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この恋に気づいて
モナートにさよならを
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事件の後、私は町中で腫れ物扱いを受けた。
しかし遠巻きにされるのはいつものことだし、私は被害者側だ。萎縮して引きこもっていたらあらぬ誤解をされそうだったので、普段通り過ごすようにしていた。もっぱら私の話し相手は動物達であるが。
大勢の人は私を見てはひそひそと噂をするだけだった。その中にいつも意地悪を言う幼馴染達も含まれている。彼らにしては珍しく私に直接ひどいことを言ってくることをしなかった。その理由は、あの男の毒牙にかかった女性が身近にいるかららしい。
もしもそうじゃなければ心ないことを言って来ただろうなと私は思っている。
ひそひそされるくらいなら耐えられる。あと一週間もすれば私は学校に戻る。それまでの辛抱。
次にモナートへ帰るのは半年後だけど、その頃には皆の関心も外れているだろうから……
「うちの息子は悪くない!」
あと僅かな長期休暇。なるべく静かに過ごしたかったけど、周りは私に穏やかな時間を与えてくれなかった。
「誘ったに違いないあの魔女が! 昔から嘘ばかりついて人の気を引こうとしていた」
その人はあの男の母親だった。
息子が逮捕され、罪に問われることが確定したことが認められないらしく、あぁやって気でも触れたかのように騒ぎ立てているのだ。
最初は現実が見れていないのだろうと見逃していたけど、毎日のように騒ぐもので私もぴきりときた。
なにも言われているのは私だけじゃない。
中には性暴力に晒されたせいで不貞を疑われたり、結婚話が破談になったという女性もいるのに、そういう人たちに対しても暴言を吐き捨てているのだ。
「それにあの船乗りの娘は生粋の淫乱だ! 昔から私の息子に色目を使っていた! 息子に相手にしてもらえないからって逆恨みであんな証言したんだ! 間違いない!」
ほらまた、他の被害者の傷痕に爪を立てるような、見え透いた嘘を吹聴している。
私以外にも過去の被害者がたくさん現れたというのに。
私は未遂に終わったけど、それでも暴力に晒されたというのに。
それを認めず、人のせいにするあの人の神経が信じられなかった。そもそもこの人にあれこれ言われるのが我慢ならない。
加害者の親であることもだが、この人は人様に言えないことをしているのだから。
「……自分が八百屋のおじさんを色仕掛けして不倫しているからって、私や被害者の女の子達も同じだと思わないでください!」
我慢の限界を迎えた私は大きな声で言い返した。
まさか私が言い返すとは思っていなかったのだろう。周りにいた人たちは目を真ん丸にして固まっていた。その中で男の母親の反応は目立っていた。
火が付いたように真っ赤になったかと思えば、すごい勢いで真っ青に大変身していたからだ。
「なっ……なっ」
口をわななかせ、見るからに動揺するその姿を見た私は溜飲を下げた。
──これは猫爺さんからの確かな情報だ。私が魔法魔術学校に入学する前から聞かされている話で、彼いわく今も不倫関係は続いているという。
「おばさん、昨年の9月頃に妊娠してしまったそうですけど、旦那さんか八百屋のおじさん、どっちとの子かわからないから、隣町の薬師から堕胎薬を購入したそうですね。すべてを醜聞大好きな猫爺さんに見られていましたよ!」
本来であればこんな繊細で個人的な情報、周りに言い触らすことはしないけど、このおばさんは限度を超えてしまった。
私や他の女の子達を傷つける言葉を吐き捨てるというなら、こっちも対抗してやるんだ。私よりも年上の息子がいて、よくやるよ全く!
「嘘よ! あの子が嘘ついているの!」
口角泡を飛ばしながら、周りに自分の身の潔白を訴えるおばさん。
それに対して、周りの反応は様々だった。半信半疑な人、興味津々な人、そして元々疑念を抱いていた人からの疑いの眼差し……その中には彼女の旦那さんの視線が含まれていた。
家庭崩壊の手助けをしてしまうことになるかもしれないが、もともと家族を裏切っていたのはおばさんだ。知ったこっちゃない。
「嘘じゃないわ。猫爺さんの醜聞話はほぼ正確だもの。動物たちは人間のことをよく観察してるのよ。お疑いなら販売元の薬師に確認したらいかが? あなたの身分証の記録と購入履歴がしっかり残っていると思いますよ」
堕胎薬のような特殊な薬は取り扱いが難しいので、販売元は購入者の身分証明をした上で販売する。その情報は堕胎薬を取り扱う魔術師、薬師の中で共有され、一人の客に対しての販売数も制限されるんだ。悪用防止のために法律でそう決まっている。
嘘か本当かは、その販売先に確認すればわかることである。
私はこれでも魔術師の卵だ。薬作りはあまり得意じゃないけど、そういう重要なことはしっかり覚えている。ちゃんと学校で勉強しているんだ! あまり私を見くびらないで欲しい!
みんなひそひそと話しながら私とおばさんを見ていた。
──信じたくないならそれでいい。今までもずっと私の言葉を信じてくれた人は少なかったから。
だけど私だって侮辱されて黙っていられない。そっちが喧嘩を売るなら買ってやるんだ。
「お前……やっぱり」
顔が土気色になったおばさんに声をかけたのは彼女の旦那さんだ。
彼の瞳は完全に失望していた。もうちょっと動揺するかと思ったけど……すでに疑惑を持っていたのだろうか。
「違うの!」
おばさんは涙を流しながら否定していたけど、調べればすぐにわかることだと思う。
私は反省も後悔もしない。
自分の息子のしたことを認めて、被害者を傷つけるような発言をしないようにしてほしい。あと、旦那さんを長年裏切って来たことも反省した方がいいと思います。
ふぅーとため息を吐き出すと、修羅場になりつつある彼らをその場に残して、私はひとり踵を返した。
「リナリア」
「!」
いつのまにか背後はお父さんがいた。
やば、今の聞かれちゃった。騒ぎを作ったことを流石に怒られるかなと萎縮していると、お父さんが私の肩にそっと手を載せた。
そして私の目線に合わせるように身を屈めると、なんだかとても辛そうな顔をしていた。
「引っ越そう。ここじゃリナリアが利用され、傷つけられるだけだ」
突然飛び出してきた引っ越し案に私は呆然とした。
急にどうしたんだ。そんな簡単に言うけど、仕事はどうするの。
「でもお仕事が」
「リナリアが安心して帰ってこられる場所にしたいんだ」
ブルーム商会はそこそこ影響力を持った大きな商会だ。沢山の従業員を抱えている。引っ越すとなると商会も移転となるだろう。そうなれば今まで関わってきたお得意様との契約も、距離を理由に切れてしまうかもしれない。事業が縮小する可能性だって……それでもいいのだろうか。
「ここは輸出入専用の倉庫にすればいい。……もしも商会の規模が小さくなっても家族で食うに困らない程度に生きていけるならそれでいい。お前を守るためなら、お父さんはイチからだって頑張れる」
私の両頬を包んだ手は大きくてあたたかかった。乱暴をしてきた男の手とは違う、私を慈しむ手。
泣くつもりはなかったのに、じわじわと涙が滲んできた。お父さんの顔が歪んで見える。
「もっと早く決断するべきだったな。ごめんな、リナリア」
その謝罪に私は首を横に振った。お父さんの胸に抱き着くと私は小さく泣いた。
「リナリアが幸せになることがお父さんとお母さんの望みなんだ。お前のためならお父さんはなんだってするよ」
──今でも、お父さんもお母さんも魔力を持っている私の気持ちは理解できてないと思う。
だけど彼らは私を愛してくれている。大切に守ろうとしてくれている。精一杯理解しようとしてくれている。
私は改めて両親の愛情を感じたのであった。
◆◇◆
お父さんいわく、別の地域にも取引先はあちこちにいるから商会の移転をしたとしても、今まで培ってきたものはゼロにはならないと言う。
モナートの商会倉庫は古株で信頼できる従業員達に輸出入の対応と在庫管理を任せることにして、移転先まで来られない他の従業員には解雇通知と希望者には同業種への紹介状を作成したそうだ。
私には動物以外の親しい友人がその町にいなかったので、この地にいる動物達と、一部の理解ある大人たちにだけ先に別れの挨拶を済ませておいた。
一旦私は学校へ戻ることになり、次の休暇には新居を整えておくからねと両親に言われて、見守られながら旅立った。
今度帰省するときは私の知らない町に帰る。
これがモナートとの別れ。
辛いことも多かった土地だけど、海の見えるこの港町自体は好きだった。
私はここで生まれ育った。海を見て育ったんだ。潮風の香りが遠ざかってしまう。もうあの風景が見れなくなるのは寂しい。
馬車で遠くなるモナートを見ながら、私はもの悲しい気持ちになった。
こうして私は、生まれ育った故郷を離れることになったのであった。
しかし遠巻きにされるのはいつものことだし、私は被害者側だ。萎縮して引きこもっていたらあらぬ誤解をされそうだったので、普段通り過ごすようにしていた。もっぱら私の話し相手は動物達であるが。
大勢の人は私を見てはひそひそと噂をするだけだった。その中にいつも意地悪を言う幼馴染達も含まれている。彼らにしては珍しく私に直接ひどいことを言ってくることをしなかった。その理由は、あの男の毒牙にかかった女性が身近にいるかららしい。
もしもそうじゃなければ心ないことを言って来ただろうなと私は思っている。
ひそひそされるくらいなら耐えられる。あと一週間もすれば私は学校に戻る。それまでの辛抱。
次にモナートへ帰るのは半年後だけど、その頃には皆の関心も外れているだろうから……
「うちの息子は悪くない!」
あと僅かな長期休暇。なるべく静かに過ごしたかったけど、周りは私に穏やかな時間を与えてくれなかった。
「誘ったに違いないあの魔女が! 昔から嘘ばかりついて人の気を引こうとしていた」
その人はあの男の母親だった。
息子が逮捕され、罪に問われることが確定したことが認められないらしく、あぁやって気でも触れたかのように騒ぎ立てているのだ。
最初は現実が見れていないのだろうと見逃していたけど、毎日のように騒ぐもので私もぴきりときた。
なにも言われているのは私だけじゃない。
中には性暴力に晒されたせいで不貞を疑われたり、結婚話が破談になったという女性もいるのに、そういう人たちに対しても暴言を吐き捨てているのだ。
「それにあの船乗りの娘は生粋の淫乱だ! 昔から私の息子に色目を使っていた! 息子に相手にしてもらえないからって逆恨みであんな証言したんだ! 間違いない!」
ほらまた、他の被害者の傷痕に爪を立てるような、見え透いた嘘を吹聴している。
私以外にも過去の被害者がたくさん現れたというのに。
私は未遂に終わったけど、それでも暴力に晒されたというのに。
それを認めず、人のせいにするあの人の神経が信じられなかった。そもそもこの人にあれこれ言われるのが我慢ならない。
加害者の親であることもだが、この人は人様に言えないことをしているのだから。
「……自分が八百屋のおじさんを色仕掛けして不倫しているからって、私や被害者の女の子達も同じだと思わないでください!」
我慢の限界を迎えた私は大きな声で言い返した。
まさか私が言い返すとは思っていなかったのだろう。周りにいた人たちは目を真ん丸にして固まっていた。その中で男の母親の反応は目立っていた。
火が付いたように真っ赤になったかと思えば、すごい勢いで真っ青に大変身していたからだ。
「なっ……なっ」
口をわななかせ、見るからに動揺するその姿を見た私は溜飲を下げた。
──これは猫爺さんからの確かな情報だ。私が魔法魔術学校に入学する前から聞かされている話で、彼いわく今も不倫関係は続いているという。
「おばさん、昨年の9月頃に妊娠してしまったそうですけど、旦那さんか八百屋のおじさん、どっちとの子かわからないから、隣町の薬師から堕胎薬を購入したそうですね。すべてを醜聞大好きな猫爺さんに見られていましたよ!」
本来であればこんな繊細で個人的な情報、周りに言い触らすことはしないけど、このおばさんは限度を超えてしまった。
私や他の女の子達を傷つける言葉を吐き捨てるというなら、こっちも対抗してやるんだ。私よりも年上の息子がいて、よくやるよ全く!
「嘘よ! あの子が嘘ついているの!」
口角泡を飛ばしながら、周りに自分の身の潔白を訴えるおばさん。
それに対して、周りの反応は様々だった。半信半疑な人、興味津々な人、そして元々疑念を抱いていた人からの疑いの眼差し……その中には彼女の旦那さんの視線が含まれていた。
家庭崩壊の手助けをしてしまうことになるかもしれないが、もともと家族を裏切っていたのはおばさんだ。知ったこっちゃない。
「嘘じゃないわ。猫爺さんの醜聞話はほぼ正確だもの。動物たちは人間のことをよく観察してるのよ。お疑いなら販売元の薬師に確認したらいかが? あなたの身分証の記録と購入履歴がしっかり残っていると思いますよ」
堕胎薬のような特殊な薬は取り扱いが難しいので、販売元は購入者の身分証明をした上で販売する。その情報は堕胎薬を取り扱う魔術師、薬師の中で共有され、一人の客に対しての販売数も制限されるんだ。悪用防止のために法律でそう決まっている。
嘘か本当かは、その販売先に確認すればわかることである。
私はこれでも魔術師の卵だ。薬作りはあまり得意じゃないけど、そういう重要なことはしっかり覚えている。ちゃんと学校で勉強しているんだ! あまり私を見くびらないで欲しい!
みんなひそひそと話しながら私とおばさんを見ていた。
──信じたくないならそれでいい。今までもずっと私の言葉を信じてくれた人は少なかったから。
だけど私だって侮辱されて黙っていられない。そっちが喧嘩を売るなら買ってやるんだ。
「お前……やっぱり」
顔が土気色になったおばさんに声をかけたのは彼女の旦那さんだ。
彼の瞳は完全に失望していた。もうちょっと動揺するかと思ったけど……すでに疑惑を持っていたのだろうか。
「違うの!」
おばさんは涙を流しながら否定していたけど、調べればすぐにわかることだと思う。
私は反省も後悔もしない。
自分の息子のしたことを認めて、被害者を傷つけるような発言をしないようにしてほしい。あと、旦那さんを長年裏切って来たことも反省した方がいいと思います。
ふぅーとため息を吐き出すと、修羅場になりつつある彼らをその場に残して、私はひとり踵を返した。
「リナリア」
「!」
いつのまにか背後はお父さんがいた。
やば、今の聞かれちゃった。騒ぎを作ったことを流石に怒られるかなと萎縮していると、お父さんが私の肩にそっと手を載せた。
そして私の目線に合わせるように身を屈めると、なんだかとても辛そうな顔をしていた。
「引っ越そう。ここじゃリナリアが利用され、傷つけられるだけだ」
突然飛び出してきた引っ越し案に私は呆然とした。
急にどうしたんだ。そんな簡単に言うけど、仕事はどうするの。
「でもお仕事が」
「リナリアが安心して帰ってこられる場所にしたいんだ」
ブルーム商会はそこそこ影響力を持った大きな商会だ。沢山の従業員を抱えている。引っ越すとなると商会も移転となるだろう。そうなれば今まで関わってきたお得意様との契約も、距離を理由に切れてしまうかもしれない。事業が縮小する可能性だって……それでもいいのだろうか。
「ここは輸出入専用の倉庫にすればいい。……もしも商会の規模が小さくなっても家族で食うに困らない程度に生きていけるならそれでいい。お前を守るためなら、お父さんはイチからだって頑張れる」
私の両頬を包んだ手は大きくてあたたかかった。乱暴をしてきた男の手とは違う、私を慈しむ手。
泣くつもりはなかったのに、じわじわと涙が滲んできた。お父さんの顔が歪んで見える。
「もっと早く決断するべきだったな。ごめんな、リナリア」
その謝罪に私は首を横に振った。お父さんの胸に抱き着くと私は小さく泣いた。
「リナリアが幸せになることがお父さんとお母さんの望みなんだ。お前のためならお父さんはなんだってするよ」
──今でも、お父さんもお母さんも魔力を持っている私の気持ちは理解できてないと思う。
だけど彼らは私を愛してくれている。大切に守ろうとしてくれている。精一杯理解しようとしてくれている。
私は改めて両親の愛情を感じたのであった。
◆◇◆
お父さんいわく、別の地域にも取引先はあちこちにいるから商会の移転をしたとしても、今まで培ってきたものはゼロにはならないと言う。
モナートの商会倉庫は古株で信頼できる従業員達に輸出入の対応と在庫管理を任せることにして、移転先まで来られない他の従業員には解雇通知と希望者には同業種への紹介状を作成したそうだ。
私には動物以外の親しい友人がその町にいなかったので、この地にいる動物達と、一部の理解ある大人たちにだけ先に別れの挨拶を済ませておいた。
一旦私は学校へ戻ることになり、次の休暇には新居を整えておくからねと両親に言われて、見守られながら旅立った。
今度帰省するときは私の知らない町に帰る。
これがモナートとの別れ。
辛いことも多かった土地だけど、海の見えるこの港町自体は好きだった。
私はここで生まれ育った。海を見て育ったんだ。潮風の香りが遠ざかってしまう。もうあの風景が見れなくなるのは寂しい。
馬車で遠くなるモナートを見ながら、私はもの悲しい気持ちになった。
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