リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

文字の大きさ
上 下
54 / 137
この恋に気づいて

違う歩む道

しおりを挟む
「──よって、神歴853年、シュバルツ・エスメラルダが連合軍を結成、報復としてハルベリオン陥落作戦が決行された。この際、出生の地と育った村両方を襲撃されたフォルクヴァルツのアステリア姫も17歳で出陣した。本来であれば18歳以下の学生は対象外のはずだが、彼女は飛び級で学校を卒業し、当時すでに高等魔術師の資格を持っていたため、出陣免除の対象にはならなかったんだ」

 本日の歴史の授業は数年前に起きたハルベリオン陥落作戦の話がされた。当時17歳で出陣した元令嬢の話が出てきて、普段は眠気に負けそうになる授業だけどその回ばかりは机にかじりついて先生の話を聞いていた。
 本来であれば学生として庇護される年齢で出陣することとなった17歳の女の子の話にとても興味が湧いたからだ。先生の話も授業から逸れて雑談になりつつあるけど、小話みたいで面白いから夢中になって聞いた。

「……とはいえ、免除の対象にならなかったはずのお貴族様の中には特段の理由なく作戦に参加せずに安全な場所で過ごしていた方々もいたけどな」

 説明していた先生は自嘲するように言った。
 もちろん国を守るために真面目に参加していた貴族もいた。一部の義務を果たさない人たちの存在が浮上したことで、戦後貴族間の力関係が大きく変わったとかなんとか。出陣しなかった家の爵位の順位が下がったり、没落しかかったりと、さりげなく罰を与えられたとか。
 普段、貴族様は偉そうに威張り散らしているのに、いざという時に逃げに入られたらそりゃあそうなるよね。なんのために今まで学んできたのか、なんのために貴族として恩恵を受けているのかと聞きたくなる。

 戦争に参加した魔術師一同は尊敬の目で見られるようになり、そうじゃない人たちは注目もされず、影響力がなくなったとかなんとか。わかりやすい構図である。

 ハルベリオンを追い詰めたフォルクヴァルツ辺境伯の兄妹は王様から爵位とか褒賞とかいろんなものを贈られた。その中で注目の的だったフォルクヴァルツの姫は叙爵をきっぱり断り、平民に下ることを望んだのだそうだ。
 もともと、この国の王太子殿下の婚約者になるはずだった彼女であれば次世代の王妃の座を得られたはずなのに、彼女が望んだのは平穏で退屈な田舎暮らしだった。

「庶民として育った彼女は貴族としての人生を望んでいなかったんだ。そもそも彼女自身が学生時代に貴族から嫌な対応をされてすっかり貴族嫌いになってしまったらしくてな」

 優秀だった彼女に目を付けた貴族子息子女からイジメられたり、命を狙われたりしたのだという。もちろん一部には親切にしてくれた貴族もいたそうだけど、それとこれとは別らしい。

 赤子の頃から苦労してきたアステリア姫にとって、貴族としてのきらびやかな生活は寝耳に水だったようだ。殿下から持ち掛けられた婚約話をきっぱり断り、貴族籍から離脱したのだという。
 その後は恋仲だった幼馴染と結婚して沢山の子どもにも恵まれ、今では自由業の高等魔術師として育った村でのんびり幸せに暮らしているという話だった。

 ……すごいなぁ。赤ちゃんの時に侵攻に巻き込まれて、ゆかりのない場所で平民として育ったというのに独学で飛び級して……才能ある人はやることがすごい。6年制の学校を3年で卒業とか……凄すぎる。しかも平民の教育しか受けていないにも関わらず。

 私はあとちょっとで16歳。例のフォルクヴァルツの姫が16の時にはもうすでに学校を卒業していたことになるでしょ。将来のこともしっかり計画していたに違いない。
 ぼんやりとしか将来について考えていない私とは大違いだ。
 私は将来どうするんだろう…

 ふと、斜め前の席に姿勢良く座っているルーカスの後ろ姿が視界に入った。
 ルーカスは、もう自分の将来のことを決めているのだろうか。平民身分とはいえ、影響力のある旧家の一人息子な彼は家の跡を継ぐことになるのだろう。
 私とは違った人生を歩むんだろうなぁ……
 私は残りの授業時間、先生の話を聞き流しながらずっと彼の後ろ姿をぼんやり眺めることで過ごしたのである。


◇◆◇


 私が苦手にしている古代語学。他にも薬学とか苦手な教科はあるけど、古代語学は特別難しいと感じている。学年が上がるにつれて複雑化して暗記だけじゃ済まなくなってきたのだ。

「助詞をここに持ってきて……」

 小テストで散々な点数を記録した私のことを心配したルーカスが放課後教室に居残って勉強を教えてくれた。もうすぐ学年総おさらいの学年末試験が行われるので、その復習のついでだと彼は言っていたが、私は知っている。ルーカスはそんなことせずとも学年1位になれるってこと。
 時間を割いてまで教えてくれるんだ。真面目に話を聞こうとするが。彼の低い声を聞いていると、その声に聞き惚れてそっちにばかり意識してしまう。

 今のクラスメイト達は比較的勤勉な人が多く、試験前の今日も複数の生徒たちが教室に残って試験勉強していたけど、いつの間にか私達だけになった。
 これまでは人がいたので何ともなかったけど、教室にふたりきりとなると妙に緊張する。彼とふたりきりなんて珍しくともなんともないはずなのに。

「あ、そこは」
「!」

 言われるがまま問題文を解いていると、間違いを指摘しようとしたルーカスの指と私の手がぶつかる。
 それに過剰反応してしまった私はバッと顔を上げてルーカスを見上げた。彼の瞳は驚いたように軽く見開かれていた。
 なに私、過剰反応しちゃって。ルーカスが驚いているじゃない。
 
 自分が恥ずかしくなった私は見つめ合っていた瞳を反らし、自分の手元を見下ろした。
 心臓がどきどきして苦しい。私、どうしちゃったんだろう。

「おーい、そろそろ鍵閉めるぞー」

 私が変な反応したことで私たちの間で変な空気が流れはじめたかと思ったら、先生が教室を覗き込んで下校を促してきた。
 先生の登場で私は我に返る。開いていたノートを閉じると慌てて下校の支度をした。

 夕暮れの帰り道。女子寮まで送ってくれるルーカスと肩を並べて歩くも会話がなかった。
 私が変な反応したから、声をかけにくいのだろうか。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、どうにも彼を意識して緊張してしまう。

「るっルーカスは進路とか決めてる?」

 何気ない問い掛けをする声が少し上擦っていたのはご愛嬌だ。さっきからずっと心臓が落ち着かなくてどうにも平常心に戻れないんだ。

「…大学校へ進学するつもりだよ。魔法魔術学校では学べない分野を幅広く学びたいんだ」

 優等生らしい返事が返ってきた。ルーカスらしい進路である。
 最高学府である大学校は学習意欲のある優秀な人が進む場所だ。彼にはピッタリの環境じゃないだろうか。

「私はね、動物と関わる仕事がしたいなと思っているの」

 これは入学前から何となく考えてきたことだ。……だけどまだ漠然としていて、具体的にはなにも定まっていない。調べたりとかはしているけど、現場を見ていないので想像がつかないというか……

「リナリアなら専門機関からスカウトされると思うよ。動物だけでなく、魔獣相手にも通心術士の才能は活用できるだろうから重宝されると思う」

 曖昧な未来を思い描く私にルーカスはそんなことを言った。
 不思議、彼が言うと本当にそうなりそうで自信になる。不安が消えて何とかなると思ってしまう。
 私はへらっと笑うことで返事をした。

 ──将来、私たちは別の進路へ進むだろう。
 大人になればこうして隣り合って歩くこともなくなるだろう。それが寂しくて、なんだか胸が苦しかった。

 なぜだろう。以前ならルーカス相手に緊張することなんてなかったのに、今は彼の隣にいると心臓が破れそうなほど痛い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

獣人辺境伯と精霊に祝福された王女

緋田鞠
恋愛
第十二王女として生まれたシャーロットは、精霊の祝福を受けていた。 だが、彼女が三歳のある日、精霊の力が暴走した事で、害を与えられないよう、また、与えないように、塔に保護されて暮らす事になる。 それから、十五年。成人を迎えたシャーロットは、成人を祝う夜会で、王国唯一の獣人貴族ヴィンセントに出会い、翌日には、王命で彼の元に嫁ぐ事が決まっていた。 ヴィンセントは何故、「呪われた王女」と呼ばれるシャーロットとの結婚を受け入れたのか。 過去と思惑が入り乱れ、互いの想いを知りえないまま、すれ違っていく…。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

処理中です...