくれたルーカスが笑顔を見せた。
毎度のことだけど褒められると照れくさい。ルーカスにとっては簡単なことも私はできないように見えるだろうに、いつも彼は自分の事のように喜んでくれるんだ。
その笑顔を見るたびに私はルーカスをさらに好きになっている。
どんどん想いは育って大きくなっていく。
──いつかこの想いを彼に伝えられるだろうか。
「……? リナリア?」
私がルーカスに見惚れて惚けていたせいで無言なのを怪しまれたみたいだ。
姿が見えなくてよかった。私はきっとだらしない顔をしていたはずだから。
「声は? 聞こえる?」
気を取り直して問いかけると、彼は「聞こえるよ」と頷いた。
イタズラ心が湧いてきた私は横にずれてみて、彼の視界の外に出てみた。
「私はどこにいる? 見つけてみて」
私の声が別の方向から聞こえたのに気づいた彼の視線がこっちへ向かう。私は地面を蹴って駆け出した。
放課後の実技場は私と彼しかいない。それが余計に私を大胆にさせたのだ。今年で私達は17歳になるというのに、一風変わった追いかけっこをはじめた。
足音を消して彼の背後に回ってみる。
彼はキョロキョロしているが、私を見つけた様子はない。
今のルーカス、一人で実技場を徘徊してる不審者に見えているのかしら?
しばらく困っている彼を見て楽しんでいたけど、なんだか物足りなくなったので、とんとん、とルーカスの肩を叩いた。
「見つけた!」
「きゃあ!」
私の存在を感知した彼の反応は素早かった。ガバッと抱きつかれるとは思わなかった私は驚いて悲鳴を上げてしまった。
「ご、ごめん!」
驚いた私の悲鳴を悪い方に解釈したルーカスが慌てて手を離す。
「ごめん、リナリア」
彼は焦った様子で謝罪してきた。私が男性に襲われて恐怖症になっているのを思い出したのだろう。
私がふざけた遊びを誘ったせいだから彼は悪くないのに。
「動物姿の私を抱っこしてるのに、抱きしめたくらいで焦るのは今更じゃない?」
「いやその、僕はやましい気持ちではなくて」
術を解除した私は、ルーカスの顔を見上げてからかうように笑った。
するとルーカスは頬を赤く染めて、えっと、それはと何やら弁解し始めていた。
「別に嫌じゃないよ。ルーカスは私を傷つけないもの。あなただって下心があるわけじゃなくて、ただ単純に動物が好きなんでしょう?」
私がそう言うと、ルーカスはホッとした反面、なんだか複雑そうな顔をしていた。
安心させるために言ったのに、何故なのか。
私相手なら怪我とか病気とか気にせず気軽に動物として愛でられるもんね。私は勘違いしてない。してないんだからね。
気配を消して、周りに幻覚を見せる魔法、幻影術。
最初はうまく行かずに手こずったけど、そのうちに私の得意魔法になった。そうなったのは根気よく付き合ってくれたルーカスのおかげなのだ。
5年生になるとクラスメイト達は皆、進路にむけて本格的に動きはじめた。一般塔の学生達はだいたい就職希望なので、人気就職先である魔法魔術省の倍率はますます高くなる。
求人概要や就職試験のお知らせが貼られると皆一斉に見に行き、就職対策を練るのだ。
まだ2年あるといっても、たった2年だ。学生生活を送っていたらあっという間に卒業の日を迎える。下手したら進路無しで卒業して、他の人みたいに誰でもできる仕事をして一生を送る可能性だってある。
当の本人がそうと決めたのならいいと思うけど、魔術師として生を受けて教育を受けたのにそれはさすがにもったいないと思うんだ。収入も社会的地位も段違いなので、どうせなら魔術師としてできる仕事に就いた方がその人のためになると思う。
今からの行動が2年後、結果となって現れるので皆もうすでに必死なのだ。
私はといえば、魔法庁へ正式に通心術士、変幻術士として登録して以降、専門機関から学校を通じて就職のお誘いを受けるようになった。
例えば、大陸の中央に存在する広大な還らずの森での魔獣の生態調査員、国立の獣医院の看護職員や動物保護施設職員などなど、どれも私の能力を活用できそうな仕事ばかりだ。
天賦の才能と言っても、自分に与えられた能力は世の中の役に立たない能力だなぁと思っていたけど、この能力も世の中に貢献できるみたいなので嬉しい。
そんな訳で休暇になったら一度お誘いしてくれた施設に見学に行ってみようかなと考え中だ。
◇◆◇
先日魔法実技の授業で少し変わった魔法を習った。
それは自分の姿や気配を消す、または幻覚を見せることもできる【幻影術】というものである。
「我に従う元素達よ…我が姿を霧の影に隠し給え」
術式を構築して、教科書通りに呪文を唱えるのだけど、何故か失敗してしまう。
ぽひゅんとマヌケな音を立てるだけだった。
うまく行ったかと思えば、上半身だけが消えてしまったり、誤って動物に変化したり。確かに動物に変化することで目くらましにはなるだろうけど。
『変幻術は得意なのに何故なのかしら……』
私は誤って変化した猫の姿でうなだれて切々とつぶやく。何故猫になるのか。私の発音が悪かったのか。術式が間違っていたのか……
するとにゅっと手が伸びてきて、ルーカスに抱っこされてしまった。
──私が猫の姿になると高確率でルーカスにもふられるので、犬や野うさぎ、狐に変身してみたが、されることは大して変わらなかった。
ちょっと怖い熊や狼に変身してみたらどんな反応をするのだろうか。少し気になる。
もふりたいなら眷属のトリシャを思う存分もふったらいいのに何故私をもふるのか。ルーカスはもふられる側の気持ちを考えたことあるのかな。
こっちは好きな人に散々好き勝手に弄ばれている気分にさせられるというのに……! 心臓バクバクして死にそうなこと、全然わかってないでしょ!
失敗してはルーカスにもふられるという謎のご褒美(?)を受けながら、放課後に繰り返し幻影術の特訓を続ける日々を送っていた。
5年生になると習う科目も格段と難しくなった。術によっては術者本人の適性が合わなくてどうしても不得意になってしまうものもあるらしい。
だけど私はそれで諦めたくなかった。
「大丈夫、出来るから。君は贈り物持ちなんだから。素直になって元素たちに語りかけてご覧」
いつもよりも近い距離に彼の美しい顔がある。それを間近で直視した私はくらくらした。
ちょっと近づけばキスできちゃいそうな近さ。事故を装って頬にキスしちゃおうかな。私はそんな不埒なことを考えながら彼を見上げた。
「今までに同じように躓いても、繰り返し挑戦していけば出来ただろう?」
「ミャァ…」
顎の下を指先で擽られて私は甘えた鳴き声をもらす。
何をしているんだろうか私は。
魔法の特訓のはずなのに、猫姿なのをいいことにルーカスに甘やかされてデレデレしているだけじゃないか。これは良くない。良くない兆候だ。
私はルーカスの腕から抜け出すと、猫の姿のまま彼の腕を跳躍台にして高く飛び上がった。
「あっ」
ルーカスの残念そうな声を背にして軽々と跳躍した後、地面に降り立った私は人間の身体に戻って、深呼吸をした。
乱された心を落ち着かせるためだ。
落ち着け落ち着け。ルーカスは猫好き、動物好きなだけだ。そこに変な意味はないんだ……それにしても彼の腕の中はいい匂いしたなぁ……
冷静になろうとするけど、邪魔をする自分がいて余計に心乱されそうだったけど、気を取り直してもう一度幻影術の呪文を唱え直した。
目を閉じて神経を研ぎ澄ます。
私の周りにいる元素たちの存在を感じ取るんだ。
「我に従う元素達よ、我が姿を霧の影に隠し給え」
スゥゥ……と身体の周りに霧がかかるような感覚に私は目をぱっちり開いた。そして自分の体を見下ろすと何も見えない。
「ほら、出来たじゃないか」
私が術を成功させたのを目の前で見ていてくれたルーカスが笑顔を見せた。
毎度のことだけど褒められると照れくさい。ルーカスにとっては簡単なことも私はできないように見えるだろうに、いつも彼は自分の事のように喜んでくれるんだ。
その笑顔を見るたびに私はルーカスをさらに好きになっている。
どんどん想いは育って大きくなっていく。
──いつかこの想いを彼に伝えられるだろうか。
「……? リナリア?」
私がルーカスに見惚れて惚けていたせいで無言なのを怪しまれたみたいだ。
姿が見えなくてよかった。私はきっとだらしない顔をしていたはずだから。
「声は? 聞こえる?」
気を取り直して問いかけると、彼は「聞こえるよ」と頷いた。
イタズラ心が湧いてきた私は横にずれてみて、彼の視界の外に出てみた。
「私はどこにいる? 見つけてみて」
私の声が別の方向から聞こえたのに気づいた彼の視線がこっちへ向かう。私は地面を蹴って駆け出した。
放課後の実技場は私と彼しかいない。それが余計に私を大胆にさせたのだ。今年で私達は17歳になるというのに、一風変わった追いかけっこをはじめた。
足音を消して彼の背後に回ってみる。
彼はキョロキョロしているが、私を見つけた様子はない。
今のルーカス、一人で実技場を徘徊してる不審者に見えているのかしら?
しばらく困っている彼を見て楽しんでいたけど、なんだか物足りなくなったので、とんとん、とルーカスの肩を叩いた。
「見つけた!」
「きゃあ!」
私の存在を感知した彼の反応は素早かった。ガバッと抱きつかれるとは思わなかった私は驚いて悲鳴を上げてしまった。
「ご、ごめん!」
驚いた私の悲鳴を悪い方に解釈したルーカスが慌てて手を離す。
「ごめん、リナリア」
彼は焦った様子で謝罪してきた。私が男性に襲われて恐怖症になっているのを思い出したのだろう。
私がふざけた遊びを誘ったせいだから彼は悪くないのに。
「動物姿の私を抱っこしてるのに、抱きしめたくらいで焦るのは今更じゃない?」
「いやその、僕はやましい気持ちではなくて」
術を解除した私は、ルーカスの顔を見上げてからかうように笑った。
するとルーカスは頬を赤く染めて、えっと、それはと何やら弁解し始めていた。
「別に嫌じゃないよ。ルーカスは私を傷つけないもの。あなただって下心があるわけじゃなくて、ただ単純に動物が好きなんでしょう?」
私がそう言うと、ルーカスはホッとした反面、なんだか複雑そうな顔をしていた。
安心させるために言ったのに、何故なのか。
私相手なら怪我とか病気とか気にせず気軽に動物として愛でられるもんね。私は勘違いしてない。してないんだからね。
気配を消して、周りに幻覚を見せる魔法、幻影術。
最初はうまく行かずに手こずったけど、そのうちに私の得意魔法になった。そうなったのは根気よく付き合ってくれたルーカスのおかげなのだ。
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