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この恋に気づいて
臆病な恋
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ルーカスよりも私のほうが先に退院が決定した。
本当はルーカスの退院と合わせたかったけど、何ともないのに入院するのはどうかと思ったので、決定に従っておとなしく退院した。
医務室を出ると、なんだか足が重くなって来た。
恐らく気持ちの問題である。学校中で私の噂で持ち切りだろうなぁと人の目が気になっていたからだ。
ルーカスが側にいないから余計に心細い……しょんぼりしながら女子寮への道を歩いていると、曲がり道のところでとある人物の後ろ姿を発見した。
「……?」
その人物に違和感を覚えた私は目でその姿を追った。
胡桃色の髪は私の友人と同じものだった。──しかし、体格は別人だ。
上に着用しているブラウスはなぜか腕のところが破けているし、露出している二の腕やスカートから覗くふくらはぎは筋肉でばきばきになっている。……格闘家かな?
こんなにたくましい女子、学校にいたっけ?
「リナリア!」
観察していると、私の存在に気づいたその人が明るく声をかけてきた。私は思わずぎょっとする。
彼女の身体に隠れていて見えなかったけど、隣にもう一人女の子がいた。それがニーナだったので、まさかという思いに駆られた。
のしのしと足音を立てて近づいてきたその顔はイルゼのものだった。手の甲を負傷した彼女は瞳をらんらんに輝かせ、鼻息荒く私に言った。
「この筋肉どう? 私、最近格闘技始めたの!」
…と自信満々に力こぶしを見せる彼女は、身体が横に大きくなっていた。ムキムキの筋肉には血管が浮き上がっている。
「い、イルゼ……よね?」
友人だと思いたいが、視覚と脳が混乱して理解できない。筋肉質になったイルゼはかわいらしい顔と合っていない体つきをしていた。首から下が港町の男たちみたいである。
口には出せないけど、怖い。
「魔術師なのに、何故あなたは拳で戦うのかしらね」
呆れた様子で彼女の手の甲に治癒魔法をかけているのは通常通りのニーナである。
それで何となく、何があったか悟ってしまった。
またイルゼは私のために怒って話し合い(物理)したのだ。その相手は言われなくてもわかる。私へ酷い言葉を浴びせてきた彼らしかいない。私よりも先に退院した彼らを懲らしめるために取っ捕まえて話し合い(仮)したんだ……
身体に関しては肉体強化の薬を使って強化したに違いない。
先生にバレたらまた謹慎になっちゃうよ……と頭を抱えていると、側に近づいていたニーナがぽん、と私の肩をそっと叩く。
「あいつらの変な噂を新たに流しておいたわ」
ニーナが笑った。
普段ならあまり笑わないニーナの笑顔に感激するところなのだけど、彼女の口から飛び出してきた不穏な発言のせいで私は喜べなかった。彼らは変な噂を流されてしまったらしい。
そんなことしても大丈夫なのかと思ったけど、ニーナの微笑みが恐ろしくて私はなにも言えなかった。
「ブルームさん! 退院したの!?」
「もう大丈夫なのか?」
そこへぞろぞろと同じクラスの人たちが駆け寄ってきた。私を見かけて気遣いの声をかけてくれる。
私は彼らの見る目が変わるだろうと思っていたので身構えたけど、どのクラスメイトからも心配そうに声を掛けられるだけだったので拍子抜けしてしまった。
「大丈夫よ、ブルームさん。あたし達も力になるから!」
「あいつらはいまや学校内で爪弾きにされているから、ブルームは気にせず堂々としてていいんだからな」
クラスメイト達の言葉に私は目を丸くした。彼らは仲間意識と正義感を発揮したらしい。
魔力暴走した私が意識を失って医務室送りになったあと、私が故郷でどんな目に遭ったのかというのが一般塔内で噂となって駆け巡ったそうだ。
連続婦女暴行犯に目を付けられた私が反撃して、相手を瀕死に追いやった(要約)という噂である。強ち間違っていないけど、先生方はそれを危惧したのだという。
噂がネジ曲がるのは良くないと判断した先生方が一般塔の生徒たちを集めて、これ以上語るのは被害者の傷に塩を塗ることになるのでやめるようにと注意したそうだ。
私以外にも被害に遭って泣き寝入りしていた女性達がたくさんいること、どこで誰が聞いているかわからないから話題に出すなと言って。そのついでに過去の魔女狩りから派生した魔女狩り禁止法の詳しい授業がされたとか。
意地悪な元クラスメイト達の言動には、嫌がらせも含めた性被害に遭った経験のある女子生徒達の反発を買った。私がかけられた言葉が、まるで自分が受けた言葉のように感じたのだろう。
それに加えて、良識ある生徒は彼らを白眼視していたそうだ。
『傷ついてる女の子の傷に塩を塗った』
『最低…』
『娼婦みたいに扱おうとしたんですって』
『近づいちゃだめ』
他の生徒達からは避けられ、大勢の女子生徒、彼女持ちの男子生徒からは敵視されるという針のむしろに追いやられていると聞かされた。
当然、彼らは退院したあとに先生方から厳しい叱責を受け、魔女狩り禁止令ができるまでの歴史をレポートにして提出しろと宿題を命じられたそうだ。
意地悪な元クラスメイト達も私の魔力暴走に巻き込まれはしたが、ルーカスが抑えてくれたので彼らは軽症だった。もしもルーカスが私の暴走を止めてくれなかったら、彼らは中庭の大樹のようにバキバキになっていたかもしれない。
今回の件は彼らが私をひどく傷つけ、刺激したから仕方なかったと先生方も私を慰めてくれたが、私は自分の未熟さを再認識した。
初心に戻って、もう一度魔力制御のやり直しをしようと誓った。
因みにイルゼの鉄拳制裁についてはなぜか表に出てこなかった。
しかし彼らはイルゼを見かける度に青ざめて逃げるようになったので、一定の効果はあったのだと思う。あの時のイルゼ、色んな意味で恐ろしかったからな…
「なぁに? 私の顔になにかついてる?」
「うぅん、そのままのイルゼが一番素敵よ」
「えぇ? なに急に。照れるわ」
マッチョなイルゼは夢に出るからもういいかな。そんな意味を込めて言ったのだけど、イルゼは何故か照れていた。
◇◆◇
退院したその日から私は制御訓練を始めた。自主練としてひっそり行っていると、遅れて退院したルーカスが監督指導してくれるようになった。
ルーカスがいると意識して緊張しちゃって失敗しそうな気がしたけど、二人きりになれるからいいかと半分浮かれていた。
とはいえ、遊びではないので、魔法を扱うのは真剣にやった。何度も繰り返し、同じ事を続ける。
魔力暴走は精神的なものが強く関わっている。
まずそれをなんとかしないと根本的解決には至らないそうだ。
──私の心の奥には悪夢のようにあの日の出来事が眠っている。
「大丈夫、出来てるよ。落ち着いて力を制御するんだ」
でも周りの人たちのおかげで乗り越えられそうな気がしている。大切な両親に、親友たち、今のクラスメイトたち。
そして一番大きな存在になったルーカスのおかげ。彼のそばにいると何でも乗り越えられるような強い気持ちになれる。
彼を見上げると目が合ったので、私ははにかんだ。
「ルーカス……あなたには感謝してるわ。本当に」
もしもあなたが好きだとこの気持ちを伝えたら、ルーカスはどんな反応するだろう。
彼の恋人になれたら、どれほど幸せだろうか。
「ルーカス、私ね」
──でも、今の関係が崩れてしまうことを考えたら勇気は萎んだ。
迷惑ばかりの私は彼にはふさわしくない。ルーカスだって私からそんな目で見られていると知ったら戸惑うだろう。
そんな対象として見てないと言われたら私はきっと心折れて、二度と彼とお話が出来なくなるかもしれない。
告白して振られちゃったら、この関係も消えてなくなるだろうから。
彼を見つめていると、ルーカスが戸惑っているように見えたので、そっと目を逸らす。
「やっぱり、なんでもない」
次に言おうとした言葉を噤み、私は自主練に没頭した。
生まれてはじめて芽生えたこの気持ちはふわふわして柔らかく、簡単に傷がついていまいそう。
私は初めての恋に臆病になってしまっているみたいだ。
本当はルーカスの退院と合わせたかったけど、何ともないのに入院するのはどうかと思ったので、決定に従っておとなしく退院した。
医務室を出ると、なんだか足が重くなって来た。
恐らく気持ちの問題である。学校中で私の噂で持ち切りだろうなぁと人の目が気になっていたからだ。
ルーカスが側にいないから余計に心細い……しょんぼりしながら女子寮への道を歩いていると、曲がり道のところでとある人物の後ろ姿を発見した。
「……?」
その人物に違和感を覚えた私は目でその姿を追った。
胡桃色の髪は私の友人と同じものだった。──しかし、体格は別人だ。
上に着用しているブラウスはなぜか腕のところが破けているし、露出している二の腕やスカートから覗くふくらはぎは筋肉でばきばきになっている。……格闘家かな?
こんなにたくましい女子、学校にいたっけ?
「リナリア!」
観察していると、私の存在に気づいたその人が明るく声をかけてきた。私は思わずぎょっとする。
彼女の身体に隠れていて見えなかったけど、隣にもう一人女の子がいた。それがニーナだったので、まさかという思いに駆られた。
のしのしと足音を立てて近づいてきたその顔はイルゼのものだった。手の甲を負傷した彼女は瞳をらんらんに輝かせ、鼻息荒く私に言った。
「この筋肉どう? 私、最近格闘技始めたの!」
…と自信満々に力こぶしを見せる彼女は、身体が横に大きくなっていた。ムキムキの筋肉には血管が浮き上がっている。
「い、イルゼ……よね?」
友人だと思いたいが、視覚と脳が混乱して理解できない。筋肉質になったイルゼはかわいらしい顔と合っていない体つきをしていた。首から下が港町の男たちみたいである。
口には出せないけど、怖い。
「魔術師なのに、何故あなたは拳で戦うのかしらね」
呆れた様子で彼女の手の甲に治癒魔法をかけているのは通常通りのニーナである。
それで何となく、何があったか悟ってしまった。
またイルゼは私のために怒って話し合い(物理)したのだ。その相手は言われなくてもわかる。私へ酷い言葉を浴びせてきた彼らしかいない。私よりも先に退院した彼らを懲らしめるために取っ捕まえて話し合い(仮)したんだ……
身体に関しては肉体強化の薬を使って強化したに違いない。
先生にバレたらまた謹慎になっちゃうよ……と頭を抱えていると、側に近づいていたニーナがぽん、と私の肩をそっと叩く。
「あいつらの変な噂を新たに流しておいたわ」
ニーナが笑った。
普段ならあまり笑わないニーナの笑顔に感激するところなのだけど、彼女の口から飛び出してきた不穏な発言のせいで私は喜べなかった。彼らは変な噂を流されてしまったらしい。
そんなことしても大丈夫なのかと思ったけど、ニーナの微笑みが恐ろしくて私はなにも言えなかった。
「ブルームさん! 退院したの!?」
「もう大丈夫なのか?」
そこへぞろぞろと同じクラスの人たちが駆け寄ってきた。私を見かけて気遣いの声をかけてくれる。
私は彼らの見る目が変わるだろうと思っていたので身構えたけど、どのクラスメイトからも心配そうに声を掛けられるだけだったので拍子抜けしてしまった。
「大丈夫よ、ブルームさん。あたし達も力になるから!」
「あいつらはいまや学校内で爪弾きにされているから、ブルームは気にせず堂々としてていいんだからな」
クラスメイト達の言葉に私は目を丸くした。彼らは仲間意識と正義感を発揮したらしい。
魔力暴走した私が意識を失って医務室送りになったあと、私が故郷でどんな目に遭ったのかというのが一般塔内で噂となって駆け巡ったそうだ。
連続婦女暴行犯に目を付けられた私が反撃して、相手を瀕死に追いやった(要約)という噂である。強ち間違っていないけど、先生方はそれを危惧したのだという。
噂がネジ曲がるのは良くないと判断した先生方が一般塔の生徒たちを集めて、これ以上語るのは被害者の傷に塩を塗ることになるのでやめるようにと注意したそうだ。
私以外にも被害に遭って泣き寝入りしていた女性達がたくさんいること、どこで誰が聞いているかわからないから話題に出すなと言って。そのついでに過去の魔女狩りから派生した魔女狩り禁止法の詳しい授業がされたとか。
意地悪な元クラスメイト達の言動には、嫌がらせも含めた性被害に遭った経験のある女子生徒達の反発を買った。私がかけられた言葉が、まるで自分が受けた言葉のように感じたのだろう。
それに加えて、良識ある生徒は彼らを白眼視していたそうだ。
『傷ついてる女の子の傷に塩を塗った』
『最低…』
『娼婦みたいに扱おうとしたんですって』
『近づいちゃだめ』
他の生徒達からは避けられ、大勢の女子生徒、彼女持ちの男子生徒からは敵視されるという針のむしろに追いやられていると聞かされた。
当然、彼らは退院したあとに先生方から厳しい叱責を受け、魔女狩り禁止令ができるまでの歴史をレポートにして提出しろと宿題を命じられたそうだ。
意地悪な元クラスメイト達も私の魔力暴走に巻き込まれはしたが、ルーカスが抑えてくれたので彼らは軽症だった。もしもルーカスが私の暴走を止めてくれなかったら、彼らは中庭の大樹のようにバキバキになっていたかもしれない。
今回の件は彼らが私をひどく傷つけ、刺激したから仕方なかったと先生方も私を慰めてくれたが、私は自分の未熟さを再認識した。
初心に戻って、もう一度魔力制御のやり直しをしようと誓った。
因みにイルゼの鉄拳制裁についてはなぜか表に出てこなかった。
しかし彼らはイルゼを見かける度に青ざめて逃げるようになったので、一定の効果はあったのだと思う。あの時のイルゼ、色んな意味で恐ろしかったからな…
「なぁに? 私の顔になにかついてる?」
「うぅん、そのままのイルゼが一番素敵よ」
「えぇ? なに急に。照れるわ」
マッチョなイルゼは夢に出るからもういいかな。そんな意味を込めて言ったのだけど、イルゼは何故か照れていた。
◇◆◇
退院したその日から私は制御訓練を始めた。自主練としてひっそり行っていると、遅れて退院したルーカスが監督指導してくれるようになった。
ルーカスがいると意識して緊張しちゃって失敗しそうな気がしたけど、二人きりになれるからいいかと半分浮かれていた。
とはいえ、遊びではないので、魔法を扱うのは真剣にやった。何度も繰り返し、同じ事を続ける。
魔力暴走は精神的なものが強く関わっている。
まずそれをなんとかしないと根本的解決には至らないそうだ。
──私の心の奥には悪夢のようにあの日の出来事が眠っている。
「大丈夫、出来てるよ。落ち着いて力を制御するんだ」
でも周りの人たちのおかげで乗り越えられそうな気がしている。大切な両親に、親友たち、今のクラスメイトたち。
そして一番大きな存在になったルーカスのおかげ。彼のそばにいると何でも乗り越えられるような強い気持ちになれる。
彼を見上げると目が合ったので、私ははにかんだ。
「ルーカス……あなたには感謝してるわ。本当に」
もしもあなたが好きだとこの気持ちを伝えたら、ルーカスはどんな反応するだろう。
彼の恋人になれたら、どれほど幸せだろうか。
「ルーカス、私ね」
──でも、今の関係が崩れてしまうことを考えたら勇気は萎んだ。
迷惑ばかりの私は彼にはふさわしくない。ルーカスだって私からそんな目で見られていると知ったら戸惑うだろう。
そんな対象として見てないと言われたら私はきっと心折れて、二度と彼とお話が出来なくなるかもしれない。
告白して振られちゃったら、この関係も消えてなくなるだろうから。
彼を見つめていると、ルーカスが戸惑っているように見えたので、そっと目を逸らす。
「やっぱり、なんでもない」
次に言おうとした言葉を噤み、私は自主練に没頭した。
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